第五章 出現6
静まり返った真夜中の小道に高校生が2人。健人は凛を抱えて歩いていた。
しばらく互いに声を掛ける事もせずに無言で歩いていたが、遠くの方でサイレンの音が聞こえたのをきっかけに健人が口を開いた。
「さっきのマンションにパトカーが来たか」前を見たまま健人が言った。
凛は何も言わずに俯いている。
「思ったより速かったかな……」健人は誰に言うわけでもなく呟いた。
再び無言の世界が広がろうかとしていたが、今まで下を向いていた凛が語り始めた。
「ちょっと弱音吐くけど、独り言だから気にしないでね……」言い訳っぽく凛が前置きすると続けた。「少し前にミッションがあったの。ある犯人を捕まえるミッション――」凛は怪盗ロキと対峙した時の事を思い出す。
健人は黙って聞いていた。
「私は与えられたミッションをこなそうとした。いつものように何事もなくミッションは終わるかと思っていた。それが甘かった。相手はあらゆる面で私の遥か上をいっていたわ。想像以上だった。案の定私は取り逃がしてしまい、ミッションを失敗してしまった。初めての敗北……屈辱……後悔――」凛はそこまで言うと身を震わせた。
健人は前を見つめて、ひたすら歩く。
「私は今まで味わったことのないこの挫折感をどうすれば良いのかも分からず……今回のミッションにまで引きずってしまった……そして、あの程度の犯人にさえ……」凛は声を詰まらせた。
健人は思う。エージェントも所詮は人の子なのだと。
「朝比奈。これは独り言だからな」健人は朝比奈の前置きを真似して続けた。「自分を見失ってるんじゃないかな。なんで自分がエージェントであり続ける必要があるのか。俺には俺の正義があるように、きっと朝比奈には朝比奈の正義があるはず。その正義を、その理由を、その目標を、もう一度思い出すといい。俺はそうすると頑張れるんだ」
「私の……正義……」凛は言葉を繰り返すと、何かを思い出すかのように目を閉じた――。
ブー、ブー、ブー。
携帯電話のバイブ音。静かな場所では意外とよく聞こえる。
朝比奈はポケットから携帯電話を取り出すと、メール画面を開いた。
『凛ちゃんゴミン! 寝坊しちゃった☆ 今から向かうけどドコ!?(≧ω≦)』
「もういいわよ。若葉のバカ……」凛は捨て台詞を吐き、何やらメールを打って返信していた。
健人はそんな凛を見て微かに笑った。今までに見れなかった凛の新たな一面。それが珍しかったのだろう。
すでに午前0時をまわり、日付は変わってしまった。2人には今日も学校がある。ホームルームの時間は武藤ではないだろうが、いつも通りの学園生活が待っている。