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目的地はここじゃない


 コットンが庭村君に会いに行ってから30分は経った。私、多摩川奈央は、エアコンの効いた車内の運転席に座りラジオから流れる流行りの音楽を聴いていた。

 確か歌っているのは朝ドラにも出てた女優さんだったっけ。


 助手席の扉が開かれる音が聞こえた。


「ん。おかえり、コットン」


「ただいま。すまんな、待たせた」


「いーえいえ。生徒に会いに行く先生を、誰が止められましょうか」


「それはどうも」


 横目で覗き見たコットンの表情は、庭村君に会いに行くと決めた時の戦前(いくさまえ)の武士のようなものから、好きな人に振られた女の子のようなものに変わっていた。


「庭村くんにフられちゃったか」


 図星を突かれたように、コットンは苦笑いをその可愛らしい顔に浮かべる。


「振られた、か。あながち間違ってないのかもな」


「コットンみたいな良い女をフるなんて、庭村くんも罪な男だねぇ」


 てっきり、庭村くんの悩みが大きすぎて何もできないことに落ち込んでいるのかと思ったが。そうか、彼は結局言わなかったのか。


「......なぁ、奈央」


「ん、うぉっ、っとっと」


 突然コットンが抱きついてきた。


「......久しぶりだねえ、こうしてコットンが甘えてくるのは」


 目の前の弱った姿を見ると、頼れる先生、田中琴子も、ただのか弱い女の子だと自覚させられる。


「......なぁ、奈央。泥だらけの生徒に、まだ一人で戦える、と言われて何も言い返せなかった私は、教師として失格だろうか」


「そうだねぇ。確かに、教師としては止めるべきだって言う人もいるとは思うよ。でもさ」


 私はきっと悪い笑みを浮かべていることだろう。面白いものを見つけた時いつもこの顔になってしまうのは、私の悪い癖だ。

 

「主人公がこれから物語を進めようっていうのに。それを止めちゃうってのは、野暮ってもんでしょ?」


 



 黒木高校野球部の面々は今日も夏の大会に向けて練習をしていた。

 だが、いつもとどこか雰囲気が違っていた。


「おい! なんで誰もボール拾いに行かねえんだ!」

「そう言う先輩も行ってないじゃないですか?」

「こういうのは、後輩がいくもんだろうが!!」


「何じゃお前記録の書き方も分からんのか! それでも野球部員か!?」

「す、すいません。まだ入部したばかりなので」

「そんなの言い訳にならんわ!」


「庭村ー、水くれー」

「馬鹿野郎、今日は庭村休みだって、先生が言ってたろうが」

「うげ、そういやそうだった。もう動けねえ、誰でもいいから水をくれえ」


「「「庭村、頼むから早く帰ってきてくれ!!」」」





『庭村!! 悩みがあるなら私に』

『すいません、先生。これだけは簡単に人を頼れるものじゃないんです。でも、先生のおかげで吹っ切れました。

 もう少し、一人で戦ってみようと思います。それでもし、どうしようも無くなったら、その時は頼らせてください』

『庭村!! 待って』


『次は東京駅ー、東京駅ー』


 ちょうど目的地への到着を知らせる電車のアナウンスで目を覚ます。


「さて、地図アプリの出番といきますか」



 東京駅から出て、真っ先に視界に入るのは人々の群れ。

 何度かこの辺りに来ることはあったが、何度来ても、この暑苦しさには慣れることはない。夏の暑い日ならばなおさら。


 スマホの画面に目を落とすと、そこには、目的地を南道グループ本社とした地図アプリの案内が載っていた。

 スマホからうっすらと聞こえてくるナビの声に耳を澄ませ、俺は一歩足を踏み出した。


 数分後、道に迷った。


 おかしい。俺は別に方向音痴などではないし、アプリが発した指示には忠実に従ったはずだ。なのに迷った。というか。


「歩いても歩いてもビルばっかり。コンクリートジャングルって言葉を生んだやつは天才かよ」


 どれだけ進んでも同じ景色が現れるならば、方向音痴じゃなくとも道に迷うのは当たり前。決して俺が方向音痴だから迷ったわけではない!!


「おいお前、大丈夫か?」


 近くなるどころか遠くなっている気もする地図の上の目的地を凝視していると、後ろから少年っぽい声が聞こえてくる。

 その声に振り向くと、そこにいたのは、同い年くらいの少年だった。

 なんとなく、どこかで見たことあるような気が......。


「なんだ、じっと俺の顔見て」


「あ、いやすみません。どこかで見た顔な気がして」


「ん? ああ、なるほど。それなら間違ってねえよ。なんてったって俺は、草薙悠希(くさなぎゆうき)だからな!」


 ......いやそんなドヤ顔されても全く心当たりのない名前なんですが?


「えっと、すみません。分かんないです」


「あれ? 知らないの? 俺のこと」


「はい」


「あれ、でも俺のこと知ってるって」


「知ってる、ではなく、どこかで見た顔だな、ですね」


「......つまり、別に俺のことを知ってるわけじゃない、と」


「はい、残念ながら」


「......」


 俺がそう言うと、草薙悠希と名乗る少年はしばらく黙り、


「ぬおおおおお!! はっずうううううう!!」


 人目も憚らず、雄叫びをあげた。




 庭村は方向音痴ではありませんが、地図を見るのは苦手です。つまり、方向音痴です。

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