幽霊なんて怖くない
「まさか、ここがかのトーキョーではなかったなんて......」
埼玉に秋葉原などという場所はない、ということを伝えると、少女は驚愕の表情で地面に膝をついた。
ああ、もう、白い服なんだから汚れるよ。
「......」
しばらくの間、少女は顔を下に向け、座り込んだままだった。
......。
「......はっ!! では、この辺りで面白いスポットなどありますでしょうか!」
落ち込んでばかりではいられない、と思い立ったのか、少女は強い決心をしたような表情で勢いよく起き上がった。
びっくりである。
「面白いスポット?」
「ええ!! せっかく、ここまで来たのです、何もなしでは帰れません!!」
面白いスポット、か。
「......えっと、神社、とか?」
「ごめんなさい、神社はちょっと」
少女は、申し訳なさそうな、気まずそうな、そんな何とも言えない表情を浮かべた。
まずい、地雷を踏んだか?
「すみません」
こういう時は、すぐに謝るに限る。
「いえいえ、せっかく提案していただいたのに申し訳ありません!」
「えっと、じゃあ......寺?」
次に思いついた案を挙げる。
「えっと、寺、も」
「す、すみません」
「いえいえ!」
次!!
「......」
......何も思い浮かばない!!
「......あの」
「は、はい!!」
「この辺りでおすすめの飲食店はありますか? よければ教えてください!!」
「飲食店......」
チェーン店とかでいいですか?
「......あ、猫カフェとかって、どう、ですか?」
飲食店とは言えるか分からないが、女の子が好きそうという点で、知り合いが運営するお店を思いつく。
「猫、カフェ?」
「は、はい」
「......」
ダメ、だったか?
「ごめんなさい、やっぱり何でも」
「是非とも、行ってみたいです!!!!」
「だ、大丈夫です」
セーフ!!
『残り時間、1時間10分00秒』
公園から10分ほど歩き、ようやく目的の場所、『喫茶猫のかまくら』へやって来た。
暑い。
「か、可愛い......!!」
店内に入った途端、きらきらと目を輝かせる少女。
そういえば、名前を聞いていない。
「いやぁ、まさかあの優悟君が、こんな可愛い彼女を連れてくるとはねえ」
「だから、彼女じゃないと」
「照れなくていいって!!」
痛みを覚えるほどの強さで俺の背中を何度も叩いてくるメイド服のお姉さんは、店長のユキナさんだ。
この人がうざいため、あまりここには来たくなかったのだが致し方ない。
蕩けた笑顔で猫と戯れる美少女を見ながらユキナさんと喋っていると、ニャー、と一匹の白い猫が俺の足に擦り寄ってきた。
見覚えのない猫だ。
「ああ、この子最近拾った子なのよ。可愛いでしょ?」
雲のように真っ白で柔らかな毛並みをしたその猫は、さらに甘えるように俺の組んだ足の間に侵入してくる。
他人との関わりが薄すぎる俺からすると、こういった猫との戯れは至宝のひと時だ。
「名前は何て言うんですか?」
甘え上手な猫の名前を聞いたつもりだったのに。
「ん? ユキナだけど?」
化け猫の名前が帰って来たのだが?
「......この子の名前です」
「ああ、テンのことね。やだ、てっきり、私のこと口説き始めたのかと思っちゃったわ」
......鳥肌が立った。
「この子、道端で傷だらけで倒れててね。そんなの、見捨てておけるわけないもんね」
「......」
突然こういう一面を見せてくるから、ある程度歳を食った女性は苦手なのである。
『残り時間、0時間05分00秒』
「今日は本当にありがとうございました!!」
『喫茶かまくら』の最寄駅にて、少女はほとんど九十度の角度で、俺に向かってお辞儀をした。
元気すぎで丁寧すぎる少女である。
「お役に立てたなら良かったです」
「はい、とってもお役に立ちました!!」
それはとっても光栄である。
「アキバに行けなかったのは残念ですが、それは次の機会といたします。あ、よろしければ、その時の案内も頼めたりしますか?」
「え」
普通に嫌ですが?
「ふふ、冗談です。そんな嫌そうな顔しないでください。流石の私も傷付きます」
「......すいません」
「......優悟さんは、ぽおかあふぇいす、な方だと思っておりましたが、存外素直な方ですよね」
それは褒め言葉と受け取っていいのか?
「......あれ? なんで名前」
「? ああ、ユキナさんが教えてくださいましたよ」
なるほど。しかし、名前を知らない相手が自分の名前は知っているというのはなんだか心地が悪い。
「あの、君のな」
聞く必要はないけれど、でも知っておきたい。そんな思いで言葉を絞り出す。
「それでは!! 電車も来ますので、この辺で失礼させていただきますね!!」
「っ」
でも、その言葉は、すんでのところで雷のような声にかき消されてしまう。
「それではまた、どこかで」
「......はい、またどこかで」
それはきっと社交辞令の挨拶で。だから、その約束は決して守られることはない。そんなことはお互いに分かっていて。
『残り時間0時間00分00秒。クエスト"幽霊の正体見たり?"、失敗。報酬は受け取れません』
詰まるところ、俺に幽霊の正体を解き明かすだけの知恵も、勇気も、力も、無かったのである。
『喫茶かまくら』の七不思議が一つ、外装に比べて明らかに店内が広い。
ちなみに、七不思議だからと言って七つあるとは言っていない。