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#21-相変わらず異常すぎるアイツ-

 ――大公家が消滅した


 ある意味ウォーレンが書いた筋書き通り。筋書き通りなのだが、当のベイルは行方不明な上にエクランド大公家がこれまで行ってきたことがとんでもない事だと知ってウォーレンは頭を抱える。


(サイラスとアメリア嬢の婚約、破棄した方が良いんじゃないだろうか)


 従者たちの証言や今回の件でできた死体の数々。さらにはおおよそ一般的なジーマノイドでは考えられない機動力と動作。この状況に心当たりがあるウォーレンの頭には一つの事が過っていた。

 五年前、魔族にカリンの姉アメリア・バルバッサが誘拐された。それは結局のところベイルと戦うための口実ではあるがその時ベイルはあれほど狙っていたジーマノイドの大会の決勝戦を辞退してアメリアを助けに行った。回収されると知りながら自作の五メートル級ジーマノイドを捨ててである。

 そんな男が今度は妹のカリンを助ける為に現れ、いくらヒドゥーブルの人間でもできない所業をやってのけたのだ。おかげで騎士団は調査を実施し、様々な違法実験の痕跡を発見。実態が掴めずにいたウォーレンにとってまた邪魔な存在を消せたのは確かだ。

 だが、目の前で出された二人の惨状は同じ男としては同情せざる得ない。なにせある部分が完全に破壊されていたのだから。


(しかもベイルの四肢の四分の三が欠損していたのにも関わらずに再生していた……あ、今更か)


 五年前も似たような事を思っていたが、それを今更と断じるウォーレンも大概である。

 どうしようかと悩んでいると執務室のドアがノックされる。返事をすると二人の男性が入ってくる。一人はハンフリー・セルヴァ、もう一人は彼の息子のレックス・セルヴァだ。


「陛下、ベイル・ヒドゥーブルの件ですが」

「……何だ? 見つかったが返り討ちにあったか? だったらラルド殿かロビン君のどちらかを派遣すれば良い。ただし二人一緒はダメだ」

「それを聞いたユーグは自分が行くと言うでしょうね」


 とレックスが笑っていると後ろからため息を吐かれる。


「私が言ったところで伯爵家に迷惑をかけるのは目に見えていますよ。それに、話を聞く限り今のアイツは記憶を失っているらしいじゃないですか。そんな状態で下手に家族を接近させれば強敵と認識されて殺し合いが始まりますよ」

「ユーグ、聞いていたのか?」

「ええ。私は所謂ヒドゥーブル家に情報を流す為にここにいますからね。と言ってもあの家なのでまず出世欲ゼロですけど」


 と笑いながら答えるユーグ。確かにそうかもしれないが堂々と言うのはどうなのかと疑問を抱いているが誰も口には出さない。


「……ところでユーグ、何故君がここに?」

「そうでした。少しちょっとした問題が発生しましてね」


 まるで何でもないと言わんばかりの態度にウォーレンは追い帰そうとしたが、ユーグはとんでもない事をする。


「数時間前にバルバッサ領土に出発したアメリア様の馬車が山賊に襲撃されました」

「世紀の大事件じゃないか!」

「そりゃあ、あそこは結局のところ我々ヒドゥーブル家以外のまともな従士がいませんからね。だから前々からもう少し質を上げたら良いと申し上げていたのですが」

「いや、それを言ったらおしまいだろう!」

「流石に舐めていたのでしょう。ほら、マリアナが嫁入りしましたしここ数年でヒドゥーブル家に襲撃するなんて自殺志願者がする事だと言われていますし」

「止めろ! お前の兄貴の惚気が頭に響く!」


 それを聞いたユーグは顔を引き攣らせる。彼もたまに帰省するがその度に兄のフェルマンから嫁自慢を聞かされるのだ。なにせあの兄が嫁に関して真剣に語った上に自分の嫁以外の女など要らないと堂々と言った猛者でもある。


「まぁ、地味にきついですよね、アレ」

「わかっているなら思い出させるな! ……で、さっきちょっとした問題と言っていたが、何がちょっとしたんだ?」


 考え得る限りの大問題なのだが、それをちょっとしたという表現を使うならばこの男ならば何かある。そう考えた三人にユーグは笑顔を浮かべながら言った。


「実は唯一の生き残りに話を聞いたところ、どうやらその山賊の移動先がベイルがいるとされている箇所に近いんですよね」


 三人は納得した。確かにそれならば「ちょっとした」になりうる。なにせ今回捕まっている人がアメリア・バルバッサ。それを知った瞬間、血の暴風雨が降ると言っても過言ではない。


「だ、だとしてもだ、とりあえず騎士団を派遣してくれ。息子の婚約者でもあるのだからな」

「私としてはそろそろ婚約破棄を真剣に考えても良いと思いますけどね。いつまでも爆弾を抱えると最悪王家が根絶される可能性もありますし」


 ハンフリーは止めようとしたが、ユーグがペラペラと余計な事を言い続けて止まらない。自分がどうにかしようとしても物理的に潰されるのがオチでもある。


「……根絶、か。せめて娘たちでも許してくれないかなぁ」

「でもシャロン殿下はそのつもりでしょう、最初から」


 言われてウォーレンにしか見えない刃が突き刺さる。


「……正直なところ、私の娘たちを大切にしてくれると思うか?」


 縋る様な目でユーグを見るウォーレン。それを見てユーグはため息を吐く。


「少し数日前に話を戻しましょうか」

「いや、何故数日前?」

「マリアナから聞いたのですが、今カリン嬢は自宅に戻って引きこもっているらしいですよ。何でも虐殺したベイルがカリン嬢を拒絶したようです」


 それを聞いたウォーレンが固まった。


「ちょ、ちょっと待て。え? 嘘だろ? ベイル君は言わば彼女を救ったヒーローだ。称えられるべきだとは思うが……」

「おそらくベイルは自分は相応しくないと思っているのではないですか? どのような言葉を述べようが視点を変えれば最低最悪な殺戮者。そんな男と結婚すれば周りから非難されると考えたのでしょう」

「……今更、ではないか?」

「忘れているようですが、アレは貴族としては未完成ですから。普段から一部の貴族のように平民に理不尽な暴力を振るうタイプでは無いですし」


 言われてみればと改めて思うウォーレンたち。それでも内心ユーグは思う。もしただ捕まっている姿を見られただけならば命は助かるかもしれないが、もしこれが最悪な展開になっていればおそらくもう山賊の未来はないだろう、と。






 アメリアを誘拐した男たちが逃げた先で見つけたのは少し大き目な家だった。貴族の別荘にしては位置も大きさもおかしなもので、おそらく運が良い平民が娯楽で建てた家か何かだろうと判断して中に入る。

 中は割と綺麗にされている。だがこちらは五十人もいる。少々狭いが問題ないだろう。


「隊長! この家、風呂もありますぜ!」

「そいつは良いニュースだ。どれくらい大きい」

「残念ながらそこまで大きくは……」


 だがしばらく入っていない彼らにしてみればご褒美でしかない。そう思っていると近くで爆発が起こった。

 突然の事で動揺するが隊長と呼ばれた男が抑える。


「狼狽えるな。こっちには王国の未来の王妃様がいるんだ。向こうも派手は事はできないだろうよ」


 と笑みを浮かべる隊長。すると外の見張りの一人が乱暴にドアを開けて中に入って来た。


「どうした? 何があった?」

「そ、空からジャイアントボアが降って来ました!」

「………は?」


 突然の事で理解できなかった。ジャイアントボアが空から降ってくるなどあり得ない。そもそもジャイアントボアそのものが希少種であり、体重は大きさによってはトンに至る。

 だが彼らは知らなかったのだ。今この王国にはその常識を容易く覆すことができるバケモノが戻ってきている事を。

 外から悲鳴が聞こえてくる。隊長が外に出ると、倒れている部下の傍に倒したと思われる男が立っていた。


「な、なんだお前は」

「お前こそなんだ? 人の家に無断で入りやがって」

「あ? ここがお前の家? お前まさか良い所のぼっちゃんか?」


 しかしその男は考え込む。


「何だ? なんとか言ったらどうなんだ?」

「悪いが知らん。どうやらそうらしいようだが俺は記憶喪失だから五年以上前の事は何も知らない」


 外からそんな事を聞いて反応したアメリア。まさかと思って移動しようとするが、その行動を見つけた山賊の一人が抑える。


「大人しくしやがれ!」

「へ、変なところを触らないで」

「変なところ? それは一体どこの話だ?」


 ニヤニヤしながらアメリアに近付く山賊の一人。すると山賊の後ろに黒い何かが現れてそこから一人の男が現れる。


「またこういうパターンか。いい加減に飽きて―――」


 そう言いながら入ってきたが、男はアメリアを見て驚いていた。そして―――アメリアに触れている男の頭を掴んで乱暴に外に向かって放り投げる。

 壁を破壊して外に飛び出したその山賊は既に満身創痍だが、その男もオーラで身体を覆う程であり全身を隠す。


「な、なんだお前―――」


 そこから近くにいた山賊に飛び蹴りした男は近くにいた他の山賊も殴るか蹴るで壁を破壊して外に追い出す。


「あ、あの、ベイル……?」


 自分の家と言っていたのにあっさりと破壊していくのを見て色々と心配するアメリア。しかしベイルは気にせずに外に出ようとしたがある事に気付いて言った。


「ソコカラウゴクナヨ」

「え? うん」


 山賊が全員外にいるのを確認したベイルは玄関にある球体に手を置くと魔力が注がれてオーラが収まる。同時に家が徐々に修復されていった。


「え? 何これ」


 ベイルは無視して外に出ると既に山賊が待ち構えていた。周りは人数が五十人いるからと勝てると思い込んでいるのかニヤニヤしており、さっきアメリアに触れていた男も復活していた。

 それを見つけたベイルは家の鍵を閉めた後にまた黒いオーラを発してさっきの男の前に移動して一方的にボコボコにする。


「テメェ、よそ見しているんじゃ―――」


 近くに来た山賊の一人が反射的に殴られた事で家の壁に激突。ベイルと壁で気絶した。


「……え?」


 ちなみに既に最初の数発はさっきアメリアに酷い事をしていると判断された男は満身創痍どころか気を失っているので強制的に意識を起こさせて何度もダメージを負わせているが、何度もすぐ倒れるので流石にベイルは気付いた。


「そうか。こいつこの程度か」


 ベイルは男を地面に捨て後に蹴り飛ばして近くにあった木にぶつけた。それを見て周りは逃げ出すも既にベイルは周囲にバリアを展開しており逃げられない。

 そこからは一方的な暴力だった。全員がガッチガチに拘束されておりベイルが準備した乗り物に入れられていく。

 騒がしい音が聞こえなくなったので外の様子を見ようとしたアメリアと中に入って来たベイルがバッタリ会う。


「あ、あの―――」

「ちょっとさっきの奴らを壊滅させてくる」

「あ、うん。行ってらっしゃい」


 そう答えたのを聞いたベイルは外に出て玄関の鍵を閉めた後、アメリアはふと気づく。


「……壊滅?」


 それからベイルが山賊のアジトを壊滅させてガッチガチに拘束されている山賊が入った乗り物とボロボロになっている女性たち、さらにはを連れて来るまでアメリアは一時間程何もせずに待っていた。






「さて、説明してもらうわよ」

「いや、女性までは計算外だったんだ」

「そっちじゃないわよ。っていうかアンタが女性を助けて来る事に関してはもう「そういうもの」だと納得したわよ。私が聞きたいのは、あなたが最後にリザードマンの姿で現れてから最近まで何をしていたかって話よ」


 そう言われてベイルは顔を背ける。


「答えてもらうわよ。あの後、色々大変だったんだから。主にあなたの家絡みで」

「……え? 俺の家族が何をしたんだよ」

「凄かったわよ。マリアナ義姉様の決闘凍結事件とかフェルマンさんの貴族一掃事件とか」

「決闘凍結? 貴族一掃? え? あの兄貴が?」


 ベイルにとって衝撃的な言葉を聞かされて驚く。ましてや彼にとってフェルマンは貴族社会にカチコチに適応している男という印象が強かったのだ。むしろマリアナが決闘している事はともかく周囲を凍結させた事は理解できる。


「……あれ? あなた確か記憶喪失じゃなかったっけ?」

「………」


 顔を背けるベイルをアメリアは睨みつける。それはもう散々社交界で揉まれたのか、それとも王妃教育で仕込まれたはわからないがアメリアの眼光には鋭いものがあった。それもそうだろう。彼女は最近妹のカリンがベイルに突き放された事で引きこもりになっているのだ。もし記憶喪失が嘘で最初から騙していたのならばそれ相応の報いを浮けてもらうつもりだ。

 そんな事情などつゆ知らないベイルに対してアメリアは言った。


「カリンが引きこもりになったわ」

「……どういうこと?」

「シルヴィアちゃんが言うには心の傷を負ったという話よ。それはもちろん―――」


 ベイルが尋常じゃない殺気を放って立ち上がり、黒い何かを開く。


「ちょっと、どこに行くつもりよ」

「その心の傷に心当たりがあるから、やっぱり息の根を止めて来る」

「………えっと、待って。たぶんその心当りは間違っていると思うわよ」


 あなたが原因だと言える雰囲気じゃないアメリアはベイルを全力止めた。


「こっちで潜伏している時からずっと思っていたんだ。あんなクズが存在していることが気に食わない。証拠の裏付けとして生かしてやったがやっぱりあの子の傷になるって言うなら今すぐ―――」

「一応聞くけど本気で言ってる?」

「当たり前だろ」


 躊躇いも無くそう言ったベイルにアメリアは頭を抱えた。


「……わかった。とりあえず一度家に来て」

「……いや、俺は行かない方が良いだろ」

「何でよ」


 むしろ姉妹を救った英雄として自分はともかくカリンの事を頼まれる可能性はあると睨んでいるアメリア。少し複雑ではあるが貴族社会ではよくあることだと自分に言い聞かせる。


「だって俺、カリンちゃんが誘拐された上に強姦されかけたって言うのに黒い事情を暴くことを優先して主犯を殺さなかったし、その割には他の人間は虐殺したし……やっぱり最低でもあのマッチョの方は殺しておくべきだったか。まぁ、あの筋肉って見せかけだけど。そんな男がカリンちゃんの頭を撫でるのはちょっとまずいでしょ」

「安心しなさい。貴族社会はそれ以上にドロドロしているわ。それにあなた、貴族が平民をおもちゃにしているの大っ嫌いな人間でしょ?」

「当然だろ。権力社会は世界を回す一つの手段として認めているけど、だからと言ってそいつも平民も性能的に全く何も変わらないし。何だったら何で空を飛んでいけば良いものをわざわざ馬車を使って移動するのか疑問すら抱く」


 アメリアは完全に顔を覆った。こんなことならあの時のリザードマンを捕まえてそういうところをしっかり仕込んでおけば良かったと思う程だ。


「……まぁ、あなたにとってはそうかもしれないけど、空を飛べるのは魔力保有量の差だという事が魔法研究会で決まったわ」

「あんな災害級魔法すらまともに扱えないカス共の話なんて当てになるかよ」

「あなたたち基準で語ると世界が滅ぶわよ。一応言っておくけどあなたがこうして平穏でいられるのは、王国の貴族たちがもうヒドゥーブル家に手を出すのは自殺行為だと理解したからなのよ」


 何でそんな事になっているのか理解できないベイルは首を傾げる。


「実際、あなたがいなくなってから貴族たちは慌しかったわ。そしてヒドゥーブル家をバケモノと称して次々と奸計を巡らせたしね。特にお兄様に嫁ぐ話とかフェルマンさんから殺そうとするとか色々あって」

「……もしかして決闘凍結事件って」

「義姉様が怒って相手と観客をお兄様も含めて凍結させたことが原因」

「つまりはよほどストレスを与えていたんだな。マジで姉貴の氷魔法は俺でも凄いと思う程だし。対戦相手も気の毒に。どうせその時暴れまくっていた俺がいなくなって制圧できるとでも思ったんだろ。馬鹿共が。……ということはフェルマン兄さんも仕掛けられたのか」

「ええ。軽く五つの家は後継者が消し飛んで、フェルマンさんが切れて物理的にその家を壊滅に追い込んだから凄い事になっていたわよ」


 それを聞いてベイルは固まった。


「……後継者が、消し飛んだ?」

「なんでも、その時あなたが整備していた人造魔剣が原因らしいわよ。確かカラドボルグだっけ? あと、その奥さんも共謀していたらしいけど今はもうほとんど子どもを産む機械として扱われているわね」

「いや、たぶん兄さんが毎日発情しているだけだ。そうか……よりにもよって義姉を巻き込んだのか。これ、甥や姪が大量生産されていてもおかしくねえな」


 遠い眼をするベイルにアメリアは色々と納得した。アメリアはヒドゥーブル家の事情はそこまで詳しくなかったが、ベイルの様子を見るにフェルマンが妻のリネットにお熱だったのは前からだと判断する。


「どうせ周りは側室を迎えるべきだ、離婚してもっと良い家柄のお嬢さんを迎えるべきだ、今の子どもも処分するべきだって周りの大人に言われていたが兄さん自身が拒否して数日後に妊娠発覚して双子や三つ子でしたってオチか?」

「……アハハ」


 その様子を見てベイルは自分の予想が当たっている気がしてならなくなる。


(そもそも自分の兄弟が七人もいる時点でお察しかもしれないが)


 などとベイルが考えていると、誰かが部屋に近付いて来たのを感じた。そのまま待っていると少女がドアを開ける。そこには黙り込んでしまった二人がいたため怯えながら声をかける。


「……あの」


 二人が同時にそっちに向くと、少女が泣きそうになった。同時に空腹だったのかお腹が鳴る。

 慌てて抑えるがそれでも鳴りやまない。泣きそうになっている少女の首がたまたま視界に入ったベイルは少女に近付く。


「これ、まさか奴隷紋か?」

「そんな……まさかこの国で奴隷売買をされているの?」

「これは……あの山賊の人たちにやられて……」


 ベイルは異空庫から紙を出すと誰もいない場所に出す。そこからメイド服を着たエルフが現れた。

 それを見てアメリアは驚くがベイルは構わず指示を出す。


「異空庫の食糧庫内を一時的に共有許可。これで白湯を作ってくれ」

「わかりました、マスター」


 テキパキと料理の準備を行い始めるそのメイドを見てアメリアは口をパクパクさせる。その間にベイルは少女の首に付いている奴隷紋を解析して解除した。


「………」


 頭を抱えるアメリア。

 彼女の常識にしてみれば奴隷紋を施した者以外は簡単に解除などできない。だが目の前にいる男はさも当然と言わんばかりに解除しているのだ。


「……ねぇ、ベイル」

「何だ? あ、とりあえず水を―――」


 ベイルは異空庫から水が入ったピッチャーを出してコップに入れ、少女に差し出す。少女は最初それを受け取ろうとはしなかった。


「どうした?」

「……でもそれを飲むと、お金を要求されるんでしょう?」

「んなことしねえよ。むしろ飲むことを強制してやろうか?」

「……いただきます」


 少女は受け取ってコップ一杯の中身をすべて飲み干す。ベイルはさらに追加するとまた少女は飲み出すが、少女は途中でこの水を飲んで良いと許可を出されていないことに気付いた。


「ん? どうした?」

「でも……」

「お前また悩んでいるのか。良いから飲めって。喉乾いているんだろ? 自分が納得するまで飲み干しちまえ」

「……ありがとう」


 笑顔を見せる少女を見てベイルはふと疑問を抱く。


「これが普通なの?」

「……正直、異常と言っていいわ。それに奴隷紋なんて普通は禁止されているはずなのに」

「とりあえずこの子たちは冒険者ギルドを通して機能しているか知らないが騎士団からあのオッサンにでも話が行って調査させれば良いだろ。まぁ、今も無能極めているなら、最終手段として俺がその貴族にこの世界からご退場してもらうだけだし」

「いざという時は私も陛下にプレッシャーを与えるわ」

「あんまり義理の家族に迷惑かけんなよ。俺には関係無いから嬉々としてプレッシャー与えるけど」

「そう思っているのはあなただけよ」


 ベイルはそれがどういう意味か理解できずに首を傾げる。少女はそんな二人を見てどこか新婚カップルを見ている気がしてならなかった。






 その頃、以前ベイルがロナルドと戦う時に戦ったオークの集落跡地。その近くの崖から次々とモンスターが現れる。

 その光景を一体のモンスターが見守っていた。


『このダンジョンに人が現れた時にはどうなるかと思ったが、まさかコアを狙わずに同族同士で殺し合いを始めると思わなんだ』


 モンスターにとっても同族殺しは別に珍しくはない。だが、人間のそれはあまりにも異常だった。その中でも一人の人間はどう考えても異常すぎる。

 そのことを考えていると、一体の蝙蝠がそのモンスターの近くに現れる。


『ほう? ここからそう遠くない場所で異常な気配を持つ人間がいる、と』


 モンスターがその人間の質を辿ると、それはあの異常な人間の気配だった。以前は人間の集落にいたはずなのにと考え込んでしまうがむしろ僥倖と考える事にした。モンスターもまたその異常な人間―――ベイルを危険と感じているのだ。人間だけでなくモンスターからも危険と認識されている。


『まぁいい。できるだけ悟られるな。アレに介入されるのは面倒だ。せっかくダンジョンという下らない箱庭から解放されたんだ。本能のままに快楽を貪りたいしな』


 その号令でモンスターたちは進路を変える。その先は―――ヒューリット領だった。

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