第二章 後悔3
結局、メガネ女が企画した朝比奈の歓迎会は、元気の家でやることになった。理由は元気の部屋は広いから。それだけの理由で場所は決まった。
そういうことで学校もおわり、俺、元気、星、朝比奈の四人が奇しくも一緒に下校中というワケだ。
実に和やかムード――、もちろん俺を除いた三人のことだが。会話が弾んでいるようだった。
「おい、健人! テンション低いぞ!」元気が言う。
「あ、ああ……」俺は無理に笑顔をつくる。
歓迎会の主役である朝比奈。何も知らない元気と星。そして裏の事情を知る俺。この状況下で俺が楽しめるはずもなかった。まったく気が重い。
出雲邸に到着。
「たっだいまー!」
元気が叫ぶようにして言うと、奥から小走りで人が来た。出迎えてくれたのは元気のかーちゃん。
「おかえりなさい元気。あら、健人君じゃない。それに、えーっと……」元気ママは、後ろにいる女子の二人を交互に見る。
「星七美ちゃんと朝比奈凛ちゃんだよ! 凛ちゃんがうちの学校に転校してきたから、今日はその歓迎会だよ!」元気は靴を脱ぎながら言う。
「あら大変。それじゃ色々と準備しなきゃね。とりあえず皆さん上がって」元気ママはそう言うと台所へ消えていった。相変わらず元気ママは愛想がよい。
俺たち四人は元気の部屋に入ってまったりしていると、元気ママは色々とお菓子を持ってきてくれた。
コーラ、オレンジジュース、せんべい、ポテトチップ、クッキー、チョコレイト、マシュマロ、ショートケーキ……ショートケーキ!? 元気の家はケーキが常備してあるのだろうか。まさか買いに行ったわけではあるまい。
とりあえず俺たちは元気ママにお礼を言うと、グラスにコーラをなみなみと注ぐ。
「じゃあ、皆さんグラスをお持ち下さい!」星がやけに張り切っている。俺は渋々グラスを手にする。
「朝比奈さん! 私達の学校へようこそ! 乾杯!」
大人の恋人たちがやるようにグラスをぶつける。ガチッと鈍い音がする。少しがっかりした。チンッと高い音がするのは、ワイングラスだけなのだろうか。
「ねえ、朝比奈さんはどこから引っ越してきたの?」星が聞く。
「私は北海道から」朝比奈は微笑する。
「北海道? ずいぶん遠くから来たんだね。やっぱり親の仕事の都合とかで?」星はクッキーをつまむ。
「うん。仕事の都合で」朝比奈は両手でコーラを飲む。
俺は思う。親の仕事の都合ではなく、朝比奈自身の仕事の都合で引っ越してきたのだろうと。
「そっかぁ、友達と離れるのはつらいよね」星は、さらにクッキーをつまむ。
「うん……、ちょっと寂しい」
「大丈夫! 僕達がいーっぱい仲良くしてあげるからね!」急に立ち上がり、叫ぶようにして言う元気。歯には青のりがついていた。のりしおポテトチップだな。結構ダサい。
「ありがとう」朝比奈は、首を傾けて微笑んだ。
結局、歓迎会は夜の七時くらいまで続いた。
「お邪魔しました」
「いいのよ。気をつけてね」遅くまでいて迷惑を掛けてしまったのにも関わらず、笑顔で俺たちを見送ってくれる元気ママ。隣で元気は「バイバイ!」と手を振っていた。
星は外へ出ると「じゃ、私はこっちだから。敷島君はちゃんと朝比奈さんを送るのよ」と言い残し去っていった。
……やばい。気まずい。最悪だ。
とりあえず、無言で歩き出す俺。後ろをついてくる朝比奈。
「どういうつもりだよ」俺は振り向きもせず朝比奈に問う。
「何が?」本物の朝比奈の口調。
「何がじゃねえよ。何で歓迎会なんか受けるんだよ。これも学校に溶け込むためなのか?」俺は振り向き無表情な美少女を問いただす。
「そうね、それもあるわ。それに今日はミッションがなくてオフだったし」
俺には詮索するなと言っておきながら、俺の周囲で行動する朝比奈。まったく調子が狂うヤツだ。
俺はこの時はまだ――、まだ、あんな事件が起きるなんて想像もしていなかった。