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もしも現実世界でクエストが発生したら


 明日から夏休みだというのに、どうやら俺の頭はおかしくなってしまったらしい。


「聞いてるか、庭村(にわむら)。このプリントを職員室まで持って行って欲しいんだが」


 俺が目、いや頭を疑った光景は、教卓の上に積まれた今にも崩れそうなプリントの山でもなく、それを指差し、クラス委員でもなんでもない俺一人にお使いを頼む担任の姿でもない。


 埼玉県立黒木高校、我らが二年六組のマッチョ教師、鬼塚大志(おにづかたいし)先生の頭の上に突然現れた文字。


『クエスト"鬼塚先生からのお願い"発生。難易度E。クリア条件、対象を指定の位置に移動させること。受注しますか?』


 現実世界では見かけるはずのない、()()()()()()こそが、俺の頭のおかしさを自ら疑った原因だ。


「おい、庭村!」

「っ、はい」


 至近距離からの怒鳴り声にピクリと肩を震わせる。


「庭村ァ、プリント、持っていってくれるよな?」


 改めて、少し面倒な頼み事をしてくる鬼塚先生。顔には明らかに、作りました、というような笑顔を浮かべている。


『受注しますか?』


 頭の上の文字のせいでいつも以上に圧を感じた。


「大丈夫です」


『クエスト"鬼塚先生からのお願い"、受注完了』


「おお、引き受けてくれるか! じゃあ頼んだ、庭村!」


 場合によっては否定の言葉にも聞こえる俺の返答を、自分の都合の良いように受け取り、上機嫌に教室から出て行った。顧問をしている陸上部の元にでも行くのだろう。


「きゃ、ネズミ!?」

「あはは、そんなのいるわけないだろ」


 ......教室の後ろで楽しげに話しているのは、うちのクラス委員たちである。

 




 突然視界に現れた、クエスト受注表示。どうやら俺以外には見えていないようだ。


 不可解な現象。心当たりが全く無い、と言えば、嘘になる。突然現れたクエスト表示のデザイン、見覚えがあるのだ。


 昨日、学校から帰った俺は新しく買ったVRゲームに手をつけた。

 その名も、リアルファンタジーオンライン、通称、RFO。リアルなのかファンタジーなのかよく分からないタイトルながらも、世界中で爆発的なヒットを生んだ作品だ。


 RFOの舞台は、現在の日本。

 とは言っても、実際の日本とは大きく違う。なんせ、魔法という非現実的能力が存在するのだから。


 そんなRFOというゲームはRPGであるからして、当然"クエスト"と呼ばれるものが存在する。

 いわばそれは、NPC、"ゲームの住人"からの頼み事。この"クエスト"をクリアすると、ゲームを進めるにおいて役立つ報酬が手に入る。


 ゲーム内で"クエスト"が発生する時に出る表示画面と、さっき鬼塚先生の頭の上に現れたクエスト表示。

 引き締まったような文字のフォント、なんだか冒険魂を沸き立てられるフレームデザイン。これら二つは、誰がどう見ても、同じもの、と答えられるものだった。


 そういえば、昨晩、原因不明の強制ログアウトがあった。ログイン初日に溜まったもんじゃない、と不貞腐れてすぐに眠りについたが......。


「またいつもの()()()か、庭村」


 と、聞き覚えのある声に俺の思考は打ち切られる。


「田中先生、こんにちは」


「ああ、こんにちは」


 山盛りのプリントを持って廊下を歩いていた俺に声を掛けてきたのは、去年のクラス担任、田中美琴先生。

 もう齢三十になる、黒髪ポニーテール独身女性だ。聞くところによると、最近マッチングアプリを始めたらしい。はたして、それによる効果はあったのか。


「なんか今、失礼なこと考えてないか?」


「いえ、そんなことは」


 たぶんきっとそのうち、いい相手が見つかりますよ。


「それならいいが」


 なんとか自分の思考を読まれることを回避できたと思ったのも束の間。

 田中先生の目は、俺の腕に抱えられた紙の束に向けられた。


「......まったく。どうやら、"頼まれたら断れない病"は今も健在みたいだな」


 そこから職員室に着くまでの数分、俺が元々持っていたプリントの半分を持った田中先生からのありがた〜い説教は続いた。





「ふう、ようやく到着だな。まったく、鬼塚先生もよくこんな面倒なことを生徒に押し付けられるものだ」


 職員室にて。運んできたプリントを鬼塚先生の机の上に置いた田中先生は、そんな愚痴を零した。


「田中先生、本当にありがとうございました。とても助かりました」


 改めて、俺は救世主様に頭を下げる。


「どういたしまして。

 でも、ちゃんとしたお礼は鬼塚先生に言ってもらうよ。お前にもきちんと礼をするように言っておく」


「いえ、そんな必要は」


「必要だ」


 流れるように出た遠慮の言葉を、田中先生は遮った。浮かべていた笑顔を抑え、真剣な顔を俺に向ける。


「何かをしてもらったらお礼を言う。

 これは、逆も然りだ。

 何かをしたなら、きちんとお礼をもらえ。何かを与える一方じゃ、本当に大切な人が困ってる時、お前の手元には何も与えられる物は残ってないぞ」


「......」


 ーー本当に困っている時に、俺に助けを求める人間なんていませんよ。


 胸の奥に湧き出たその言葉は、俺の喉にすら届くことはなかった。その代わりに出てきたのは、


「大丈夫です」


 何度も言い慣れた、周りも自分自身も騙せる魔法の言葉だった。





『クエスト"鬼塚先生からのお願い"達成。報酬"メモ帳"を獲得』






 時代設定としては、"今よりもほんの少し先の未来"を想定しています。

 日常的に車が空を飛んでいるような"未来"でもなく、いつ解けるかもわからない鎖に縛られている"今"でもない。そんな"今"より少し先の"未来"のお話。

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