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#19-時に人は、モンスターにとってのモンスターになる-

 翌朝、嫌な気配を感じたカリンはテントから顔を出すと、そこには冒険者ギルドがランク付けたモンスターの中でBランクに該当するダークパンサーの群れがいた。

 一瞬で目が覚めたカリンはベイルを起こす為に急遽作成した仕切りを取ってベイルのベッドに移動する。


「ベイル起きて! ダークパンサーが現れたわ!」

「……ん~」


 ベイルは上体を起こしてカリンを見る。すると何を思ったのかカリンを抱えてそのまま横になった。


「……あの、ベイル? 何をしているのかしら?」

「………」


 寝息を立て始めるベイル。そのまま寝始めたカリンは少し期待をした事を恥じてベイルに鉄拳を食らわせた。


 ベイルが姿を現すと、そのダークパンサーはこれまで目の前にあったバリアから現れた人間を見て恐怖した。


(こいつは……まさか……)


 ふと、数年前の事が脳裏に過る。

 それはそう、まだそのダークパンサーが子どもの頃だった。森の中をフラフラになった人間の子どもが歩いていたのだ。両親は獲物と理解して襲い、確かに一度は勝利を確信した。右肩を噛んだ父親はスタミナを奪うために暴れようとしたが、何故か首から下が力なく倒れたのである。

 人間の子どもは自分の肩に付いた頭を取ると魔法を使用する。

 それを見て母親は自分たちを守るようにして立ち塞がる。しかし興味が無かったのか少年は自分の父親を解体し、牙と肉を回収して骨をその場に残してどこかに去ったのである。

 あの事を母親は悲しく思ったが同時に自分が下手に動いたら死ぬ理解した、と。解体中に骨を残したのはあくまで自分たちに対する気遣いで、やろうと思えば自分たちを殲滅できたのではないかと語っていた。


(今なら……今なら殺せる)


 自分の父親を殺した人間を殺せる。そう確信したダークパンサーは飛び掛かったが目と目が合った瞬間、身をよじってダークパンサー本人ですらできた事に驚いたが、空中を駆けかつての母親と同じように子どもと妻を連れてその場から去った。

 彼は理解したのだ。自分ではあの人間をどうにかする事などできない、と。自分がやられれば自分の家族が殺されてしまう、と。

 食物連鎖の頂点に人間は立つが、それは一部の人間による供給。大抵の生物は人間に勝てる。だがアレはヤバい。相手にしてはいけない。それで妻や子どもたちに見限られてしまってもいい。そんな思いながらダークパンサーは逃げた。


 その様子を見ていたベイルは思った。


「何だろう。あのダークパンサーが物凄く苦労している気がする」

(……ダークパンサーすら逃げ出す程って、もう本格的に人間辞めているわね)


 カリンが内心思ったが、どうしても彼女はベイルの事を嫌いになれなかった。






 それから数時間後、ヒューリット領の冒険者ギルド所属のシェリーとシギュイの二人はオークの生態の調査に来ていた。


「……これはちょっと予想外」


 シギュイが本気で動揺する。それもそのはず、自分たちが住む街の近くにある森。ある一角にてオークの集落を発見。だが、問題はそれだけでは無かった。


「まさか、ソラーズ子爵家が関わっているとは思いませんでしたよ」


 ソラーズ子爵家とは、ヒューリット伯爵領の近くに領土を持つ貴族家である。以前からエステルを狙っているのかヒューリット家に対して婚約要請をしていたが、元々ヒューリット家は野心を持っているわけでは無かった上に黒い噂があるソラーズ家と関わりを持つ気は無く、要請を断り続けていた。


「こちらとしては穏便に君たちとは懇意になりたかったが、そちらがこちらの要請を断り続けたので止む無くこういう手段に出たのだ」

「私も自分の主人を魔物を飼育して同族である人間を提供するような家に嫁がせるつもりはありませんわ」

「……右に同じく」


 舌打ちをするロナルド・ソラーズ。そして部下とオークたちに命令する。


「あの女共を捕えろ。なに、ちょうど丁重に証拠を食べてもらえる奴らもいる。回して自分たちの立場というものを教え込んでやれ」


 そんな事を堂々と言うが、実際に二人は囲まれている。絶対絶命とも言える状況だ。

 ニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべる男たちを見て二人は嫌な顔をする。


「シギュイ、あなただけでも逃げなさい」

「……何を言っているの」

「あなたのスピードならこの包囲はどうにかできる。今回の事を報告してくれたらデリック様ならば兵を派遣してくれるわ。それまで意識を保てれば私の勝ちよ」


 自信満々に言ったシェリー。それでもシギュイはシェリーをそんな目に遭わせたくないが、この情報を持ち帰らなければ尚更意味が無い。そう悩んでいたところに、どこからともなく何かが乱入してきた。

 突然の事でその何かを理解できなかった。変な軌道を描いてシェリーたちに近付いたその何かは二人の前で停止する。


「止まった……やっと止まった……」

「お疲れ。どうだった」

「もう乗りたくない。って、何であなたはそうも平然としているの?」


 驚いてベイルを見るカリン。ベイルは平然としたまま答える。


「別にこれくらいどうってことないさ。だって飛んだ方が早いし、ぶっちゃけライジンは趣味だ」

「趣味なんだ……」


 画期的な乗り物を趣味で乗り回しているという、ある意味セレブムーブすぎる。


「ベイル君!」

「あれ? 受付嬢のシェリーさん」


 カリンが驚いてベイルを見た。シェリーもまさか自分の名前を憶えているなんて思わなかったので動揺している。


「どうしたの? って言うかこれ、何かの集会?」

「ある意味そうね」


 周りは突然の珍客に動揺しているが、それでも数が少なく新たな女を連れていると知ってニヤニヤと笑っている。


「何だお前。まさか彼女たちを助けに来たのか? この人数相手に無茶するな」

「………あんた、誰?」


 ベイルは本気で聞いていた。まさかロナルドも自分を知らない人間がいるとは思わなかったようだ。


「私を知らないとは無知だな。私はロナルド・ソナーズ。ソナーズ子爵だ!」

「……なるほど、そういうことか」


 何かを理解したベイルはライジンから降りる。


「つまりアンタはシェリーさんに告白しに来たのか。最近の貴族って周りに見守られて告白するものなのか。変わってるなぁ」

「違うわ! 私はそんな年増に興味などない!」


 そう宣言した事でベイルは惚け顔から一変してゴミを見る目でロナルドを見た。


「いや、溢れ出る母性とか癒してくれそうという感想を持たせる相手を「年増」扱いって……もしかして貴族って年下と結婚が正義だと思ってるのか?」

「将来的に垂れる乳に一体何の価値がある!」

「……いつまで経っても現役気分でいるつもりなのかよ。まさか自分の娘や孫を抱く趣味でもあるの? こわっ⁉ 貴族こわっ⁉ ただのケダモノじゃん! 本当にそこらへんにいるただのゴミムシじゃん! 権力だけしか持っていないゴミの癖にジジイになっても淫行三昧を夢見ているのかよ! 流石に引くわ! そんなにやりたいなら他の金目的の娼婦抱いてろよ変態野郎!」


 散々罵倒した挙句に最後には中指を立てる始末。それを見て二人は冷や汗ものだろう。だがカリンだけは別だった。

 不用意に近付いて来るロナルドの従者たち。いつも通り潰せば良いと舐めてかかっている動きに対してベイルは容赦なく蹴りを入れた。しかしそこで彼らが予想したものとは圧倒的に違う事が起こる。その蹴りを食らった人間はとてつもない速さで崖に向かって飛んで行ったのだ。

 突然の事に驚いた従者たちは動きが止まったが、その隙を見逃す程ベイルは甘くはない。容赦なく蹴りを放ち次々と吹き飛ばした。


「全く。俺と対峙するには弱すぎるんだよなぁ。というより、全体的にここにいる奴ら弱くない? 俺まだ本気出していないんだけど」

「安心しなさい。本当に一部だけだけどあなたとやり合える人はいるから。ただ全員本気出すと地形が変わるから本気出していないだけよ」

「ホント⁉ いつか会いたいなぁ」


 その姿を見てカリンは改めて思う。本当にベイルは記憶を失っているんだな、と。そうじゃなければベイルがその筆頭に家族を思い浮かばないわけがない。


「ふ、ふざけるな! こっちにはまだこいつらがいるんだぞ!」


 オークたちが動き出す。周りも流石にオークの集団を相手にできるわけがないと思ってこれならばとテンションを上げるが、ベイルが異空庫から出した大剣を見て彼らの脳裏にある男が過った。

 ベイルはオークの方に突っ込んでオークを一体両断。近くにいた二体のオークを両断して他のオークを切ろうとすると近くから飛んできた矢を大剣で弾いた。


「見つけたぞ、大公家の敵め!」

「……なんか、湧いて来たな」


 ベイルが対峙したのは昨日二人を追ってダンジョンに入って行った者たち。つまり大公家の人間と子爵家の人間が揃ってしまったのだ。


「これはこれは……あなた方も彼が目的かな」

「なるほど。大体理解した」


 男二人が少しの間で理解し合い、それぞれの部下たちに指示を出す。狙いは―――三人の女。

 部下たちが一斉に向かおうとするのを見てベイルは特に動きを見せない。周囲はその事に疑問を浮かんだが、その疑問はすぐさま解消された。何故なら三人に近付いた部下は全員死なない程度に電気を浴びせられたからだ。

 いつの間にかカリンの近くに球体が現れ、近付く部下を迎撃する。


「な、なんだよこれ!」

「クソ! まずはあの球体を―――」


 魔法を飛ばして来るが、それがカリンに当たる場所に撃てば広範囲魔法を発動して相殺。別の球体が魔砲を放って腕を貫通する。

 その光景に誰もが戦慄し、唖然としているとベイルはその光景を満足そうに見ていた。


「良い具合に動いている」

「ふざけるな! 何なんだあれは!」

「答える義理は無いな」


 大剣を振るうと人が舞う。その間にオークが集団で攻撃しようとするが、気が付けば腕や足、さらには首が切断され無効化されていた。

 ベイルの敵になったものはいつも思う。何故自分はここにいるのだと。そして自分の手に負えない存在だと理解して逃げ出す者が現れる。


「こ、こんなの無理だ!」

「死にたくない!」


 二つの人間を簡単に無効化する球体に、宙を舞う複数の剣。それが自在に自分の命を狩って行くと知ると誰だって逃げ出すだろう。周りは静止しても無視して駆け出す。

 それを見て落胆をしたのかオークの中でもひと際大きい集団が前に出る。


『ふん。所詮はひ弱な人間。我々が出ないと話にならんか』

「お前は、オークキング!」

『ジェネラル共。あのオスを殺せ!』


 三体のオークジェネラルがそれぞれ一列になって突撃。それに既視感を覚えたベイルはそのまま突撃する。

 一体が前に出る後ろで魔法を放つもう一体。しかしベイルが持つ大剣が魔力で巨大化して横から三体纏めて屠った。

 一瞬でやられたことでオークたちも危機感を覚える。さらに気になるのはベイルの大剣が伸びた事だ。


『……何で』


 オークキングはあっさりと倒されたのを見て唖然とする。

 あまりにも常識外。強い者が生き残るのが自然の摂理とはいえあっさりと倒されるなどあり得ないと思った。


「あれ? もしかしてオークジェネラルって自称?」


 そんな事を言うベイルを見たキングはふと、数年前の事を思い出す。

 それはまだ自分がオークキングになる前の頃。理不尽を振りまく人間の子どもが現れた。

 本来人間の子どもなどオークの子どもが簡単に殺せる。しかしその子どもは大人のオークを簡単に屠り、次々と村を蹂躙した。自分たちが捕えた獲物に一切の見向きもせず次々と殲滅してきたのだ。


『オークって弱いんだな、サンドバッグにすらなりゃしない』


 そんな事を吐き捨てた子ども。思えばあれから数年。成長していてもおかしくはない。


『……まさか、まさかお前は我らの村を蹂躙した子ども?』

「そうなの? 昔の俺は本当に暴れてたんだな。流石は俺」


 どこか納得するベイル。それを聞いてオークキングは持っていた棍棒をベイルに向けて振り下ろしたが、ベイルに届くわけがなかった。


『……バケモノが』

「いやぁ、見た目豚なのに二足歩行しているお前の方が十分バケモノじゃないか」

『黙れ! 我らが同胞を殺しつくす災害が!』


 好き勝手言うオークキングに対してベイルは大剣を上にぶん投げ、オークキングの腹部を殴る。ある程度の衝撃は脂肪で緩和されただけでオークキングの胴体を吹き飛ばすには十分な威力だった。


「おかしいと思ったんだよ。高がオークを三体纏めてバッサリ行っただけでバケモノ扱いなんて。あー、やる気なくした」


 欠伸をしながら大剣をキャッチするベイル。異空庫にしまいながらカリンたちの所に戻って来た。


「お、おい、どこに行くつもりだ」

「帰るんだよ。この程度の実力しか持っていない奴相手に逃げてもしょうがないし」

「……そうか。では彼女を―――」


 カリンに近付く男に対して炎魔法を飛ばしたのを見て全員が驚きを見せた。


「え? 何で連れていけると思ったの?」


 ベイルの人差し指から放たれた謎の魔法。それをかすめた男の頬から血が飛び出したのだ。


「その女を渡すだけでこの戦いは終わるのだぞ。ましてや、我々の後ろには大公家が控えている。それが何を意味するのかわかっているのか?」

「知らねえし興味ない」

「何?」

「悪いが俺は貴族に対して何の期待もしていないわけ。そもそも大公家の何が凄いんだよ。そんなに凄い権力ならさっさと行使すれば良いじゃん」

「それに当主のオービス様は魔法階位において最高位の災害級も扱える」

「そんなの基本五属性においては一般技能だから」


 そう言ったベイルに全員が固まった。その間にベイルは倒したオークの肉を異空庫に収納する。


「どうしたの? というか災害級魔法もできないのに魔法使い名乗っている方がおかしいんだけど。一度魔法使いの制度見直した方が良いよ」

「……いや、待て。待ってくれ。基本五属性の災害級魔法が一般技能? 正気か!?」

「……はいはい。どうせアンタも疑うんだろう?」


 そう言うとベイルは指を鳴らすと空から隕石が降り始めた。それも大量に。

 突然発生した流星群に全員が慌て始める。先程意気揚々としていたロナルドですら慌てふためき避難を始めた。

 そんな光景に満足―――するはずもなく、ベイルはどこからともなく波を呼び寄せた。


「あ、まずい」


 大剣を異空庫に入れて三人を闇魔法で拘束してライジンに詰め込んで緊急発進。ただし上空にだ。


「……あの、ベイル君? 今の何かな?」

「メテオスコールとタイダルウェーブ。まぁ何人か死ぬんじゃない? 重力魔法でも発動すればメテオスコールで降り注ぐ流星から流星へと飛んで回避していけばどうにかなるし。タイダルウェーブも残念ながら対地専用の広範囲魔法だから有能性は低いんだよね。魔力を馬鹿食いする癖に効果は望めない。所謂ロマン魔法かな」

「……それ以上言うとシェリーの自信が無くなるから止めてあげて」


 ライジンを巧みに操って退避するベイル。途中で流石にやり過ぎた事に気付いたのである。

 そしてシギュイも流石にもう殺そうとするのは間違いだと気付いたのだ。


(……これは、分が悪すぎる)


 チラッとカリンを見るシギュイ。彼女を本気で奪おうとした男。彼の行動がきっかけにベイルの行動が完全に変わった。それまではまだ相手に対して手を抜いているのは理解していたがそこから一切容赦をしなかった。今はあの時の殺気が無いが、もしここで機嫌を損ねて自分たちの領土を壊滅させられたらと思うと背筋が凍る。


(……ある意味、お嬢様やシェリーのように慈悲をもらう方が正しいのかもしれない)


 彼女たちの最大の利点はベイルになら自分を捧げても問題ないという事だろう。だがどうしてもシギュイにはそう言う事をする気にはなれなかったが、流石にあのベイルの態度を考えれば自分がこれまで無意味に恨んできたことが馬鹿らしくなった。


 ―――本当に、ベイルはやろうと思えば世界など簡単に滅ぼすことができるのだから


 それを理解してもなお、襲って来るのはよほどの事情がある者か、よほどの馬鹿か。少なくとも、今シギュイの視界に映ったジーマノイドに乗る者は馬鹿の方のようだ。


『調子に乗るなよ、平民風情が!』


 両肩に砲台を載せたジーマノイドを見てベイルはため息を吐いた。


「俺相手に兵器を出すというのことがどういうことか理解できなかったようだな」


 するとライジンの向かう先に空からジーマノイド「モビルナイト」が空から現れてベイルはライジンに備わっているタッチパネル式のモニターを操作すると外に出た。


「ベイル! どこに行くの!?」

「ライジンをヒューリット領に向かう様に設定したから大丈夫」

「そういう問題じゃな―――」


 ベイルがそのままモビルナイトのコックピットに入るとライジンはそのままスピードを上げてモビルナイトの股を通ってヒューリット領へと向かっていく。大公家の人間たちも後を追うが、ライジンの馬力が高い事もあってすぐに引き剥がした。


『平民がジーマノイドなど生意気な!』

「ホント、貴族っていうのは碌な教育が施されていないようだな」


 相手が使用しているのはモビルナイトが闊歩していた五年前では考えられない程に高い性能を持っている。だが機体一つ一つの挙動が、操作技能がベイルに追いついていなかった。だから同じ地面にいながらベイルのモビルナイトは軽やかに動き、回避する。


『何故だ! 何故当たらない! 旧世代のジーマノイドが何故私の攻撃を回避できる!』

「お前の対応が遅すぎだからだけど」

『ふざけるな!』


 そもそも、相手が悪すぎた。

 元々ベイルはこういう作業が得意な人間だ。さらには人間の限界を超えたと言っても良い程の反応速度を持ち、操作技術がある。そして残念ながらジーマノイドに関する興味は記憶を失った後でも変わらなかった。

 だが環境のせいか、今のベイルはとにかく改造する事を信条として辛うじて動くモビルナイトを仲間と共に魔改造したのである。その姿を見て一部の熱き男たちはともかく、女たちはむしろ引いていた。


「そもそも熟練者でもないお前がたった一機のジーマノイドで出て来たのが度し難い。やりようによって遠距離メインの機体でももっと戦えるがお前にはその技量が無い。まさしく権力を持ってしまった悲しき末路だな。見ていて恥ずかしいよ。その程度の実力しかない無能が吠える姿を見るのはね。君の家の人間はどうやら教育方針を間違えたようだ。代わりにこの俺がお前に教育を施してやろう」


 背部からハルバードを抜かせたベイルはそのまま突撃、冗談から得物を振り下ろして力に任せて相手のジーマノイドを地面に叩きつけた。


『な、何故!?』

「あぁ、ジーマノイドを構成する人工筋肉の出来具合じゃないかな? 特に魔力をメインとして動くから魔力量が多くてよく通す素材を使っているからこうした自力の差が出てしまう。悲しいものだな。萌えもロマンも理解できない愚者は」

『ふ、ふざけ―――』


 コックピットを避けてベイルはハルバードの槍部分を押し付けると、スイッチが入り槍部分がピストン運動を行い、装甲を貫通した。その位置はジーマノイド内部に備わる魔石が備わっている場所であり、今ので再起不能になる。


『う、動け! うご―――』


 スピーカーの機能が失われてしまったのか声が途切れるのでベイルはコックピットハッチを破壊。そこからロナルドを出して確保した。


「おい、止めろ! 離せ! この私が誰かわかっているのか!」


 ベイルはそれを無視して自分もモビルナイトのマニピュレーターの上に移動してロナルドを拘束。喚くロナルドに猿轡を噛ませて話ができないようにした。


「んー! んー!」


 それでも騒ぐロナルドを無視してベイルはモビルナイトを異空庫に入れる。その状況に流石にロナルドは黙るしかない。そしてベイルはすっかり黙ったロナルドを担いで翼を生やして飛んでいく。

 その姿を見ていた大公家の名代を名乗った男は顔を引き攣らせた。


(……やっぱりだ)


 思い出した。思い出さざる得なかった。

 人間では複数人必要なオークジェネラルやオークキングをあっさり倒したその実力。災害級魔法を複数行使。幼い頃からジーマノイドの操縦を叩きこまれる貴族を簡単に倒す操縦技量。おまけに、背中から翼を生やす能力。


(ベイル・ヒドゥーブルが帰って来やがったんだ)


 それならば、と男にとって説明がつく。

 五年前、ドラゴンを倒した事でたちまち頭角を現したベイル・ヒドゥーブル。だが貴族の令息でありながら王家を蔑ろに次々と問題を起こしたがそれでも異常すぎる能力で魅了した子ども。そして、レリギオン神皇国から始末されてもなお復活し、破壊の限りを尽くした人の形のした天災。あの戦いで実にほとんどの参戦者が殺されたようだ。最後はジュリアナ側妃に討たれたと聞いていたが、それが生きて戻ってきたのだ。


(これはもう、大公家でどうにかなるような問題じゃない……)


 むしろすぐさまカリン嬢を諦めて撤退した方が良い。もしくは自分たちもジーマノイドを使用して強襲しなければ勝ち目は薄い。だが、男にとってそんな報告などできるわけなかった。

 というもの大公家の領土内の人間には二通りあり、渡される給金とあるボーナスに満足して喜んで作戦に参加するか、家族を人質に取られている。そして今回の件には人質を取られている者が参加させられていた。そうでなければ誰でもわかるこの通りの通らない事に加担などしない。


(……こうなれば暗殺……いや、その前に)


 今回の件で誰が生き残ったのかを確認する事が優先。そう考えた男はすぐに自分の部下たちを探し始める。

 だが生存者は意外にも多かった。それは自分たちだけでなく子爵家の部下も同様でオーク以外は奇跡的に全員生き残っていた。


(……まさか、嘘だろう)


 あれだけの魔法を連発して人間の死者は無し。そんな事はあり得ないと断じたいが、事実彼らはこうして立っている。

 その事実を受けられないが、ひとまず彼らは互いに生きている事を安堵した。






 その頃、エクランド家当主のオービスは別の人間からその情報をもたらされていた。


(ベイル・ヒドゥーブル。確か、バルバッサ家と懇意にしていたヒドゥーブル家の四男で、五年前から少し粋がっていたやつか)


 オービスも、その弟でもあるブロンも言わばベイルがいなくなってから世間から認知され始めた存在。王族ではあるがベイルに関してはすべて情報をシャットアウトされている為ろくに確認されていない。そして過去のヒドゥーブル家のやらかしには奇跡的に関わっていなかった。

 それでも普通はもう少し警戒しそうものなのだが、オービスとブロンだけで大抵なんとかなる。その思いがあったからこそベイルという存在を気にしていなかった。実際、この五年間、様々な脅威から人々を守ってきたのはこの二人である。


(だがまぁ、打てる手は打っておくか。思い上がられても面倒だ)


 オービスは部下に指示してある作戦を行わせる。それが―――エクランド大公家の破滅の開始と知らずに。

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