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#28-荒れ模様な乙女たち-

書き溜め分が残り少ないです(´;ω;`)

 会議室に現れる貴族たちが思った事は「ふざけるな」という言葉だった。それもそのはず、ウォーレンはエクランド大公家を破壊したベイルをヒドゥーブル家から独立させ「ベイル・ヒドゥーブル大公」として取り立てると言い放ったのだ。

 いくら陛下に決定権があるとはいえ、これまで男爵から初めて長い年月をかけここまで積み立てて来たものは一体何だったのかと考えさせられる面々たち。


 だが、彼らも理解はしていた。ベイルは記憶を失いながらもこれまで積み重ねて来た実績は確かなもの。実際、同じ事をやれと言われてやれる人間がいるかと問われたら彼らは全力で首を横に振るだろう。特にドラゴンやスタンピードそのものを一人で終わらせろなんて言われたら命がいくつあっても足りない。

 ベイルは知らない事だが、今ではヒドゥーブル家もこの五年で伯爵家に成っている。親子二代とはいえここまで功績を遺したのは王国史上初の事でもあった。


「それで今回の件、あなたはどう思っているのですかユーグ殿」


 そう言い、今度はユーグに意見を募る周囲の貴族たち。彼もまたヒドゥーブルではあるが今回の会議に呼ばれていた。あわよくば味方に引き入れよう。そんな魂胆なのはユーグもわかっていた。


「ベイルの性格からして、自分の罪を赤裸々にして苦しめてから殺す方を優先したんだろうとは思ってます」

「い、いや、そういうことではなくてだな」

「でもアレの性格上、まさしくそうだと思いますよ。カリン嬢が受け入れているならともかくどう見ても嫌がっていましたし、むしろ怒りに呑まれて大公領にクレーターできていないだけマシじゃないですか? 成長したと思いますよ」

「だからそういう事では無いと言っているだろう」


 しかしユーグも取り合わない。というより自分の家族を潰そうとする算段をしておいてその反応はないだろうと思っている程だ。


「私から言えるのは、みなさんは一度とりあえず落ち着けということですね」

「……どういうことだ?」

「もう少しわかりやすく言ってもらいたいな」

「………はぁ。仕方ないなぁ」


 明らかに目上に取る態度ではないが、ユーグはここにいる人間を年上だとしても敬うべき存在だとは思った事が無い。そもそも彼はより条件の良い相手との結婚をしてハンフリーが義兄になっただけで別にどうするつもりもない。いずれ当主になるレックスの為に働く気も当主の座を奪い合うような事をするつもりもなかった。


「そもそも陛下は、シャロン殿下を始め自分の娘全員をベイルと結婚させようとしています」

「相手の中にはまだ一桁の者もいるが?」

「それに関しては大丈夫でしょう。最初はそれこそキスはすれど身体までは許さず一定の年齢になれば抱いてもらおうと思っているんじゃないですか。あと、ベイルの性格を加味していますね。幸か不幸かその辺りの理性は持っていますから。というか持っていなかったらとっくにサイラス殿下死んでますし、何よりシャロン殿下との間に子どもいてもおかしくないですし」


 口には出さないがユーグもその辺りのベイルの感覚は信用している。


「大体、そんなに気にする事ですかね」

「……どういうことだ?」

「確かにベイルに対して権力が無駄に集中していますが、それがすべて本当に彼が求めたものかと疑問を抱いているところですよ。大方、陛下としてはシャロン殿下の暴走を止めれる上に自分の息子の戦力的なサポートもできる人材をうまい具合に空いたポストに突っ込んだだけでしょう? それとも、前の大公家のように奴隷を積極的に生み出すような元締めになってもらいたい、と? そうなると今度はあなた方の娘たちもターゲットになるかもしれませんね。アレは本当に貴族間のマナーや世情に対して興味は無いので家を破壊して回って捕まえた娘を「戦利品」と呼称し始めるような人間ですから。果たして我々以外にその暴走を止められる者は何人いるか。気にするのはそこではないのですか」


 その言葉に全員が戦慄する。実際、ベイルがそういう方向にシフトしてしまった場合、一体何人いるかという話なのだ。

 結局その話し合いはベイルに対する危機感を改めて認識した事で割と早めにお開きになった。






 それから数時間後、宮廷貴族の仲間入りを果たしていたユーグを当主とする邸宅の湯船に浸かっていた。


「あら、随分とお疲れね」


 湯船に身体を預けて目を閉じていたユーグの前に彼女の妻であるナディアが現れる。

 彼女はハンフリー・セルヴァの実妹であり、遅くにできた娘だ。その為両親は大事にしていたがユーグがたまたまその両親と彼女を助けた事により顔が知れたのだが、元々ナディア自身ユーグの事を知っていた。ハンフリーが結婚話を持ってきた事であれよあれよと話が進み、今に至る。

 その為ハンフリーの息子であるレックスから見て年が近い少年が叔父になるという奇妙な関係になっていた。

 とはいえこの夫婦もまだ子どもはいないが上手く行っているようでよく一緒に風呂に入っている。まぁ、風呂だけでは済まないのだが。


「少し疲れたんだ」


 そう答えるユーグの顔は確かに疲れていた。


「ベイルが大公の座に就いたからって何だって話だ。下らない。むしろそれを聞いて屍の様になったという話を知らないらしい」

「あら。とても喜ぶべき事じゃないの?」

「普通はそうだろう。王家に生まれたわけでもないのにシャロン殿下の心を射止めた事で最大の権力を手に入れた。これからはたくさんの人間を仕切る立場になるが――そもそもヒドゥーブル家にそれをしろというのは酷だろう」


 サラッと自分も入れているところにナディアは笑みを浮かべる。


「あら。それだとあなたもそうだと言っているようだけど」

「君には悪いけど言っているんだよ」


 ベイルがいなくなった後、暴れる機会が増えた事でユーグは自分もあの両親の血が流れているという事をしっかりと理解した。

 元々ユーグは次男として、一応の貴族としての面目を保つ為に本人の思いは無視され軍師として育てられていた。しかし兄のフェルマンはもちろん弟のロビンやベイルを見てどこか羨ましく思っていたのも事実。たまたま魔法の才能が強かったというだけで決して武器を使う才能が無いというわけでは無かった。


「大体、みんなはベイルに対して警戒しすぎだ。どうせあの大公の座だってシャロン殿下の機嫌とベイルを形成する遺伝子を掛け合わせたいだけだろうよ」

「……もしかして拗ねてる?」

「むしろベイルに対して同情している」


 意外な言葉を聞いてナディアは驚きを見せる。


「なに。別に深い事を考える必要はない。ベイルはただ権利や義務というものを満足に学べる環境を放棄していたからね。まだ子どもだから別に良いかと放置していたがまさかあんなことになるとは思わなかった」

「放置していたんだ」

「というより、放置するしかなかったというのが正しいな。強くなることに関しては貪欲で普通は大人たちですらできない訓練を行っていたからね。当時十歳のベイルが昼寝をしていたのは驚いたけど」


 その言葉を聞いてナディアも驚く。


「十歳というと普通は色々な事を勉強する時期よね?」

「普通はね。だが残念ながらあいつは当時は男爵な上に四男。正直僕らとしても、いずれ平民落ちか騎士団に所属するか、王道に冒険者になるかのどれかしかないと考えていたから、最低限のマナーさえしっかりしていればいいと思っていたんだ。当時はアメリア嬢の取り巻きとして学園に送り込んでそれで終わり。難しい事は絶対に無理だって理解していたから。それが魔族に人質に取られたカリン嬢を助けて、魔族の公爵を捕えることから始まっておおよそ普通の人間にはできない事ばかり成して来た。態度はともかくとして陛下にとっても都合が良かっただろうね。当時から不穏な動きのあった大公家の尻尾を掴める機会を探していたようだし」

「……それは初耳ね」

「ある意味国家の一大事でここ数世代に渡り王家からの血筋の提供が無かったからと言って対外的には一番守るべき存在である王家を助けずに自分の領地を守る事だけに専念するなんて何か裏があるとしか思えない。魔族に襲撃されても顔を出さなかったのに生きていた事はさぞ陛下も驚いただろうね」


 当時の件に関してはユーグとしても色々と疑問だった。ある日を境に魔族からの総攻撃が止み、数ヵ月後に大公家との面会があったのだから。

 それからウォーレンは積極的に自分を含めて親戚筋とも言えるセルヴァ家、バルバッサ家を中心にヒドゥーブル家の人間の婚姻を積極的に進めた。


「むしろこれから大変だろうね、ベイルは」

「領地に関してはフェルマン義兄様のせいで王族管理の土地が多くなったし、選びたい放題じゃない?」

「ああ見えてベイルは当主になった以上はどうにかしないといけないと考えるだろうよ。可哀想なくらい無駄に責任感を持っているし……でもそれとは別の方かな」

「別の方……?」

「異性関係だよ。特に今、カリン嬢とこじれてるから」


 それを聞いてナディアは首を傾げるのでユーグは説明した。


「あくまでこれは予想なんだけど、カリン嬢はベイルに依存している」

「……まさか。そんなことあるわけ――」

「この考えに行きついた時、私も同じことを思った。だけどいくら公爵令嬢だからってたった八歳の女の子が周りの大人の為にその命を投げ出せる?」


 その言葉を聞いた瞬間、ナディアは固唾を飲んだ。


「確かにご両親の選択は貴族としては間違いじゃない。だけど当時の彼女にしてみればそれほど怖い事は無かったはずだ」

「そこをベイル君がすべて破壊したから――」

「うん。それにたぶんベイルは本当の意味ですべてを曝け出した事がないんだよ」

「どういうこと?」


 笑顔を見せるユーグはナディアにしてもとんでもない事を言った。


「たぶんベイルが世界の常識を捨ててただのケダモノとして生きる事を選んだ場合、王家だけじゃなくてバルバッサ家も滅ぼすと思う。アメリア嬢とは別の、おそらく私たちが理解できない領域でカリン嬢の事を愛しているから」






 ■■■






 カリンちゃんの部屋に着いた俺とアーロン様。アーロン様がドアをノックすると気怠そうなカリンちゃんの声が聞こえてきた。


『何?』

「私だ。ベイル君を連れて来た」

『……帰って』


 しかしアーロン様は容赦なくドアを開く。するとカリンちゃんが俺に向かって枕を投げて来たのでレシーブした。あ、これ高い枕だ。


「帰ってよ。今更何しに来たの? 私の事なんてどうせお姉様の代わりだとしか思ってない癖に!」


 なんて罵倒は今の俺にダメージにはならない。


「アーロン様」

「何かな?」

「今まで今のカリン様の状態を見た男は何人いますか?」

「カリンは知っての通り女だからな。普段からここに通うとすればグレンぐらいか」

「良かったです。この屋敷に血だまりができなくて」


 安堵していると二人が何かを言いたそうにしている。

 しかし何故かという疑問もある。ここはてっきり異世界で前の俺が生きていた世界にあた着ぐるみパジャマがここに存在しているのかということだ。正直そんな事はどうでもいいが、あと色々なバリエーションを発注して着せたい。


「しかし一体何だと言うんだ?」

「というか私の話を聞いたらどうなの?」

「とりあえずカリンちゃんを持って帰ります」

「「……は?」」

「そして膝の上に載せてひたすら頭を撫でます。嫌がって撫でます。安心してください。首輪とリードは私の理性が決壊しそうなのでしませんよ」

「……いや、待ってくれ。一体何をそんなに興奮しているんだ」


 そうか。アーロン様はあくまで娘だからそんな対象として見れないわけか。ならば言おう。


「白い兎の着ぐるみパジャマ姿のカリンちゃんが可愛すぎて」

「今更何? どうせ子どもっぽいとか思っているでしょ」

「いや、流石に十代はまだ子どもだと思う」


 ついつい真顔で返してしまった。


「うるさい! 馬鹿! ヘタレ!」

「……そうだね。確かに俺はヘタレかもしれない。だって主犯と思われる奴らは敢えて殺さなかったもの。しかも脱走するぐらいに精神が強靭だって思わなかったから。だからごめん」

「……そうじゃない」

「え?」

「そうじゃない! さんざんアプローチしたのに全部無視して、せっかくハグできるってタイミングで躱してさ! どうせ私なんて、お姉様への評価の為に助けてるだけなんでしょ?」

「五年前も含めて、俺はこれまで一度としてアメリアの為に君を助けた事は無いよ」


 俺は素早くカリンちゃんの所に移動して彼女を抱きしめた。


「というか五年前は何故誰も君を助けないのか、そしてそれをできる力を持たない下等種族が存在する事すら目障りに思った。でも魔族の目の付け所は素直に感心したね。君みたいな可愛い女の子を人質に取るなんて大体の人間は戦慄する。あれは完全に戦力分析ミスだ。そしてあのクソ大公家も本当にムカついたし」

「……ベイル?」

「だからこの前、カリンちゃんを犯そうとしていた奴が逃げたと聞いてシャロンには悪いけど本当に嬉しかったんだ。物理的に潰せるから」


 人として間違えているなんて考えはない。間違えたのは向こうだ。俺はそれを利用して徹底的に殺したに過ぎない。


「安心して。もうあんなクズは存在しないし君が好きでも無い男が無理矢理したら、ありとあらゆる手段を持って徹底的に苦しめて殺すから。元々人間は下らないプライドに支配されているケダモノで、相手の事情を顧みないカスの遺伝子なんて要らないんだよ」

「……そこまでするのに、何でベイルは私に手を出そうとしないの?」

「そりゃあ、君の人生を潰すほどの事じゃないからさ」


 そう。この子はまだ十代。シルヴィアと一緒にこれから成長していく時期だ。そんな彼女に今の俺が情欲で触れて未来を壊す資格なんてない。


「だから今は君の人生を楽しむんだ。君自身の相手を探すのは、それからでいい」


 それが俺の素直な気持ちだ。するとカリンちゃんは俺に抱き着く。さっきまでの喧嘩腰の態度はどこに行ったのか、どこか泣きそうな様子で言った。


「ベイル、今日は泊まって行くの?」

「その予定は無いけど」

「じゃあ、泊まって」


 謎のプレッシャーを浴びせられた俺はそのまま従う事にした。






 ■■■






 ベイルを無理矢理家に泊める事に成功したカリンはこれまでの怠惰な生活から久々に風呂に入った。

 メイドたちに着付けられて着ぐるみパジャマとは違ってちゃんとした服を着てそのままベイルがいる客間に向かい、ドアをノックする。中からドアが開けられてベイルが姿を見せるとその固まった。


「……ってか、どうしたのさ?」

「ベイルと話がしたいのだけど、ダメ?」


 そう言われてはベイルもダメだとは言えない。カリンの後ろにメイドが何人か見守っているが彼女たちはそそくさと去って行くので助けを請えないと理解したベイルは諦めて彼女を部屋に招き入れた。

 ドアを閉めたベイルはカリンと一緒に中に入ると、カリンはそのままベッドに入る。


「何やってるの?」

「だってベイルと一緒に寝たいから」

「むしろ大スキャンダルだと思うから」


 ちょうどそのタイミングでドアの方でガサゴソと音がした。ベイルは移動して開けると燕尾服を来た男たちが何かをしようとしていた。その後ろにはアーロンが立っている。


「流石はベイル君だ。我々の企みを一瞬で看破するとは」

「看破どころか理解が追い付いていませんがね。一体どういうつもりですか? 俺はまだ彼女に手を出すつもりはありませんよ」

「それで良い。カリンに手を出したかどうかなど身体を調べれば判明する事だ。君はただ、今日だけカリンに付き合ってくれれば良いだけだ。無論、手を出してくれても構わんよ」

「別に彼女の事を拒否する程嫌いってわけじゃないけど、だからと言ってこれは――」

「何よりカリン自身の頼みだ。ではな。ああ、念のために逃げられないように明日の朝まで逃げられないようにしておく」


 そう言った後にアーロンは倒れている男たちに「では、後は頼む」と言った後にドアを閉めて修理をしていく。ベイルとしては無理矢理突破しても良いと思ったがそれだとカリンを本気で拒絶しているみたいで嫌になったのでそのまま中に戻った。

 カリンは笑顔で迎えるとそのままベイルを引っ張って一緒のベッドに入った。


(こういうのは普通、ダメなはずなんだけどな……)


 しかし相手は自分を信頼しきっているという事もあり、ベイルはそのまま一緒に寝る。責任を取って一緒になれと言われたらシャロンにどう言われるかと思っているとカリンは身体を寄せて来た。


(……ヤバいな)


 カリンから良い匂いがするからか、男としての性が暴走しかけるのをベイルは必死に抑える。そんな状態を続くと自然に緊張状態がほぐれベイルは――寝た。

 完全に寝ている事に気付いたカリンは驚いてなんとか起こそうとするが、ベイルは元々周囲に対侵入者用のバリアを張って寝る。しかもそのバリアがどんな魔法だろうと防ぐ代物で、いざという時の為に屋敷全体と自室に張っているので眠り自体は深いのだ。

 やがて諦めたカリンはベイルに密着するくらいに引っ付くと逆に安心して眠たくなってきた。


(やっぱり、安心する)


 魔族に人質を取られたあの日、彼女は誰にも助けられない事に泣きそうになった。公爵令嬢なのに周りに見捨てられた事実に絶望しそうになっていた彼女を救ったのがベイルであり、彼女はたった二つ上で魔族と渡り合う少年に恋を抱くのに時間がかからなかった。だがあの後は色々とベイルの方が忙しくまともに会う事ができなかったのが悔しく、死んだ事を告げられた時は本当にショックだった。

 だが今は戻ってきて、記憶を取り戻していて自分の事を好きだとも言ってくれて、こうして一緒にも寝てくれる。

 そもそもカリンは育った環境もそうだが何よりベイルがたった一人の女性でどうにかできる存在かと言われればそんな事はない事はカリン自身も理解している。同じくらいの男はもちろん大人だってベイルに勝てるとすれば同じヒドゥーブル家ぐらいだろう。だからこそ、より何度も多く愛してもらえるようにこうして一緒にいる事を選んだ。もっとも、カリンとしては手を出してくれても良かったのだが。


(……あ、そっか)


 ある事に気付いたカリンはベイルを仰向けにし、自分はベイルの上に乗って唇にキスをする。例えベイルがそれを覚えていないとしても今はそれだけで十分だった。






 ソフィア・ボートはバルバッサ派閥のボート男爵家の四女だ。その縁で彼女は十年近く前からメイドとして、またジーマノイドパイロットとしての資質が高かったが既に兄弟がいた事で機体はある人がいないので従事する事になりアメリアからも信頼を置かれている。そんな彼女がたまたま見回りをしていた時にベイルが使用している客室に来た時にアメリアが立っていた。


「……もしやお嬢様? こんな時間に何故……?」


 不思議がるソフィアの目にはアメリアが口を動かしているように見える。ソフィアは音を殺して接近するととんでもない事を耳にした。


「何で私が先に会ったのにカリンばっかり贔屓するの何で私はあんなやつの婚約者になんてさせられるのベイルをあんな目に遭わせたのは私なのに責任取って私がベイルと婚約すれば良かったじゃないあとから会った癖にみんな図々しすぎるのよ私が最初にベイルと会ったのにあんな奴の婚約者なんてカリンがすればいいじゃないただ血統だけで何のとりえもない男の婚約者なんてごめんよあんな奴の婚約者させられたせいで私がベイルと一緒になるはずだったのに何でみんな邪魔するの私が一番ベイルを愛しているのに何で――」


 ソフィアは怖くなってそのまま逃げる。音に気付いたアメリアが後を追うとグレンとバッタリ会った。


「どうしたんだい、アメリア」

「……お兄様、こっちに誰かいなかった?」


 その時、アメリアは小さく舌打ちをした。グレンはそれを聞こえないように振る舞う。


「いや、見てないな。ところでアメリアもどう? ベイル君とカリンをからかいに行こうと思って」

「……そんな気分じゃないので良いです」


 そう言ったアメリアが自分の部屋の方に向かい、姿を消したのを確認した後グレンが言った。


「さてと、アメリアは行った。話してくれるかな?」


 姿を見せるソフィア。彼女の顔は青く、長い付き合いのグレンも彼女がとても怯えている事を理解する。


「……ここでは何ですから、せめてグレン様の寝室はどうでしょう?」

「寝室に来るなんて結構大胆だね」

「……そういうわけではございません。グレン様の寝室ならば奥様が同席する事で私の無実も晴らせる事もできますし、何よりアメリア様ならばわざわざ夫婦の寝室に来ないでしょう」

「……それならば、良いところがある」


 そう言ったグレンはマリアナを呼び、現当主の寝室に向かった。

 いきなりの事で三人は驚いていたが、それでもグレンが真剣な顔をするとアーロンが言う。


「側室を設けるつもりか?」

「ああ。正直なところ、そろそろまずいかもしれない」

「……グレン様、おそらく旦那様はグレン様の話をしていると思うのですが」


 ソフィアに言われてグレンは断ろうとしていたが、アーロンが素で驚いているのを見てため息を吐く。


「私の訳が無いでしょう。ベイル君の話ですよ」

「カリンならばもう少し成長してから改めて要請するつもりだ」

「アメリアの方だ」


 言われてアーロンは驚いていた。


「だがあの子はサイラス殿下の婚約者だ。何故そんな事になる」

「……先程、私が見回り中にカリン様とベイル様が止まっている部屋の前で尋常じゃない気配をしたアメリア様を見たのです。それこそ、まるでカリン様を呪うかのような――」

「信じられない事だろうけど、その近くで私がアメリアを見ている。それもかなり殺意を見せていた。あれは場合によっては人すら殺せるだろうね」


 ソフィアだけでなくグレンの同意。アーロンは頭を抱えるもグレンが先に言った。


「もう諦めましょう、父上」

「何?」

「確かに、陛下の考えをできますし、我々バルバッサ家において最もいい手法でした。でもそれは、ベイル君を筆頭にヒドゥーブル家の子どもたちが覚醒するまでの話。もうアメリアを殿下ではなくベイル君に渡す方が良いのでは無いかと思うのですが」

「それが何だというのだ。確かにベイル君の能力は人間のソレを大きく超えていると言えるだろうが、だからと言って次代までがそれができるという事にはならないだろう」


 一歩も譲る気は無い男二人。女三人で戦いを見守っている始末だ。


「ところで、マリアナちゃんとしてはどうかしら?」

「そうですね。ベイルはベイルでアメリアの事は好きですが、まず自分よりも条件が良い王太子の婚約者の座を放棄させようとは思っていないので自分から奪いに行く事は無いでしょうね」

「じゃあもし、殿下が婚約破棄しようものなら――」

「アルビオンの件も含めて原型が留めているか疑問です」


 とはいえ、そんな事が起こる事は無い。起ってはならない事はマリアナでもわかっているのでとりあえずグレンを止める。


「とりあえず落ち着きなさい。本人も無しにそんな事を議論したとしても仕方ないでしょう」

「……そうだね。少し熱くなっていたみたいだよ」


 割と簡単に落ち着いたグレンに対して安堵するマリアナは面倒な相手ばかりを惚れさせる自分の弟に呆れるのだった。

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