親不孝通り
親不孝通りとは、福岡市中央区天神北西部を南北に走る市道の通称である。
福岡市道「舞鶴薬院線」。
北端で接続する那の津通りから昭和通りまでの約390メートルの区間を呼ぶ。
東側で天神三丁目と、西側で舞鶴一丁目と接する。
だが此の親不孝通りは地元を含む一部の通の間では心霊スポットとして知られている。
来た道を振り返ると死ぬ。
道路脇に佇むタクシー待ちの幽霊の女性。
等など眉唾ものの話だ。
此処を通れば親が死ぬ。
此処を通った車の車内が血の手形で覆われる。
失笑物の話だと思う。
聞いた時はそう思った。
そう。
あの時までは。
話は彼女の実家に行った時の事だ。
飲み屋で働いている彼女は三十代バツイチ其れにコブ付きだ。
子供は二人。
離婚した夫は働かず遊んで居たらしい。
其れにキレた彼女は養育費を貰わないことを条件に離婚を成立させたらしい。
子供二人は実家の親に預け自分は長崎に出稼ぎにきたらしい。
そんな時客として来ていた俺と意気投合した。
其れからの付き合いだ。
深い付き合いになった彼女の実家に遊びに行くのは当然の流れだ。
子供二人に懐かれるのも気持ちいい。
彼女の実家に行くとき此処を必ず通る。
なんて無い普通の道。
そう思いながら新しく手に入れた鉱石ラジオを弄っていた。
ジイイイイ。
キュウウ~~。
『ジジ……だから田中さんは……キュウ~~』
後部座席で走行中にラジオを聞く。
最近ハマっている趣味だ。
「何? また鉱石ラジオ?」
「うん」
「此の間の事も有るのに好きね~~」
「まあね」
走行中はノイズが酷く聞きにくい。
だが停止中に流れるラジオの音に耳を傾けると得も言えない感動が有る。
苦労してツマミを弄って聞くラジオの音。
其処に感動がある。
所で最近に気がついたことが有る。
道路脇でタクシー待ちをしてる女性である。
此処を通ると何故か其処に女性が居る。
同じ女性だ。
最初は気のせいだと思った。
だが何度も此処を通ると気がついたのだ。
同じ女性だと。
妙に同じ服装で居たので気になっていた。
唯の偶然と思っていた。
そう唯の偶然。
だが何度か通る内に不自然な事に気がついた。
雨の日も傘を差さずに立っていたのだ。
此処で見かけるたびに。
おかしい。
明らかにおかしい。
そう思った時。
何回目かの此の通りを通貨しようとした時。
初めて此方を見た。
俺を見た。
青白い顔で此方を見る女性を。
走行中にも関わらず顔がハッキリと判別できた。
二十代だと思う。
だが雨で濡れた髪が顔に張り付き異様な雰囲気を感じた。
不自然な感じがした。
何か違和感がした。
其の事を運転してる彼女聞こうとしたときだ。
ジイイイイ。
キュウウ~~。
鉱石ラジオのツマミが不自然に動く。
ごく自然に。
不自然に誰かが動かしたかのように。
『ジジ……貴方私が見えてるの?……ジジッ……』
ラジオからの音。
だが其れは放送を受信した物ではない。
誰かがマイク越しに話してるように感じた。
俺に向かって。
『答えて』
答えられなかった。
声が出せる筈が無かった。
何しろ足首を掴まれていたからだ。
冷たい手で。
冷たく万力の様な手で。
下を見ると外に居た筈の女性が見上げていた。
此方の目を覗き込む様に。
何かが聞こえた。
何かが。
其れが俺の声だと言うことに気がついたのは後の事だった。
居眠りをしていた俺が起こされたのは彼女の実家に着いた時だ。
夢だと思った。
唯の怖い夢。
足首に赤い血の付いた手形が無ければ。
此の日以来鉱石ラジオは捨て生涯二度と買うことは無かった。
二本目のロウソクを消して下さい。
後悔しないのなら。