表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/40

序章

あらかじめ暗やみの部屋に潜んでいた朝比奈凛は、完全に暗順応が機能していた。そこへ一切の音もたてずに窓を開け、何者かが侵入してくる。ここは地上三十階であり、窓の外に床なんてものはもちろんない。

息を潜めていた凛は、手に持っていたロープを勢いよく侵入者の方へ投げつけた。

「どうやらここまでのようね」

ロープは、侵入者の身体を絡めているようだった。

「今までの盗みは、完璧だったのに。どうしてここに人がいる。どうしてこんな小娘に捕らわれる。理解できない。そんなところかしら?」凛が軽快に喋るのに対し、侵入者は黙している。

「短絡的感情に任せて人様のものを盗んでしまおうなんて、そんなことが許されると思っているの? ねえ――」

凛は一呼吸入れてその名を呼んだ。




「怪盗ロキ」




束の間の静寂。そして、怪盗は――笑った。

「はははははははっ」

その声は不気味な機械音であった。ボイスチェンジャーだろうか。「君は……、君は何も盗まないと言うのか?」ロキは無機的な声で問う。

「私は何も盗らないわ」凛が答える。

「くくっ……」ロキは薄気味悪く笑い、そして、それを堪えているかのようだった。

「君は……、言葉を、技術を、情報を、他人から盗んだことがないというのか?」ロキは更に問う。

「ないわ」

「では君の知識、行動、思想は生まれたときから備わっていた、或いは独自に生み出したのだと?」

「あなたが盗むような、美術品と一緒ではないわ」

「論点がずれているよ。君も盗んでいる……。君も盗んでいるじゃないか。君のいう――人様のものを」ロキは歪んだ口許を、手で押さえる。「しかも、君の場合は無意識ときている。自覚がないのだね。非常にたちが悪い」

「怪盗ロキは盗みの技術だけでなく、屁理屈も一流のようね」凛は落ち着いた口調で言ったが、ロープを握るその手は感情を抑えきれていないようだった。

「盗んでいるのだよ、君も。そして、その行為にさえ自分で気付いていない。くくっ、笑止の極み」

凛はついに黙した。

「早く気付きたまえ……」ロキは金属が軋むように、そっと囁いた。




「そのロープに」




何かに気付いたかのように焦る凛。ロキを捕らえていたはずのロープは、いつの間にか凛自身の体を絡めていた。凛はその場に膝から崩れ落ちる。

「さて、私は宝刀《列抜(つらぬき)》を戴いてから帰るとしよう。では失礼するよ、レディー」ロキは漆黒のマントをひるがえし、颯爽と去っていった。


圧倒的な存在感――。


屈辱的な劣等感――。


そして、完全なる敗北感――。


エージェント朝比奈凛。ここに初めてのミッション失敗を喫することとなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ