#3-悪童、目覚めて暴れて念願のジーマノイド戦を経験する-
アメリアの誕生日から数日が経過した。ベイルはまだ目を覚まさないがある事を理由に出入りを禁止にされている。部屋の前にはゴーレムが設置されてバルバッサ家の者でも入れないようにされていた。
とはいえベイルが寝ていても日常は続く。今回の功績を受けて王宮では主要貴族たちによる会議が行われていた。
「は、反対です!」
その中でフレデリックが今回の話を議題に対して異議を唱える。
「確かに今回の件でヒドゥーブル家が上手く立ち回ったのは理解していますが、だからと言って教育係となると話が変わってきます。我々の能力を疑うというのですか、陛下!」
その議題内容はヒドゥーブル家を兵士団の教育顧問として雇うということだった。
今回の件でヒドゥーブル家は男爵から子爵へと陞爵。それに関しては問題無いとされているが、だからと言って教育顧問として採用するという話は違うだろうということらしい。
「彼らは冒険者上がりで今回はたまたま上手く行っただけのこと。今回の件で教育顧問として採用するのは早計過ぎると思うのですが?」
「だが、魔族が本格的に攻勢に出たとなればこちらとしても対策を持たねばならぬ」
険悪なムードになる中、それをぶち破る者が現れた。
「申し訳ございませんが、陛下。それは辞退させていただきたく思います」
「……何?」
ラルド自身だった。今回の件で話し合いに参加し、いきなりそんな話になっているので彼自身も戸惑っていた。
「何故だ? とても名誉なことだが」
「ええ。そうは思いますが、実の所、私が親として子どもたちにしてあげたのは武器を与える事ぐらいです。後は彼らが自力で戦えるようになっただけ。そんな者が他人を教えるなんておこがましいでしょう?」
その言葉を聞いて驚いたのはむしろ周りだった。それもそのはず、彼の子どもたちは全員が独学で強くなってきたという話になる。
「……それが本当なら、本当に恐ろしいものだな」
「もっと言うのであればベイルは完全に異常ですね。四年前の事故以降はまるで人が変わったように森に入り毎日狩りをしているようで」
「ははは。まさか狩り如きであそこまで強くなったと?」
「馬鹿も休み休み言ってもらいたいものですな。その程度であそこまで強くなれるなら誰だって強くなれますよ」
周りは馬鹿にするように言うが、ラルドはそれに対して笑って返す。
「ええ。私もそう思いますよ、あなた方が行っている幼稚な狩りの真似事程度で強くなれるなら誰も苦労しませんよ」
その言葉に全員が黙った。彼の妻であるレイラもまさかそこまで言うとは思わなかったのだろう。
「ちょっとラルド、そんな事を言っちゃダメじゃない。この人たちにとってその狩りが唯一の運動って言っても過言じゃないんだから。だからブクブクと醜く太るのよ」
と妻のレイラすら実際のところは止める気はさらさら無いようだ。流石はあの子どもを育てた両親というべきだろうか。
「貴様ら!」
「そこまでだ。実際の所、事実といえば事実だろう」
ウォーレンの言葉に他の者たちが静まった。
実際のところ、彼らの言う狩りは言わば鹿や鳥を狩る様な程度のもので、基本的には無害。それを見てウォーレンは相当我慢していたが、彼にしてみれば幼稚以外に他ならない。それに周りはあまり強く言えなかった。
あの場でヒドゥーブル家がいち早く行動に移し、四男のベイルがほとんど一人でドラゴンを狩ったと言っても過言ではない。その上、レイラは周囲の人間の保護を、ラルドは片方の魔族を捕縛している。
「だがヒドゥーブル男爵、少しは考えてもらいたい。今回はなんとか貴殿らのおかげで我らのほとんどは守られた。亡くなった者には申し訳ないが生きている我々は先に進まなければならない」
「……ならばなおのこと、早まったことは止めてもらいたいのですがね」
レイラは呆れた様子を見せる。それもそのはず、ベイルが倒したドラゴンの死体は今、王宮にある。強大な力を秘めているが故に王家が接収したのだ。
しかしそれに関してはちゃんと見返りがある。ヒドゥーブル家には莫大な資金が提供されることになるだろう。それは一般貴族なら数年は、ヒドゥーブル家ならば数十年は持ちそうなものだった。それほどの額を貰えるというのに、レイラは不満そうだ。
「これは異なことを言う。他国に対して威光を示すのは別におかしなことではあるまい」
「陛下。お言葉ながらドラゴンを持ち帰るのは問題かと思いますが」
「何を言う。確かにあの者たちとは縁があるとはいえそもそも向こうが仕掛けて来た事。盟約を捨てたのは向こうゆえ、こちらも相応の態度を取らせてもらうまで」
「……その前にまずは足元の事を考えた方が言っているのですよ、私たちは」
レイラの態度に苛立ちを見せるウォーレン。
というのも彼女らはドラゴンの死体を引き取ると言っているのだ。それも王家が接収すると言ったその日から。
「一体誰がそんな事をするというのだ。まさか貴殿らの子どもたちの誰かが襲って来るとは言うまい」
すると二人は同時に顔を逸らした。まるでそうだと言わんばかりの態度にウォーレンは眉を顰める。
「まさか、君のところが?」
「ベイルですよ。まだあの死体をバルバッサ公爵家に置いておくならば隙も付けましたが、よりにもよってここに持ち込んでしまうんですもの。本当に困りま―――」
突然小さな地震が起こる。何事かと外に出ると騎士団所有のジーマノイドが戻って来た。
「何をしている⁉ 騎士団には指定の場所が存在している! そちらに止めろ!」
フレデリックが叫ぶがジーマノイドは声がした方を向いて聞いた。
『そんな事はどうでもいい。それよりも聞きたいことがある』
「そんなことだと⁉」
『ああ。騎士団の責任者を出せ。そして、こいつの親もな』
ジーマノイドのマニピュレータから一人の男が見せられるが、フレデリックが顔を青くした。
一部を除いてほとんどの人間が声の主が誰かを察する。特にヒドゥーブル夫婦が顔を抱えていた。
「私がその責任者だ」
そう言って出てきたのは意外にもウォーレンだった。
「陛下!」
「落ち着け、ハンフリー。私に一体何用だ、操縦者」
『アンタを殺しに来た』
殺害宣言をした事で眉を顰めるウォーレン。
『と言っても言わば掃除だ。今の騎士団にもただのかかし。そんなもので一体何を守るか疑問でしかない』
「掃除だと?」
『掃除だ。それにこいつらは未来の王妃を殺そうとした。掃除する理由には十分だろう』
ウォーレンは驚いて何かを聞こうとしたが、その前に彼らの前に降り立ったジーマノイドに向けられて砲撃が飛ぶ。
「待て! 止めろ! あの機体には私の息子がいるんだ!」
驚いたのか後から来たジーマノイド二機は停止。しかし先に現れたジーマノイドが手にライフルを召喚して発砲。一撃でメインカメラを破壊した。
「止めろ! 止めるんだ! 言う事を聞け!」
そこでようやくフレデリックの息子が投げられる。レイラが浮かせて止め、会議室に入れた。
机の上に寝かされた彼の容態を確認するが、とてもまずい状態なのかうめき声が漏れる。その間にもう一機は格闘戦を仕掛けられて大して応戦できずに倒れてしまった。
「嘘だろ……」
騎士団のジーマノイドの操縦技能は並ではない。というのも対大型用の最終兵器でもある彼らは災害級のモンスターが現れた場合、率先して前に出る事になる。だが今回の場合、襲撃者側のジーマノイドが圧倒的に早く動き、簡単に破壊したのだ。
周りが戦慄する中、レイラはただ一人違和感を持ったので先にフレデリックに仕掛ける。
「一つ良いかしら?」
「な、なんだ?」
「バルバッサ家襲撃はあなたの命令?」
その言葉に周りは戦慄。フレデリックは驚いているが平静を保って聞き返した。
「一体何のことかな?」
「あれ、騎士団所属のジーマノイドよね? 何故そんなものが奪われているの?」
『なるほど。つまりそのデブを握り潰せばいいわけだ』
ジーマノイドを動かした襲撃者は会議室を破壊しようとするが、その前にラルドが大剣を構える。
「そこまでにしろ、ベイル」
『嫌だね。とりあえずそのデブは潰す。話はそれからだ』
「それは困る。その男を殺したら俺が家に帰れない!」
ラルドが言った事がわからず、ベイルはコックピットの中で首を傾げた。
『いや、どういうこと?』
「どうやら俺が騎士団を指揮する立場になるそうだ」
『え? 嘘? 何それ、罰ゲーム⁉ あんな雑魚共を率いるとかぶっちゃけ親父には無理だろ!』
コックピット内で笑っているベイル。それを聞いてフレデリックはベイルに怒鳴った。
「ふざけんじゃねえクソガキがぁあ! 舐めてんのか、ああ⁈」
本気でキレたフレデリック。これまでに見せた事がない汚い言葉を吐く。その言葉に反応してかコックピットハッチが開いて姿を見せた―――と周りが認識した瞬間、フレデリックの身体が壁にめり込んだ。
見るといきなり現れたソレの背中から、機械のような翼が生えている。
「おい、ミジンコ」
壁にめり込んで動けないフレデリックを無理矢理引き抜いたベイルは少し浮かせてからフレデリックを蹴り飛ばして壁を破壊した。
「調子乗ってんじゃねえよ、下等種族が」
王宮の壁はとても強固にできている。そんな壁があっさりと破壊され、さらには総騎士団長が蹴り飛ばされるという珍事。
「お、おい、ベイル……?」
さらにベイルは強大な魔力を使用としているところでレイラに停められる。
「そこまでにしなさい、ベイル」
「何で?」
「これ以上やればあの男は死んでしまうわ」
「え? ちょっとそれは弱すぎない? 人選ミスでしょ」
流石にこれ以上はマズいと思ったのだろう。今度はアーロンが諭す。
「落ち着きたまえ、ベイル少年。流石に今回の件はやりすぎだ」
「やりすぎ? 本気で言ってます?」
「そうだ。何もあそこまでやる必要はない。大人には大人のやり方がある」
「自分の娘が殺されそうになっていたのに?」
「……何?」
驚きを見せたアーロンにベイルはさらに続けた。
「あの騎士団共、あろうことかバルバッサ家に牙を剥いたので先に潰しただけですよ。それにそんなクズが萬栄していればアメリア様が王妃になってここに入場して命狙われたらどうするんですか? だから掃除しに来たんです」
「いや、だからってあそこまでやるか普通⁉」
「親父、ちょっと温すぎ。むしろバリアも張ってやったんだから大目に見ているさ。……本当だったら普通に殺しているっての」
尋常じゃない殺気をまき散らすベイル。本気も本気で殺意に周りは怯んだ。
数時間前の事だった。
バルバッサ邸にて二人の少女がアメリアの自室でお茶をしている。一人はアメリア・バルバッサ。もう一人は彼女の友であり同じ派閥に属するエーディア侯爵家の娘、ジェシカ・エーディア。彼女もまた、あの誕生会に参加していた令嬢の一人だ。
「それにしても、あの少年には驚いたわ。まさか単身でドラゴンを狩るなんて」
「……ええ、そうね」
その少年はまだ昏睡状態らしく、今もバルバッサ邸で治療を受けている。その治療をしているのは彼の姉のマリアナであり、彼女は頑なにバルバッサ家の人間を中に入れさせようとはしなかった。特に、アメリアとカリンは。
自分は家の住人だというのに、何故なのか。そして現当主の父と次期当主の兄は何故見せてもらえたのか。そんな疑問を思いながらも何度か入ろうとしたが、強力な魔力が漂っていて近付いたらとても危険な目に遭う事だけは予想できたアメリアは下手に行動しないようになった。
「どうしたのアメリア。せっかく会えた愛しの少年がまた顔を見れないと思って悲しんでいるの?」
「そういうわけじゃないわ。あまり変なことを言わないで」
「冗談よ。それに噂じゃ、あの少年はドラゴンスレイヤーとして認定されてその箔のままシャロン殿下と結婚するって話も出ているわ」
それはあながち間違いじゃない事をアメリアは知っていた。特にシャロン・ホーグラウスは社交界では別の名で「デンジャラスプリンセス」とも呼ばれるほど危険な人物としても見られている。特に実質女性は王になれないホーグラウス王国にて彼女は未だに王になる事は諦めておらず、そのパートナーとしてベイルを狙っているということだ。
実際、ベイルがホーグラウス王国に対して敵対した場合、彼を抑えるのにかなりの兵力を使用する事になるだろう。相手の魔族を簡単に倒せる程の実力者だ。上位の騎士を動員する必要もある。だから先に問題児同士をくっつけておこうと算段だろうか。そこまで想像したアメリアは少し不機嫌になった。
「……あまり良い表情していないけど、もしかして好きなの?」
「だ、誰が! それに私はサイラス王太子殿下の婚約者ですのよ。他の殿方に恋慕を抱くなどあっていけないわ」
「じゃあこのままシャロン殿下の毒牙にかかっているのを見守る?」
「それは……」
それはそれで面白くない。そう考えている親友を見て楽しむジェシカ。そんな時、外が騒がしくなる。
「何かあったのかしら?」
「後処理とかもあるけれど、基本的にベイルはこの家に被害は与えないようにしていたからここまで騒がしくないはずだけど……ちょっと様子を見に行きます」
アメリアは立ち上がり、ドアを開く。メイドたちが慌しくしておりアメリアが姿を現しても誰も反応しない。少しするといつもメインでアメリアと交流を持つソフィア・ボートが近付いて来る。
「アメリア様」
「ソフィア、この騒ぎは何?」
「まだ未確認な情報ですが、どうやらこの近辺に騎士団が現れたそうです」
「騎士団が? 事後処理はこちらで対応するという話だったはずです」
「それが……」
すると玄関から大声が聞こえた。
「無礼を承知で申し上げる! 我々は騎士団の者。命によりこの家に匿われているベイル・ヒドゥーブルの身柄を拘束しに来た」
「!?」
その言葉を聞いたアメリアが焦りを見せる。近くに来ていたのかジェシカが声をかけた。
「どうした?」
「どうしよう。騎士団がベイルを捕まえに来た」
アメリアは心当たりがあった。というのも彼がドラゴンと戦闘を行った際、ベイルの身体からドラゴンのと酷似した翼が生えていたのだ。ただでさえ亜人の存在は知れど過去の出来事で人間たちは亜人の存在に敏感だ。例えそれが害が無くとも怯え、警戒する。特にベイルの戦闘力はたった一人でも魔族やドラゴン相手でも勝ててしまう程だ。騎士団も裏切る事を視野に入れているのかもしれない。
だが今のベイルは話だけしか聞いていないが動けない状態だ。もしこのまま連れて行かれたら最悪処刑されてしまうかもしれない。そう考えたアメリアはそこから移動しようとした考えた時にソフィアが動き、アメリアの頭上で衝撃が起こった。
「アメリア、あれ!」
ジェシカの声がした方を見ると、黒装束に身を包んだ何者かが床に着地すると同時に誰かが僅かな隙間を通りその相手を壁に叩きつける。その姿を見た瞬間、アメリアは驚いたが口を塞いで言葉を発しないようにした。しかし全員が音がした方を見てその存在を確認する。
「ベイル・ヒドゥーブル! 今すぐ降りて来い!」
「今取り込み中だ、後にしろ」
冷たく言い放ったベイルは目の前にいる相手を無効化しようとしたがその前に視界の端に映った光景を見てベイルは一瞬で目の前にいる相手をその騎士に向けて飛ばした。
流石に人が飛んでこないとは思っていたのか、騎士は何の対応もできずに身体にぶつかる。今ので相当ダメージが入ってたらしく二人は動かない。
「大丈夫か?」
ベイルは下に降りて先程騎士がやった事の被害者―――カリンに声をかける。彼女は落ち着かずに外に出ていたところに騎士に見つかり、人質にされていたのだ。
「わ、私は大丈夫……」
「……そうか」
ベイルはそのまま外に出ようとしたところでカリンが止めた。
「ど、どこに行くの?」
「ちょっと騎士団を潰しに行ってくる」
「え!?」
驚きを見せるカリン。その後ろから出迎えていたらしいレティシアも前に出て来た。
「馬鹿な事はお止めなさい。そんな事をして一体何になると言うのですか?」
「でもそうでもしないと、俺は騎士団の無能っぷりに絶望して王国を滅ぼすよ」
「………はい?」
何を言っているのかと思ったレティシア。だがベイルは敬語を使わずにそのまま話を続けた。
「俺は人を統治するよりも何かを破壊する事の方が向いているけど、高があの程度にビビる様な無能な人間よりも君の娘を守る事ができる。魔族如きにビビる無能なんて必要無いし、そんな奴らにあの子を明け渡すつもりは無い。ましてや―――俺を捕まえる為に子どもを人質にするカスに国防を担わせるなんて以ての外だし、生きている事自体が不快だ」
ベイルから威圧感に怯むレティシア。カリンもまたベイルから距離を取る。
「……ベイル、あんた自分が何を言っているのかわかってる?」
呆れた様子を見せるマリアナ。ベイルは鼻で笑って答えた。
「わかっているさ。オッサンにわからせジャンルは流行らないってことだろ?」
「相手は騎士団なの! 王国が国防を任せる軍隊なの! あんたはそこを一人で潰すって言ってるのよ!」
「安心しなよ。騎士団と、ついでだけど必要なら王族も潰すから」
平然と王国に対する反逆的精神を述べたベイルにマリアナは驚いた。
「当たり前じゃないか。元は同じ血筋と言えど、彼女はバルバッサ家の娘だ。いくら名誉と他家から生まれたレディをこんなクズ集団に守らせるなんて家に迎え入れる者としての覚悟がなっていない。こんなクズをのさばらせている王族にだって責任はある。それを認めずに理解できないカスなど目障りだ。……それに気になる事があるんだけど、ドラゴンの死体がない」
「あ、あの死体なら王家が接収したわよ」
「………なるほど。俺の目的はどちらも王宮にあるのか」
何かを納得したベイルにマリアナは何かを言おうとしたが、それよりも先にベイルが二人を引きずって外に出ていく。
「マリアナ・ヒドゥーブル。今すぐあの子を止めなさい」
「………無理ですね」
「何故ですか!?」
「ベイルを止めるとするなら、まずこの家が消し飛びます。そしてこれからベイルが暴れるのでそのバリアを張らなくてはいけないので」
そんな会話を聞き続けながら一人の不審者が物陰からアメリアを狙おうとしていた。それを感知したソフィアがそっちを向いた時にアメリアを庇おうと移動するが、隙間を狙って吹き矢を発射される。しかし中から飛んだ矢は庇ったソフィアにも本来の標的でもあるアメリアに当たる事は無かった。
先程吹き矢を放った不審者が力なく倒れて姿を現す。ソフィアが止めを刺そうとした時に目の前に黒い何かが出てきてベイルが姿を見せた。
「あ、あなたは―――」
「やっぱりまだ他にもいたか」
「ベイル、あなた行ったんじゃなかったの?」
「嫌な予感がしたから先に周りの掃除をと思って。全く、何でまだ十歳になったばかりの女の子の命を消そうとできるのか理解に苦しむ」
そうしてどこかに連れて行こうとしているベイルにレティシアが止めた。
「待ちなさい、ベイル・ヒドゥーブル。彼らはこちらで対応します」
「………」
少し考えていたベイルだが、どこからともなく拘束具を出して両足を拘束した。
「じゃあ後は任せます。とりあえずそこにいるメイドにあるモノを渡しておきますので後で受け取ってください」
「あるモノとは?」
「運ぶのに重要なものですよ」
そう言い、ベイルはソフィアに何かを複数渡して来る時と同じく黒い何かを使ってどこかに消えたが、ベイルがいた場所には同じような格好をした者たちが同じ拘束具をされた状態で寝かされている。ソフィアは証のようなものと紙を受け取っており、紙には少し歪な字でこう書かれていた。
『この証を持っている人は軽く扱えますが、そうじゃない人は脱力系の呪術がかかるので気を付けてください』
その頃、少し離れて派遣されていた騎士団は仲間の合図を待っていた。今か今かと飛び出さんとしている者もいれば気乗りしない者もいる。そして、それは一人のパイロットも同じだった。
上の命令だからと連れて来られたが、聞かされた内容は魔族化した子どもの捕縛である。
(……怠い)
ドラゴンを狩り、その最中に魔族に落ちた子ども。詳細は閉じられているが言わばそれは王族を守った幼き英雄と言うべき存在だろう。そんな存在を捕縛など、と考えたパイロットはだらけていた。そんな時に緊急式の通信回線が開き、一人の男が怒鳴る。
『何をしている! 集中しろ!』
「……わかりましたよ」
通信を切ったパイロットは嫌々ではあるがシートを戻していつでも出られるようにする。相手はドラゴンを倒した程の力を持つ。それを見越しての、本来は巨大生物か大群のモンスター相手にしか投入しないはずのジーマノイドを複数機投入しているのだ。
本音は今すぐ止めたいだが、向こうを下手に怒らせれば面倒だ。その上最悪の場合は家族すらも処刑するだろう。
(仕方ない。本気を出すとしましょうか)
そう思った時、彼の意識はそこで途切れた。というよりも、途切れさせたというのが正しいだろうか。
黒い何かを使ってそのパイロットは安全な場所に移動。シートやコックピットを簡易的に綺麗にした後、ヘッドギアを装着。さらにUSBメモリを出して差込口に入れてシステムをインストールする。
通常、ジーマノイドは足元の二枚のペダルを足で、二本の操縦桿を手で操縦する。そして細かな操作はヘッドギアから送信される脳波によって行われる。特に相手からの攻撃を防ぐ方法などもそれに当たるだろう。だがそれには意図して制限がかけられていた。何も知らない幼子が乗って事故を起こさないようにシートの高さは一定の高さを保っているのだ。だがそのシステムはその制限を突破し、思考操作でほとんどの操作でどうにかなるようになっている。
インストールが完了し、ベイルはシステムを一通りチェックして気になったところを修正。シートベルトを付けてシステムをアイドリング状態から戦闘状態へと移行。跪いていた機体が起き上がった。
「"HKK-010PM モビルナイト"か形式番号もちゃんと入れている辺り、好感が持てる」
そう呟くベイルに通信が入る。
『おい、何をしている! 合図はまだ来ていないぞ! 勝手に動くな!』
「黙れ。お前ら雑魚が誰に指図している」
『声が違う? お前は誰だ! 認識番号と名前、階級を言え!』
その声にベイルは笑みを浮かべて言った。
「ベイル・ヒドゥーブル。認識番号と階級は知らん」
『な!? 目標じゃないか!』
「……目標?」
それを聞いたベイルはまるで悪役の様に笑い始めた。
「つまりは何か? お前たちは俺を捕縛もしくは討伐する為にあの二人を人質に取ったのか?」
『人質? 何の話だ?』
『……ふん。そのような手段を取るとはな』
「なるほど。そちらもそのような手段は予想外だったというわけか」
ベイルは近くにあった剣を掴んで近くの同型機に切りかかる。相手は防御をしようとするが機体の可動速度が遅いのだ。防御が間に合わず右腕を切断された相手は戸惑う。
『な、何で―――』
「どうでもいい」
『何が!?』
「手段は知らない? そんな言い訳なんて知った事か!」
その場から跳んだモビルナイトは回し蹴りを放った。
「お前ら騎士団は滅ぼすと決めた。大人しく潰れておけ!」
そう宣言したベイルに対して後ろからベイルが駆るモビルナイトとは違う、両肩にカノンを一門ずつ装着したタイプが魔砲を放った。ベイルは攻撃を回避する。
『下級貴族の跡取りでもないクズが! 俺の攻撃を避けんじゃねえ!』
「テメェの射撃の下手さを呪ってろ!」
初めての操縦だがベイルは巧みにジーマノイドを操る。まるで百戦錬磨のエースパイロットのように攻撃を回避するベイルの姿に公爵家の従者たちは唖然としていた。
『この、ちょこまかと避けんじゃねえ!』
それでも回避するベイル。それに業を煮やしたのか相手は砲身のバルバッサ邸の方へと向けた。それに気付いたベイルはバルバロッサ邸へと移動する。
『やはりその家が大事だよな、お前は!』
そう言うと相手は魔砲を放った。それも先程ベイルに放っていた者ではなく、かなり威力の高い物である。それをまともに食らえばひとたまりもないだろう。
ベイルは自身の機体の前に黒い渦を展開。それでエネルギーを吸収した。
『嘘だろ!? 俺の最大出力だぞ!』
「だとしたら弱すぎる。やはり俺が王位の簒奪を企んだ時のラスボスは親兄弟だな。……面倒だから絶対にそんなことはしないけど!」
『黙れ! その発言、王家に対する侮辱と知―――』
加速したベイルの駆るモビルナイトは相手の機体をコックピットを爆発させないように切断した。
「及第……いや、五百年という年月の経過を考えて落第だな。よほど平和が続いていたのか、単に発展させる程の想像力を持たなかったのか知らないが……どちらにしてもお前には刑を執行しないとな」
そう言ったベイルは相手を―――クラーク・イーストンを回収してそのまま王宮へと移動する。
「ジーマノイドが、空を飛んでいる……」
ソフィアが驚いてそう呟くが、そもそもジーマノイドが空を飛ぶことはできない。というのも飛行できるほどの推力を確保できておらず、しても加速や跳躍補助程度だ。それが飛んで行ったとなるとそれが常識となると流石に驚く。
(……また好き勝手して……)
呆れるマリアナはどうしようかと思っていると、外行きのドレスを着たアメリアがマリアナのところに移動する。
「マリアナ、お願い。今すぐ私を連れて彼を追って!」
「……アメリア様、それは危険です。今のベイルはかなり―――」
「わかっているわ! でも、返答次第では王家を滅ぼす。私が言えばちょっとは言う事を聞くかもしれない! 違って?」
マリアナはどうしようかとレティシアの方を見ると、レティシアは諦めるように言った。
「アメリアを王宮に連れて行ってあげなさい。許可は私が出したと言えば主人も強くは言えないでしょう」
「わかりました」
マリアナは先程ベイルが乗ったモビルナイトが飛んで行ったみたいにアメリアを抱えたまま飛んでいく。目撃者はつくづくヒドゥーブル家はバケモノの巣窟と実感した。
という事で初のロボット戦です