#15-それから……-
連続投稿3話目
彼らが向かった先は王都だった。王宮に戦艦「アークノア」を持ってきたのは一時騒然となったがグレンが代表としてアークノアが必要だという状況を説明した。
さらにはヒドゥーブル家を中心として他貴族の救出を率先して行ったが、それでもかなりの人間が犠牲になっておりお通夜のように静まり返っていたが、そんな中で状況を打破するような報告が上がる。それが―――ウォーレンたちの生存だった。
「よく戻られました、陛下」
「……ああ。彼のおかげだよ」
とウォーレンは自分と違って所々身体に傷が付いているラルドに視線を移す。
今回連れて帰って来た者たちの中で一番重傷で動けなくはないが、戦闘力はかなり落ちる。それを含めて今日の議題は開かれた。
「……最悪、だな」
ウォーレンがそう溢す。
実際、今のところホーグラウス王国は壊滅の危機に陥っている。会議に出席している者たちも同様だったが何故かヒドゥーブル家の面々はそうではない。ウォーレンは彼らの様子をあえて無視する。
「陛下、この際魔族たちに対して降伏してはいかがでしょう。幸い、私たちには彼らに対してとてもいい手土産がありますし」
そう発言した貴族はチラッとヒドゥーブル家を見る。周りも予めそのつもりだったのか次々と視線を向けた。レイラが目の前にいる貴族たちを問答無用で潰そうとするのをフェルマンが制する。
「それは良い。彼らならきっと良い土産になるだろう。では陛下、ご決断を」
「……いい加減にし―――」
ウォーレンが諫めようとした時、ある人物の動作によってヒドゥーブル家を売ろうとした貴族が後ろに吹き飛ぶ。壁に叩きつけられて動かなくなった彼に視線を向けた他の貴族は何とも言えない顔をしていた。
「恐れながら陛下、発言をしてもよろしいでしょうか?」
「……ああ」
ルーグは立ち上がると何かを起動させると空中に映像が投影された。それを見て驚いている者が多数だがルーグは無視して話を進める。
「私はまず、この城を中心に防衛陣を敷くことが先決―――つまり、主戦場を王都にしたいと考えています」
「……どういうことだ?」
「簡単な話、戦闘エリアを限定させて持ちこたえさせるという手法です」
その言葉を皮切りにルーグは説明を始めた。
ホーグラウス王国の城は大広間に平民を集めればかなりの人数を収容できる上に、ジーマノイドを製作する事が可能な施設まで存在する。ここを防衛する事で今後に繋げようという事なのだ。
「これまで我々が会敵してきた相手は撃退してきましたが、魔族はこれまで長い間準備してきた事を考えるとおそらく削った戦力としてはほんのわずか。そしてこの場においてまともに動けるのは我々ヒドゥーブル家を除けば騎士たちというごくわずか。無駄に防衛線を増やさずに迎撃します。当然、王宮からも武装をした備え付けの兵器も応戦させます」
ルーグはさらに操作してマーカーを出す。
「これは?」
「戦力配置図です。王宮の防衛には基本的には騎士たちを付けます。そして遊撃は我らヒドゥーブル家から私ユーグにロビン、マリアナ、レイラの四人。この四人を中心として四人組を構成します」
「ふざけるな! これでは我々の居住区にも影響が出るではないか!」
「私たちの家にはお前たちが一生持てない程の価値があるものがたくさんあるのだぞ! お前はそれが弁償できるのか!」
「大体、何故四組なのだ! お前の末の妹も戦えるのだろう! 戦力に組み込めば良い! 今は出し惜しみしている暇は無いはずだろう!」
それを聞いた時、ユーグは相手は自分たちよりも家格が上の人間ばかりだというのに普通にため息を溢した。
「な、なんだその態度は……」
するとユーグはまるでこれまでの態度は何だったのかと問いたい程に仮面を外すどころか下に叩きつけて壊したかのように言った。
「黙れよ、先祖の功績にかじりつくだけの脳しかない無能共が」
その会議室全体に重力魔法がかかる。ヒドゥーブル家は全員が平然としているが周りの貴族はそうじゃない。他の名高いセルヴァ家やイーストン家、クリフォード家、王家すらにも平伏す程だった。耐えているのは騎士として名高い者たちぐらいだろう。
「ハッキリ言って、お前たち貴族など最初から戦力に入れていない。この程度の魔法すらどうにもできないカスなど邪魔でしかない。今必要なのはプライドじゃなくて戦力。それに、そんなに価値があってほしいというのならば今すぐ取りに行けばいいだろう。お前らが死のうが別にどうでもいい」
そう言うとユーグは重力魔法を解除。先程何もできなかった全員が恐怖のあまり動けなくなった。
「ついでに言うとシルヴィアにはやってもらう事がある上に、今のアレにはチームとして動ける程の冷静さはない。まぁ、今の状況なら王都を火の海にしても良いと言えば遠慮なくするだろうがな。さて、他に質問は?」
誰も何も言えない。いや、言えばさっき以上に酷い事になるのではないかという予想が彼らを感じさせた。ウォーレンも作戦自体は異論は無いようであっさりと承認される。
その作戦が実行されようとされていた時、ヒドゥーブル家の面々はもちろん魔法に明るい者たちは唐突に脅威を感じた。
彼らはすぐに外に出ると、王都上空に小さな存在がいるのを確認する。
青い肌に怪しげな金色の瞳。一般的に魔族と形容される物の姿だった。だが―――
「この気配、ベイル兄様の……」
シルヴィアの口からそれがこぼれた時、ユーグがすぐに言った。
「魔法使いは全員、ありったけの力でバリアを張れ! 今すぐにだ!」
すると魔族が口から息吹を放ち、王城にではなく魔法使いたちが張ったバリアで防ぐ。しかし威力が高すぎる息吹によってほとんどの魔法使いの魔力が枯渇して倒れてしまった。
魔力欠乏症を引き起こすと同時に動けなくなる周りにユーグは舌打ちしたいのをなんとか堪える。それよりもと思った時には既にあの魔族が目の前にいて自分に対して蹴りを放ったのだ。
ユーグは他の魔法使いよりも身体を鍛えているので多少の威力のものは耐えられるが、相手はバケモノがある場合はその限りでは無かった。流石に威力が大きすぎたのか気絶してしまう。
周りはあっさりとやられたユーグに複雑な視線を向けるが、その前に目の前にいる魔族の対処の方が先だと判断する。しかし彼から放出される魔力が人間たちを圧倒し、別物に変えてしまう。
「さぁて、目当ての存在はどこに―――」
早速見つけたようで近くにいた人間を無造作に殺して近付く。
「見つけた―――クソ王子」
近くで隠れていたサイラスを殺そうと接近する。近くにいた兵士がサイラスを守る為に前に出るが簡単に殺した。
「ひっ!?」
「ん? 何を怯えているのさ、お前」
泣きそうになっているサイラスを見て魔族は落胆した様子だったが、少し考えた後にやがて結論にたどり着いたのかため息を吐く。
「あー、そういうことか……あのオリジナルはあろうことかこんなにも弱い奴を女の為に殺すのを我慢していたのね」
「……ど、どういうことだ?」
サイラスは何がなんだかという感じの中、その魔族は無情に告げる。
「だから、お前が今も生きているのは実際のところお前の婚約者という女の立場を守るためなんだよ。そうじゃなければお前みたいな雑魚が今もこうして生きられるわけがないじゃん。正直、ここまで弱いと落胆ものだね」
「だ、黙れ! 私はこの国の―――」
魔族はサイラスの首を狙って腕を突き出すが、その腕を朱槍が突き刺した。
「はい、ストップ。そこまでにしな」
「何だテメェ―――」
ロビンが軽く槍を回すと魔族はそのまま窓を破壊して外に飛ばされる。
「た……助かった……礼を―――」
「別に良いですよ。でもまぁ、感謝するなら少しは自分でこの状況をどうにかできるくらいの実力を付けてもらいたいですね」
そう言ったロビンはそのまま破壊された窓から外に出る。サイラスはそのまま放置されながら思った。
―――何なんだ
自分は国王である父の後を継ぎ、いずれこの国を統べる存在となる。そう考えていたのに最近自分は蔑ろにされつつと感じる。
下から戦闘の影響か音が鳴り響く。サイラスは弱弱しくたって下を見ると、自分を守ったロビンと魔族が戦っているのを見て悔しいと感じた。
(………俺は)
自分があの中に入れると到底思えない。それどころか先程自分を守った人間が徐々に疲弊している程だ。自分よりも遥かに強く年上の人間ですらああなのだ。そんなの―――
(俺が蔑ろにされるのは当然ではないか)
サイラスはすぐにその場から離れる。このままでは自分がいるせいで他の人間に被害が及ぶと思ってしまったからだ。
だが彼は知らなかった。相手は何もサイラスだけが狙いだけではない、と。
ロビンとの戦闘中に魔族が何かに気付いてどこかに行く。ロビンが追おうとするが空を飛べない自分では追い切れないと思って諦める―――わけがなかった。
すばやく朱槍を使って上に登ろうとしていると、ロビンの動きに気付いた魔族が魔砲を飛ばして牽制。登るのを阻止してきたのだ。
いつの間にか魔族は消えている。ロビンは舌打ちをしながらも自分の朱槍の力を解放しようと考えた時、嫌な予感が脳裏に過った。
その間、魔族はある人物を見つけていた。それは―――シャロンとアメリア、それにカリンだった。彼女たちは重要人物として一か所に集められていたが今回はそれが仇になっている。
「何用か。ここは王家の私室。お前のような者が入っていいところではない」
「ふん。あのオリジナルで多少は慣れている、か。厄介な事をしてくれた」
そう言った魔族はシャロンの顔に触れようとするが、シャロンはアメリアとカリンを守るようにして一緒に下がって行く。
「なんだ。まさかあのオリジナルの為に貞操を守ろうとでもしているのか? 死人の為に無駄な事をする」
それを聞いてシャロンはくじけそうになるが、王女としてのプライドか辛うじて保っていた。その姿を見て魔族はますます興奮し、グチャグチャにしてやろうと考えていた。
そして魔族の手がシャロンに触れそうな距離になった時、自分以外の魔力を感じるとすぐに魔族が吹き飛ばされた。
「……え?」
自分の目の前で円状の何かが現れ、そこから全身を鱗で覆われた黒いリザードマンが現れた。違うのはただのリザードマンではなく、尋常ではない気配を放っている。
そのリザードマンは三人をバリアで保護すると翼を生やしていきなり移動して壁に叩きつけられた魔族を蹴り飛ばして壁を破壊して外に出た。
「……もしかして、ベイル?」
カリンがそんな事を漏らすと二人は驚いて破壊された壁から外を見る。そこでは七本の黒い何かを従える黒いリザードマンが相手を攻撃していた。先程まで人間相手に善戦していた魔族だが、今は一方的に攻撃されているが、それも次第に衰えていった。魔族はダメージを負いながらも笑みを浮かべて魔砲を放つ。その先は―――三人のところだった。
シャロンがすぐに魔法を使おうとするが慌てていて発動できない。冷や汗を流した時、リザードマンが割って入って直撃を受けた。・
驚きを見せた三人。リザードマンは彼女たちの無事を確認した後、視線を魔族に向ける。
(ヤバい……)
このままボサッとしていれば殺される。そう判断した魔族は離脱して合図を送ると次々に魔族のジーマノイドがどこからともなく現れた。
そんな中、シャロンがリザードマンに向けて手を伸ばす。
「ベイル……」
その声に反応しないリザードマン。少しすると顔を上げると雄叫びを上げてシャロンに向けて拳を突き出すが、寸前に止めた。それを見て怯えを見せるシャロンを見てリザードマンは察してどこかに飛び立った。
「ま、待って、ベイル!」
シャロンが後を追おうとするのをアメリアが止めた。
「お待ちください、殿下!」
「でも、ベイルが…ベイルがあそこにいるのにいるのよ!」
それを聞いてアメリアは一瞬シャロンに対して複雑な感情を向けるのをカリンは見逃さなかった。
行こうとするシャロンをアメリアは必死に止めてようやく壁から離す。
「ベイル……ベイル……」
泣き始めるシャロン。その姿にアメリアはただ羨ましそうに見ているのをカリンは見逃さない。というよりも彼女はただ唯一事情を理解して複雑そうにしていた。
突然王国で行われた騒乱。王都の襲撃は実のところ思った以上にあっさりと終わった。
すぐに目を覚ましたユーグにポーラ、そしてシルヴィアが災害級魔法や魔砲でほとんどジーマノイドを殲滅していったのだ。
その光景に誰もが頭を抱えている。辛うじて生き残った魔族は最初は人間に対して悪態を吐いていたが、彼らの姿を見て泡を吹いて倒れてしまう程だった。
「それにしても、災害級魔法とはやってくれる」
おかげで王都は壊滅状態。貴族たちもほとんどヒドゥーブル家が動いていた事で本格的にヒドゥーブル家に対して恐怖を抱くようになったが誰も手を出そうとしない。
幸いな事に王都の学園施設は無事なため、再会は近いだろうと考えるがそれでも不安はある。
(おそらくベイル君が持っていたあの転移式の特殊ダンジョンを利用した物だろうが……)
転移魔法はかなりの魔力を消費する。それをジーマノイド事現れるなど普通は無理だ。それを平然と行い、攻めてきた魔族は確かに脅威だろう。
(……ヒドゥーブル家がいなければ、今頃我々も殲滅されていただろうか)
ホーグラウス王国以外の国は存在はまだ辛うじて存在するがどこも疲弊している。あの謎の魔族が単身王宮に乗り込んで来た日以降、どこの国も魔族から攻められる事は無くなったようだが、それでもかなりの数が攻められており、各国は滅亡寸前まで追い詰められていた。特にレリギオン神皇国はあっさりと破壊されていた事もあり、しばらくは陰で笑われる存在となるだろうと予想しているウォーレン。だが同時に色々な事を起こり始めているのもまた事実と感じていた。
たまたま外を見ていたウォーレンは雪が降っているのを見て、これから色々と行う事が難しくなる季節だと思いながらも仕事を進める。
「……茶が、美味いな」
一息つくウォーレン。それを見ていたハンフリーがため息を吐く。
「現実逃避をするのは止めてもらいたいな」
「……現実逃避ぐらいさせてくれよ」
とジト目をハンフリーに向ける。ハンフリーも強く言えない気持ちはわかる。
何故なら二人にはシャロンから聞いてある言葉が耳に残っているものがあるからだ。
―――ベイル・ヒドゥーブルが生きている
それを聞いた二人は戦慄した。あのベイル・ヒドゥーブルが生きているとなるとヒドゥーブル家がこの地を去り、どこかに探していく可能性がある。今の王国の戦力を考えてそれは絶対に避けてほしいのだ。
だが今はラルドを三男のロビンと共に正式に騎士団に迎え入れて強化を図っている。もっとも、二人が入った時の手合せでラルドの大剣クールシューズとロビンの朱槍ゲイボルグがぶつかり合い、周囲のモノが吹き飛んだほどだが。
そんな二人が離脱したとなれば戦力はガタ落ちだ。帝国付近で王都を襲った魔族の死体が発見されたという報告が受けた時は本当に焦った。
「とはいえ、これでヒドゥーブル家を本格的に国家に組み込むことができれば。後は我々がヒドゥーブル家の人間との婚姻に適当な人間をあてがうだけだ」
「……そう、上手くいくか」
「幸いな事に、あの家は権力闘争に興味はない。そして彼らを擁護するバルバッサ家もいずれは王宮に復帰して王国の統治にそれこそ隙が無くなる」
一時期、ベイル・ヒドゥーブルが次々と功績を上げてきた時はどうなる事かと思ったが、今では復興に力を入れる必要があるとはいえ概ね問題は無くなっている。
「今後の事を考えて次男のユーグ君には、君の所から一人娘を寄こし貰うつもりだ、ハンフリー」
「……結果的に使用することが無くなったとはいえ、彼は今回の件である程度の智はあると思われるので異論はありません。なんなら私の弟子と迎えても良いとすら思っていますよ」
意外と好印象を持っていたハンフリーに驚いたウォーレンは何度も瞬きをする。するとドアがノックされてウォーレンが尋ねると今話題のユーグ・ヒドゥーブルだった。
タイムリーな登場に二人は顔を見合わせた後、ウォーレンが中に入るように言った。
「そ、それで何か用かな?」
「ジーマノイドの件で面白い発想をした者が現れたので、その設計図の提出に来ました。あとは父と母から騎士団の新たな特訓メニューの提出ですね」
そう言いながら紙束を置いて行くユーグ。設計図よりもむしろあの夫婦が何を組んだのか気になったので中を見ると、地獄だった。
そこには想定の百倍はヤバいものが書かれており、自分やハンフリーすらも倒れるものを書かれている。
「……ゆ、ユーグ君。これは死刑計画書かな?」
あまりにも悲惨な内容の為、ウォーレンが尋ねるとケロッと返す。
「まさか。ただの純粋な戦闘員訓練用メニューですよ」
「死人が出るよ!」
ハンフリーも盗み見ると顔を青くするが、ユーグは首を傾げる。何を言っているのか理解できない言わんばかりだ。
「それくらい基礎ができていれば………」
そこまで言ってユーグもある事に気付いてハッとなる。
「そうですね。流石に新兵共にはこの訓練はキツイですね」
「……ところでユーグ君、このメニューは全員共通と書かれているのだが?」
ハンフリーも気になって質問すると、さも当然と言わんばかりにユーグは断言する。
「ええ。これからはすべての人間に行わせるメニューです。宮廷貴族はもちろん、魔導士、騎士すべてに関係なく。むしろ今は十六になる年で入学が決まっている学園の体育でも組み込んで卒業後は優秀な戦闘可能な騎士として育成を終える予定ですよ」
「……ユーグ君、確か君は卒業生だったね。君から見てどうだったかな?」
「あんな子どもがやる様なクソ生温い、トレーニングと言えるか怪しいお遊戯会程度でへばっている姿を見て何かあったらどうにもならないと思っていましたが……案の定でしたね」
そこまで言うかと戦慄する二人だが、そんな二人を見てユーグは何か勘違いしていると思って説明する。
「そもそも身体強化を常に行っていればこの程度のメニューなんて簡単にこなせるでしょうに」
「いやいや、身体強化なんて常時発動できるようなものじゃ―――」
「そんな考えだから今の惨状ができるのでしょう?」
そんな事を言ったユーグに二人は顔を引き攣らせた。
「正直、私はあの戦いで自分はまだまだ鍛えて良いのだと実感しました。これまで魔法が得意だったので魔法メインで鍛えていたので、ベイルの様に両方鍛えるのもアリだな、と」
「……いや、それは少し早計なんじゃ―――」
「そうですか? これからあのベイルとやり合う事を考えたらさらにレベルアップは必須でしょう」
「……べ、ベイル君とやり合う? だがベイル君は言ってはなんだが―――」
「この前戦った魔族、ベイルと同じ魔力の波長を流していたしその後にベイル本人が来ていたので生きていますよ。おそらく色々取られた後に隙を見て脱出したというところでしょう」
完全にバレていた事を知った二人は汗をかく。それでも誤魔化そうとしたところで察したユーグは安心させるために言った。
「別に我々はこの国から出てベイルを探そうとはしませんよ。生きているのなら自分で戻ってこれば良い。まぁ、あなた方にしてみればサイラス殿下とアメリア嬢が結婚してからの方が良いでしょうし、何より事故に巻き込まれて他の国の手に渡ったらそれこそ事だから今も我々に結婚相手をあてがって引き留めようとしているのでしょう? あ、両親に他の女を見繕うのだけは止めておいた方が良いですね。あと兄はああ見えて義姉さんの事が好きなので下手に謀略に巻き込まない方が良いですね。特に今は兄を覚醒させる条件は揃っているので」
「……覚醒の条件が揃っているって……」
「ベイルが戦う前に面白い武器を置いていましたから」
そこまで聞いたウォーレンは内心今すぐ王位を捨てて逃げ出したいと考え始めていた。
「ところで君たちは、まさかと思うが王位を簒奪しようとか思っていないだろうね?」
「何故そのような無駄な事を?」
「……無駄?」
「無駄でしょう? 正直、プライドだけは一丁前で何の役にも立たない貴族連中を纏めるなんて時間の無駄ですし、技術力はほとんど我々の提供のみ。今回、生き残っている民を回収しようとすればアイツら邪魔をしてきましたし、そして領地に戻って生き残りを探そうとすると邪魔するし。そもそも王都に人を集めたのも戦士性能クソカスだったから場所を限定させて戦うしかなかっただけで、人を集めて脱出計画も考えていたぐらいだというのに」
ウォーレンは改めて計画書を見て何故ここまで厳しいトレーニングを課すのか理解した。これは意識の改革も含んでいるのだ。
今後、何が起こるかわからない。そもそも自分たちも含めて戦えるのならばベイル・ヒドゥーブルという特異な存在が現れなかった。彼らのトレーニング方法は確かに異質なのかもしれないが、その異質故にこれまでの戦いで生き残っている。
(……今が、意識改革の時か)
ウォーレンはトレーニング計画書をユーグに返却する。
「済まないがこのままでは無駄に人を殺すだけになる。なので今一度見直してもらい、段階的に成長できるように組んでもらいたい」
「……案外、それをしている暇はないかもしれませんよ?」
「わかっているさ。だがこればかりは長期的に見ないといけないことだ。これでも一応は王なのでね」
「………わかりました」
そう答えたユーグは確かに笑みを浮かべて部屋を出る。それを見て二人は嵌められたのだと理解した。
「……ユーグ君には二人ほど見繕った方が良いかもしれんな」
「賛成です。幸いな事に王家にも私の家にも年齢が近い者がいるのであてがうとしましょう」
そんな話をする二人だが、彼らはまだ知らない。むしろあの時はまだ平和だったと嘆く日が来るなど夢にも思わなかっただろう。
ベイル・ヒドゥーブルの名が広まり、魔族との激突、そして―――これから始まるヒドゥーブル家が関わる地獄。
ラルド・ヒドゥーブルの出身は平民だ。子どもの頃から農耕を行い、蒔き割りなどで身体を鍛えて冒険者として自分の好きな人と結婚する為に単身ダンジョンを攻略した猛者。
レイラ・ヒドゥーブルはクリフォード家の分家で末端の末端だが魔法使いとしての才能に優れていたが、それ故に異端として排斥されかけた存在だ。貴族社会を捨て冒険者となり、そこでも名を馳せていた。
そんな二人の子どもはよほどの確率でなければバケモノしか産まれない。そのよほどに当たったのがポーラというだけで、それでも他の者に比べれば戦士としての実力は既に周りと一線を画す。そして、たまたまアメリアが、カリンが危なかったから守り、そこから自分の目的の為に暴れて有名になったのがベイル。
今後、様々な思惑で貴族たちが動き始める。止めればいいのにと言いたくなるほどの状況となりその地位を狙おうとする。そして最後に誰もが良いのだ。―――止めておけば良かったのに、と。だがそれは別の話。
次はこれから四年と数か月が経過し、一人の黒いフードを着た男が新生ヒューリット領の冒険者ギルドに姿を現すところから始まる。
これで第1章は終了です。今章分け方法模索中です。
という事で次回から第2章になります。
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