#20-それはまるで人じゃないようで-
ベイルがヒューリット領にロナルドを連れてきた頃、王都から戻って来たデリックたちは顔を引き攣らせた。先程までシェリーとシギュイから話を聞いていたのだが、それを裏付ける結果となったのだ。
「それで、大公家の人間は」
「さぁ? 運が良ければ生きているんじゃない?」
どうでも良いと言わんばかりの態度をするベイル。カリンもあまりの規格外に言葉を失っていた。
そもそも、普通は貴族だけが持っているジーマノイド。それをいとも容易く召喚して使用、相手を倒すなんて誰が予想できただろうか。
「……なるほど。とりあえず君の言い分はわかった。今回の件はすべて王家に報告しておこう」
「えー」
「なんだ。不服か?」
「それ、また事情聴取として呼び出されるパターンじゃないか。俺、嫌だよ? こんな雑魚との戦いの事情聴取如きでダンジョンに潜る時間が無くなるなんて」
反応が予想外過ぎて全員が困る。ただ一人、シルヴィアだけは別の事を思っていたが。
(あの女が、ベイル兄様に何もせずに解放する事は無いと思うけど)
自分の兄が拘束され、妊娠するまで行為に及ぶことまで想像できた。女に対して極端に甘い兄の事だから下手な事はできないだろうと考えているが故だ。……もっとも、敵として認識されてしまえば話は変わってくるのだが。
「ところでベイル君、この後どうするの?」
エステルが予定を確認するが、ベイルはチラッとカリンの方を見る。するとカリンは何かを理解したのかベイルに抱き着く。
「申し訳ないけど、今日まで彼と一緒にいる約束なの」
そうだっけと思っているベイルを他所にシルヴィアも便乗する。
「そういうことなので伯爵令嬢には一日我慢してもらいましょうか」
「えっと、それはどういうことかしら?」
「はっきり申し上げましょうか? 私の兄の子種を欲しがるのは結構ですがカリンの方が先だったので自重してください」
その言葉に顔を赤くするエステル。デリックが何かを言いたそうにしているが黙り込む。そしてベイルは理解に至っていないようで首を傾げている。
「……何であなたがわかっていないのよ」
「そりゃあ、どう考えても置いてきぼりな展開だし」
「……そういうことにしておいてあげる」
シギュイはベイルが冷や汗を流しているのを見てこれ以上聞かないようにする。
(それにしても、冷や汗が尋常じゃないわね)
まるでこの展開を知っているような態度に何かを感じ取ったシギュイ。だが彼女は自分から踏み込む事はしなかった。
その日の夜、ベイルはずっと利用していた宿屋に戻る。そこのシャワーを堪能して部屋に戻るとそこには既に浴び終わっていたカリンがベッドで待機していた。
「……何でいるんだよ」
「だって今日まで一緒にいるって約束でしょ」
ベイルは無言で衝立を出すとそれをカリンが止めた。
「何しようとしているのよ」
「いや、安全の為に衝立を」
「いらないわよ。安全って何よ」
「それは……」
自分が暴走しない為の安全。そう言おうとしたが、それだと自分がカリンを襲うのではないかと思ってしまい始める。カリンは少し嬉しそうにしながら笑顔を向けるのでベイルは何かの衝動に駆られそうになる。
どうにかして変な事をしないようにベイルは自制する。周囲にバリアを張って少なくとも部屋には対魔、対物理用結界を展開して就寝した。
それからしばらくしてベイルはふと、目を覚ました。恐らくトイレから戻って来たと思われる。カリンが自分のベッドではなくベイルのベッドに入ってきたのだ。
「おい、お前のベッドは向こうだぞ」
そう言うがカリンはそのままベイルに抱き着いた。驚いたベイルは引き剥がそうとするが、このままだとカリンを傷つけてしまうと思い躊躇ってしまう。そして同時に自分の身体に当たる感触である事に気付いた。
(この子、寝る時ブラジャーは付けないのか)
その事に気付いたベイルは全力で首を振ってできるだけ力を入れないように引き剥がそうと考えたところで嫌な予感を感じると爆音が辺りに響く。
「え!? 何!?」
「知らん。……え?」
ベイルが日常的に使っている魔力が機能しない。嫌な予感がしたベイルは爆音で起きた事で手を緩めたカリンをそのまま隣のベッドに投げると何かが先程までベイルがいた場所を通過する。
「ベイル!」
するとその声を聞いてシルヴィアが入って来た。
「カリン!」
「シルヴィア! ベイルが―――」
すると大きな手が現れてその区画を握って無理矢理むしり取る。
『目標を確保した』
『おい、別の奴も捕まえているみたいだぞ』
二機のジーマノイドのスピーカーからそんなやり取りが聞こえてくる。そんなやり取りをしながらも二機はむしり取った場所を虫籠のような檻に入れる。
『あー、確かこいつあのヒドゥーブル家の末っ子じゃね? 確かカリン嬢の金魚の糞の』
『だったら儲けもんじゃねえか。どっちも渡せば報奨金も出るし他の女も回してもらえるだろ』
『それもそうか。とりあえずずらかるぞ』
『いや、ここはしっかりと殺しておかないと』
そう言ったパイロットがジーマノイドが装備する斧をベイルがいるであろう場所を何度も攻撃した。すると血が流れてカリンが悲鳴を上げる。
『これで良し』
二機はその場から離れる。その後に二機の追跡隊が組まれて後を追う。
エクランド領にジーマノイドが到着し、檻が地面に置かれる。そこに武装した者たちが中に入り二人を拘束して無理矢理連れ出して屋敷に連行する。
二人がある部屋に連れて行かれると、そこには既に半裸状態のブロンとメイド服姿でお香を焚いている妹―――メレディスがいた。
ブロンが部下から何かを聞くと笑みを浮かべる。
「そうか、よくやった」
部下が部屋を出るとそこに男はブロンだけになる。
「ようこそ、カリン・バルバッサ嬢、並びにシルヴィア・ヒドゥーブル嬢。俺はブロン・エクランド。多忙な兄上に代わりにお前たちを食べに来たんだ」
「た、食べにって……」
反応したシルヴィアと違ってカリンは反応が薄い。目の前でベイルが惨殺されたからだろう。
カリンが消沈している間、メレディスはシルヴィアの左手首にガントレットを装着させる。
「なに、これ―――」
するとシルヴィアの身体から魔力が一気に奪われた事で脱力し、動かなくなる。
「なによこれ……」
「お前から魔力を奪ったんだ。安心しろ。死にはしない程度に奪われる仕様になっている。死んだら楽しめないからな」
「……随分な思考じゃない」
反吐が出るとは正しくこの事だろうとシルヴィアは思った。目の前にいる男は女を道具の様にしか思っていない。
(……ベイル兄様とは違うベクトルの面倒くささね)
だが少なくとも自分の兄はどれだけの力を得ようと普段から女を食いものにしようとはしなかった。それは記憶を失ってからも同じのようでホッとしていたが目の前の男はそれを平然とできる人間と知って嫌悪感を抱くが、ブロンがカリンをぞんざいに扱っても今の彼女を助ける力はシルヴィアに無かった。
近くのテーブルの上にカリンを移動させたブロン。メレディスはカリンを拘束するとそこで彼女は自分が今とてもヤバい状況にいることに気付く。
「え……なにこれ……」
自分が拘束され、動けない状態になっていると気付いたカリン。目の前にはベイルではなく自分たちよりもさらに上で二十代を超える半裸のブロンを見て悲鳴を上げた。
舌打ちしたブロンはカリンを殴って黙らせる。
「あ……え……」
「面倒くさいな。このままぶっ刺しちまうか。どうせやっている間に感じるだろ」
そう言ってブロンは自分の股から竿を取り出そうと動かし始める。
「……いや……助けて……ベイル……」
自分ではなく他の男の名前を出した事でブロンはカリンを徹底的に辱めてやろうと決意すると、急に、まるでカリンを守るように魔法が起動してバリアを展開。ブロンを弾き飛ばした。
「あ? 何だこれは⁉」
するとメレディスは何かを感じてその場に膝を付く。シルヴィアはたまたま視界に入ったので確認できたが、彼女の首に首輪をされているのを見て察し、弱った力を振り絞ってメレディスを掴んで彼女もバリアを範囲に入れる。
バリアからバレないように屋敷をサーチするような気配が発せられ、屋敷内にいる生存者に向けて何かが飛んで行った。
「ベイルぅうううううッ!!」
カリンが叫んだ瞬間、エクランド大公家の屋敷が吹き飛んだ。
たまたま見張りの為、外にいた者は自分の目の前で起こったことが理解できなかった。
突然空から人が降り立ったと思ったら屋敷に向かって拳を突き出したと思ったら屋敷がまるで砂になって暴風に巻き込まれたと言わんばかりに吹き飛んだのである。
一階にいた者は二階にいる者の下敷きになっている。それよりも先に目の前にいる所属不明の人間に声をかけた。
「お、おい! お前、何をして―――」
すると所属不明の人間から何かが発せられた。その圧力を直撃した男は意識を刈り取られる。可哀想なタイミングで可哀想な事になっていた。
彼らはやってしまった。もう止められない。止まらない。ただの人間にできる事など、所詮災害が自分を襲わずに消える事だけ。それだけだ。
それを知らないブロンは起き上がる。
「あ? 何が起こったんだ一体」
瓦礫を退かして辺りを見回すと、さっきまでそこにあったはずの瓦礫などが一切無い。それどころか屋敷そのものが消し飛んでいる。無事なのはカリンの周りにあるものと、謎のバリアに包まれているカリンを始め資料を保管している場所や言わば、公開されればエクランド大公家と言えどただでは済まない程のもの。その資料が確保されていた。
カリンの近くにはシルヴィアとメレディス以外のナニカがいた。ブロンはそのナニカを危険と感じて殺そうと近くにあった自分の大剣を握り、音を殺してナニカに近付いて振り抜いた。
しかしそのナニカの頭部に当たった大剣は当たった箇所から破壊される。それを見てブロンは顔を引き攣らせた。
(冗談じゃねえ! 王家でも作る事は難しいと言われた究極の一品だぞ!)
数々の敵を屠って来た自分の相棒。それがあっさりと破壊されたのを見て距離を取るブロン。しかしナニカはさっきからメレディスの首輪を操作していてブロンを気にしていない。
(……チッ。ムカつくがここらが撤退のし時か)
戦いで冷静になるのがブロンの強みだ。その場から離脱したブロンは距離を離せた事で安堵する。
とは言っても完全に冷静になっていたならば、そのナニカが何をしていたのか気付けたのだが。
「……べ、ベイル……」
「……よし、終わった」
メレディスから離れたナニカは次はカリンの拘束具を外すと、カリンはナニカに―――ベイルに抱き着く。
「ベイル!」
「ちょ、落ち着け。公爵令嬢がこれは流石に―――」
「だって……だってぇ……」
泣きながらベイルを抱きしめるカリンの頭を撫でて落ち着かせようとするベイルだが、カリンは全く泣き止もうとしない。困った顔をしているとシルヴィアが止めに入った。
「はいはい、そこまでよ」
「え……」
「カリン、今ここ敵地だから。忘れているかもしれないけど」
言われてカリンは視線を逸らして顔を赤くする。だがシルヴィアは構わずにカリンの腕を掴んでその場から移動する。
「私は魔力を奪われたしこの子は満足に戦えない。その奴隷女と一緒に下がるわ」
「……うん、お願い」
シルヴィアは何かを言おうとするメレディスの腕を強引に掴んで空を飛んでその場から離れる。それを見送ったベイルのところに複数のジーマノイドが現れる。
その内の一機に乗った、先程の襲撃者が疑問を抱き始めた。
(こいつ、さっき俺が始末しておいた奴だよな……?)
改めて思い返し、ジーマノイドに残っているログも見返す。死体こそ確かに確認していないが確かに後から血が流れているのは隠れており、左腕らしきものが出ている。近くには足と思われる肉片も転がっていた。だからこそ致命傷を避けていたとしても出血多量で死んでいると思っていたしオービスに対してもそう報告した。だから生きているはずがない。生きているはずが無いのだと。
「死ねぇッ!!」
ブロンがそう叫びながら砲弾を発射する。それがベイルに当たった。そう、確かに当たったのだ。
だがその男は平然としており、砲弾が止まって転がる。
「あーあ、馬鹿だなぁ、お前ら。ジーマノイドに乗ったら死ぬしかないじゃないか」
男たちは確かにブロンの砲弾が当たったのを確認したのに、ベイルは死なない。
「それにしても記憶を失って初めてだよ、ここまで敵に対してサツイヲイダイタノハ」
怒りか、憎悪か、ベイルから放出され始めたオーラは本人がまるで見えなくする。そしてオーラの一部がベイルの影からも現れ始め、そこからモビルナイトが現れた。
「あの機体を壊しちまえ!」
だがモビルナイトは自動的にビットを射出して迎撃。その間にベイルは黒い何かに呑み込まれコックピットに移動して魔力を吸わせていく。それで落ち着いたのか少しオーラの量が減っていた。
『だがここまで非人道的な行為に賛同していないものはいるだろう。そいつらの為に特別サービスに離脱を許可しよう。本当は嫌だった奴、ここの領主に無理矢理従わせている奴は今すぐ離脱すると良い』
そう宣言したベイル。だがそんな事で従わおうとする者はいない。なのでベイルはある区画に移動してビットで切断して引っこ抜く。
そこには奴隷印を掘られ、値段を付けられている女たちがいた。
「おいテメェ! 何してんだよ!」
ブロンは勝手をするベイルを攻撃するが、それをビット兵器が邪魔をした。
「この、鬱陶しいんだよ!」
ブロンの邪魔をしてフリーになっているベイルはその区画を遥か彼方にぶん投げる。するとその区画目掛けて一機のジーマノイドがその場を離脱した。
「何をやっている馬鹿! おい、あの機体を撃て!」
『で、ですが味方で―――』
「知るか! 俺の邪魔をする奴に用はねえ!」
そう言われたからか味方を撃とうと砲口を向ける機体のコックピット部分をハルバードが貫通した。
「……は?」
ベイルの方を見るブロン。しかしベイルが何かをしたわけじゃない。だが見た事無い機体が友軍機を貫いている。
『まずは一匹……あ、見事のタッチダウン』
ブロンは一瞬だけ飛んで行った奴隷がいる区画を見ると先程離脱した機体が奴隷たちの区画を抱きしめていたのを見た。
「それがどうし―――」
嘲笑ってやろうとした相手は既におらず、近くにいた二機のコックピットを正確に薙いで破壊していた。
『あぁ、やっと壊せた。正直鬱陶しかったんだよな、こいつ等』
シグナルロスト。つまりは機体が正常に機能せず、破壊されている事を意味する。しかしベイルは生身の自分に対して何度も斧を振り下ろした男をコックピットから出して死体を晒す。
「お、お前、何するつもりだ」
そしてベイルはその人間をマニピュレーターで握り潰した。何度も稼働させてまんべんなく破壊して骨も肉片ももはや判別不可能なぐらいにボロボロにしたのだ。それに激昂した仲間がベイルに魔砲を放つ。
普通なら直撃コースだがベイルはモビルナイトから男の死体を放り投げて消し飛ばし、離脱。ブロンが魔砲が消えるとベイルを消そうと近づくがハルバードで自身の機体側面をぶつけられて吹き飛ばされた。
「く、クソが!」
派手に吹き飛ばされたブロン機。その間に仲間がベイルを殺そうとするが近付いたものはすべて見事にコックピットだけを貫いている。
『クックックッ……アハハハハハハハハハッッ!!』
高笑いするベイルにブロンは怒りを見せるが、それでもベイルは次々とブロンの仲間を破壊していく。
「この、クズ野郎がぁあああああああッ!!」
叫び、ベイルを攻撃しようとするブロン。しかしベイルは攻撃を回避してブロン機を蹴り倒した。
『クズ? クズと言ったか、お前が?』
「黙れ! 大公家に喧嘩にどうなるかわかっているのか、平民風情が!!」
するとベイルは鼻で笑い、右脚部でブロン機を踏みつける。
『まーたそれかよ。そんなに権力が大事か? あ、大事か。お前みたいな生まれた事そのものが罪なクズにして萌えもロマンも理解できない、オスの本能を垂れ流す事でしか女を悦ばせる事ができない、おおよそ人としての矜持を生まれる前から子宮に捨てて来たゴミカスクソ雑魚無能租チン野郎には、女を口説いて両想いの状態で行為に及ぶなんて到底できるわけねえもんなぁ!』
言いたい放題に言いまくるベイル。おそらく有史以来ここまで貴族を罵った男はいないだろう。
『しかも誘拐即強姦とかどんだけ節操無いんだよ。……もしかしてお前のかあちゃん兎にでも強姦された?』
「ふざけんな! 俺は生粋の人間だ! お前と違ってな!」
『……へぇ、そんなこと言うんだ。……可哀想に』
その言葉の真意はわからないが、自分が馬鹿にされた事は理解したブロンは意を唱えようとするが、モビルナイトに向かって魔砲が飛んできたのでさも当然と言わんばかりに防いだ。
『そこまでにしろ、ベイル・ヒドゥーブル。王国に厄災をもたらす悪魔め』
『……誰?』
まるでどうでも良いと言わんばかりに突然現れた敵に対して乾いた反応を示すベイル。ふざけるなと怒りたい衝動に駆られたがオービス。しかしベイルのモビルナイトから尋常じゃないオーラが放出され、さらには黒い翼が背部のウイングスラスターから拡張するように生えた事で警戒心を露わにするが、それでも自分が負ける事は無いだろうと高を括る。確かに、普通ならば相手が三十機もいて自分がたった一機ならば諦めるのが普通だ。
『お前は死んだと聞いていたがな。何故生きている』
『そりゃあ、どういうことか知らないが生命力は上がってるから』
『訳の分からない事を―――』
ベイルのモビルナイトがまるで獣を彷彿とさせ、雄叫びを上げる。そしておおよそ人では理解できない素早さに移動して次々とオービスの周りにいる奴らを破壊した。
『この、バケモノめ!』
『あの男を殺せ! 生かして返すな!』
だがベイルのモビルナイトはハルバードだけで次々とジーマノイドを破壊していく。最初は数の優位で勝てると思っていた者たちの動きが鈍くなるが、ベイルは一切容赦なくコックピットを破壊した。
もうベイルには手加減する理由もない。ただ破壊の限りを尽くすのみ。
(……こいつは、正真正銘の……バケモノだ!!)
おそらく存在からしてバケモノなのだろうと理解できる。そのオービスの推察は確かに当たっていた。
話はヒューリット領襲撃後にまで遡る。
ベイルの所に先に来たのは意外にもシギュイだった。瓦礫を退かせてベイルを見つけるが、冷や汗を流す。
「……そんな」
ベイルの両足は無くなっており、左腕は肘から先が無くなっている。直視しがたいその光景に顔を逸らしているとベイルが両目を開けてシギュイに言った。
「邪魔」
「……じゃ、邪魔って、本気で言ってるの!?」
この状況でそんな事を言うなど信じられなかったシギュイはそう返すが、ベイルが動こうとするので慌てて瓦礫をダガーで切断してベイルを引っ張り出す。
「良い? まだ生きているならどうにかすれば」
するとベイルは異常な事をし始めた。残った右腕を使って振り子の原理でベッドを使って外に飛ぶ。そして部屋を出てすぐの場所にあるモニュメントを裏拳で破壊した。
「……は?」
目の前で行われた信じられない光景に理解が追い付かないシギュイ。
「ブラッドリヴァイブ」
するとベイルの欠損した部分から血が膨大に流れ出し、両足と左腕が再生する。そんなトンデモ光景にさらに理解が追い付かないシギュイ。
「……今、何をしたの?」
「血を媒介に欠損箇所付近の細胞を活性させて欠損部位を復活させた。トカゲが尻尾を切った後に再生させる方法の応用だ」
「人間がそんな事できるわけないでしょ!」
面倒くさそうにするベイル。そんな彼はシギュイに言った。
「別に言って良いぞ。隠しているわけじゃないし」
「隠してないの!? それが露見したらあなたは周りから好奇な視線に晒されるのに!?」
「別に良いよ。たぶん俺、人間の割合は十割じゃないから」
そう言うとベイルは外に出ると急に料理の準備を始めた。異空庫から出した大きな肉を焼き始め、見た事が無い食材を使って同時進行で調理を始める。
深夜だというのに空腹そそる時間に肉を焼いた香ばしい匂いを感じて人が集まるが、その光景に誰もが驚いた。
「……何をやっているんだ?」
様子を見に来ていたのだろうか、デリック・ヒューリットが声をかけるとベイルは料理を続けながら答える。
「料理だ」
「いや、見てわかるが……その、カリン嬢やシルヴィア嬢の姿を見ないが―――」
「どこかに連れて行かれた」
「何故君はその状況で料理をしているんだ!? しかもこの量、全員で食べようとしても間に合わない量だよな!?」
悠長に料理を続けるベイルにそう突っ込んだデリックだが、ベイルは料理を止めない。
少しすると準備ができたのか、ちょっとした山ができている食材をどこからともなく出したテーブルの上に載せてデリックたちには見慣れない二本の棒―――箸を取り出して目の前に積まれているキャベツの山盛りにドレッシングをかけて食べ始めた。大体五分くらいかけて食べ終えた後にベイルは炒飯とちょうど程よく焼けた肉の丸焼きを食べ始める。
周りに人が集まり始めたがベイルはそれでも食べ続ける。まるでそれが当然と言わんばかりの行動をしているが誰が見ても異常だった。
しばらくして食べ終わった後に水を飲んでフィニッシュ。周りは思わず拍手するがデリックが静止した。
「本当に理解ができない。何故君は平然と食べている。先程君の知己が奪われたのだろう? しかも君は忘れているが片方は君の妹だ! もっとももう一人も君とはかなり親密な関係で―――」
「それで?」
「そ、それでって……」
全然動じていないベイルに不気味さを覚えていたデリックはさらに言おうとしたところでベイルは動的ストレッチを始める。
「こう言ってはなんだが、君はなんとも思わな―――」
「その話ってまだ続くかな?」
「……いや、だが―――」
「そう。じゃあ行ってくる」
ベイルはそう言うと背中から翼を生やして姿を消す。
「え? どこに―――」
周りを見回すが姿が見えない。逃げたという思考が脳裏に過るがそんなことはない。
そう、もう手遅れなのだ。あの時、カリンを誘拐したあの時すべてが決まっていた。
確かにベイルがこれまでこの場で殺した人間には守るべきを持つが故に協力していた者もいたかもしれない。だがそれは敢えて引き剥がすように奴隷たちをぶん投げた。
『デストラクティブシステム、フルドライブ』
オーラから黒い電気を帯びた球体が現れ、ベイルのモビルナイトの両サイドに浮かび上がる。
「な、何をする気だ……」
『弱者はただ、娯楽の為にジーマノイドを開発していれば良かったのだ。大したロマンも持たない弱者でありながら、権力という暴力に平伏すしかないあやふやなものに縋り、粋がったツケを払うが良い』
怪しく光る黒い球体。それはベイルの声と共に本格稼働に入った。
『敵を滅ぼせ、ボルテクスブラスター!』
すると球体から電気を帯びた黒い光線が発射。モビルナイトの前で螺旋の様に絡み合い、ベイルの前にいる敵を薙ぎ払う。オービスはすぐに上へと逃げた。
(冗談じゃない! こんなところで死んでたま―――)
地面から伸びた蔓に拘束されたオービス機。逃げようとするが元々ジーマノイドは空中を飛べるものが少なく、このエクランド大公家でも開発されていない。そして何より蔓の方が力が強く地面に叩きつけられた。
衝撃を加えられたがなんとか生きている事に気付いたオービスは逃げようとハッチを開こうとするがボタンを押しても少し反応するだけで開かない。完全にフレームが歪んだ事に悟ったオービスはシートベルトを外して力づくでこじ開け、外に出る。
そこには、地獄があった。
かつてあった大公家のそれは面影が存在せず、あるのは機体の残骸といつの間にか一つのバリアに覆われている従者たち。そして、自分の弟を連れてこちらに近付くベイル。
「お、おい、弟をどうするつもりだ……?」
見ると自分の弟のブロンは死なない程度に既に痛めつけられており、生きているかすら怪しい。そんなブロンをベイルは地面に捨てた後、睾丸を踏み抜いた。
声にならない悲鳴を上げたブロン。オービスは思わず自分の股間を抑えるがベイルは何も思わないらしい。
「ブロン! ブロン!! お前、わかっているのか! 我ら大公家に敵対するという事は、王族に対して反旗を翻すのと同義! 次は王族が出て来るぞ! 流石のシャロンもこればかりはこの状況を見過ごせないだろうよ!」
「……不思議だな」
「何が!?」
「別に王族なんてどうでもいいって思えて来た。というか、俺にとって王族なんてたぶん殲滅対象なんだろうね。じゃあ次は王族か……少しはマシな相手でもいるかな。大公家って名前だけ大層な癖に大した奴いなかったし、その少し上程度の王族に期待しても無駄か」
それを待っていたと言わんばかりにオービスが何かを言おうとした時、ベイルは素早くオービスの身体を五回突く。そのすべてが身体を貫通しておりオービスは死ぬギリギリでベイルがある薬品をかけたことで身体が再生。
「……あ、もしかして死んだかな」
どうでもいいかと言わんばかりにオービスを捨てたベイルは本棚や机、従者たちの周囲に張っていたバリアを解くと同時に全員を蔓で再拘束。そうしているとシルヴィアがカリンとメレディスを連れて戻って来た。
「ベイル!」
自分の為にここまでしてくれたベイルを褒めようと抱き着こうとしたカリン。しかしベイルはカリンを威圧して動けなくした。
「……え?」
まさか自分にそんな事をするとは思わなかったカリンがその場で止まる。ベイルはそのままカリンの隣に移動して言った。
「俺には君に優しくしてもらう資格はない。だからもう、俺に近付くな」
そう言ってベイルはヒューリット領の方に飛んでいく。少し後に騎士団が到着して彼女たちは保護された。
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