爆発オチなんてサイテー
ちょうど日を跨ぐか跨がないか、といった頃。建物中のスピーカーからは、けたたましい警報音が鳴り響いていた。
東京都某所にあるビル、最上階の一室。明かりは中央に置かれたパソコンから漏れ出る光のみ。三十代後半くらいと思われる女性の顔が細い光に照らされていた。
だが、実際の彼女の年齢は、二十七歳。目の下の隈、荒れた肌。窶れに窶れたその顔は、老けて見られるには十分すぎる有様だった。
彼女の名前は南道天。日本で最も有名なゲーム会社、南道グループの社長だ。
『全施設爆破まで、残り五分。まだ建物内にいる方は速やかに避難を行ってください』
スピーカーから発される無機質な女性の声が、人々に屋外へと逃げるよう促す。
しかし、避難勧告を聞いてもなお、二つの目は画面の奥に向けられ、十本の指は一定のリズムを刻むようにキーボードの上を動き続けていた。
同時刻、警報音鳴り止まぬ南道グループ本社内、最上階の一つ下にて。
南道以外にも七人、逃げる気配を見せぬ者たちがいた。
しかし、彼らは決して社員などという生易しい存在ではない。
「どうする、"プライド"」
今いる場所が残り数分もすれば吹き飛ぶ、と言う警告を耳にしながらも、屈強な男は冷静にこれからの動きを現状のリーダーに尋ねる。彼の名は、"アンガー"。
上半身を黒いローブで包まれながらも、その体の勇ましさは誤魔化しきれていない。
「うーん、ここは潔く退散するべきですかねえ。あなたもそう思いませんか? "レイジ"さん」
今にも迫り来る危機を理解してないのか、のんびりとしたトーンで隣の仲間に話しかけるリーダー、"プライド"。
「"リスペクト"、目的は達成できたの?」
変成器つきの仮面により、全てが謎に包まれている、"レイジ"。
「まだ大物が釣れていません」
見た目は明らかに幼女、"リスペクト"。
「大物って、"フェイク"が言ってた、今回の一番の目的ってやつ?」
彼女が持つ美貌は、百人の男がすれ違えば、二百の目が釘付けになる程。美女、"セクシャル"。
「確か、南道グループの"十二の宝"だったか」
身長二メートル越えだが、横幅は狭い大男、"ハングリー"。
「......」
無口な女、"ウォント"。
互いにコードネームで呼び合う、謎の集団の名は、"大罪"、通称、"グレートギルティ"。
狙った獲物はどんな手段を使ってでも逃がさない、最凶最悪の強盗集団だ。
ーー社員の皆は、無事逃げられただろうか。
『社長も一緒に逃げましょう』
非常事態にも関わらず、真っ先に自分の心配をしてくれた彼らの顔を、南道は決して忘れることはないだろう。
『やるべきことを終えたらすぐに向かうから、先に逃げなさい』
優しい社員達に嘘を吐いた、罪悪感もだ。
残り一分。二十階建てビルの最上階に位置するこの部屋からは、もうどうやっても逃げることはできない。
たとえできたとしても、決して逃げることはないが。
南道が見つめるパソコンには、どれも彼女の最高傑作である数々のゲームデータが保存されていた。
南道天は、優秀なゲーム開発者だ。
そんな彼女が今までに開発したゲームの数は百を超える。それら全ては彼女にとって我が子同然のようなものと言って過言ではない。
そんな愛すべき子供たちを置いて、みすみす逃げ出すことなど、彼らの母親である南道天には、できるはずがなかった。
ましてや、彼らを悪の手に引き渡すことなど許せるわけがなかったのだ。
「私はきっと愚か者なのだろう」
誰に届けるでもなく、南道は一人呟く。
「でも、我が子を間違った道へと進ませるのは親として間違っていると、そう思うのだ。
だからせめて、今ここにいる君たちだけでも君たちのことを愛する者の元へ送ってあげたい」
導火線のように細い人差し指がエンターキーへと触れる。
「さようなら、愛しき子らよ。願わくば、勇気ある者たちの元へ届かんことを」
直後、凄まじい轟音が鳴り響き、派手すぎる花火が彼女もろとも全てを飲み込んだ。
「ようやく会えるね、ミコト」
彼女が最後に呟いた、その名はーー。
『めんどくさいことしてくれたなあ』
"大罪"が一人、コードネーム"アンハッピー"は、計画の一番の目的の遂行を邪魔した存在に対し、もう決して届くことのない愚痴を吐いた。
南道が命の灯火を失う直前に行ったことは、簡単に言うと、ゲームデータの移行だ。
ただどこかのファイルに隠しただけなら、微かに残る足跡を辿って探し出せばいい。
だが、南道が愛すべき子らを託したのは何の感情もないファイルなどではなく、彼女自身でさえどこの誰かも分からない人間だった。
彼女は、あろうことかゲームデータをたった今ログインしているゲームユーザーの脳内に送り込んだのだ。
そうなってしまえば、たとえ足跡を辿ったとしても脳内データがどこの誰のものかを特定する必要があるし、わざわざ該当する人間の元へ赴いてデータを拝借する必要がある。
そして、ゲームデータを頭に埋め込まれた人間を生かしたまま取り出すことなどできるはずもないわけで。
『ほんっとに、めんどくさいことしてくれたなあ』
二度も届くはずのない悪態をつくのは、世界一と言える実力を持つ天才ハッカーであった。