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生前の記憶を手に入れた貴族の少年、異端へと至る  作者: トキサロ
第1章 その悪童、転生者につき
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#4-悪童、絶望する-

 時は戻り、ベイルはフレデリックを潰そうと考えていたところにある事を思い出した。


「ところで、ドラゴンの死体がここにあるって聞いたんだけど」

「確かにここにあるがな」


 ラルドは頭を抑える。その事を知ってしまった以上、取り返すだろうと思っていたからだ。なんとか説得をしようと考えているとウォーレンが割って入った。


「ドラゴンの死体はこちらで有効活用するつもりだ」

「……おっさん、頭大丈夫?」


 ベイルがそう言った瞬間、ラルドがベイルの頭を抑えようとしたがベイルは抵抗する。


「何を言っているのかわかっているのか馬鹿!」

「わかっているけど、頭おかしいのは向こうでしょ。ドラゴンを狩ったのは俺なのに何で何もしていない奴がしゃしゃり出てくるわけ?」

「も、申し訳ございません陛下! まさかこのような馬鹿の事を言うとは―――」


 ラルドがすぐに謝罪するが既に控えている騎士がベイルを殺そうとしていた。周りはそれが当たり前だと思っていたのだがベイルはそもそもそう言った教育を拒否していたのだ。甘んじて刃を受けるなんて事はせず、騎士を蹴り飛ばした。ベイルの蹴りに負けた騎士は鎧のまま外に出てしまい、重力に従って落下する。このままでは死ぬだろうと誰もが思った時に黒い何かが現れて騎士が会議室の床に落ちて来たのだ。


「ぐ……が……」

「馬鹿だなぁ。そんな重いだけでパージして飛ばすくらいしか有効活用できない鎧なんか着ているから反応できないんだよ。やっぱり騎士団は壊滅させるべきだな。今のままでは―――すべてを滅ぼすしかない」

「いやお前何を言っているんだよ!」

「常識」

「お前の言っている事は平民上がりの俺でもわかるほど非常識だから!!」


 怒鳴るラルドに首を傾げるベイル。奇妙なやり取りに周りの貴族たちはヒソヒソと話し始める。


「野蛮な。これが同じ貴族とは」

「私の子どもがあのような野生児のように育たなくて良かったと思いますよ」

「あのような子どもがいるとは。まぁ、親がアレなら子もという事でしょう」


 気にするラルドと裏腹にベイルはどこ吹く風。むしろ貴族たちに向けて可哀想なものを見るような目を向けた。


「ベイル・ヒドゥーブル。貴殿の言う事は正しいのだろう。しかしここでは私が―――」

「あ、戯言言う暇あるならとりあえず今の騎士団は解体しようか」

「この馬鹿! もう黙れ! 良いから!」

「何言っているのさ親父。未来の王妃が狙われているんだよ? おまけにその妹を人質に取る様なクズなんて要らないだろう」

「だからと言っていい方があるだろうが!」

「あ、あとドラゴンの死体」

「それはもう良いだろう!!」


 本当ならばあの騎士の両断で死んでいるはずの命。しかし現状こうして生き残っている以上、ウォーレンに打つ手はない。他の者が命を取ろうとするならば瞬く間に逆に狩られるのは目に見えている。その少年が騎士団の解体を要求している。


(……だが、確かに少し調べる必要はあるな)


 バルバッサ家を人質に。さらには自分の息子の婚約者であるアメリアが狙われるとなると王家にとって困るものだ。というのもこの婚約は言わば王家から言い出したものであり、バルバッサ家から求めたものではない。

 さらに言えばバルバッサ家の過去を払拭し、ホーグラウス王国を一つにまとめる策でもある。それを邪魔するとなるとむしろ王家の敵となるのだ。それを知らせてくれるだけでも彼は十分働いている。


「さて、少年。君は言動はともかく我々は君に恩義がある。今ならば謝罪をするというのならば許してやるつもりだ」

「……何言ってんの? そんな事はどうでもいいから、アンタはさっさとバルバッサ家に行って謝罪して来いよ」


 本気でキレたベイルは止まらなかった。アーロンも驚いてベイルを見ている。

 その時だった。会議室のドアが開いて兵士たちが入ってくる。


「陛下!」

「お、お前は―――」


 兵士たちはウォーレンを守るように移動。ベイルに対して牽制している兵士たち。


「何をしている! その子どもが陛下に対して粗相を働いた! 今すぐ殺せ!」


 そう叫んだのはフレデリックだ。実際そうだが一体どこでそれを知ったのだろうと不思議に思っているとベイルは周りの兵士から放たれる槍を止める。


「な、何をして―――」

「あ、そうか。ちょうどいいや」


 そう言うとベイルは兵士一人の胸を貫いた。突然の事に周りは唖然としているが、ベイルは腕を引き抜いて血で汚れた服から魔法で血を出してその主人の顔に返す。


「おめでとう。君はその命を持って王の寿命を延ばしたんだ。良かったね。誉だろう? 愚王の為に死ねたのだから」


 兵士は倒れる。騒然とする周りだがベイルは指を鳴らすと何事も無かったかのように元に戻った。


「あれ? 俺は死んで―――」

「おはよう。さてと、死のうか」


 ベイルはもう一度兵士の胸を貫く。そして指を鳴らすと兵士は起き上がるが、顔は青い。何故なら胸を貫かれる感覚は本物だからだ。ベイルはもう一度胸を貫こうとした瞬間、兵士は逃げ出した。


「じゃあ次は君だ」


 すると兵士たちは武器を捨て、ベイルから距離を取る。


「あれ? どうしたの? 君たちは王族を守る事を心情にしているんでしょう? だったら王の代わりに死ねよ」


 そう言い放ったベイルは本気だった。本気で兵士に殺意を向けている。


「何を怯んでいるんだ、お前たちは!」

「ですが総騎士団長! この少年は―――」

「ええい! もういい! ここは私がや―――」


 その言葉を待っていたと言わんばかりにベイルは今度はバリアを張らずに思いっきり殴り飛ばした。壁を破壊してフレデリックは吹き飛ばされて向かいにある建物の壁にめり込むが、そこに魔砲をぶっ放した。

 宮廷魔法師でもどうにもならない光線をまともに浴びたフレデリック。しかし彼も元は騎士団の中でも実績を積んだ猛者中の猛者。この程度を耐えられないわけがない―――という夢を見ていた。ベイルの笑みを浮かべた蹴りを受けたフレデリックは意識が飛んだ。もっともレイラがフレデリックを保護していなければ意識だけで済まないが。

 ベイルが戻ってくるとウォーレンはもちろん、周りの兵士は何も言えなくなってしまう。彼らの中にある警鐘が鳴り響く。彼らの本能が今すぐ逃げろと叫んでいた。


「はぁあああ。スッキリした」

「いやいや、君は今後の騎士団をどうするつもりだ?」


 ウォーレンの隣にいたハンフリーが尋ねると、ベイルは笑った。


「生きている奴らを集めて一時間で百キロ走れる奴を選別する。鎧は攻撃なんて当たらなければどうという事は無いから不要。あ、いっそのこと鎧を着て走ってもらおう。その方が体力が付くだろうし」

「待ちたまえ。君はどれだけ無茶なことを言っているのか理解しているのか!?」

「流石の俺でもそんな事をできねえよ!」

「俺はできるけど? むしろ出来ねえほうがおかしいんだよ。あ、そうだ。どうせなら黒犬や黒人狼を単独で狩れる奴らを採用しよう」


 それを聞いたラルドは改めてベイルが着ている服を見た。


「……もしかしてそれって」

「黒人狼の皮を加工して作ったんだよ。アイツら群れで行動しているから楽勝だった」


 事もなげに言うが、ベイルの言う黒人狼は冒険者ギルドでも危険度Aに定められる上級者向けのモンスターだ。さらに言えばそれは単体での評価であり集団となれば脅威は上がる。騎士団と言えど簡単に討伐できないのだ。それをベイルは楽勝だと言い放ったのだ。これには流石の貴族たちも口を開いて呆けてしまう。

 改めてベイル・ヒドゥーブルという少年の異質さを見せられ、周りは騒然とする。もし彼の不評を買って攻められれば今の戦力では一たまりもない。ウォーレンにしてみれば金の卵を生む鳥にも見えただろう。問題は、性格や教養が異質すぎてどうにもならないところな上、仮に女をあてがうとして彼が満足するかという点だ。


「ではこうしようか。今後君がその騎士団を率いれば良い」

「陛下! それは少し無茶が過ぎるのでは⁈」

「なに。この少年の実力を考えればそれくらいできるだろう」


 そんな話をしていると、ベイルは視線を外に向ける。すると窓を開け放つと風が入ってくるが少しして二人が入ってくる。一人はベイルの姉マリアナであり、もう一人は彼女に連れて来てもらったアメリアだ。アメリアの姿を見たアーロンは驚いていたが、アメリアはすぐにベイルに近付く。


「ベイル、落ち着いて。私はもう怒っていないし、そもそもあそこまでやれなんて言ってないから」

「落ち着くも何も、あとは騎士団員を病院送りにするのとドラゴンの死体の回収だけですよ」

「それを止めろと言っているの!」


 まさか本気で回収する気だったのかと驚くアメリアだが、ベイルは止まらない。


「でもドラゴンの魔石でジーマノイドを作るなら超兵器を作れるでしょう?」

「……え?」

「だからジーマノイドを作ります。その為に魔石がいるんです」

「待ちなさい。そんなことで、ですか?」


 アメリアはもちろん、この場でベイルの思考を理解できる者は誰一人としていない。ベイルの発言はそれほどまでに特殊なのだ。


「……そんなこと?」

「ええ、そんなことです。ベイル、今この場にジーマノイドにドラゴンの魔石を使おうとしている者はいません。そのような力を持てば争いの種になるのが目に見えているのがわからないのですか?」


 説教を始めるアメリア。内心彼女はこれからちゃんとした教育を、と思っていたがベイルの目からみるみるうちに光が失われていく。


「確かにあなたはドラゴンを倒す程の力を持っているかもしれませんが、だからと言って勝手な振る舞いをして―――」

「アメリア、そこまでだ」

「お父様、ですが」


 アメリアはふと、ベイルの方を見るとまるで可哀想なものを見るような目で見ている。


「ベイル君、その眼は―――」

「―――あ、そうか」


 ベイルの背中から翼が生える。そしてアメリアに接近しようとしたがラルドが止めた。


「邪魔しないでよ。今から何も理解していない馬鹿を殺すんだから」

「お前は自分が何を言っているのかわかっているのか?!」

「親父こそ、その馬鹿が何を言っているのかわかっているの? あれだけの目に遭いながらも何もしようとしないんだよ。人を導く存在のくせして、自分たちがそんなのじゃ意味が無い事を理解していないんだよ? それを高が、何の意味もない権力如きに惑わされてそんなゴミを庇うの?」


 相手は公爵令嬢。本気を出せば男爵家なんて簡単に潰せるだろう。しかしそれはあくまで一般的な貴族家の話だ。ヒドゥーブル家はその高い功績を持っており、何より当主とその子どもたちすべてに高い戦闘力がある。


「ハッキリ言ってあり得ないんだよ。何で俺が狩った魔石を俺がもらえないの? 有効活用できない奴に渡すの? 今この場で親父とお袋を倒せば王族なんて簡単に滅ぼせるほど大した事ないのに、そんな事を理解できない奴らなんて必要ないだろ」


 ベイルの身体から紫電が走る。さらには両目は黒から黄色に変わり、髪も黒から銀に代わっていく。どう見ても普通の状態には見えない。


「………もういいや。どうせ、手に入らないんだから」


 本人は心の中で思っていたのだが、近くにいたラルドにはしっかりと聞こえた。ラルドも闘気を上げて応戦しようとしたがベイルから放たれるそれはもはや自分でどうにかできるレベル。父としてもここで止めるべきかもしれない。

 断腸の思いでベイルを斬る決意をしたラルドだが、それは意外な形で保留となる。

 突然ベイルが乗って来たモビルナイトが倒れ、爆発した。恐らく倒れた時に異常をきたしたのだろうが、大きな音をしたので見た時にベイルは急いで窓から様子を見ると先程までの殺意はどこに行ったのか意気消沈していたのだ。

 あまりの態度の変わりように周りは警戒するが、ベイルは泣きそうになっているので誰も何も言えない。

 そんな中、ドアが開け放たれて兵士が入ってくる。


「陛下! シャロン殿下が魔族に誘拐されました!」


 慌てた様子が周囲に伝播する。しかしベイルだけは未だにモビルナイトが爆発を起こして燃えている様を見て泣いている。


「俺のモビルナイトが……せっかくカスタムプランも考えていたのに……」


 国が管理しているジーマノイドなので勝手に持って帰るとか改造するとかは禁じられているが、ベイルは「自分が奪ったからカスタムしても良い」と勝手に決めつけていた。その様子に誰も声をかけないでいるが、ベイルの前に一人の青年が覗くように会議室を見ていた。


「何をしているんだい、ベイル」

「……ユーグ兄さん」


 その時全員がユーグの方を見て驚いている。

 会議室はそもそも二階に位置する為、外にいるという事はつまり浮いている以外他ならないのだ。


「実は俺のモビルナイトが壊れたんだ。せっかくカスタムプランも考えていたのに」


 少し考えていたユーグだが、笑顔を向けて言った。


「……そういえばさっき、誰かがモビルナイトにぶつかっていたね。たぶんそれで倒れたんじゃないかな」


 その言葉を聞いて意気消沈していたベイルはぶちぎれた。


「……ダレ?」

「さぁ? でも何か黒いものを抱えていたかもしれないけど―――」


 ベイルは両目を閉じる。目の前の魔力は自分の兄の魔力。そこから少し離れたところにここから離れるように高速で移動する何かを察知して外に飛び出すとそっちに向かって飛んだ。

 ユーグは下で大炎上しているモビルナイトを見るが、ある個所を見て色々と納得していた。


「ユーグ、お前何しにきた」

「どこぞの騎士団が我々に喧嘩を売った来たので返り討ちにしたのでその申し立てを、ですよ」

「ウチにも来ていたのか!?」

「なんとか撃退しましたし、今は彼らの出したモビルナイト、カノーネナイトは一機ずつこちらで確保しております。あとは確保した兵士の輸送ですね」


 色々と指示を出しているウォーレン。


「今すぐ部隊を編成してシャロンの救出を急げ! できるだけ迅速にだ! 君たちも参加してもらうぞ」


 ウォーレンがラルドたちも強制的に巻き込もうとしているが、それを止めたのはユーグだった。


「お言葉ですが、陛下。一度冷静になるべきかと思われます」

「何を言う。私は冷静だ」

「いえ、冷静ではありませんよ。今の状態であるならば私の弟の方がよほど冷静でしょう」


 ハッキリと言うユーグに周囲は唖然とする。ウォーレンは我慢ならんと言わんばかりに剣を抜いてユーグに向けた。


「貴様らヒドゥーブルはよほど教育が施されていないらしいな。我に歯向かうとどうなるか、理解していないらしい」

「現実を受け入れられない陛下よりもまともとは思っております」

「何?」

「正直に申し上げますが、現段階でシャロン殿下救出に兵を割くのは無謀が過ぎます。ただでさえ男爵家すら抑えられない無能共を派遣すればそれこそ死にに行くようなものです」


 その言葉に反応した兵士の一人がユーグに槍を向ける。


「貴様、我らを愚弄するつもり―――」


 最後まで言う事なく残っていた壁に叩きつけられた兵士。彼は何も触れられずに吹き飛ばされ、唖然としている。


「かつてこの地に召喚された勇者によって実現した長きに渡る平和にどっぷりと浸かった末路でしょうね。哀れとしか言いようがございません。さて陛下。私の言った事は間違いですか?」

「………つまりは、我が娘の救出はヒドゥーブルに一任しろ、ということか?」

「いえ。正しくはベイルのみにお任せすれば良いのですよ。ああ見えてあの子は冷静ですからね。それに、そろそろ救出自体は完了するでしょう」


 するとユーグの上に黒い何かが現れ、そこからシャロン・ホーグラウスが降って来たのでユーグが重力術式を使用して落下を緩やかにする。


「お初にお目にかかります、シャロン殿下。緊急時故にこのような体勢での挨拶、失礼します。私はあなたを救助したベイル・ヒドゥーブルの兄、ユーグ・ヒドゥーブルです」

「あ、はい……じゃないわ」


 着地したシャロンは酷く慌てた様子でユーグに言う。


「魔族があなたの弟を狙っているの! 今すぐ助けて―――」

「それには及びません」

「何で⁈」


 驚くシャロンに対してユーグは丁寧に接した。


「今、弟は自分の欲望の邪魔をされて酷く心を病んでおります。その八つ当たり先がいるのですからストレス発散してもらいましょう」

「相手は魔族なのよ! あのパーティでは運良く倒せたようだけど、今回の相手は数が多い。いくら彼が優秀だと言っても限度というものがあるわ!」

「ふむ……確かにそれはマズいですね」

「でしょう、だったら―――」


 シャロンの考えとは違い、ユーグは別の心配をしていた。


「一体いくつの動物が絶えてしまうのでしょうか」

「……はい?」

「ベイルの事ですから周辺の生物に対して一切興味を抱いていないでしょうし、ストレス発散には周囲が消滅するぐらいの術式を使用する方が楽しいと言っていましたからね。全く、運の悪い」


 その言葉にヒドゥーブル家は全員納得する。彼らもどこか心当りがあるらしい。それぞれ顔を逸らしているとユーグの後ろに黒い何かが現れ、ベイルが戻って来た。


「おかえり、ベイル」

「ただいま、兄さん」


 少し顔が晴れやかになっていたが、三十秒程してまた気持ちが落ち込んでいた。


「……大義であった、ベイル・ヒドゥーブル。よく我が娘を救出してくれた」


 ウォーレンは労いの言葉をかけるがあからさまに舌打ちをしたベイル。その様子を見てユーグは察した。


「その様子だとどうやらドラゴンの死体がここにあるって知っているんだね」

「そうだよ。だから回収しに来た。それが終わったら帰るよ」

「いい加減にしたまえ。あれは我々が王家に差し出したもの。それをさらに奪い去るなど我らに恥をかかせるつもりか?」


 アーロンの口から真実が語られた。それを聞いてベイルはアーロンを睨み、色々と察する。


「当然、それに報いるつもりでもある。君には我らの家族を―――」

「―――黙れよ」


 そう吐き捨てた言葉。ベイルはアーロンたちを睨むが、その瞳はもう光を失っていた。


「もういい。何が恩義だよ、下らない。恩義だ大義だとほざく癖に人の手柄や素材を奪う事に何の躊躇いも無いんだね。どうせ俺が狩ったドラゴンの素材も無駄にするんだろ? なにせお前らクズ共は五百年経っても大して技術を発展させなかったんだ。そんなに欲しけりゃくれてやるよ。いつも通り無能同士で権力争いしていればいいさ」


 完全にキレたベイルは黒い何かを出してそのまま姿を消した。


「あの馬鹿は……! 本当に申し訳ございません、皆様。この謝罪はまたいずれ―――」

「ラルド、もう良いわ」


 そう言ったのは意外にもレイラだった。


「レイラ、でも―――」

「私たちに貴族なんて無理だったのよ。お爺様のプライドの為に男爵として出発したけど、そもそも私は貴族なんて嫌いだったのよ。権力程度で粋がれる社会とか潰した方が面白いじゃない?」

「じゃあお母様、もう私あんなゴミしかいない学園なんて通わなくていい?」


 意外な事にマリアナもかなり鬱憤が溜まっていたらしい。そしてそれはレイラも同様のようだ。


「良いわよ。この際、ついでに退学届も出しておきましょう」

「やったぁあああッ!!」


 本気で喜んでいるマリアナを見てアメリアは本気で驚いていた。アメリアはマリアナの振る舞いを心から尊敬していたが、それがこれまで演技だったのを見てショックを受けている。


「ではみなさま。私たちヒドゥーブル家は本日をもって解散しますので。兵を差し向けたいのであれば全然どうぞ。むしろ私たちと敵対するのであれば王宮だろうと焦土に変える所存なので」

「ちょ、レイラ⁉ 色々と落ち着こう!」

「リネット義姉様への説明が少々問題ですね。彼女も快く付いて来ていただければいいのですが」

「ユーグも落ち着いて!」


 貴族を辞める気満々のヒドゥーブル家。もしそうなれば確かに王家は兵を向け、反逆意思を持つ彼らを捕縛するだろう。問題はどれだけ兵力やジーマノイドを準備してもヒドゥーブル家が本気になればどうにもならない可能性があるのだ。

 そもそもベイルがいなければドラゴンを狩る事は無理だった。その上魔族を倒すことはもちろん、シャロン、アメリア、カリンは間違いなく死んでいただろう。


「父上、もう諦めましょう。曾祖父さまが乗り込んだ時には私が話をしますので」

「ユーグ、これはそういう問題じゃないと思うんだけど⁈」

「そういう問題ですよ。それにもう良いではありませんか。正直他家のイベント事にプレゼントを包むとか面倒でしたし」


 ぶっちゃけたユーグにラルドは顔どころか全身を青くした。周りの視線に敏感になる。


「では我々はこれで去らせていただきましょう。今後は我々と道を交える事は無いと思いますが」


 ユーグはヒドゥーブルの人間にのみ浮かばせて全員を窓から外に出す。そのままヒドゥーブル領の方に飛んで行ったのを見て周りは何とも言えなくなった。

 仮に兵を派遣したとして余程隙を突かなければ敗戦は必至。高が一家族すら処断できなければ今後の王家の立場は揺らぐことになるだろう。少なくとも、バルバッサ家は喧嘩を売られた以前に大きな兵力を失っていた。






 ベイルが乗って来たモビルナイト。騎士団の物を強奪された機体であり、一体どういう原理で動かしていたのかはわからないがこれまでに残っていた戦闘データでそのモビルナイトのみはスペック以上の機動力を見せていたことが判明した。

 さらに調べた事で判明したがモビルナイトのOSが弄られていた形跡があり、爆発にまで至ったのはスペックを超える程の出力で操縦していたからと結論付けられる。


「関節部分の負荷が凄まじく、そこまで使用していた騎士は誰もいないでしょう」


 子どもながら既に騎士を越えた能力を持つ少年。それを育てたヒドゥーブル家もバケモノ揃い。そして魔族との戦闘区域はモノの見事に山が消滅していた。

 一体何がそこまで彼をそこまでさせたのか。そういう話し合いをする前にウォーレンはある人物を呼ぶ。

 その者はジョセフ・クリフォード。クリフォード侯爵家にしてレイラ・ヒドゥーブルの祖父。元騎士団所属で部隊を率いていた程だ。またの名を、剛剣のジョセフ。

 歳は七十五と既に現役を越えているが身体を衰えを知らないらしい。未だに筋骨隆々でAランクのモンスターすらも簡単に屠れる程の力を持つ。


「よく来てくれた、ジョセフ。貴殿にヒドゥーブルの件で頼みたいことがある。今彼らは貴族の身分を捨てようとしているので何とか思い止まらせてもらいたいのだ」

「……噂は耳にしています。よもやあの者たち―――特にベイルがあそこまでわがままを言うような悪ガキに育っているとは思いませんでした。この私が直々に乗り込んでその性根を叩き直してきてやります」

「そ、それで頼む!」


 もしヒドゥーブル家が王国での地位を捨て、他国に渡るという事になれば五ヵ国同盟内のバランスが大きく崩れる。それを恐れたウォーレンは切り札を切ったつもりだった。


「ではジョセフ様、行きましょうか」


 そう言ったのはウォーレンではなく、娘のシャロン。


「これはこれは……シャロン殿下。行くとは一体……」

「シャロン、まだお前はそんな事を言っているのか!?」

「事情はどうあれ、ベイル・ヒドゥーブルが私を助けたのは事実。それに報いずに放置をするなどあり得ません。そのような事をしているから、今回のベイルを始めヒドゥーブル家が私たちを見限るのではなくて?」


 シャロンの言葉に怯むウォーレン。それに反論をしたのがジョセフだった。


「それはありません。あの馬鹿は教育を受けていないとはいえ王家に対する無礼を働くなど笑止千万。私が徹底的に教育してご覧に入れましょう!」

「……う、うむ。期待しておるぞ」


 しかしウォーレンはどこか不安を拭いきれない。何やらまた妙な事が起こるのではないかと思っている程だ。そしてそれは―――正解だった。

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