#24-家族喧嘩は家でお願いします-
ベイル相手にラルドとロビン、さらにはユーグまで参戦したヒドゥーブル家の家族喧嘩。そんな言葉にすれば別に起きなくは無いがいざ行われてるとほとんど天変地異の類と言っても過言ではない光景をウォーレンは紅茶を飲んで観戦していた。
「何をしているのです、陛下。今すぐ避難を!」
「いや、大丈夫」
「何が大丈夫なんですか!」
どこか確信めいているウォーレン。騎士の一人がどうにかして移動させようとするが、それを遮ったのはハンフリーだった。
「陛下は私が守ろう。君は他の者たちを避難させたまえ」
「し、しかし……」
「これは命令だ」
そう言うと渋々騎士は撤退する。いなくなったのを確認してウォーレンはガタガタ震え始めた。
「五年前の件、実はジュリアナの暴走だって言えば許してくれるかな」
「やはり無理をしていたか」
「当たり前だろ! 何なんだよ! 何が不満なんだよ! 私はまだ死にたくない!」
三対一という状況だが、ベイルの方はトフサブレードから九本の大きさが異なる剣が飛び出して三人を牽制しつつ立ち回る。あまりにも高度すぎる戦闘に自分のこれまでの基準が塗り替えられていくウォーレン。
「いや、あの時は相手がベイル相手だろうと絶対にジュリアナを守ろうと思っていたよ? でも無理。庇った時点で殺される」
「……シャロンに期待するしかないな」
「というかシャロンはどうした⁉ あいつ、エクランドの娘を連れてヒューリット領に行ったよな? 何でこんなことになっているんだよ!」
実父でもあるウォーレンから見ても良く育ってくれたと思う程ボディスタイルが整っている自分の娘。発情こそしていないが芸術美としてはかなり価値が高いと思っている。
「――仕方ないでしょ。騎士団が彼のダンジョンコアを奪取しちゃったんだから」
そう言いながら現れたのはシャロンだった。彼女とエステルをシルヴィアが運んで超特急で飛んできたようだ。
「シャロン! お前!」
「……疲れた」
隣でシルヴィアが近くにある椅子に腰を掛ける。
「ご苦労様、シルヴィア」
「……お金」
「後で渡すわ。そんなことよりどういう事かしら? 騎士団がベイル君の荷物を接収したと聞いたんだけど」
「……いや待て。その前にベイル君がダンジョンコアを持っている? どういうことだ?」
「昨日のヒューリット領内でのダンジョンコア捜索時にそういう実験をしていると聞きました。その後に宿屋に戻ったベイル君が荷物を騎士団が持って行ったと聞いてここに転移してきたようでして」
「その実験が実れば、王国は安泰だろうな」
「……たぶんお兄様のことだからそんな事は絶対にしないに一票」
水を飲んだシルヴィアがそう言うと全員が頷いた。
「だが待て。そのような報告は受けていないぞ」
「それを説明したとして、ベイル君が止まるとは思えないけど」
「……タッチェル子爵か。あの男、随分と勝手な事をしているな」
「私の兄も同罪ですね。そのような事に協力するなんて一体何を考えているのか……」
ハンフリーに同調するように呆れを見せるエステル。それに関しては覚えがあるシャロンだが、それに関しては無視していた。
「……とりあえず、あそこに冷や水をぶっかければ良いの?」
何かを察したシルヴィア。意外な言葉にウォーレンは頷いた。
「ああ、是非お願いしたい」
「……わかった」
シルヴィアは立ち上がると自分の足元に魔法陣を展開。すると同じ魔法陣が男衆の上に展開される。
「降り注いで、メテオスコール。荒れ狂って、タイダルウェーブ」
サラッと災害級魔法を二発も放つシルヴィアに全員が戦慄する。しかし流石はヒドゥーブルというべきか、降り注ぐ流星を足場代わりにして津波を回避。その中でも戦闘を続ける様を見てシルヴィアもムキになったようだ。
窓から外に出たシルヴィアは災害級魔法陣を同時に十個展開。そのすべてがタイダルウェーブ。シルヴィアはその範囲を水没させる気だった。
「死ね!」
五年前、ベイルがいなくなった後に見せる狂気を帯びた笑顔。それを見せながら行使する姿はかつてあだ名された「殺戮の天使」を彷彿とさせる。特筆するべきは、彼女が持つ魔杖トリアイナだろう。一般的に槍として知られているそれはシルヴィアがベイルがいなくなった事で色々な嫌がらせをされたストレス発散をする為に魔の森に入り暴れていた頃に見つけたものだった。そして、シルヴィアのメイン武器となったそれは水と風、雷属性の威力を底上げするものだった。
一見すればヒドゥーブル家内部の喧嘩だが、他の者たちから見れば完全に天災だった。
そんな状況でありながら、何故か王宮にはダメージが無い。というのも王宮と五人が争っている間には元宮廷魔導士たちが魔力を同調させバリアを展開しているからだ。
彼らはレイラ・ヒドゥーブルによって地獄を見せられると同時に王宮に仕官するという事が本来どういうものかを延々と説かれた後、今の状況がどれだけ不味く異常なのかを認識させられた。当然、トリアイナを持っているシルヴィアと幾度も無く戦い自分たちがどれだけ役立たずなのかを痛感させられている。だからこそ彼らは常に研究してきて自分に何が必要なのかを理解している。
それでも、自分たちが今どれだけ弱いかを痛感させられる。本当にこの一族が日頃から暴れないでくれて良かったと思っているのが本音だ。
そして、バリアを越えた上空から巨大な魔法陣が現れてヒドゥーブル家に向けて降り注いだ。それで全員が魔法使用者を確認する。
「老けたなぁ、お袋」
ベイルがそう言うと雷が何度もベイルに向かって降るがベイルは器用にそれを回避。その最中、窓からベイルたちを見ていたウォーレンを見つけたベイルは楽しさのあまり忘れていた用事を思い出し、方向転換して窓の前に移動する。
「これはこれは、ウォーレン陛下。ご機嫌麗しゅう」
「ひ、久しぶりだなベイル。お前の帰還を心から待っていたぞ」
「とりあえず死ぬ?」
とても王に対する言葉じゃない事を指摘したいが、それ以上にベイルが怖くて誰も何も言えなかった。
「ま、待て、待つんだベイル君。ここはひとつ穏便にだな」
「は?」
怒りを見せ、今にもウォーレンを殺しそうなベイル。その時、ウォーレンの執務室にバスカル・タッチェルが入れられた。
「ベイル君、あなたのダンジョンコアを持っているのはこの男よ」
現れたのはシャロンだった。兵士を連れてバスカルを拘束したのである。
「シャロン殿下、あまりお痛はしない方が良いと言ったはずですが。大体、何故あなたはこんな野蛮な男に味方をするのです? この男は先のスタンピードで狩ったモンスターの素材を独占し、王国を疲弊させた不届き者ですよ!」
「あら、忘れたの? 余計な争いを起こさないように我が国では冒険者が狩ったものを不当に接収する事はできないようになっているわ。確かに提供してくれた方が王国が潤うのは否定しないけど、だからと言って無理に提供をさせるのは問題になるわ。それに相手はあのベイル・ヒドゥーブル。あなた、死にたいの?」
「……それが何だというのです? 王国民であるならば王国にとって善となる事をするのが義務でしょう!」
そう叫ぶバスカル。その間にベイルは入室する前に気を遣ってか服や靴に浄化魔法をかけて綺麗にした後に窓から中に入った。
「そうか。迷惑しているのですか」
「そうだ。君も貴族なら国の為に尽くすべきだ。そんな事もわからないのか?」
「なるほど。志は立派だとは思いますよ」
「だろう。ならば君もそうするべきだ」
意外と好反応だったの事はバスカルは意外だったが、同意を得られたのでこのままで提供してもらおう。そう思っていた瞬間、バスカルは自分の影から出て来た鎖で拘束された。
「な、何をする――」
「じゃあテメェでやれよ。そこまで言うならテメェ一人でスタンピードぐらい終わらせられるよな?」
「何を馬鹿な事を。そんなものは特異な能力を持つ君たちぐらいしかできな――」
「じゃあ今すぐ魔の森でキャンプして来い。それなら飢餓状態になって是が非でも飢えを凌ぐために獣に戻るから」
そんな残酷な事をあっさりと言ったベイル。まさかそんな死刑宣告を受けるとは思わなかったバスカルは心から動揺した。
「な、何を馬鹿な事を! そんな事をすれば死ぬではないか!」
「そう? でも俺は普通にできていたけど?」
「それはお前がおかしいのだ! いや、そもそもヒドゥーブル家がおかしすぎる! お前たちは本当に人間か!?」
「それは言い過ぎだろ」
「大体お前はおかしいだろ! 何故人の癖に背中から翼が生える!」
「ああ、おかげで重力魔法による飛行の制限を超えて自在に飛ぶことができる」
自慢げに言ったベイル。前にその制限の件を聞いていたウォーレンはふと疑問を抱いた。
「ということはもうジーマノイドに拘っていないのか?」
「それとこれとは話は別だし、俺はまだお前の息子を許していないが?」
「……済まない」
本気でウォーレンを睨んだベイルにウォーレンは委縮していた。
「貴様、陛下に対してなんたる口の利き方をしている⁉」
それを聞いて驚いたのはウォーレンだった。
「……普通、そうだよな」
「……普通は。だが相手はベイルですから」
「……そうだよな」
というかウォーレンはそれに関しては諦めていた。できるだけベイルと敵対せずに過ごしたいウォーレンとしては礼節云々は表に出すつもりは毛頭無かったし、何より大量殺戮をいつでも行使できるベイルと仲良くしたかったので敢えて指摘しなかったのだ。ハンフリーに関してもウォーレン自身がそれを許していると長年の付き合いで気付いていたので指摘しなかった。それだけだ。
「そういえばそうだったな……」
そしてベイルもウォーレンが国王である事をほとんど忘れていた。というよりも大して気にしないというのが本音だった。
「そういえば? そうだった? 何故お前は国王陛下にその事を言える!?」
「アンタって五年前のアメリア・バルバッサの誕生会には参加していた?」
「……いや」
「思えばあの時だったな。俺が家族以外の大人に対していや――貴族という高貴を自称しながらたった一人の女の子を守ろうとせずに逃げ出した奴らをゴミと思ったのは」
そう言われてウォーレンもハンフリーもなんとも言えない顔をした。
「一応、あの時は親父もお袋もどうにかして動こうとしていたのは知っているが、結果として助けたのは俺だ。そしてあの時魔族の一人を制圧したのも俺だし、ドラゴンを倒したのも俺。その後に騎士団を乱入してきて潰したのも俺だし、魔族が大量に攻めてきたのを壊滅したのも俺。その後の主な戦いで戦っているの大体俺じゃん。で、お前ら大人は今まで何したの?」
そう言われてウォーレンもハンフリーも、騎士たちも何も言えなくなった。
「おまけにドラゴンの死体は没収される始末。それで一体他の奴らを敬えと? 国家最大の権力を持つからと尊敬しろと? 俺の方が強い上にやろうと思えばこの国どころか人間全員を潰せるのに?」
「し、しかし、人には――」
「正直レリギオンは全滅させても良いと思ってる」
そこまで言ったベイルから殺気が漏れ始める。それほどまでにベイルがあの時抱いた殺意というものがとんでもないと知らしめるほどだった。そしてその殺気を直にぶつけられたバスカルは気絶。幸いな事に漏らしていなかったのでとりあえずのメンツは保てれている。
拘束を解いたベイルは持ってきてもらった箱を確認すると、それは確かに自分のダンジョンコアだった。
「……あー、ベイル君」
ベイルが箱を浮かばせて離れないように拘束していると、ウォーレンが話しかける。
「その、色々と済まなかったな。辛い思いをさせてしまった」
「……何の話?」
「え?」
惚けた顔をしているウォーレンに対してベイルは笑みを作る。
「さっきのは半分冗談だよ。半分は、ね」
満面の笑みでそう言ったベイルにその場にいるほとんどの者は戦慄する。しかしそれを邪魔したのはシャロンだった。
「ところでベイル君」
「……な、何でしょう、シャロン殿下」
「そう。やっぱり完全に記憶を取り戻しているのね」
何かを確信したシャロンはベイルに抱き着く。
「何でそうなる?」
「あら。五年前は一緒に寝てくれたじゃない」
「一緒に寝たけどあれはあくまで俺たちはまだ子どもだったから! まだ言い訳できるから一緒に寝ただけ! 今はもうシャレになってな――ちょっとその手を止めろ」
周りに男がいるのに服を脱ごうするシャロン。しかしよく見ればその顔は赤くベイルの為に強硬手段を取っているのがわかるが、ベイルは服を元に戻そうとするもムッチムチになったシャロンの身体を触る事で生じる柔らかさに興奮と恐怖を怯えてすぐに完了する事ができなかった。日頃から自分の娘をベイルの嫁にすると口にしているウォーレンですらその状況はマズいと考えて周りの男たちを睨みつけて視線を逸らさせた。
「もしかして着衣派?」
「あー、確かにちょっとずつ脱がすのもまた一興――って事は無いからな? そしてサラッと俺の手を自分の胸に近付けるな!」
「でも私、色々なところがムチムチになっているわよ?」
「……何言ってんだよ」
女の耐性が全くないベイルは顔を赤くしながらなんとか声を絞り出す。そしてベイルは周りにいるシャロンの家族関係者に助けを求めるようにウォーレンとハンフリーに視線を飛ばすが二人は全力で目を逸らすので慌てていた事もあってかかなりキツイ口調になっていた。
「おいそこの大人! 今すぐ俺を助けろ! 緊急事態だから!」
「……君はこれまでの逆境を幾度となく退けてきたのだろう。それくらいどうにかしたまえ」
「アンタ、こいつの叔父だろ!? 可愛い姪が最低最悪の大量殺戮者の毒牙にかかる寸前なんだからどうにかしろよ!」
するとハンフリーはベイルに対して羨ましそうな視線を向けて呟いた。
「……君は何も知らないからそんな事が言えるんだ」
ハンフリーは自分の妹と姪の激しい攻防を思い出す。
そもそもシャロンはベイルの事を尋常じゃないほど、それこそベイルを手に入れれば他の何もかもを要らないという程にベイルの事を好いていたのだ。そんな相手をよりにもよって自分の母親が殺したとなれば怒りを露わにするだろう。特にベイルは確かに相手が王族でありながらも様々な事に逸脱しているが、かと言って犯罪を行ったわけじゃない。むしろ魔族からなんだかんだでシャロンを救ったりしているのだ。そんな事情もあり、今では親子関係は冷戦状態。しかし恐ろしい事にシャロンは人を操る能力に長けているのでリーダーとしての資質は申し分ないのだ。それをわかっているからこそ、シャロンを唯一抑えられる存在であるベイルにウォーレンは言い切った。
「正直、私は安心しているよ。君ならば娘たちを託せる」
「たち⁉ たちって何?! まさかシャロン以外にも自分の娘を嫁がせる気かよ?! 控えめに言っても正気を疑うわ!」
「疑ってくれて結構。だが君は私の娘だからではなくシャロンの妹と考えれば、敵対しない限り誰一人としてぞんざいに扱わないだろう? そこは信頼している」
正直そんな事をされてはベイルとしてもたまったものじゃない為、全力で抗議するように叫んだ。
「誰か止めて! お願いだから止めて! というか何で誰も反対しないの!? 俺にモンスターの素材を提供するように働きかける前に王のどう考えてもおかしすぎる暴走を止めろよ!」
半泣きになるベイル。ウォーレンはそれを見たかったのだ。
色々と横暴ではあるが、ベイルは女性関係に関しては非常にシビアだ。それは五年前はもちろん今では変わらないのは理解している。
「ベイル君、それに関してはお父様が正しいと思うわ」
「え? どこが?」
「私ね、実は五年前の事を後悔しているの。王女たるもの優秀過ぎるオスを独占するのは間違いだってね」
育った胸部を身体全体をベイルに押し付けて来るシャロン。しかしベイルはシャロンを本気で退かす実力はあれどベイル自身がシャロンを突き飛ばした後の事を想像してしまいブレーキがかかるためしないのだ。
それを知っているからこそシャロンは身体をくっつけるのでベイルのオスとしての象徴が覚醒し始めていた。
「だから今度、あなたのメスとして私の妹たちを紹介するわ。大丈夫。一人残らずあなたに嫁入りさせるから」
「………」
沈黙し、頭を抑えるベイル。確かに前の人生の経験を覚えているベイルにしてみれば姉妹丼を味わえるチャンスでもある。それはそれで魅力的だがやはりどこか違うと考えてしまい首を振ってシャロンにチョップを入れた。
とても手を抜いているとはいえ突然の攻撃に周りは驚くがベイルは全く抑えない。
「それは王族としての責務や王命による強制力なら、俺はいらない」
「で、でも――」
「何度も言うけど俺は大量殺戮者だ。数多の俺の欲望や感情によって葬って来た一般的に人類として悪に分類されるであろう存在だ。そんな男に果たして本当に女が嫁いで良いと思っているのか? ましてや何もわかっていない子どもがいざ自分が嫁ぐ相手が大量殺戮者でしたとか言われたら普通に嫌だろ。もっと言えば俺、かなりの変態だよ? というかお前もいい加減に自分がどれだけヤバい男に手を出しているのか思い出して俺との結婚を諦めろよ」
「でもベイル君って、大量殺戮者を自称する割に大体暴れる時は誰かを守る時の方が多いわよね?」
シャロンに言われてベイルは固まる。
ちょうどその時、誰かが姿を現した。ベイルはそれが自分の助けになると思って相手を見ると、そこにいたのはグレンだった。彼はベイルに笑顔を向けているが、抗っている様を見て笑っているのだ。
「お、お久しぶりです、グレン様」
「久しぶりだね。でも今日の私は君の敵だ」
「……ほ、ほう。俺を相手に喧嘩を売ると」
そんな事をする相手ではないとわかっているが、ベイルとしてはどうにかして味方に引き入れたいので冗談を入れるが、グレンは宣言した通り今のベイルにとって敵としての行動を見せた。
「だって君、シャロン殿下の言う通り、大体暴れる時って誰かが犠牲になっているのを助けることが多いじゃないか。その九割が私の妹二人なんだけど。それに五年前にカリンを助けた時もベイル君は義務だなんだ言っているけど、あの時の周囲にはそれができる人間は貴族には一切いなかったんだ。両親も何の役に立つ予定がないカリンを見捨てていたし」
「ちょっとそれに関して説教する必要がありますね」
あんな可愛い女の子を見逃すなんてまずあり得ない。そんな思考なベイルだからこその発言だった。
「……もう諦めろ、ベイル君。いや、ベイル・ヒドゥーブル大公」
「……大公?」
「ああ。少し前の話し合いで君を正式に大公の爵位を与えることが決まった」
それを聞いた瞬間、ベイルは声にならない悲鳴を上げた。
■■■
当然行われたヒドゥーブル家の家族喧嘩。それによってあらゆるものがゴミと化し、その規模が大きかった事で兵士が後処理の為に外に出ていくと、かつてベイルが囚われてた王宮の地下の牢屋の中で囚人の一人が立ち上がる。そして彼に備わる万力でドアの鍵を破壊した。普通、そんな事はできないのだが彼の指先の力はすさまじく、大抵のものはねじ切ってしまう。また握力もリンゴ程度なら簡単に握り潰せる程の力を有しており、身体もほとんどの人間の打撃などものともしない。
「お、おい、お前……」
囚人の一人がドアを出た囚人に声をかける。しかしそんな存在を煩わしいと思ったその囚人は邪魔になる柵を無理矢理開けたかと思うと、手を突っ込んで声をかけて来た囚人の首の骨を折って殺した。簡単に命を奪った事で彼らは自分の命を守る為に黙った。
(そうだ……これが普通なんだ……)
その囚人は笑みを浮かべる。これが馬鹿だった自分にとってアイデンティティであり、兄が認めてくれた力だった。普通、長男が家督を継げば予備として作られるそれ以降の人間は家から追い出されるか他の家に婿入りする事になる。騎士や兵士として就職するのもない話では無し。しかし彼の兄は彼を追いだすことをせず、兄側に無い「暴力」という部分で使えるから彼を囲った。そしてそれは彼にしてみれば楽だった。
大公家の従士という身分はもちろん、奴隷の中でも気に入った女を好きにできる。彼氏や夫がいれば自分が目の前で犯し、精神を殺してやった。それが楽しくて仕方なく、また具合の良い女も積極的に囲って言った。
そんな中、まだ幼いがカリンという存在がいた事を嗅ぎ付けた大公家は縁談を申し込む。だがバルバッサ家はそれを断ったので事実関係を作ってやろうと考えた。そうすれば貴族特有の責任感の話になり、どうにかして手に入れることができると考えたが、その邪魔をしたがたった一人の男だった。聞けばそれは五年前に死んだと言われていたベイル・ヒドゥーブルであり、常識を破壊していくと同時に大公家に喧嘩を売ったのだ。しかし本来庇うべきである王家が自分を見捨てたという事実に彼は動揺を隠せなかった。それが苛立って仕方なく、チャンスを伺いベイルの大切なものをすべて犯し潰してやろうと心に決めた。
ドアを破壊して近くにいた受付を兼任している兵士が気付いて声を上げようとする前に身体を貫通した。
「ぐ……ぐふ……」
血を噴き出して倒れる兵士。彼を隠したその囚人は少し離れた武器庫で自分の実家の伝手でリボルバー銃を見つける。近くに一緒に保管されていた弾丸も一緒に持っていき装填する。
整備する時間はないためそのままその場から離脱。狙うのは自分を倒した男――ベイルの首だ。
まずはここから逃亡。そしてベイルがいると思われるヒューリット領に――そう考えた男の耳にあの男の声が聞こえて来た。
「――俺が、大公?」
男の目が点になった。
自分の兄も大公で自分の生まれは大公家だった。それだけでも十分恵まれているのに自分の身体スペックは恵まれていた。どんな人間でも自分に叶う者がいない。だからこそ彼の兄も最初に彼が味見をしたところで文句を言わなくなった。
だからこそ兄の相手となるべき少女をつまみ食いしようとしたところに異変を起こした男。それが、自分や処刑された兄の代わりに大公になるというのだ。
「……ふざけるな」
近くにあった太めの鉄棒を握り閉めて男はそれでも周りにバレないように移動する。あの男を殺す為に。
たぶんそんなに読んでませんがこういう異世界貴族モノの中でも異例の出世だとは思っていますが、他の家族と違ってゴーイングマイウェイなベイル君を確保する為に苦肉の策です。
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