第五章 出現3
ターゲットがナイフを取り出し、男の子にゆっくりと近付いていこうとする。
異常な緊張感に、異常な雰囲気。ターゲットの興奮するような荒い息遣いが、凜にまで聞こえそうだった。
しかし男の子は何かに夢中でターゲットには気付いていない。
ターゲットは男の子の背後にまで近付いた。右手にナイフを持ったまま、左手を男の子の方へ伸ばしていく。
――ジャリ。
「まだ罪を重ねるつもり?」姿を現した凛はターゲットに問いかけた。
ターゲットは男の子に伸ばした左手をピタリと止め、非常に驚いた様子で振り返り、慌ててナイフを背中に隠す。
凛の声で男の子も同時に気付いた様子で、ただポカーンとした表情をしている。
「いまさら、その物騒な刃物を隠そうとしたって無駄よ。あなたが連続少年殺傷事件の犯人っていう事は間違いないと思っていたけど――今の状況を見るかぎり、どうやら確定のようね」凛は軽快に口を動かした。
近くにいた男の子はその2人のやり取りを眺めていたが、ターゲットの持つナイフが目に入るとただならぬ気配を察知したのか、走ってマンションの中へと消えていった。
「男の子が私たちに気付いてマンションへ入っていったわね。親でも呼ぶのかしら」凛はマンションに一瞬目をやったあとターゲットを見つめる。
「くっ……」ターゲットは初めて声を発するとともに、苦悩の表情を浮かべた。
「さて、あなたはどうするのかしら? ひとつ、私におとなしく捕まる。ふたつ、この場から逃げる。みっつ、そのナイフで私を襲う。この中のどれかに絞られると思うけど?」凛はターゲットを見つめたまま言う。
「お、お、おま、お前は一体……何者なんだ?」ターゲットは焦る。
「私? 私はあなたの知っている通りただの女子高生、朝比奈凛よ。……ただ、それはあくまでも表向き。裏の顔は凶悪犯罪者を取り締まる、第三機関のエージェントよ」凛は自分の正体を明かす。
ターゲットは凜が話した内容をすべては理解出来なかったが、自分が不利な立場にあることを悟った。
「く、く、くそーーー!」ターゲットはナイフを構えて、声をあげながら凛を目がけて突進してくる。
「へえ……そういう選択をするのね」凛は身を構える。