第三章 意識2
少年連続殺傷事件――。
それは約三ヶ月前から起こり始めた通り魔事件である。
東京二十三区内において少年ばかりを狙った犯行で、これまでに五件起こっている。
先日の元気が刺された事件を含めると六件目となり、これまでに二人死亡、四人重軽傷という事件だ。
元気をやったのは朝比奈達かと思っていたが、こっちの殺人鬼のほうだったか。怪盗ロキのニュースの裏側に隠れていたりして、全体が見えていなかった。前に広がる光景にだけ目をとらわれていた。
しかし俺が元気の敵を討つといっても、通り魔の犯行では犯人の探しようがないな。
そんな事を朝比奈が去った後の公園で考えていると、妙な違和感が俺を襲った。
何だ――、何かがおかしい。
ブロック塀。
ブロック塀だ。
ブロック塀が波を打つ。
灰色の波が押し寄せてきた。
「うわっ、何だ」俺は身構える。
灰色の波が俺を飲み込み纏わりつく。
「ヤッホ! お兄さん!」
灰色の物体が喋っている。
「お、お前は……、エージェントの若葉か」俺は若葉に抱きつかれ、身動きがとれないでいる。
「ふぁい! 若葉ちゃんだよ! キャハ」若葉は無邪気に笑う。
「ちょ、ちょっと苦しいから……離れてくれ……」俺は懇願した。
「いいよ!」若葉はぴょこんと目の前に着地する。
若葉の格好は相変わらず奇抜だったが、前に出会った時とはあきらかに異なっていた。
グレーを基調とする都市型迷彩服を着用し、またしても顔や肌を灰色にペイントしている。トレードマークのツインテールはそのままだったが、髪の色はグレーに染めていた。
「その……、ゴホッ、ゴホッ……、エージェントの若葉ちゃんが、俺に何の用なんだ」俺は少し咳き込む。
「お兄さんの顔を見にきたの!」若葉は手を後ろに組んで微笑む。
「別に見にこなくていいよ」俺は冗談を好まない。
「お兄さんつめたーい!」若葉は頬を膨らませる。
「じゃ、さようなら」俺は片手をあげて背を向けた。
「待てー! キャハ」追いかけてくる若葉。俺は鬼ごっこをやるつもりはないし、それに付き合うほどお人好しでもない。俺が立ち止まると若葉は背中にぶつかった。
「いてて……」おでこを擦る若葉。
「だから俺に何の用だよ」俺は振り返る。
「謝ろうと思って!」
「何を?」
「えーっとぉ、この前お兄さんを蹴った事とぉー……」
それは謝って済む問題でもないと思う。
「あとぉー……、元気くんを守れなかったこと!」若葉は笑顔で語ったが、俺に言いたいことは伝わった。通り魔を追っていながらまた事件が起こってしまった事に、負い目を感じているのだ。これが、この子なりの精一杯の謝罪なのだろう。
「いいよ。ゆるす」俺は若葉の気持ちに応える。
灰色の少女は全身で喜びを表現した。その姿を見ながら俺は思う。普通の格好をしていれば若葉は純真無垢な――、ただの少女なのだろうと。
日が沈みかける。俺は空を仰ぐ。
名もなき殺人者よ。今は――、今はこの状況に甘んじよう。だが絶対に俺はお前をぶっ飛ばす。それが友への友情。俺の正義。