#2-悪童、ドラゴンを狩る-
初回投稿による連続投稿、ラストです
魔族との戦闘が始まり、周りのほとんどはどうせ敵いっこないと思っていた。どうせ粋っていた子どもは早々に終わるだろう、と。
だがベイルの服装は一瞬で変わり、見た事ないような格好になったかと思うと背中から何かが飛び出してベイルに追従。ベイルの相手になる細身の魔族だが魔力の扱いが上手いようで巧みにベイルに攻撃するが、それ以上にベイルの素早さが高い為捉えられていない。その内残っていた剣も奪って調伏させた。
「お前は親は盗人の技術でも叩きこまれたのか!?」
「え? そんな事をするわけないじゃん。剣も魔法も我流だよ」
その言葉にベイルの父ラルドは「そういえば」と言ったのだ。
それもそのはず、ベイルは前世の記憶を取り戻した後は本を読み、山に籠って騒ぎを起こし、獲物を捕らえれば持って帰ってくるという修行をしていた。他の兄弟は基礎部分はそれぞれ教師を付けているがベイルだけは教師を拒否。一体何をしているのかと思うと八歳の時に空を飛ぶようになった。今ではたまにベイルが獲って来た獲物が食卓に並ぶ始末である。
華麗とは言わずともさも当然のように宙に浮いて飛びまくるベイルの姿に、流石のサイラス王太子殿下も驚きを隠せない。
「これが、私と同じ歳の少年なのか?」
いっそのことそうじゃなければ良いのにとすら思ってしまった。それほどまでに常識が外れており、とても自分が敵う相手だとは思えない。それほどまでにベイルの能力は高かった。
「殿下、あれを一般的な少年として扱うのはどうかと」
「な、何を言っているのだアメリア!?」
「普通の少年ならばあの魔族から発せられている気に宛てられて怯むものです。ですが長年冒険者として戦ってきたヒドゥーブル男爵ならばともかく、その息子のベイルがあそこまで動けるのはあり得ません。おそらく精神的にもぶっ飛んでいるのでしょう」
「いや、それは確かにそうかもしれんが……」
もっと他の良い方は無かったのだろうか? そんなことを考えていると魔族は懐から何かを出した。それを見たベイルはすぐさま地面から影を出して魔族の腕を切断。その懐から出したものを影で弾いてゲットする。
「か、返せ!」
「これも貰っておくね」
「ふざけるなぁああああああッ!!!」
異空庫のようなものに入れたベイル。さっき奪ったモノもそこに入れていた。
ベイルは何かに気付いていたようでゆっくりと歩み寄る。
「さて、おそらく君はまだたくさんのモノを隠しているんだろう? ほら、全部出しちゃおう」
「ふざけるなよお前! 何故お前にすべてやらねばならないんだ!!」
「だってどうせ俺が勝つんだし、そしたらゲットできるんだし今更じゃい。さぁ、大人しく渡せ。その後に殺してやる」
「調子に乗るなぁああああッ!!」
魔族が黒い炎で鳥を作り、ベイルに飛ばす。するとベイルは自分の前に黒い円を出して鳥を中に入れた―――かと思えば近くで悲鳴が上がった。ラルドが戦っていた相手が突如として燃え上がったのだ。
「お、おいベイル!?」
「つまりは黒い炎で鳥の造形を行ったわけか。確かに鳥とかだったら別に飛んでいてもおかしくないし面白い発想だ。そしてぶつかった相手には燃え上がらせると。実に面白い」
「……まさかと思っていたが、お前のその魔法、属性は闇だな」
相手の魔族に言われてベイルは驚いていた。
「え? 転移魔法って無属性じゃないの?」
「普通はそうだが、お前の場合は闇属性が含まれている。知らずに使っていたというところか。確か人間社会で闇属性は禁忌だったはずだがな」
「へー」
「へ、へーだと……?」
「だって興味ないもの。まぁそれについては改めて資料を漁るとして―――」
ベイルは瞬間移動の如く相手の懐に飛び込み、相手の股間にある玉を何の躊躇いも無く潰した。あまりの痛みにベイル以外の男たちが縮み上がる。
魔族は倒れ、ベイルは心臓にある部分に手を当て、無慈悲に言った。
「パラライズ」
電気が走り、魔族が苦しみ始める。周りは同情するがベイルは一切同情しない。その心そのものが罪となると知っているのだ。それでも情報を吐かせるために痺れの状態異常の魔法を発動させた。
周りは思う。ここまで広範囲に戦える相手が自分たちに牙を剥いたらどうなるか、だ。
この世界にはジーマノイドという兵器がある。十~十五メートルはあるであろうその人の形をした機動兵器だが、実のところ生産は行き渡っていない。公爵家のような大きな家ならばそれこそ五機ぐらいは簡単に手に入るだろうが、男爵家となれば一機あればいい方だ。
そんな状態で突破力のあるベイルのような存在がいればどうなるか。簡単に懐に入られて人質に取られるのは明白だ。
疑惑の視線を向けられる中、ベイルは異空庫の中から紐を取り出して拘束。さらには紐の強度を上げて全く解けないようにした。
「くそっ! まさか人間の、しかも子どもにここまで良いようにされるとは……」
「実戦データも取れたし、新兵器っぽいのもゲットしたし、万々歳だよ君」
「ふざけるな人間! やはり人間は油断ならぬ!」
「油断ならないのはこっちのセリフだよ。いきなり俺たちを襲うなんてどういうつもり? じゃあ早速キリキリと認識番号とか爵位とか持っているなら話してもらおうか。あ、武器の返却はありません。俺が有効活用するから」
黒い銃に黒い剣二振り。それを獲得したベイルはご満悦だった。そして驚くべき事は彼の隣にまだ石が漂っている事だろうか。菱形の形を持つその石はベイルの服の後ろに自分の意思で留まった。
「黙れ! お前は絶対に許さない! お前の家族は末代まで呪って―――」
するとベイルは急に目の前の魔族の口を蹴り上げた。突然の事に騒然とする周りだが、一部はその意味を理解している。
「お前、まさか」
「末代まで呪う? 随分と勝手な事をほざくじゃねえか、ゴミ風情が」
ガチでキレたベイルが魔族を持ち上げる。細身とはいえ大人程の身体を持つ魔族を軽々と持ち上げたベイルは右手に黒い電気を走らせた。
「死ね」
そう冷たく言い放ったベイルは魔族の心臓を刺そうとした時、後頭部を誰かに殴られた。殴ったのは彼の妹のシルヴィアで周りはあたふたしている。
「何するのさ」
「……周りを見る」
言われてベイルは周りを見た後に首を傾げる。
「何か膨大な魔力が来ている以外は特に何もないけど」
「……それはどうでも良いとして、周りには子供がいる。もしトラウマになったらどうするの?」
「シルヴィアは優しいなぁ。まぁ言われてみればそれもそうか」
魔族を離したベイル。死ぬ一歩手前まで来ていたようで顔がかなりマズい状況を物語っていた。もう一人の方もラルドに倒されているがそれでも生きている。そして現在進行形で右手から走らせている黒い電気はどう見てもシャレにならないものだ。
そこで国王陛下であるウォーレンは動きを見せた。近くにいる護衛にベイルを捕まえるように指示をしたのだ。護衛はすぐに行動を起こしてベイルを捕まえようと腕を伸ばした。あっさりと捕まえられる事に驚きつつもベイルに声をかける。
「来てもらおうか」
「………離してくれないかな? まだ戦いは終わっていない」
「何?」
「ここに強大な魔力の持ち主が迫っている。この中でまともに戦えるのが俺たちだけである以上、あんたら雑魚のお遊びに付き合っている暇はない」
ハッキリと言ったベイルに対して護衛は剣を抜く。するとベイルは反射的に相手の側頭部に蹴りを入れた。突然の事に対応が間に合わず、護衛はそのまま気を失って倒れてしまう。近くにいたシルヴィアも残念そうな反応を示していた。
ベイルはさっきの護衛に対してもう興味を失っており、武装をしたまま外に出る。どこかつまらなそうにしている彼はそのまま上を見ると、綺麗な朱色の竜がいた。
「……ドラゴン」
後ろからついて来たアメリアとサイラス。その時ベイルがこれ以上にない笑みを浮かべているのを見た。その間にドラゴンは彼らに向けて炎を吐くが、ベイルがバリアを張って防いだ。
「アーロン様、ジーマノイド部隊の出撃準備は!?」
「まだ少しかかる!」
「なら俺の乗る分も確保しておいて! 砲撃タイプでガトリングとライフルを!」
「い、いやそれは―――」
「いいね! 俺はその間に時間を稼ぐから!」
そう言ったベイルは浮かび上がり、上昇した。その事に驚くサイラスとアメリア。
「と、飛んだだと⁈ あり得ない!」
「……重力の術式で飛ぶことができるとは聞いていましたが。ああも自在に飛ぶなんて」
「君の命の恩人は一体どれだけ常識を潰すんだ!?」
そんな声を無視してベイルはドラゴンとの戦闘に入る。
そのドラゴンはとても綺麗な紅色の鱗を持ち、ベイルを睨む。ベイルは少しの間その鱗に見惚れていたが、やがてそれが自分の手に入ると確信して空中に氷の槍を作り、飛ばす。ドラゴンは器用にそれを回避していくが放たれる数はとてもゲームと違って隙が無いもの。さらにドラゴンは全長で一キロはありそうな巨体をしている。完全に回避する事は難しい。そしてその攻撃を飛行したままで行っているのだ。
この難易度の高い攻撃がどれだけ異常すぎるのかは魔法を習っている者ならば誰だって理解できる。それをたったの十歳の子どもが行っているのはあまりにも異常すぎた。
さらにベイルは近くの噴水から水を操って水流を強くしてドラゴンに触れさせ、水を一瞬で凍らせてドラゴンを固定する。
それだけではダメだと思ったのかベイルはさらに水を使用してドラゴンを封じようとしたが、先に熱線が飛んでドラゴンを攻撃する。
『待たせたな小僧! 後は俺たちに任せろ!』
ベイルはその声を聞いて舌打ちをして離脱する。距離を取ってちょうどジーマノイドが見えなくなったところで格納庫に向かった時、爆発が起こる。慌てて振り返るとさっきドラゴンに喧嘩を売りに行ったバルバッサ家のジーマノイド部隊が全滅していたのだ。
「何が俺たちに任せろ、だ」
呆れたベイル。その隙に近付いたドラゴンが接近して炎弾を放つ。ジーマノイドの工場が近い事もあってすべてバリアで防いだ。
「こうなったら!」
空に電気を飛ばし、雲が集まってベイルに落雷が落ちる。するとベイルの動きが早くやった。ドラゴンはそのスピードに翻弄されるが、その間にドラゴンに対して接近戦を挑んだベイルは先程奪った魔剣を抜いて攻撃する。
鬱陶しいと言わんばかりにドラゴンは尻尾でベイルを払おうとするが、尻尾を回避して魔剣に魔力を纏わせて尻尾を切断した。
「よっしゃ。このまま―――」
その時、ベイルは尻尾の落下場所がどこかに気付き加速する。それはバルバッサ家のパーティ会場―――まだアメリアとサイラスがいる場所だ。
二人の前に移動したベイルはバリアを張ろうとした瞬間、ドラゴンはあるものをベイルに飛ばした。
―――べちゃっ
それがベイルに当たった瞬間、ベイルに強烈な痛みが走る。だがまだ尻尾は落下しておりこのままでは危ないと感じたベイルは自分ごとではなく二人だけを守る為にバリアを展開した。それによって二人に尻尾は当たる事は無くなかったがベイルは毒に侵されダメージを食らう。
というのも彼が浴びたのはドラゴンから放たれた血だった。素材としては超一級品ではあるが、何も処理しなければ人によって有害となる。さらに彼の悪い事にその血を一部飲んでしまっていた。
本来ならば痛みで苦しみ、倒れる程の激痛。しかしベイルは倒れる程ではないと見せるも流石にこれ以上の魔法は難しいと判断した。
「アーロン様! ジーマノイドの準備は!?」
「……していない」
「はぁ?」
「そもそも君は扱えないだろう! それに先程の戦闘ですべて使えなくなった!」
それを聞いたベイルは諦めるだろう。ドラゴンはそのジーマノイドというものが何か知らないが、ベイルから漂う悲壮感を感じて勝利を確信した。目の前の人間はもう自分に抗うすべては持っていないのだと。
だが、そこでベイルは意外な言葉を吐いたのだ。
「じゃあこのドラゴンは―――俺が貰う!」
そう宣言した時、ベイルの魔力が大幅に上昇。そして手にはさっき奪った剣ではなく大鎌を持っていた。さらには背中にはドラゴンのような翼が生え、先程よりも高速で飛んだ。
ドラゴンはさらに切れた尻尾から血を浴びせようとするが、鎌を回転させたベイルは血を防いでその勢いのまま鎌を投げた。ドラゴンは回避したが急に方向を変えて胴体に刺さった。痛みに苦しむドラゴンだがベイルはその隙に魔砲を飛ばす。ドラゴンは回避してベイルを探すがさっきまでの場所にはいない。急に痛みが入った思えば鎌だったはずの武器が槍へと変わっていた。ベイルはそこに移動して思いっきり蹴りを放っていた。
痛みで悲鳴が上げるドラゴン。その姿に笑みを浮かべたベイルは言った。
「安心しな。お前が死んだらお前を最高のジーマノイドにしてやる」
ベイルの身体が赤い液体が大量に出てきてとても大きなハンマーが現れた。それを使って未だに刺さっている槍を釘を打つかのように思いっきりぶん殴った。
「問題は、スーパー系かリアル系のどちらかってところだけどな!」
ベイルは何度も何度も、それこそドラゴンが絶命するまで何度も打つ。どれだけ早く逃げようとベイルはすぐに追いつき、一体どこにそんな力があるのかと問いたいぐらいに何度も何度もハンマーで槍を打った。その度にドラゴンは悲鳴を上げ、泣き叫んだ。
やがてドラゴンは地面に落ち、動かなくなる。ベイルは止めの為にハンマーを消して槍を引き抜いた。大量の血が身体が出て流れ出て来る。
「やっと……やっとだ……」
ベイルは自身からさらに血を出す。ハンマーも槍も血に戻り大量の剣となった。
「やっと最高のジーマノイドを手に入れられる」
その剣をすべてドラゴンに向けられていた。ドラゴンはそれを油断と判断した。
そう、このドラゴンは油断を誘ったのだ。わざと弱体を演じ、最大の切り札を放つ。そうすれば自分が勝利―――そう思っていた。
だが自身が炎を吐いた瞬間、自分の身体に異物を入るのを感じた。そして炎は―――目の前の少年が塵と化した。
―――ヤバい
目の前にいるソレはもう、ヒトではなかった。自分が―――自分たちが見下して来たヒトではない。つまり、自分すら狩れる存在だ。
剣はフェイク。魔法を巧みに使い、今では自分たちすら狩れる存在となったソレは自分を殺す間際に―――彼ですら引くほどの邪悪な笑みを浮かべていた。
目の前でドラゴンが絶命した。
一般的にドラゴンのような大物となれば、ジーマノイドという人型の大型機動兵器を使用される。しかしその兵器は簡単に無効化されたのにも関わらず、わずか十歳の少年がそのドラゴンに勝ってしまった。
大々的な功績。ドラゴンスレイヤーという名誉を獲得する事になるだろう少年はわらっていた。
「……やった」
動かなくなったドラゴンに近付くベイル。だが途中で身体に限界が来て今にも倒れそうになるほどフラフラしていた。
「べ、ベイル―――」
「来るな! こいつは俺の物だ!」
そう宣言した事に周りは騒然とした。
「ようやく、手に入れたんだ。これで俺は最高のジーマノイドを作れる」
「お前、何を言っているんだ……?」
ベイルはサイラスの言葉を無視してドラゴンの死体を回収しようとしたが、その場で倒れてしまった。
「お、おい―――」
サイラスはベイルに近付くが、それでも魔法を使用していた。どうにかしてドラゴンの死体を収納しようとしているらしい。サイラスの後ろからベイルの母レイラが現れた。
「……これはマズいわね」
「一体どうしたんだ?」
「魔力が枯渇しているわ。その上、ドラゴンの血を浴びて暴走し始めている。レティシア、部屋を貸して。すぐに治療に入るわ」
「わかったわ」
レティシアは素早く近くにいた従者に声をかけてベイルをバルバッサ邸の一室に案内する。そこにマリアナとシルヴィアも付いて行った。
周りが今回の件で騒然とする中、アーロンはテキパキと周りに指示を出していく。ラルドも家族を集めてそれを対処しようとしていた中、サイラスは思った。
―――これを、実質的にたった一人の少年が成し遂げたのだと
自分と同い年であれほどの強さを持った少年。今回の件でかなり有名になるだろう。自分の側近の一人として取り立てても良いと思っていると、自身の父ウォーレンとアーロンが会話をしていた。
二人の視線はドラゴンに集中しており、今後どうするかの話し合いをしていた。おそらく今後の国益のための話だろうがドラゴンの死体については絶対に揉めると思っていた。
(……口を出すべきか? いや、国益を優先にすれば黙っておいた方が……)
サイラスは現在王位継承権第一位を持つ。将来は王位に就く事になるため帝王学を学んでいる。国益を第一にするならば確かに王家に献上させて意向を知らしめる方向にした方が良いだろうが、ベイルはおそらくそんなことを一切考えていない。
(……荒れるんじゃなかろうか)
というよりもあのベイルは物理的に荒らすのではないだろうか。そんな気がしてならないサイラスは二人の会話に入ろうと隙を伺う。
その様子を見ていたアメリアはあまりにも異常すぎるベイルの偉業で忘れていた自分の妹の事を思い出し、辺りを見回す。ただ一人、呆然としている自分の妹を見つけたアメリアはすぐにカリンの所に移動した。
「カリン……どうしたの?」
様子がおかしい妹が何やら顔を赤くしている。その様子に疑問を抱いているとカリンはアメリアを見て逃げ出した。
急におかしい事をし始めた妹を追いかけるアメリア。しばらく走っているとカリンは誰もいない廊下で倒れた。
「何をしているの、カリン」
「……だって」
そこに二人の母親のレティシアが現れる。
「どうしたの、二人とも」
「お母様。それが、カリンが急に走り出して……」
レティシアがカリンの様子を確認する。少しして何か理解したのかアメリアに戻るように言うのでアメリアは渋々そこから移動。
「ねぇカリン。ベイル君の事が好き?」
「……」
小さく頷くカリン。レティシアは納得していた。
というのもさっきカリンは殺されそうになっていたのを助けたのはベイル。それにカリンはまだ物事の分別がそこまで付けられる人間ではない。それにベイルはつい先程、ドラゴンをほとんど一人で、しかもジーマノイドを使わずに排除した。そんな男に惚れるなという方が難しいだろう。
だが何故彼女はアメリアから逃げたのか。それは―――アメリアがベイルの事を好きなのを知っているからだ。
完全に惚れているわけではないが、それでも自分の命を助けた少年だ。好意的に思わない方が難しいだろう。それを知っているからこそカリンは自分の気持ちを悟られたくない為に逃げ出した。
(……我が娘ながら……なんというか……)
だがレティシアはある事を危惧していた。単身のドラゴン狩りを成し遂げた男を放っておかない人間が今日この場にいる。それも純情ではなく利用しようとする少女が。
(あの姫様が放っておくわけがないわね)
そしてその件の姫様はやはりベイルを狙っていた。
彼女の名はシャロン・ホーグラウス。第一王女にしてサイラスの姉。しかし彼女には王位継承権が存在しなかった。というのもこの国には女王の前例が無い事もあるが、何よりもいざという時にはまともに機能しなくなると考えられているからだ。軽んじられているとも言えるが、ともかく彼女の立場は微妙なところだ。
しかし、だからと言って彼女は王位継承権を諦めるような人間じゃなかった。
(たった一人でドラゴンを倒せる程の人物。私とそう変わらない歳で顔も悪くない……いいえ、良いとも言えるわね)
今彼女が欲しいのは手駒。それもあれほどの力を持つ者となれば探して見つける方が難しいぐらいだ。その上相手からモノを奪える程の実力の差もある。そんな人間をみすみす逃がすなんて事はしなかった。
彼女は誰にもバレないように監視用の使い魔を放つ。頑丈性は皆無だがそれでもある事がわかれば良いというタイプのもの。
(お父様は是が非でもサイラスの傀儡にしたいでしょうけど、その前に私がもらうわ。あれほどの優良物件なんてそういないもの)
貴族の結婚に愛は無い。それ故に私生児などが割と多く、その度に女性が悪いと陰口を叩かれる。だがそれを見越して活動をする女性も一定する。シャロンはどちらかというとそういうタイプの人間だ。というよりも、そうでもしなければ彼女は自分が王位を手に入れる事は無理だと考えていた。だがあの少年ならば手懐ければ最大の切り札となるだろう。
だが彼女は知らない。ベイル・ヒドゥーブルは―――いや、ヒドゥーブル家そのものが異質中の異質。彼女の思い通りになど決して行かないのだ。
アメリア・バルバッサ嬢の誕生パーティの件は瞬く間に世界中に広がる。生身でドラゴンを狩った少年の登場に誰もが腰を上げた。
その中でいち早く動いたのはホーグラウス王国の兵団。その中でも総兵団長フレデリック・イーストンだった。
彼は今回の件で自分たちの存在が危ぶまれると思ったのだ。
(男爵風情が、少し強いからと調子に乗りおって……)
もっとも、今回の功績で昇進するのは面倒だと思っているのだが、そこまで知っているわけではないので彼は行動する。
この世界においてジーマノイドは意外と発展していない。というのも五百年前においてその危険性と有能性は知れ渡っていたが、材料となる魔石がそこまで出回らないことだった。
冒険者ギルドを使って問題となる魔獣の駆除は任せているが、ろくに教育を受けられていないからかまともな魔石は出てこない。ジーマノイドの技術力はこの世界に現存する技術がほとんどでかつての勇者もそこまで技術を伝える間も無くパーソナルコンピューターは開発されているがその有能性までもが完全に説明されていないのだ。そしてベイルもそこまで教えるつもりは毛頭なかった。
だからこそかなり厳しく管理されている状態……ではあるが、流石に総兵団長となれば話は変わってくる。ジーマノイドの使用を申請したフレデリックはベイルの回収を命じた。
ベイルたちが暮らす大陸から大きく離れ、外周に存在する大陸―――またの名を、暗黒大陸。
造船技術が存在しない事からそう呼ばれ、実態がわかっていないその大陸に存在する城にて今回の作戦で逃げおおせた魔族たちの話を聞いていた。
「……なるほど。それでおめおめと戻ってきたのか」
「も、申し訳ありません。まさか我々の奇襲を察知できる者や紅竜級が倒されるなど夢にも思いませんでしたので」
部下の言葉を鼻で笑った彼らの長が笑った後、彼は言った。
「それにしてもその竜を殺したのがまさか子どもとはな。それに我らに対抗できたのは一部の人間、か。人間はやはりかなり劣化しているようだな」
警戒するのはその子どもと判断した長はすぐさま行動に移す。その少年を奪うために。
ドラゴン倒れるの早すぎる気がするのは気のせいだと思い込む事にしました。