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#18-つまりそれは二人っきりというわけで-

 俺の名前はベイル。五年程前に記憶を失った冒険者だ。身体能力もそこそこあるし魔力もそこそこあると自負している。そんな能力過多だが残念ながら容姿には恵まれなかった俺は何故か美少女二人に個室に呼び出された。

 テーブルとイスが並べられたその部屋には既に二人の姿があった。黒髪ロングの美少女が自称俺の妹のシルヴィア。仮にも俺の妹ならばちょっとブスであってほしかったが残念ながら美少女である。なお、魔力はたぶんかなりある。

 そしてその隣に座り、初日からやたらとベタベタしてくる金髪ミディアムの美少女がカリン。一体俺の何が良いのだろうか。いや、そもそもなんで俺の周りにいる女はこう身体を使ってでも俺を手に入れようとするのだろうか。そもそも俺なんてちょっと力が強いだけで粗暴なカスだろう。今は冒険者になってCランクになったが一度外に出てしまえば危険人物とも言える。呼び出した理由が頼みがあるというのだが、そんな俺に一体何の頼みをするのだろうか。


「……少しの間、この子とパーティを組んで欲しい。できればパーティだけじゃなくて寝食を共にしてほしい」


 そう言うとカリンが驚いてシルヴィアを見ていた。その気持ちもわかる。まさかパーティ結成だけでなく同棲の依頼になるとは思わなかったからだ。


「ちょっとシルヴィア―――」

「私は所用で王都に行かないといけなくなった。その間だけでも彼女と一緒にいて欲しい。まぁ、手を出しても良いけど」

「シルヴィア⁉」

「まぁ、容姿的にも好きな部類だが流石に年齢が問題だろ。俺、貯金無いし」


 そう返すとカリンが「え? そんな問題?」と漏らす。


「当然だろう。今では何をするにしても金がかかる。それなのに貯金が無ければいざという時に何もできなくなるだろ。そんな事態は避けたいしな」

「……意外に現実的なのね。ま、私をもらいたいと言うなら億単位は軽いんだけど」

「……そんな事を言っていると殿下に後れを取ると思うけど」

「それは言わない約束でしょ!?」


 と騒いでいる二人を見ながら俺はカリンちゃんを冷静に分析する。まぁ、別に分析する程でもない位には可愛いし俺もできる事なら彼女をひたすら愛でたいわけだが、そんな事をすればセクハラ案件でしょっぴかれるし、何よりアイツらが現れて俺の悠々自適な冒険者ライフが破壊される恐れがあるのでそれは止めておく。それにカリンちゃんに対しては確かにこの子なんだけどこの子じゃないという謎のストップがかかっている。おそらく俺と彼女は前の俺の知り合いなのかもしれないが、残念ながら俺はその記憶を失っているのだ。

 あと気になったんだけど「殿下」ってもしかして王族の……しかも王女の知り合いもいるのだろうか。記憶を失う前の俺ってどれだけヤバいんだよ。


「ちょっと聞きたいんだけど、親御さんに頼るとかはどうなんだ?」

「……相手は王族の次に権力を持っていて、今はそれがさらに増している。特に彼女の実家は規模が大きいから余計に」

「割とヤバい状況になっているのか」


 なるほど。寝食を共にしろというのはその辺りの観点も考えて、か。確かにそれは一考するべきだろう。……決して下心が無いとは言うつもりは無いが。


「わかった。そういう理由なら同行するよ」

「い、良いの?」


 驚いているカリンちゃんを見て俺は頷く。


「なに、人助けだ。それに俺の戦闘スタイルを考えれば近くにいてくれた方が良い」


 というのもあるが、何故か俺は彼女を守らなければいけないという衝動に駆られている。そしてどうにかしてその頬を突っつきたいという謎の衝動に駆られていた。いや、本当に俺どうした。


「……良かった」


 何故か安堵するシルヴィア。そういえば何故か彼女に対して「ちゃん」を付けない方がしっくりくる。何故だろうか。


「じゃあ、早速長期の任務を受けてここから移動するか」

「え? どうして―――」

「相手が相応の権力者というならば下手に街に留まるより開けた場所で戦う方が得意だからな。まぁ、別に街中で暴れても良いんだが」


 別にやれないわけじゃないが、そうなると間違いなく一般人から阿鼻叫喚が起こるだろう。周りはどう思うか知らないし興味ないが、俺としてはあんまりよろしくなかった。


「そうね。あなたの戦い方を考えればその方が良いかもしれないわね」


 何故かカリンちゃんが妙に納得している。その姿に妙に頭を撫でて愛でたいという衝動に駆られてしまうが自重する。


「そうと決まればクエストを受けてさっさとここを離れるぞ」

「ちょっ、乙女に準備というものが―――」

「ぐずぐずしていたら追い付かれる。それに所詮十代前半の女らしさなんてたかがしれているから別に良い」


 それに君は別に何もしなくても十分可愛い、という言葉は自重した。






 ■■■






 ベイルとカリンがその場を後にした後、冒険者ギルドに一団が現れる。その代表者と思われる黒い髪に黒い眼をしたどこにでも良そうな男が受付に座っていたシェリーに声をかけた。


「失礼。こちらにカリン・バルバッサ嬢が所属していると聞いているが、呼び出してもらえないだろうか」

「申し訳ござませんが彼女は先程バディを組んでいる方とクエストに出かけました。戻り予定は未定です」

「火急の用だ。今すぐ呼び戻していただこう。私はエクランド家の名代としてここにいる。その意味はわかるかな?」


 男の言葉にシェリーは笑みを向けた。


「名代であるならばこそ、覚えておくことをお勧めしておきます。冒険者ギルドは国家の元、貴族の干渉を受けた場合はそれを拒否する事ができるのです。また、その拒否を理由に拒否した者、並びにギルドに対して圧力をかける事を禁止されており、行使した場合は即ち許可を出した王家に対して泥を塗る行為に当たります。この意味、理解できますね?」


 淡々と述べるシェリー。それを聞いて男は舌打ちをして部下を引き連れて出ていく。周りはそれを見てシェリーに対して拍手を送った。その様子を見ていたシルヴィアがカウンターから顔を見せる。


「……もう良い?」

「ええ。ご協力ありがとうございます」

「……あの程度なら燃やせるのに」


 そう言ったシルヴィアにシェリーは冷や汗を流した。彼女はシルヴィアの発言がどれだけマズいかを知っているが、実際それをできるのは理解している。


「そんな事をしてヒドゥーブル家が大公家に狙われたらどうするのです」

「……私が今更殲滅を躊躇うとでも?」

「いえ、愚問でしたね」


 そんな事をされては彼女としても困った事になる。だからこシェリーはこれ以上は言わない方が良いと思い、口を閉ざした。シェリーにしてみれば先程の大公家の名代と名乗る男よりも近くにいる子爵令嬢の方が恐ろしい。


「ですがよろしかったのですか? 記憶が無いとは言え、彼があなたのお兄さんである事には変わりは無いはず。今回の件はある意味茨の道と思いますが」


 ベイルの事を心配するシェリーだが、シルヴィアはその発言を鼻で笑った。


「……むしろまた馬鹿な貴族が消えるだけ。むしろそれくらいしない兄様なんて兄様とは認めない」


 そうはっきりと言ったシルヴィアは用意の為かそこから消える。


「では、私もそろそろ準備をして向かいます。後はお願いしますね」

「えっと……一体どこに」


 一人の受付嬢が確認すると、シェリーは笑みを浮かべて言った。


「オーク退治です」






 ライジンに乗って街道を移動するベイルとカリン。二人は奇妙な乗り物に乗っている事に周囲からの視線をかっさらうがベイルは気にしていなかった。


「それにしても、まさか冒険者になって早々に貴族とやり合うことになるとは思わなかったな」

「……ごめん。正直、ベイルには悪いと思ってる」

「いや、気にするな。どっちにしろ貴族だろうが平民だろうが王族だろうが俺の邪魔をする奴は潰すだけ。そこに区別はないさ」


 カリンはそれ以上何も言わずにシートに座っている。冗談を含めたつもりのベイルは派手な反応をしてほしかったがそういうわけには行かないらしい。

 ライジンが切り立った崖の前に到着するとベイルはライジンから降りた。


「どうするつもり?」


 カリンも降りて来るとベイルは風魔法を使用して螺旋掘削機のように崖の一部を思いっきり堀った。


「洞穴?」

「ああ。ここにライジンを隠してバリアを張る。まぁ、単純な罠だ」

「……冗談でしょ?」


 そんな簡単な事を? と思ったカリン。しかしベイルは笑っていた。


「まぁ、確かに向こうを殲滅するのは容易い。だがそれでは意味が無い」

「何で?」

「貴族とは言わばプライドの塊だからな。権力にしか守られていない不安定の存在だというのにそんな事すら理解できないゴミ。ただ貴族に生まれた事にすら感謝せず好き勝手する奴らだ。だったらそのありとあらゆる存在を潰して回すのも一興だろう」


 と明らかに魔王ムーブをするベイル。カリンはベイルが自分も貴族である事を完全に忘れている事を知り、少し寂しくなった。


(……昔は)


 と考えたところで昔から似たような思考しかしていなかった事に気付いたのでそれ以上は何も言わなかった。


(でも、ベイルは実力主義だから……)


 それでも自分よりも圧倒的に弱い自分の兄と仲良くしてくれていたことがある意味奇跡なのではないかと考えてしまった彼女は考えないようにした。






 その夜、ホーグラウス王国の王宮にてデリック・ヒューリット、その娘のエステル、今回の件で呼び出されたシルヴィアが部屋に通される。ここは言わば密談などに使われる会議室のような場所であり、正面には今回相手をするウォーレン・ホーグラウス、並びにその長女であるシャロンが同席する。ウォーレンの近くには宰相のハンフリー・セルヴァ、そしてバルバッサ家の代表としてグレン・バルバッサが控えていた。


「さて、デリックよ。あの話は本当か?」

「……はい」


 その言葉にウォーレンたちはなんとも言えない顔をしているが、シャロンだけは何か考えていた。


「お父様、一体何の話をしているのですか?」

「……ああ。そう言えばお前は最近学園の仕事で手いっぱいだったな。言っておくが王になるということはそれ以上の仕事が―――」

「そういうのは良いですよ。どうせ来年はサイラスたちに押し付けるので」


 面倒くさそうに言ったシャロンはシルヴィアと視線が合う。


「……まさか」


 それで何かを察したらしい。シャロンは途端に不気味に笑い始める。


「なるほど、そういうことですか」

「……知ったかぶりは見苦しいと思う」

「そんなわけないでしょうが!」


 とシルヴィアに思いっきり突っ込むシャロンを見て周りは少し驚いていた。


「つまりはベイル君が見つかったということでしょう。では早速回収に行きましょう」

「待て。それは許可できない」

「は?」


 自分の父親でありこの国の王でもあるウォーレンの胸倉を掴んだシャロン。ハンフリーが慌てて引き剥がそうとするがその前にシルヴィアが止める。


「……何の為に公爵令嬢のカリンを囮として使っていると思っているの?」

「……なるほど。そういうことですか」


 ウォーレンに対して一言もなく胸倉から手を離す。あまりの態度にウォーレンは叱った。


「いい加減にしろ、シャロン。一国の王に対してその態度は何だ」

「その一国の王がしっかりしなかったから私たちは引き剥がされたのですが?」

「お前も王女なら少しは弁えというものを―――」

「弁えているからこそ今の下らない事に興じているのが理解できないのですか?」


 険悪のムードになる二人。周りはまたかという態度を取るが、その場で唯一エステルだけが二人を止めに入る。


「まぁまぁ、お二人とも。ここは一度冷静になって。ベイル君も来年は学園に入学するのですからサイラス殿下にすべて押し付けてベイル君用に特別室を作ってそこで成績の代わりに子作りに励んでもらえば良いじゃないですか」

「それは良い提案ね」

「いや、エステル……それはどうかと思うが」


 デリックがそう言うとエステルは笑みを浮かべて答えた。


「ですがお父様、陛下。彼の相手は私が務めましたがおそらくかなり底を隠しての合格と思われます。そもそもオークの亜種の集団を潰すようなバケモノを学園の教員が止められると思いませんが?」

「……オークの亜種だと?」


 ハンフリーが驚ているがその隣でグレンが笑っていた。


「何がおかしい?」

「いえ、相変わらずだなと思いまして」

「……貴殿はなんとも思わないのか? 仮にも子爵令息が君の妹君と一緒にいるのだが」


 しかしグレンは意外にも気にしていない風だ。周りもその事は気になっていたのか聞き耳を立てる。


「父はどう思っているか知りませんが、私は別に気にしていませんよ。それに望むならばカリンとの結婚も認めるつもりです。彼のおかげでカリンが生きているようなものですしね」

「だ、だがな……」

「……それに関しては問題無い。本人の前で結婚するなら金を溜める必要があると宣言している」


 シルヴィアの補足に全員が口を開けて停止。だが例外のグレンは噴き出していた。


「カリンを勝手に囮として使っている事にいささか気に入りませんでしたが、どうやら面白い事になりそうですね」


 爆弾発言を交えつつそう言ったグレン。彼の予想通り、実際に面白い事になっていた。






 エクランド家の名代を名乗った男は部下を連れて不思議な乗り物が森に消えたと知り、人を増やして森を捜索させるとこれ見よがしに張られているバリアを発見した。それを破壊して彼らが松明を持って洞穴に入りこんで捜索する。ちなみに彼らにライジンが見えないのではなく、罠として使うのは勿体ないと考えてしまったベイルが回収したのだ。


「どうやらここから下に降りたようですね」

「やれやれ。いくらムードを求めているとはいえ大体な事をする。五分内に準備を。すぐにダンジョンに潜りカリン嬢の救出に向かいます」


 そんな指示を出しているのを聞いてベイルは疑問を抱いていた。


(ダンジョン?)


 ベイルたちが到着した時にはそんなものは無かった。時間はかなりあると踏んでしっかりと閉じ込めるのに周囲を探索していたがそんなものは無かった。それがあるというのだからベイルとしても驚きだろう。


(まさか未発見のダンジョンか? アイツらがそれを攻略するなんて冗談ではないぞ)


 今すぐ介入してダンジョン攻略阻止するという事も考えたが、それをしてカリンの身に危険が迫る事の方が嫌だと判断したベイルはそのまま見て見ぬふりをする。


「……大丈夫?」

「何がだ?」

「真剣に何かを考えていたみたいだから」


 ベイルはカリンの頭に手を載せて軽く撫でる。


「別に。君の方が大事だし」


 ベイルは明らかに言葉の選択を間違えている。カリンは顔を真っ赤に染めてしまった。


「そ、それは一体―――」

「ん? 単に美少女がいなくなるのは俺としては嫌だと思っただけだ」

「………」


 複雑そうな顔をするカリン。だが今は一緒にいられる事に感謝する事にする。


「ところでベイル、さっきの人たちって一体どこに行ったの?」

「俺としては閉じ込めて無様な姿を観察するつもりだったんだけど、何故かダンジョンに入って行った」


 それを聞いてカリンが目を輝かせる。


「ダンジョン! じゃあ行かないと―――」

「それは無理だ」

「どうしてよ!」

「相手は貴族の従者。最悪の場合後ろ盾が出て来たらカリンの家が面倒に巻き込まれるだけだ。別にそこらへん無視して何をしても良いというなら色々とやりようがあるけど死者が出る。基本的にまだアイツら自体は俺の逆鱗に触れていないから殺すつもりは無い」

「……そ、そうなんだ」


 少し残念そうにするカリン。だがベイルの言っていることはそこまで間違っていないとも感じるカリンはそれ以上何も言わない。


「とりあえず、今日はここで休もう」

「え? でも周りに障害物が無い―――」

「俺のテントなら防衛機能もあるし透明化と空間操作が備わっているから大丈夫」


 ベイルはテントを設置するとテントから魔法陣が展開。ベイルはカリンの手を掴んで少し移動して振り返ったのでカリンもそれに倣うとそこにあったはずのテントが見えなくなっている。


「え? どうして? テントは?」

「言ったろ? 透明化だ。ここはあの崖の上で見晴らしが良いから周りからの見られ放題だからな。こうして透明化させておいて対策させているんだ」

「………」


 沈黙しているカリン。彼女もこれまで様々な事を学んできたのである程度わかっていた。と言ってもそのほとんどが親友でもあるシルヴィアの愚痴だが。


「……私の気のせいかもしれないけど、もしかしてこの魔法って透明化だけじゃない?」

「ああ。自動迎撃用魔砲台にダメージ蓄積式のバリア。そのバリアのダメージ計算によって鳴り響くアラートも仕込んでいる」

「……どうしてヒドゥーブル家ってのはこう……」


 呆れられているのを不服そうにするベイルだが、カリンもまた何かを言いたそうにしていた。


「あ、一つ言うの忘れてた」

「何よ。まだ他にあるの?」


 むしろ既にちょっとした要塞になっているのにこれ以上テントに一体何をしたんだと、そんな事を口に出しそうになりながらカリンは我慢しているとベイルは少し嬉しそうな顔をしながらカリンの手を引いてテントに設置されているドアを開ける。


(……ドア?)


 テントに普通、ドアは無い。だが何故かこのテントにはドアがあり、カリンはテントの中を見た瞬間唖然とした。


「空間操作魔法でテントの中を広げて動きやすくしたんだよ。ガスとか電気とかの発生装置を付けて風呂とかも使えるようにしている。あ、ちなみに排水関係はランダム転移システムを使用して地中にダイレクトワープして―――」

「これはもうテントじゃないわよ! 平民の家よ!」

「そりゃそうでしょ。まさか俺があんな狭苦しい空間でリラックスできると思ってる?」


 さも当然と言わんばかりのベイルにカリンは今までの常識が破壊されていくのを感じていた。


「……常識がとんでもない威力で破壊されていくわ」

「いやぁ、普通の魔法使いでもできるよこれくらい」

「普通はできないのよ!」


 相変わらずの異常な出来事にカリンは叫び突っ込むが、どこか異常すぎていつも通りに感じ始めていた。彼女の感覚も中々狂い始めている。






 エクランド大公家。

 まだホーグラウス王国の歴史の浅い頃から功績を残し続けていた家であり、ヒドゥーブル家が頭角を現す前の名家だった。そう、だった。

 昨今はその権力を行使し、好き勝手に過ごしている。幸いの事に領土から取れる財政と特産品で採算が取れている。そう、取れているのだ。


「ダンジョンを見つけた、だと?」

『はい。現在、そこに逃げたと思われる二人を捜索しています』


 部下がそんな事を言っているので豪華な服に身を包んだ肥満体型の男が苛立ちを見せる。


(ダンジョンに逃げる方があり得ないだろうが!!)


 男が苛立ち、実際そうではあったが部下の考える事は決して間違いではない。相手は五年前、様々な功績を遺したと言われる少年。その少年は冒険者としてダンジョンを単身で攻略したと言われるヒドゥーブル家の出身だ。むしろ逃げる方が建設的かもしれない。


「良いか、カリン・バルバッサとその不届き者を絶対に捕えて我の前に連れて来い! その者に我がエクランド家に逆らうという事がどういうことかを知らしめてやる!」


 その言葉を聞いた時、近くであえいでいた女が乱暴に捨てられた。近くには男とは正反対でがっしりとした体形をした男が裸でいた。


「ふぁーあ」

「どうした?」

「飽きたんだよ。もうこいつガバガバだし。やっぱり兄貴の方が太いって思い知らされる」


 そう言うと、どうやら弟らしいその男は近くに置いてある水を取りに行くために立ち上がる。その際床に倒れている女が邪魔だったのか蹴って退かせた。


「お前、こいつら片付けておけ」

「……わ、わかりました」


 男二人と同じ赤い髪をした少女が震えながら返事をする。それが気に入らないのかがっしりとした体形の男が近くにあった時計を投げつけた。それを上手く回避できずに顔にぶつかってしまう。


「おま、こいつも商品としての価値はあるんだ。顔は止めておけ」


 それを聞いて弟は水を噴き出した。


「一応、あれでも妹なんだろ? そんな扱いしても良いのかよ」

「お前が言うと今更だな。別に良いんだよ。どうせ半分しか繋がっていない。俺たちのように高貴な生まれというわけじゃないしな」


 そう吐き捨てた兄はそのまま部屋を出る。

 動かなくなった女を見て妹は吐きそうになるが、それでも堪えて女を連れて外に出る。


(……嫌だ)


 最初の頃、笑顔で迎えた兄二人。しかし母親が死に、その両親もいないと知っていた彼らは次第に本性を現し、ある誕生日に彼女の首に奴隷用の首輪を付けた。それから彼女は二人の下っ端のように働かされていた。

 二人がある程度成長すると女を食い始めた。それを商売にして彼女もまた奴隷として二人の手伝いをしているが―――嫌だった。

 彼女がこれで女を運ぶのはもう百回は超えている。ただ生まれてきて自分の腹違いの兄二人とその手下に誘拐され、様々な実験に使われ、時には性欲の発散の為に使われ死んでいく。自分にその番が来ていないのは自分の父親がエクランド家の当主であり、ブランドとして価値があるからだろう。

 彼女は彼女が使用できる回復魔法で傷を治す。これを使用していないことに気付けばまた酷い目に遭うと理解しているのだ。


(……誰か助けて……この地獄から私を―――私たちを解放して)


 涙を流す少女。そして―――その涙が報われるのはまだ少し先だった。

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