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【番外編】ルカ・サレスから見たこの世界①

唯一フルネームすら出てこなかったルカ君救済編…だったはずなのに、こちらでもリューズが大暴れ。

 ルカ・サレス。

 実は俺は前世の記憶がある。

 いわゆる転生者ってやつだ。


 そう、この世界が「目覚めた聖女と3人のKNIGHTS-ナイト-」というゲームの世界だと気がついたのは、友達とかくれんぼをしていた時にガラスに映った自分の姿を何気なく見ていた時だった。


 あれ?僕って……。

 自分の未来の姿が分かるかも。

 え?何で?

 ん?ルカ・サレスって……

 僕って……俺って……えー?


 混乱してその場に倒れ込んだらしい。いつまで経っても探しに来ない俺を友達が見つけて屋敷から執事が迎えに来て、医師だ何だといじくり回され(もちろん後から聞いた話)、目覚めた頃には完全に「俺」になっていた。


 前世で姉がドはまりしていたゲームだ。

 何度も『スチルゲットー!』とか言って画面を見せられたが、うん、鏡に映ってる俺、間違いなくルカ・サレスだわ……。名前、この赤い髪の色や薄茶色の透き通った目、きっと将来はこう成長するんだろうという的確なイメージが湧く家族。



 ルカかぁ……。



 ゲームでは素直で明るく、裏表のない性格。騎士道を父に叩き込まれた筋肉担当ではあるけどムキムキではなく細マッチョでワンコ属性、だったかな?持ち前の真っ直ぐさと騎士道精神で、虐げられるヒロインを守るんだったっけ。



 悪役令嬢であるセシリアのスチルを見たときには、二度見した。

 もともと好みは可愛い系より綺麗系。

 ゲームの設定へのツッコミは置いておいて、人気の理由のひとつが神絵師と呼ばれる人の作画だった。イケメンと美少女のオンパレード。もちろん主人公達は一段と垢抜けている。


 で、セシリアだ。


 スチルを見たときに、なんでこんな綺麗な子を婚約破棄しちゃうんだろうと不思議だった。


 姉曰く、『人形姫はさー、綺麗なんだけど何考えてるか表情が変わらなすぎで怖いんだよね。で。マリーローズをいびりまくるの。公爵令嬢だから誰も意見出来ないし、マリーちゃんこんなに健気で可愛いのに……で、ナイト達が助けてあげるんだよ。そして恋をするの♡』ということらしいけど。


 もちろんヒロインのマリーローズのスチルも見た。うん、フワフワだった。文句なしに可愛い。


 けど、俺はやっぱりセシリアの方が気になった。変わらない表情っていうけど、心の中で何を考えていたんだろ。『いよいよクライマックスよ!』と姉から無理やり一緒に見せられた国外追放宣言されたシーンで流していた涙が印象に残っていた。


 でもルカってことは、ヒロイン守ってセシリアを追い詰めないといけないのか?


 やだなぁ。

 それになんか面倒くさい。


 よし、極力主人公達には近寄らないようにしよう。もう中身が俺になった時点で、ルカはゲームのルカじゃないんだし。


 確かに公爵家に既にセシリア嬢ってお名前のご令嬢はいたはず……あんまり高位すぎてよく知らないけど……ま、ヒロインが本当に出てくる保証もないし。ならもう存在するであろうセシリア嬢をわざわざ不幸にする人物にはなりたくないしな。

 そうだ、いわゆるモブってやつになればいいんじゃん。



 



そう思っていたのに。





**



 その日はいつものように近衛団長の父に連れられて、近衛騎士達の訓練場へ向かった。父さんは俺にも近衛騎士になることを願っていたし、物心付く前から訓練場に連れられて、自分も父さんみたいになるんだと思っていたルカの気持ちは特に「俺」となっても変わらなかった。自分がどこまで強くなれるのかは楽しみでもあったし、それで誰かを守れるなら嬉しい。


 訓練場に入った途端、父さんの大きな背中にぶつかった。急に立ち止まったのだ。


「おお、これはこれは、訓練所にいらっしゃるとは珍しいな」

「サレス団長、おはようございます」

「今日はどうされたので?」

「実は団長に折り入ってお願いがありまして」

「分かりました、それではあちらでお伺いしましょう」


 父さんがそう言って俺に向き合う。


「父さんはこれからちょっとお話をしてくるから、お前は先に訓練を始めていなさい」

「はい、父上」


 他の近衛騎士や見習いのお兄ちゃんに交じって、訓練場を3周走ったところで--もちろん一人周回遅れ--父さんが戻ってきた。


「ルカ、ちょっとおいで」

「はい」


 汗を拭き、水を流し込んで父さんの近くに急ぐ。そこで初めて父さんと話していた人物を見た。父さんが大きすぎるせいで誰と話しているのか後ろにいると大抵見えないのだ。


父さんと一緒にいたのは、俺と同じくらいの子供だった。


 しかも訓練場にはおよそ似つかわしくない雰囲気を持っており、一見して分かる仕立ての良い服や靴を履いていた。執事らしき人物が少し離れた所にいることや父さんの態度からも、どこかの高位貴族の令息だということが窺い知れた。


 でも……あれ?なんか俺、コイツのこと知ってるかも……。

 あの髪色と目の色、まだ幼いのにバカみたいに整った顔立ち。


「リューズ・シールだ」


 つい口から出てしまっていたらしい。


「君、僕のこと知ってるの?」


 しまった!

 上位貴族のことを呼び捨てにしてしまった……。


 ウチは確かに近衛騎士団長なんてしているから王家ともつながりはあるし、高位貴族にも面識はある。だけど爵位としては伯爵位で、近衛騎士団長をしているからかろうじて高位貴族の範疇に入れてもらっている程度。まだこの時点で俺と公爵子息であるリューズ・シールとは接点がなかった。

 だから階級が下の貴族令息である俺が、リューズ・シールを呼び捨てにするなんて有り得ないことなのだ。


「愚息が申し訳ありません。まだまだ礼儀もなっておらず、お恥ずかしい限りです」


 すぐさま父が礼を取りながら頭を下げる。


「いいよサレス団長。ここは訓練場。団長が一番だ。これから通わせてもらうんだし、僕のことも皆と同じ扱いにして欲しいな」


 にこっと微笑みながらリューズが言う。


 ひぇー、これがリューズ・シールの必殺技か!

 この人懐っこさと顔面偏差値90超え(俺調べ-そんな偏差値ないとかいうツッコミは受け付けない-)の笑顔にみんなコロっとやられて大抵言う事を聞いてしまうんだ。


 けど、実はこいつはヤバい。 

 3人の攻略対象の中でもダントツにヤンデレ率が高く、選択を間違えると監禁ルートや最悪デッドエンドもあるキャラだった。


「は、ありがとうございます。では、今後はそのように……。ルカ、お前もきちんと謝ってしっかり挨拶しなさい」


 ぐいぐいと頭を押さえつけられる。


「はい、父上。先程は大変失礼致しました。ルカ・サレスと申します。今後お見知り置き頂ければ幸いです」


 リューズは上から下まで一瞬の内に眺め、やっぱり笑った。


「うん、こちらこそよろしくね。僕のことはリューでいいよ。君のこともルカって呼ぶね。ねぇ、もう訓練場にはずっと通ってるんでしょ?」

「は、はい」

「なら案内してくれる? ルカ」

「おぉ、それは良い。ルカ、リューズ様を頼むぞ」

「だからリューズでいいですって、サレス団長」

「あ、そうですな。あっはっは」


 なんにも面白くないぞ、父よ。


 ルカとリューズってここで出会うんだ。

 確かに攻略対象の3人って元々仲が良いって話だったけど……。大丈夫なんだろうな、このヤンデレ君は、友達にも鬼畜ってことはないよな?


 俺は実際にゲームをプレイしたことはなく、姉が何かあるたびに報告してくるのを半分スルーしながら聞いていた程度だったから大きなイベントは知っているものの、詳細や正しい選択肢などは知らない。なので何が正解かも分からない。さらに俺の知識はゲームスタート後の10代半ばから。


 しかもさ、このゲーム、話聞いてる時から設定にツッコミたくなることばかりだったんだよな。


 大体、タイトルからして変じゃね?こうやって転生していて、貴族社会にいるから実態を身を以て知っているせいもあるかもだけど、なんで「3人のKNIGHTS-ナイト-」なんだよ。攻略対象だれもそんな一代限りの勲爵士どこじゃなんだけど、王太子と公爵令息と伯爵令息(あ、俺ね)なんだから。ルカなんて(俺ね)、ギリギリの高位貴族枠だけど、セドリック様なんて貴族じゃなくて王族だし、リューズ・シールだってぶっちぎりの高位貴族だし。


 あー、まぁ近衛騎士見習いだから、俺だけならナイトでもいいのか?

 うーん、まぁなんか「可憐な女性を守る男性」的な軽い意味で付けたんだろうけど、全然違うからね?!

 貴族社会まぢ縦社会だから!強豪体育会系なんて目じゃないよ、たぶん893もビックリとかじゃないかな?いや、本物知らんけど。


 それにさ、3人の髪色。セドリック王太子が金、リューズ・シールが青、俺が赤って信号じゃないんだから。配色決定安易すぎじゃなね?それになんで俺が赤なんだよ、赤は危険だろ、危険なのはリューズだよ……。


「ねぇ、何をブツブツ言っているの?」


 おっと、こっちに集中しないと俺がやられるっ。


「失礼しました。何でもありません」

「敬語はやめてよ、サレス団長のご令息はたしか僕と同じ年だったと記憶してるんだけど」

「今年で9歳になります」

「じゃあやっぱり同じだ。だから敬語はいらないよ」

「え、しかし……」

「僕の言う事聞けないの?」

「わ、分かった」

「うん、それでいいよ」


 一瞬自分の死亡フラグが見えた気がした……。リューズはずっと笑顔だけど、それがまたコワイ。でも何でリューズが訓練場なんかに通うんだろう。筋肉担当は俺の役目だったはずだけど。


「あの、聞いてもいいですか?」

「あはは、また戻ってるよ」

「あっ。すいま……ごめん」


 転生自覚して前世の記憶バリバリあるって言ってもさ、小さい頃から教え込まれたものってなかなか消えないよ。公爵令息にため口ってコワイんだよ。絶対しちゃいけないことの一つだもん。


「で? 聞きたいことってなに?」


 リューズが興味津々って顔で聞いてくる。

 あ、こんな顔もするんだ。

 

「あの……なんでリューは訓練場に通うのかなって」

「僕が来たらおかしい?」

「ううん、おかしくないけど、リューみたいな高位貴族の子ってあんまり来ないから」

「そうか。でもルカだって高位貴族の子でしょ」

「僕は高位ってほどじゃ……それに、団長の息子だし、僕もいつか近衛騎士団に入りたいし、そのために強くなりたいから」

「そう、じゃ同じだね」

「え?」

「僕も強くなりたい。自分で守れるように。だからここに通おうって決めたんだ」

「守る?」

「うん、妹を」


 そう言うリューズは笑顔じゃなく、真剣な顔だった。


 妹って、セシリア嬢のことだよね。

 どうしてリューズが守るんだろ……リューズは最後はセシリア嬢を……。


 いや、うん。

 先の未来は分からない……はず。

 だって、ルカだって俺だもんな。いや、ルカだけど。


「そっか。うん、じゃあ一緒にがんばろう」


 つい差し出してしまった右手と俺の顔を交互に見たリューズは、ちょっと戸惑ったあと、俺の手を取った。


「うん、よろしくね!」


 ガッチリ握手をしながらこちらを見るリューズの顔は、子供らしい弾ける笑顔だった。




**




 それから俺たちはよく訓練場で顔を合わせるようになった。


 リューは頭も良かったが、運動神経もなかなかだった。しかも努力は人一倍。俺もうかうかしているとあっという間に抜かされそうで、今まで以上に気合を入れて訓練に打ち込むようになった。

 

 訓練場には他にも同じくらいの子はいたけど、高位貴族は俺とリューだけ。

 最初は遠巻きにされていたリューに、俺は積極的に話しかけに行った。


 親が特別親しくなければ、お互いに同じような年の子は親のパーティーでしか会わないし、もう幼児じゃないから貴族の階級意識は親から厳しく言われている。こんなところで高位貴族の最高位のリューに会うなんて、そりゃビビるよな。


 一緒に汗を流していると自然に距離も近くなった。

 俺がリューとタメ口で親しくしていると、だんだんと話しかける奴も増えてきた。


 ヤンデレ要素があるといってもまだリューも子供だったし、みんなで色んな悪ふざけもした。俺の父さんを始め、他の団員にも見つかって怒られたりもした。その中でどうして鍛錬するのか、力の使い方、武器をどう扱うのか、その際の心構えも習得していった。

 

 リューは訓練場では子供でいられたように思う。


 家ではもちろん子供だったが、すでにセシリア嬢の悪夢に悩まされていたし、公爵を継ぐ者としての教育も始まっていたようだった。頭が切れすぎるくらいのリューは期待に応えようと頑張りすぎる所があった。

 

 訓練場でも完全に皆と一緒という訳ではなかったけど――執事が控えてるとか……もちろん俺の家にもいたけど、外出時にいちいち付いてきてくれるような執事なんていなかった。そんなに人いないもん。執事は家で執務の補佐をするのが普通だと思ってた――それでも他の場所よりは年相応でいられたんだと思う。


 一緒にいたずらを考える時の悪巧みをする顔、

 それが成功した時の笑顔、

 ガッツリ怒られた後のバツの悪そうな顔、その後にこっそり視線を合わせて笑い合う顔。

 ゲームでは見たことのないリューがいた。


 リューが訓練所に通いだして1年ほど経った頃から、俺にだんだんとセシリア嬢の話をしてくれるようになった。


 悪夢を見ること。

 あまり表情が変わらない妹が、悪夢を見た時は酷く泣くこと。

 悪夢は本当に実在する人物が出てくること。

 婚約者のセドリック様やリューや友人であろう人に裏切られること。


 セシリア嬢の悪夢の話をしている時のリューは本当に辛そうだ。


 可愛い妹が苦しんでいることもさることながら、自分もその悪夢に出てきており、さらに自ら追い詰めるということがリューを傷つけているようだった。


 どうも話を聞いていると、セシリア嬢は無自覚の転生者っぽい。しかも俺と違って前世がまさにゲームでの悪役令嬢そのもの。悪夢という形で自分の行く末が見えているらしい。


 うーん、リューの話を聞いているだけで可哀想だ。


 だってまだ7歳とかだぜ?ま。俺も今10歳だけど、転生自覚しちゃったから精神年齢は全然上だし、俺自身には別に変な未来とかないし(たぶん)。

 そんな小さいのに、将来に希望が持てないような夢をずっと見せ続けられるって…。

 キツイな。

 そして同じようにリューも家族も苦しいんだ……。


 今後何がどうなるかは分からない。

 でも少しでもそんな未来にならないように、俺がルカになったことに意味があると信じてみたい。


「だから俺はもっと強くなりたい。……だけど、もし本当にリアのことを……」

「リュー、大丈夫だよ。セシリア嬢をこんなに大切にしてるんだもん。そんな風に絶対ならないよ。もしリューがおかしくなったら俺がぶん殴ってやるからさ」

「……君に殴られたら痛そうだ。うん、そうはならない。させない」

「そうそう、大丈夫だ」

「ふふっ、ルカ、ありがとう」


 うわーっ!イケメンの破壊力すげーっ。


 ふわりと笑ったリューを見て、俺はちょっとドキドキした。

 同時にやっぱりリューには笑顔でいてもらいたいと思った。



**



「セシリア嬢に一回会ってみたいなぁ」

「なんで?」

「え……だってそんなにいつも自慢されたら会ってみたいよ」


 ホントはセシリア嬢の子供時代を見てみたいから。だって絶対可愛いじゃん。


「うーん、そうだね。俺はルカならいいかな」


お!やった!


「でもセドリックがうるさいかもだからなぁ」


 あー、なるほどね……。


 セドリック様にはリューの紹介で、訓練の手合わせ要員ということで何度かお会いした。向こうはリューと同じくフレンドリーにしてくれたけど、いや、もう様づけだけは許してもらった。やっぱりこの国の王太子をリューみたいに呼び捨てなんて出来ないよ。俺、しがない伯爵家だし。それでも会えばアイコンタクトで会釈はできるくらいには仲良くしてもらっている。


「あと、どうも君もリアの悪夢に出てくるみたいなんだよね。赤い髪で紫かかった目、リアの悪夢の記録を見ると君と特徴が一致する」


 そ、そうでした、俺、攻略対象者でした。


「そ、そうなんだ。でも俺だってセシリア嬢に酷いことするつもりないよ」

「うん、分かってる。だから俺はルカならいいかなって言ったんだよ」


 うわ、リューからそんな言葉が聞けるなんて。

 あれ、思った以上に嬉しいぞ。


「味方は多い方がいいしね」


 あ、デスヨネ。


 そんな話をして半年ほど経った後、リューはセドリック様からもセシリア嬢からも許可をもらって、本当にリューとの3人のお茶会に招待してくれた。セシリア嬢はスチルよりもずっと可憐で綺麗だった。小さくてもちゃんとレディだった。

 悪夢に出てくる人かもしれないけどって予め言われていたせいか、なかなか視線が合わなかったけど、あのペールピンクの大きな瞳で上目遣いで見られた時の衝撃は凄かった。


 絶対に俺も酷いことはしないってことをアピールしまくって、何度目かのお茶会の時にほんの少し微笑んでくれたときには夢見心地だった。でもセドリック様がヤキモチを焼いてしばらくお茶会に呼ばれなかったけど。

 

 別にセシリア嬢とどうこうなんて考えてないんだけどね。


 セドリック様とセシリア嬢って本当にお似合いだと思うし、セドリック様がすごく大切に想っていることもわかる。セシリア嬢もきっと分かってる。だから二人がこのままだといいなと切に願うっていうか、推しカプを見守る心境だ。


 ほら、キレイなものを見守れるモブって最高じゃん。

 

 リューからもセドリック様に俺の気持ちは事ある毎に説明してくれたらしく、またお茶会には呼んでもらえるようになった。……頻度はすごく減ったけど。


 でも手合わせの時間は変わらなかったし、訓練場にもくることが増えた。

 王太子ってそんなに鍛錬するのかなって思ったけど、リューと同じでセシリア嬢になにかあった時に守りたいって気持ちなんだろうなと納得した。




**



さらに何年か経ったある時、訓練所の隅で誰かと話すリューを見かけた。

別にリューが俺の知らない人と話すことなんてよくあることだし、いつも何も思ったこともなかったん だけど、その時は妙に納得してしまって、気付いたら呟いていた。



「あ、影か……」


 その瞬間、リューの気配が変わった。


 あぁ、久々にやってしまった!


「ルカ、ちょっと来てくれる?」

「……はい」


 もう今日が俺の命日かな?

 ゲームスタート前に死んでる攻略対象者っているのかな。あー、セシリア嬢の本物の学園の制服姿、一目見たかった!


 俺はシール家の馬車に乗せされ、地獄までの最後の旅路へ出発した。


「ルカ、君って昔からちょっと変わったところがあるとは思ってたけど」


 目の前に座るリューズはニコニコのまま。


 あぁ、リューの笑顔が怖いっ。


「君のさっきのつぶやきは、ちょっとほって置けないんだよね」


 そりゃそうだ。

 影の存在は公的なトップシークレット。


 うん、矛盾してるね。でも、実際そうなんだ。存在はあることを皆知ってはいるけど、実態は知らない。それを知っているのは王家とその影自体だけ。

 だから誰が影なのかとか普通知る由もない。


 別の俺だって誰が影だとかなんて詳細は知らない。けど、さっきの光景を目にした時に、あぁそっかって納得してしまったんだ。腑に落ちるって感覚だっただけで、知ってた訳じゃないんだー。


「なんでそう思ったの?」


 どうしよう、どうやって答えよう。

 前世で知ってましたぁ~、なんて言ったらどっかの修道院に隔離されそう。


「えっと、何となく……」


 人間パニクると言葉って出てこないものなんだね、前世も含めて初めての体験だよ。


 リューの目が鋭くなった。


 あー、理由になってないもんな。


 結局どうにも上手い言い訳も見つからず、あ-とか、う-とか唸ることしか出来ず、ダラダラと冷や汗をかいてリューの前に座っていた。どこへ向かっているのかわからない馬車はちっとも止まる気配はなく、ただずっと動いていた。



 どのくらい時間が経ったのかも分からなかったが、ふいにリューが大きなため息をついた。


「ルカ、一つだけ聞くけど……」


 俺はまだ汗が止まらない。


「君は俺を裏切らないって断言出来る?」


 え?


「う、うん、もちろん。それは絶対って言えるよ!」


 自分の声の大きさに驚く。


 リューは腕を組んだまま閉じた目を開け、まっすぐ俺を見る。


「そう。分かった」


 真面目な顔だった。


「うん、俺、本当に上手く言えないけど、このことを誰かに言うとかも思ってないし、リューの立場が悪くなることは絶対しない。今まで通り友達でいたい」


 あまりに必死に前のめりすぎて座席から半分落ちそうになった。

 だけど信じてほしかった、リューとの友情がここで終わるのは悲しすぎだ。


「君って時々すごい直感が働くよね。正直感心することがある。まるで犬みたいだ。ほら、動物って人間より危険を察知する能力が高いって言うじゃない。今後は是非そのよく利く鼻を俺のために使ってほしいな」


 ニコッと必殺技が炸裂する。




 こうして、俺はワンコ属性ではなく、リューの「犬」としての立ち位置が決まった。




**



ある日、リューに呼び出された。指定の場所に行ってもしばらく俺に気が付かない。リューがそんな風になるなんて何があったんだ。


「どうしたんだよ、リュー」

「ああ、ごめんねルカ、よく来てくれた」


 もう、この一言だけでどれだけリューが動揺しているかが分かる。

 普段のコイツならまずもって謝ったり『よく来てくれた』なんて感謝を言葉で表現したりしない。だって俺は「犬」だから。でも、ちゃんと大事に思ってくれていることは伝わる。親友、悪友、そんな言葉がピッタリだ。ゲーム設定の要素や様々な要因があっただろうが、リューとこういった関係性が出来上がったのは単純に嬉しかった。


「いや、大丈夫だ。何があった?」

「実は、リアの悪夢が現れた」

「え、ほ、本当?」

「ああ、まさかとは思ったが、リアの悪夢とピッタリ該当する」

「ふわふわピンク? 子爵家の?」

「……そうだ」


 リューが苦しそうに肯定する。


「来月すぐに学園に編入してくる。俺の落ち度だ」


 リューに落ち度があったとは思えない。


セドリック様もリューも密かに各地の子爵家を見張らせていた。もちろん正式に影全体を動かすことは出来ないから限られた人数ではあったけど、情報を得るには十分だったはずだ。しかも隠し子なんて噂好きな貴族の大好物じゃないか。さらに珍しいピンクの髪。

 それなのにこんな学園に編入してくる直前まで掴めないなんて……。


 ゲームが……ゲームがスタートするんだ。


 ドッドッドッ


 心臓がうるさい。




 一体マリーローズを見た時に、俺は何を思うんだろうか。





お読みいただきありがとうございます!

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