#11-悪童、新たな相棒で無双する-
ベイルがバルバッサ邸で色々とおかしくなっている頃、ウォーレンはホーグラウス王国の宰相にしてシャロンの叔父であるハンフリー・セルヴァ、並びに彼の息子でもあるレックスと共に馬車で大陸の中心地に向かっていた。
人間の国は全部で五つ。五ヵ国がいずれ現れるであろう新たなる魔王と対抗するために同盟を結んでおり、その会合が開かれるのだ。
「それにしても、随分急な会合ですね陛下」
レックスが同席しているウォーレンに話しかける。ハンフリーは窘めようとするがそれをウォーレンが止めた。
「私としてはとても嫌な予感がするがな」
「最近、あのベイルという少年に振り回されていましたからね」
「アレの面倒なところは既に単独で国家すら脅かしかねない力を持っているからな。教会共は引き渡せと五月蠅いがそんなことしてみろ。壊滅するぞ」
世界的に有名であり世界を生み出したとされる女神トアマティを信仰する教会はこの世界において重要な存在だ。レリギオン神皇国が母体となっているがその国は言わば女神信仰の総本山。むしろ社会風潮として教会を構えていない方が問題となる。
しかしベイルは爵位すらも気にしない横暴な振る舞いをしている。不思議な事にバルバッサ家に関しては亀裂が入る様な事はしていないが、もし教会が横暴なことをして来た場合、おそらくベイルは一切の躊躇いなく潰してしまうだろう。最悪レリギオン神皇国に対しても邪魔をしたという理由で潰しかねない。そう考えるウォーレンは柄にもなくベイルを庇っているのである。
「まぁ、今はシャロン殿下の婿になるかもしれませんからね。優しくして置いて損はないでしょう」
「……それはどうだろうな」
「……冒険者になりたいと言っているらしいな、彼は」
ハンフリーの言葉に頷くウォーレン。ため息を吐く。
「父親のラルドがたった一人でダンジョンを攻略しているから憧れるのだろうが、こちらとしては大人しくしてほしいものだ」
「それができているのであれば、とっくに大人しくしているだろう」
「……だな。シャロンとそういう関係に進ませようとしたら殺されかけたし」
と言うとハンフリーは信じられないという顔をしていた。レックスが恐る恐る確認する。
「一体どうしてそんなことに?」
「シャロンと今すぐ交わって子どもを残してほしいと言ったら怒って首根っこを掴まれて十一歳を妊娠させた場合のリスクを言われたよ」
レックスとハンフリーは固まった。
ウォーレンの第一側室のジュリアナはハンフリーの妹に当たる。レックスにとってもシャロンは従兄妹に当たるが、種の保存の為に交わせには流石に若すぎる。だが二人が思っていたのはベイルの態度だ。
十歳の子どもはそんな事に興味を持つわけがない。身辺調査でもそれを知る方法機会など無かったはずだとハンフリーは考えこむ。
(……実際、態度とは違い知能は予想以上に高いように感じたが)
見た目や性格は正しく子ども。しかし時折出る知能はおそらくこの国の中でも随一の知能を見せることがある。もしベイルが本気を出したらこの国を掌握するのではないか。ハンフリーはそんな事を考え始めた。
(……要注意だな)
警戒レベルをかなり上げるハンフリーだが、ベイルがこの国を掌握しようという考えはゼロだった。
しばらくすると馬車は会合場所に着く。神殿を思わせるその場所の周囲にはそれぞれ国旗と該当する馬車が止められていた。
(珍しいな。いつもはパルディアンが最も遅いのに)
ホーグラウス王国の北部に位置するパルディアン帝国。この国は帝国と名乗るだけあり武力において他の国に無い程の力を持っている。それを鼻にかけているのか帝国はよほどのことが最後に現れるのが常だった。
しかし今日はホーグラウス王国以外の馬車は到着しており、護衛の騎士たちが待機している。
馬車がホーグラウス王国の指定場所に止まると鈴音が鳴り響く。すると神殿の中から使いの者が一名現れた。
「ウォーレン・ホーグラウス陛下、長旅お疲れ様でした。他の方々も既に到着されており、円卓に集合されております」
「……全員が?」
「ええ。一時間前に集合されていましたよ」
ウォーレンは招待状を出して今の時間と照らし合わせる。今は午後八時より十分前を表示している。会合予定時間は八時半の為、まだ随分と余裕はあった。
(なのにもう既に全員が到着しているだと?)
嫌な予感がしたウォーレン。それはハンフリーも同じなのかレックスに指示する。
「レックス、今回の会合はどうやら相当面倒な事になりそうだ。警戒心を怠るな」
「……わかりました」
三人は使いの者に案内されて神殿内に入り、ウォーレンがそのまま円卓に向かう事を伝えた為一直線に向かった。
両開きのドアをウォーレンが開くと、そこにはホーグラウス王国以外の四国の代表者、そして彼らを護衛する為の騎士が二人、壁の方に控えている。
「随分と遅いではないか、ウォーレン」
パルディアン帝国代表、レオナルド・パルディアンがウォーレンにそう声をかけた。ウォーレンは鼻で笑った後に言ってやる。
「何が遅いだ。お前たちがコソコソと先に集まって会議をするほど臆病だとは思わなかったぞ」
「……ほう。随分と言うではないか。子どもに振り回されている青二才が」
既にベイルの件を知っている。それを確信したウォーレンはそのまま席に着いた。
「なるほどな。今日の議題はそれか。あの少年に関しては既にこちらで対応している。それに元々あの少年は王国の者だ」
「ああ、そう言う事では無いのですよ。今日はあなたにはお願いがありましてね。あなたにはある者を他の人間がいない場所に連れて行くように指示してもらいたいのですよ」
レリギオン神皇国の代表、ホーリア・グラディウスが丁寧な口調で伝える。ウォーレンはため息を吐いた。
「一応聞いておいてやろうか」
「あなたが今飼っている魔族ベイル・ヒドゥーブルをパルディアン帝国とホーグラウス王国の境界線上に存在する荒野地帯に呼び出してほしいのです」
その言葉にウォーレンは眉を顰める。
「待て。あの少年は魔族ではないぞ」
「何を言いますか。こちらは既に情報を掴んでいますよ。あの少年は変異するのでしょう?」
ホーリアの言葉にウォーレンは色々と言いたくなったが、その発言でレリギオン神皇国はベイルを魔族と考えていると察する。つまりは神皇国にとってベイルは殲滅するべき存在であると断言しているのだ。
「他の者もそれに賛成していると?」
「当然だ。まぁ、こっちとしては別に娘の夫にしてもやっても良かったが」
「レオパルド殿、滅多なことをおっしゃりますな。あの少年は―――いや、あの魔族は我々人間を内部から殺し尽くそうとしている存在なのですよ。そんな者の為に大事な姫君を差し出すなんぞ姫君が哀れでしょう」
「……レオパルド、お前の娘って何歳だ?」
「九歳だが? それがどうした。あ、まさかお前の娘の一人と結婚させようとでも考えているのか?」
とケタケタと笑い始めるレオパルド。それを聞いてウォーレンは少し考えた後、同情的な視線を飛ばす。
「な、なんだ? 何が言いたい?」
「気にするな」
そう言ってウォーレンは思う。もしベイルがこの言葉を聞けば帝国を滅ぼすか、そうしないとしてもレオパルドを一方的にボコボコにするかもしれない、と。
ベイルが油断しているならばともかく、あの雰囲気なら油断以前にボコボコにしそうだとどうしても考えてしまっていた。
「それで、お前たちの方でも同じ考えか?」
ウォーレンは他の二人にも声をかける。胸元を大きく開けた女性―――ブリティランド魔導国の女王モルガン・ペンデュラムは妖艶な笑みを浮かべて答える。
「私としてはサンプルとしてほしいとは思うわよ。あの異世界人が魔族たちに大ダメージを与えてからは滅多に現れなかった逸材なんだし。口説いても良いかしら?」
「ある意味良いかもな。お前のように胸が大きい女に釣られるか実験にもなるだろう」
「あら、試した事無かったの?」
「いや、ウチの娘が夢中だったからな。そんな野暮な事をしていなかっただけだ」
そんな娘でも会う事を回避し続けているのがベイルなので他の女性たちも狙おうとしているが、ベイルはそれを見事に回避している。何度か腕に覚えがある者も使ってみたが捕まる前に回避されるのがオチだった。
「ウォーレン殿、あなたも自分の娘がどうなっても良いと思える人間なのですか?」
「別にそういうわけじゃないさ。それにあの少年ならば射止めれば相手にそこまで酷い事はしないだろうとは思っている。普通、そこまでの力を持っているならば力づくでも王位を取ろうとするが、この前王太子を「生贄」と言ったからな」
「やはりそうですか。なんと恐ろしい存在―――」
「ただし、何の因果か間違えて王として担ぎ上げられない為の生贄らしいがな。まぁ、確かに今後の事を考えれば玉座やそれに近い立場に立たされてもおかしくはないとは思っている。実際、我が国でドラゴンを狩り、魔王を退かせ、騎士ですら手を焼いた魔族を撃退したのは他ならぬあの小僧だ。一方的に魔族だなんだと否定するならその一連の行動はどう取る? もっと言えばあの少年は優勝することすら容易いと考えていたジーマノイドの大会を捨ててまで囚われていた少女を救っている。アレが魔族であろうがなんだろうが、今は使えるかどうかで考えるべきなのではないか?」
延命措置、といえばそれまでだろうがそこでベイルを失うのは王国にとってリスクが高すぎた。
ホーグラウス王国、パルディアン帝国、レリギオン神皇国、ブリティランド魔導国、ブルーミング共和国の五国からなる同盟―――通称、五ヵ国同盟は魔王が復活し、いずれ来るであろう魔王の脅威に抗うための同盟だ。例え建前であれ、それが目的である以上は無視できない。そう考えていたのはウォーレンだけのようだ。
「残念ながらウォーレンさん。これはもう決定事項なんですよ」
フギン・ユミエルが言った瞬間にウォーレンが眉をひそめた。
「だからお前たちは先に来て話し合っていた……いや、示し合わせていたわけか」
「そういうこと。残念だったわね」
モルガンは最初から口説く気は無かったらしい。ウォーレンは頭を抱える。
このまま行けばベイルが圧勝してしまう。せめて人間に対して殺す事に関してだけはセーブを聞かせて欲しいと思っているが、ジョセフ・クリフォードを殺そうとする限り無理だろう。
「なぁに。お前が拒否すればお前たちの帰る国が無くなるだけだ」
レオパルドがそう言うとウォーレンが驚きを露わにした。
「どういうことだ?」
「すでに私の部隊がホーグラウス王国に入っている頃だ。近くの都市を襲うように言ってある」
それを聞いたウォーレンは怒りを露わにした。
「貴様! 一体どういうつもりだ!」
「保険だよ。お前が優秀な戦士の為に国民のほとんどを犠牲にしないようにな」
つまりは最初からウォーレンに拒否権はない。そういうことなのだ。
意味を理解したウォーレンは舌打ちをするのをレオパルドがニヤニヤしている。彼らは最初からそのつもりだったのだ。
「……わかった。その提案、呑むとしよう」
「わかりました。ただし、わかっていると思いますがあの少年を間違ってもジーマノイドに載せるようなことはしないでください」
「ああ。だがあくまで連れて行くだけだ。ジーマノイドも置いて来るように言っておこう」
「ええ。それで良いのです」
とホーリアは満足そうに頷く。ウォーレンはそれ以上言う事は無いのか円卓から立ち、二人を連れて神殿を後にした。
今日は部屋に泊まるようにと言われたベイルは客室に案内されたのでタブレット端末を出して操作をしている。目の前には大剣が寝かされているがその大剣は一般的な物とは違って所々に可変機構があった。
整備中にドアがノックされる。ベイルはそっちに見向きもせずに「どうぞ」と答えるとドアが開かれてアメリアが入って来た。
「何しているの……?」
「放魔武具の開発だよ。いずれ俺が使う為にと思って作っているんだけど、今はとても持てると言えないからな」
残念そうにするベイル。アメリアはそんなベイルを不思議そうに見ていた。
「でもベイルって強いよね?」
「俺があそこまで強くなれているのって、実際は魔力を放出しながら戦っているからだよ」
「どういうこと?」
「戦闘時に身体強化を常時掛けられるようにしていて素早く動いているんだよ。まぁ、身体は結構できている方だけど」
だが放魔武具の柄にはすべてマナドレインの特性を持つ「ドレイマ草」を加工して作られた布が巻かれており、ベイルの魔力が吸われ続ける為身体強化が解けてしまうのだ。
「そうなんだ。でも、そんな大事な話を私にしてよかったの?」
「………」
ベイルは自然と話してしまった事に気付いて固まった。その姿にアメリアは少し嬉しく感じてベイルに抱き着く。
「ちょ、何して―――」
驚いたベイルは振り解こうとするが、そのせいでアメリアが怪我をするんじゃないかと思って無茶をしなかった。
「ダメかしら?」
「な、何が?」
アメリアは既に風呂上り。ベイルも先に入っていたので身綺麗ではあるが彼女から漂う匂いはとても良いものだった。
「だってベイルは私を何度も助けてくれたのよ。これくらいはして良いと思ってる」
「でも君はあの王太子の婚約者だろ?」
「………嫌よ」
アメリアはベイルから離れない。より一層強くベイルに抱き着く力を強くして言った。
「私はあなたが―――」
ベイルはアメリアにこれ以上何も言えないように手で口を塞ぐ。それ以上は聞いてはいけないと自制したのだ。
流石にベイルに拒絶された事はわかったアメリアはベイルの手を払い大声で言う。
「ベイルの馬鹿!!」
ベイルから離れたアメリアはそのまま部屋を出る。ドアは開け放たれたままになっており、そこから二人が顔を覗かせた。一人はアメリアの従者をしているソフィア・ボート。もう一人はアメリアの兄のグレン。
グレンは一瞬剣の方を見るがベイルの様子を見て色々と察する。
「一応聞くけど、その剣は?」
「将来的に使う大剣。アメリアに向けてないから大丈夫」
「……その割には泣いていましたが?」
顔を背けるベイルを見てグレンは色々と察した。とことん察した。これでもかと察したのだ。
そんな時、ベイルは何かを感じて窓から外に出て飛行し、左を見る。
「グレンさん、あっちの方向って何があるの?」
「あそこは確かヒューリット領だね。君たちはあんまり関わった事はないだろうけどあそこにはヒューリット伯爵家があって君たちと同じ歳の令嬢がいたはずだよ」
それがどうしたと言おうとしたグレンだが、ベイルの目が金色に輝いているのを見た。
「ヒューリット領、襲われてるよ」
「どういうこと?」
「確かにあそこから北部にはパルディアン帝国がありますが、その間に大森林があるので超える事は難しいはず。いくらなんでも―――」
「でも数日かければ越えられるでしょ?」
ベイルに言われてソフィアはハッとする。グレンはベイルに自分をジーマノイドの整備工場に連れて行くように言うとベイルは部屋に戻って剣を異空庫に入れて電気を全部消して二人を浮かべて外に出る。グレンは「そこまでしなくても」と思っていたがベイルがすぐに終わらせてしまったので黙っておくことにした。
「グレン様、どうされました?」
「ヒューリット領の事を知る為に望遠鏡を使わせてもらう。それと私とソフィアの機体を使えるようにしておいてくれ。ソフィア、君はいつでも出られるようにしておいてほしい」
「わかりました」
ベイルがグレンの指示に合わせてソフィアの重力魔法を解除する。
この整備工場の屋上は物見としての機能も持っており、グレンはベイルと共に屋上に向かう。ただし浮いたままなのでかなりスピードが出ており、かなり早く到達した。
グレンが望遠鏡を覗き込むとヒューリット領の方で火の手が上がっていた。しかも悪い事に帝国製のジーマノイドが襲撃しているのだ。
「君の言う通りだ、ベイル君。ヒューリット領がジーマノイドに襲われている」
その言葉を聞いた瞬間、ベイルは下に降りる。グレンもそれに続いて降りていくが途中で階段から飛び降りて着地寸前に落下スピードを緩めて着地した。グレンも上から飛び降りて来たのでベイルが同じように落下スピードを緩めて着地させる。
「坊ちゃん、どうでした?」
整備工場を取り仕切っているガーティン・グロウズが尋ねると首を振り、休憩所にある電話機でどこかに連絡していた。
「ベイル様、グレン様はどこに―――」
パイロットスーツを着たソフィアが戻ったのとほとんど同時にグレンも出て来る。
「今、父と交渉した。ヒューリット領から救援信号は出ていないが非常事態と判断して出撃する」
「ぼ、坊ちゃんもですか!?」
「ああ。今ここに父もいるから問題は無い。私が死んだらベイル君にはカリンに婿入りして―――」
「先に行く」
ベイルがそんな事を言うがここにはドレイクーパーが存在しない。しかしそれに関してグレンは何も言わなかった。愚問と思ったからだ。
ベイルが指を鳴らすと工場のど真ん中にドレイクーパーが現れた。周りは驚くがコックピットハッチが開いている間にベイルが上昇して中に入り、ハッチが閉まる。
ドレイクーパーが走り始めて工場の外に出ると跳躍から飛行へと移行してヒューリット領に向かった。
「あれに追いつくの、流石に無理かもね。捕虜を一人くらい確保することを期待しようか」
「でしたらここは諦めて……いえ、それでも彼一人ではもしかしたらヒューリット領民に被害が―――」
「それは無い。ここ最近の横暴っぷりで勘違いされているけど彼は人を殺した事はないし、ドラゴンを倒す時も私たちに気を遣っていた。ただまぁ、今日は殺すかもしれない。どこの所属か知らないけど相当に怒っていたから」
そう言ってからグレンは周囲にヒューリット領の対応の為に指示を飛ばす。そんなグレンを見てソフィアはふと思う。
(すでに弟みたいに扱っている?)
ベイルが事態に気付いた頃、ヒューリット領の令嬢の一人のエステルはたたき起こされた。
「起きてください、エステル様! 襲撃です!」
「しゅうげ……え?」
従者のシェリーがエステルをそのままの姿で抱えて部屋を出る。
屋敷へと出て防空壕へと向かっている。エステルは周りを見るとそこにあった町並みは破壊されていた。
「何で……」
その時だった。エステルとシェリーが一機のジーマノイドに気付かれた。近付いたその機体はエステルごとシェリーを確保する。
『おい見ろよ、メイドとお嬢様だ!』
『丁重に扱えよ。いざという時に人質になる』
別の機体からそんな音声が聞こえてくる。
シェリーは冷や汗を流した。このままでは自分が慰み者になるだけならばともかく、最悪の場合エステルもそんな目に遭う。どうにかあがこうとするがその機体のパイロットは笑っていた。
『抗え抗え。まぁ、所詮は人間の力じゃジーマノイドに適うわけがないけどな』
『ん? 何だこの反応―――』
そんな時、シェリーたちを確保するジーマノイドの右腕部が何かに切断された。そこそこの高さからの落下だが、着地寸前に停止して落下される。
「い、一体何が……」
シェリーとエステルが見上げると、そこには漆黒に藍色のラインが入った不気味なジーマノイドが滞空していたのだ。
普通、ジーマノイドが飛行するなどあり得ない。それが彼女たちの―――そして人間たちの常識だった。
『早く逃げろ』
フェイス部分がシェリーを見てそう言うと、シェリーはエステルを抱えたまま走り始める。
『ジーマノイドが浮いているだと?』
『ということはお前がベイル・ヒドゥーブルか』
相手はベイルを知っていた。その事に別に驚かないベイル。それどころかいつものベイルと違った。
肌に鱗が現れ、目が金色に輝いている。ドレイクーパーの藍色が怪しく光り始めた。それでも、周りに被害を出さない為に自制して質問する。
『お前たち、どこの所属だ? 何故武装をしていないただの人間に対して攻撃するとはどういう了見だ?』
だがすぐに返事が来ない。もう一度問おうとした時、ベイルにとって意外な答えが返って来た。
『おい、聞いてい―――』
『それはお前が原因だよ、ベイル・ヒドゥーブル』
『……俺が?』
『そうだ。お前が魔族だからだ』
それを聞いて疑問を抱く。それもそのはず、ベイルは人間だからだ。確かに転生したという記憶はあるがその人格はほとんどベイルをベースとして統合されており、ただの記憶を持っているからこそ少し精神の成長が早く、過去を持っているだけの子どもとして生きている。
『わけがわからない。俺は人間だ!』
『そう思っているのはお前だけだ! それにその強さはどう説明する! その知識は! ドラゴンを狩ったのもお前が魔族の証明の他ならない!』
その言葉を聞いてベイルはイラつくと同時に嫌な予感がした。
『じゃあ何で俺に縁も所縁も知り合いもいないこの土地を攻撃してんだよ! ここはヒューリット領! ヒドゥーブル領はもう少し南なんだよ! ジーマノイドに乗っていて方向すら理解できないってお前ら正気か! ましてやお前らが攻撃しているのは家屋や武装もしていない人間だ! わざわざジーマノイドで制圧するような相手でも無いだろ!』
嫌な予感を振り払うように怒鳴るように言うが、帰って来た言葉は最低な想定通りだった。
『だが本来存在を許してはいけない魔族を庇った国だ。つまりはこれは許された制裁! 俺たち帝国軍の糧になるのだからむしろ―――』
ベイルと対峙していた機体が四方から収束されたエネルギーによって貫かれる。すると力なく倒れた機体は倒れ、爆発する。本来ならばその炎は他の家屋は周囲の人間に及んでしまうものだが、機体のその上に滞空して消失していく。
『……は?』
相手は十歳と聞いていた、近くにいた別の操縦者は唖然とする。しかし自分の仲間を撃ち抜いたと思われる小さな機械がドレイクーパーの近くに漂ったのを見て理解するしかなかった。
『お前、何やってんだよ』
しかしベイルは答えない。通信状態が悪いのか、そんな事を考える気は一切無かった。
『黙っているならそのまま―――』
するとドレイクーパーは空中から強襲を掛ける。加速してコックピット部分をいつの間にか抜いたエネルギーソードで切り裂いて爆発させた。
その威力は周囲を消し飛ばす程だったが、ベイルが寸前でバリアを張って放出されるエネルギーを最小限にする。
その姿を遠くから見ていたソフィアは唖然としていた。あれでは中の人は生きていないと断言できた。
『相当怒っているね、彼』
「……そうですね」
一体何に怒っているのかはわからない。しかし今のあの機体に挑めば自分たちも返り討ちに合う。そう理解したソフィアは恐怖する。
その頃、騒ぎを聞きつけた他のジーマノイドが現れる。
『仲間がやられているだと!?』
『舐めた真似をして―――』
するとドレイクーパーは加速と共に現れた全五機のジーマノイドすべてに強力なワイヤーを飛ばして拘束するとそのまま人が離れた場所に移動、周囲の土を隆起させて簡易的な闘技場を作り出す。
自分たちには理解できない力を見せた目の前の機体。どういう原理かと考えている間に考えている者が乗ったジーマノイドが破壊された。
気が付けばドレイクーパーはライフルを持っていた。そこから放たれたエネルギー体が次々と敵側のコックピットを貫いて倒れる。
『な、何で……』
『後二人……二人いれば十分かな』
するとどういうことかベイルはライフルを捨てた。いや、捨てたのではなくそのまま黒い円の中に入って行ったのだ。
それを見て残っていた二人はある言葉が脳裏に過った。
―――勝てない
簡単に、あっさりと簡単に仲間を殺した敵。中には手練れがいたが相手が悪すぎた。
さらに悪い事にその言葉が脳裏に過った時には地面から両腕が出現して二機の脚部を破壊したのだ。
ジーマノイドじゃ脚部が無ければ行動ができない。例外は飛行できるドレイクーパーぐらいでその原型のモビルクーパーも飛行は無理だ。
ドレイクーパーのコックピットが開かれ、そこから現れた姿を見た二人が相手が誰かを理解した。理解し、恐怖したのだ。
―――まるでおとぎ話に出て来る竜人のような姿をした子どもに




