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ネズミの手も借りたい


「田中先生!! 大丈夫ですか!?」


 突然倒れた田中先生に慌てて駆け寄り、声をかける。


「っ、あぁ、だいじょ、ぅぶだ、心配、するな」


 途切れ途切れにそう言いながら、明らかに大丈夫じゃない様子で立ち上がろうとする田中先生。

 当然ながら、おぼつかない足では立ち上がることすらできず再び倒れ込んでしまう。


「無理しないでください。保健室行きましょう。自分が運びます」


 さっき出たクエスト表示、おそらく田中先生を保健室まで運べということだろう。クエストを受けない、と決意した直後だが致し方ない。今は、一刻も早く田中先生を休ませる必要がある。





 女性の体を重い、と言うのは、やはりデリカシーに欠けるのだろうか。

 しかし、野球部とはいえ万年ベンチ入りの俺に、グラウンドにある野球部部室から保健室までの距離を、身長も高くそれなりにスタイルも良い大人の女性を運んで歩けというのは、酷だと思うのだ。


「汚れた服のまま背負ってることに関しては、許してくださいよ」


 ようやく校内へと入ることができた俺は、悲鳴を上げる足を無視しながら、後ろの眠り姫になんの意味もない謝罪をする。

 姫というには、少し歳をとりすぎかもしれないが。


 保健室まではあともう少し。クエスト達成は目前だ。未だ悲鳴を上げ続ける足を鼓舞し、いつもより明らかに重い一歩を踏み出した。





「おいおい、冗談だろ」


 ようやく保健室前に到着、したものの、俺は未だ保健室に入れずにいた。


『只今、先生は保健室にいません。用がある子は職員室まで来てね。多摩川』


 容赦ない事実を告げるのは、保健室の扉にかけられたボードに書かれた文字だった。なぜか一文字ごとに違う色ペンで書かれていて、無駄にカラフルなのがうざい。


 ちなみに"多摩川(たまがわ)"というのは川の名前ではなく、保健室の先生の名前だ。これを書いた犯人でもある。


「職員室......」


 俺は絶望した。なぜって? その理由は、保健室と職員室の位置関係にある。両方とも同じ棟の一階にあるのだが、保健室は最東端、職員室は最西端。見事に一棟分の幅の距離があるのだ。絶望である。


「田中先生、どうしたんですか!?」


 聞き覚えのある声が耳に届き、声を発した人物から背中を隠すように反射的に振り向いた。


「っ、鬼塚先生こんにちは」


「庭村か、何があったんだ!?」


「えっと、田中先生が突然倒れて」


 俺のクラス担任、鬼塚大志先生だった。苦手な人ではあるが、人手が増えるのはありがたい。と思ったのは一瞬。

 

「何!? なぜすぐに俺を呼ばないんだ!!」


 目の前の男は、とんでもないことを言い出した。


「まったく、これだからガキは。緊急時の対処がなっとらん。確か多摩川先生は職員室にいたはずだ。田中先生は俺が見といてやるから、早く呼んで来い!」


 え、俺が呼びに行くの?


「えっと、その」


「何だ、はっきり喋らんか!! 

 まったく、お前は相変わらず自分の意見が言えんやつだな。昨日だってプリントを運ぶのが嫌だったのなら、はっきりと断れば良かっただろうに。お前のせいで、田中先生に怒られたんだからな?」


「す、すいません」

 

「今は謝罪なんていらん! さっさと田中先生を渡して、多摩川先生を呼びに行け! そのくらい、お前でもできるだろ? ()()()()?」


『やってくれるよな? 庭村?』


 何度も何度も耳にして、挙句の果てには夢にまで出てきたその声は、俺を萎縮させるには十分すぎるほどの力を持っていた。


「......だいじょ」


 だから、いつも通り俺は、魔法の言葉を。


 ギュッ。


「っ」


 その時、心なしか俺の背中にしがみつく力が強くなった気がした。


「おい庭村、聞いてるの、......ん?」


「チュー!!!!」


「うお、何だ!?」


 突然、明らかにネズミではないネズミの鳴き声が聞こえたかと思えば、鬼塚先生は驚いたように数歩後ずさった。その視線は足下に注がれている。


「チュー、チュー、チュー!!!!」


「何だ、こいつは! こ、の!! ちょこまかと逃げよって、ぬ、うぉっ!?」


 鬼塚先生の足下に視線を向けると、ネズミらしき生き物が縦横無尽に駆け回っていた。

 鬼塚先生は、ネズミ(?)を踏み潰そうと足を動かすが、素早い動きについて行けず、バランスを崩してしまう。


 そして、勢いそのまま尻を床に打ち付けた。


「いってえ!!」


「チュー!!!!」


 役目を終えたのか、ネズミ(?)は何処かへと去っていく。


「......」


「......」

 

 静まる空間。気まずい無言。


「ふふっ」


 それを破ったのは誰かの笑い声だった。


 鬼塚先生は鋭い目で俺を睨みつけてくるが、一ミリも口角を動かした覚えはない。


 今笑ったのは俺ではない。田中先生は俺の背中で眠っているはず。鬼塚先生な訳もない。


 つまり、この場に新しく現れた()()()()な訳で。


「もう、鬼塚先生ったら。ネズミくらいで大袈裟ですよ」

「た、多摩川先生」


 聞こえてきた声に目を向けると、そこにいたのは、多摩川奈央(なお)先生、我が学校の養護教諭、つまり保健室の先生、だった。


「何があったかは分かりませんが、とりあえず。そこで眠っているお姫様をベッドまで連れて行ってくれるかな、王子様?」


 笑顔を浮かべ、俺に視線を向ける我が校の治癒の天使様は、悪戯好きな小悪魔のように見えた。



 今のところ、登場人物の先生率が高い気がする。

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