表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

あるはずのないもの


 "RFO"は、淡々としたナレーションから始まる。


『この世界には超常の力、魔法が存在する。


 魔法を使役するは、善なるものだけとは限らない。悪なるものが魔法を己の私欲のために使役するならば』


 日本という現実世界を舞台にしているが、他のRPG同様、ストーリーというものが存在する。


『必ずこの世界に災いが降りかかる。その災いを止めるためには、真の善なる者の力がーー、いや、"大罪"に立ち向かえる勇気ある者の力が必要だ。そして、それは決して一人ではな』


 ん? なんか、前見たナレーションと違うような。


『クエスト"大罪討伐"発生。クリア条件、大罪の殲滅。受注しますか?」


 場面が切り替わり、クエスト表示画面が現れる。


 え、まだチュートリアルも終わってないのに何かヤバそうなクエストが。そんなのクリアできるわけが。

 

『クエスト"大罪討伐"受注完了』


 は? え、ちょっと待って。


『なあ、庭村なら、やってくれるよな?』


 突然、無機質なAIの声が、どこか聞き覚えのある野太い男の声へと変わる。


『聞いてるのか、庭村。お前なら、な?』


 いや、えっと、それは、だ。


「うぶ」


 最悪の寝起きだった。





 高校生の夏休みといえば、と聞かれると結構な確率で答えに出るのは、部活だろう。俺は野球部に所属しているものの、所詮はベンチ入り。うちの部活では、レギュラーではない部員の夏休み練習の参加は自由とされている。

 そんな俺の夏休み初日はというと。


「庭村、グラウンド整備よろしく」

「大丈夫です!」

「庭村、ボール磨きも」

「大丈夫です!」

「庭村先輩、記録ってどうやって書けば」

「大丈夫、俺がやっておくよ」


 マネージャーのいない野球部のマネージャーをやっていた。


「じゃあ庭村、後は頼むなー」

「大丈夫です、お疲れ様です!」


 俺以外に唯一残っていた顧問の先生も職員室へと戻り、グラウンドには、俺一人取り残された。


 時刻はちょうど正午。こんな真昼時には、他の部活も練習などしていないようだ。

 野球部も、今日は午前練のみ。





「よし、本日のマネージャー業務終了」


『クエスト"野球部のマネージャー?"達成。報酬"木製バット"を獲得』


 時刻は十二時半。部室に置かれたボール磨きを終えたところで、学校に着いた途端始まったクエストも終了を迎えたようだ。


 報酬はバットらしいが、昨日のメモ帳と同じく、目立った変化はない。鞄に入る大きさでもないはずだが。


 ちなみに、俺が自分の身体の異常事態に対して出した結論は、しばらくの様子見であった。

 病院や然るべき研究機関に行くことも考えたが、状況が意味不明すぎる。そんな状態で行っても上手く説明できる気がしないし、まず信じてもらえる気がしない。

 そして、今回の事件に"大罪"という犯罪組織が関わっている可能性があるため、あまり目立つ行為をしたくないというのも本音だ。


 ガチャリ。


 そんなことを考えていたからか、部室のドアが開く音がした瞬間、思わず体がこわばった。


「おー、やっぱりいたか。今日もお疲れ様だな、庭村」


 同時に聞こえたのは、相も変わらずお節介な女教師の声だった。そのことに、内心かなりホッとした自分がいたことに驚く。


「......田中先生、どうしたんですか?」


「あ、お前、またあんたかよ、って思っただろ? 三十路近くのババアですいませんねえ」


「そんなことは」


「そういうのは目を見て言え、このやろ」


「いで」


 田中美琴先生からの愛のこもったデコピンを頂いた。


「まったく。昨日言ったことを今すぐ実行しろ、とはさすがの私も言わないがな。ちょっとくらい人に甘えるってのを覚えたらどうだ、お前は」


 呆れたような表情を浮かべながら、田中先生は俺の隣へ腰を下ろす。田中先生が言っているのはきっと、俺がマネージャーまがいのことをしていることについてだろう。


「ほら、先生の奢りだ、喜べ」

「......ありがとうございます」


 ぶっきらぼうに顔の前に差し出された缶ジュースを俺は両手で受け取る。田中先生の片方の手には缶コーヒーが握られていた。


「と、まあ。私がここに来たのは、お前が将来このコーヒーみたいな社畜にならないかを心配しに来たのもあるが、お前に確認してほしいことがあってな」


 無糖のコーヒー、つまりブラック。やかましいわ。心の中でそうツッコミを入れ、俺は田中先生の言葉に聞き返す。


「確認してほしいこと、ですか?」


 缶ジュースのプルタブを開け、口にする。オレンジジュースだ。まあパッケージで分かってはいたが。


「ああ。これなんだが」


 田中先生は、缶コーヒーを握る手とは別の手を自らのポケットに入れ、何かを取り出した。


「え」


 それが何かを確認した俺は、思わず缶ジュースを握る手を緩めてしまう。


「ちょ、おい!!」


 俺の手から離れた缶ジュースは、くるりと百八十度回転を行い、真っ逆さまに落ちていった。

 当然、中身は部室の床にぶち撒かれるわけで。


「っ、すいません!!」

「まったく、何やってんだ。タオルか雑巾あるか?」

「あ、はい、タオルならボール磨き用のやつが」


 手に持っていたタオルで慌てて床を拭く。手を動かしながらも、俺の頭の中は衝撃に満ち溢れていた。

 ......なぜ?


「にしても、この()()()を見た途端慌てふためくとはな。やっぱりお前のだったかこれ? 可愛らしくて私はいいと思うぞ?」


 なぜそこに、黄色いくまさんの絵が描かれた表紙のメモ帳がある?




 

 ちなみに、田中先生は茶道部の顧問です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ