第七話
王都にある王立貴族学院は初等教育学科から高等教育学科で構成され、貴族の子どもが一流の教師のもと一流の技術と知識を身につけるために創設された教育機関である。貴族社会のマナーはもちろん薬学に医療技術、武術訓練や魔法学まで将来、職に就けるよう様々なカリキュラムが組まれている。
「スフェーン・ハーキマークォーツ。ちょっといいか?」
スフェーンが教室に入ろうとした時、担任に呼び止められた。扉の前で待っていると「午前中は自習だ」と皆に告げた担任が戻ってきてスフェーンを応接室に行くよう指示した。
内心びくびくしながらスフェーンは応接室の扉を開ける。
「あれ? 誰もいない」
拍子抜けだった。落第を言い渡されると思っていたから学年主任か学院長がいると思っていたのだ。
「ほら、適当に座れ」
担任は席を促してから自身も着席した。
「最近、学校を休みがちだが何かあったのか?」
「え~と.......その――」
さすがに担任でも我が家が爵位剥奪の危機にあることを知らないらしい。
(ただ、正直に話しても良いものなのかどうか......)
話した所で自分が惨めに思えてくることになるのではないかと不安が頭をよぎる。
スフェーンが言葉を濁していると担任から思いがけない発言があった。
「お前があいつの妹だって聞いて俺は驚いたよ。......あぁ、俺の教師生命ここで終ったな、と」
「へ?」
遠い目をした担任は「俺は被害者の会・会長だ」と真剣な面持ちで話をした。
「え~と、ちなみにどちらの兄ですか?」
「長兄5割に次男5割」
「つまり――どちらも……なんですね?」
「なぜか席が隣というだけで、ディアンの世話係に任命され卒業してやっと解放されたと思ったら教育実習先でブラッドの面倒事に巻き込まれ……。俺の人生、踏んだり蹴ったりだと思って耐え忍ぶこと数年! ……………遂に自由を手に入れたと思ったのに……妹のお前が入学してくるなんて……」
ここまでノンストップで担任は人生の歩みをスフェーンに聞かせる。
同情半分、同意半分。スフェーンは黙って続きを聞く。
「――だが、お前はあいつらと違った。友達も多いし何より好かれている。授業態度も良いしテストの成績も良い。何の問題もなくこのまま卒業してくれると思ったのに! お前が落第したら俺があいつらに殺されるんだ!! さぁ! 何で学校に来なくなったんだ!? 理由を聞かせてくれ!」
「兄たちのせいです!」
スフェーンは間髪入れずに答えた。
そのおかげで今度は担任が「へ?」と問いかける場面になった。
「ディアン兄様が連日に渡る魔物討伐のせいで出仕拒否! そしてブラッド兄様が上司と大喧嘩して自宅謹慎! おかげで爵位剥奪ですよ!? 今の生活を守るためにお金が必要なんです!!」
スフェーンは目の前にあった机を力の限り叩いた。前のめりになり、さらに強い口調で続ける。
「何で末子の私が大黒柱として稼がなくちゃいけないんですか? 私、まだ未成年ですよ!? 養ってもらうはずが養わなければいけない立場っておかしくないですか!?」
スフェーンは思いの丈をぶつけた。無理していた分、感情が抑えきれなくなっていた。鬼気迫る迫力に担任は涙目になった。何故ならスフェーンの体のあちこちから静電気以上の電気がバチバチ音を立てているからだ。幾度となくハーキマークォーツ家の人間が感情が高まると魔力の暴走を起こしているのを見てきた。その威力は凄まじく一度見ればトラウマになること間違い無しだったほどに。
「ス、スフェーン......落ち着け。ほら、スーハー。スーハー。一回深呼吸しよう」
担任は率先して深呼吸の仕草をした。だがスフェーンから放たれる電気は威力を弱めなかった。波動が大きくなるにつれ担任の悲鳴も大きくなっていった。
「ヒイッッ!! 黒こげにされる〜!」
「先生、大丈夫ですか!?」
異様な気配を察したアゲットが部屋に飛び込んできた。
アゲットの姿を見るや否や、担任は「大丈夫じゃない! 全然大丈夫じゃない!」と事もあろうことか一国の王子を盾にした。
「スフェーン」
アゲットは目の前の人物の名前を静かに呼ぶ。
「スフェーン、落ち着きなさい」
今度は諭すように、ゆっくりと。
「ん? アゲット?」
ようやくスフェーンに周りを見る余裕が持てた。席に座り直しアゲットが居る理由を尋ねる。
「スフェーンに話しがあって来たんだよ」
「そうなの?」
「スフェーンのお家のことなんだけど......勝手に詮索してごめんね。実は一つ提案があるんだけど、乗ってみない?」
律儀に謝罪から始まるアゲットの言葉にスフェーンは 「構わないよ」とだけ伝えた。王族のアゲットの耳に入るのは時間の問題だと思ったからだ。
「これは王命でもあるんだけどね。三日後に聖女が各地を巡ることになったんだ。僕も同行するんだけどスフェーンにも来て欲しい」
スフェーンは数回瞬きした後、首を傾げた 。
状況が飲み込めていないスフェーンに対しアゲットは丁寧にこの国の現状を交えながら説明を始めた。
「各地で魔物が多く出現しているのは知ってるね? おかげで農作物や家畜に相当被害が出ている。そこで魔物の生命の源でもある瘴気を聖女に浄化してもらおうとしているんだ」
スフェーンは黙って、その先の言葉を待つ。
「聖女からの条件に少し不安要素があってね、それを解決するにはスフェーンの力が必要なんだ。これは王命でもあるから、 もちろん特別手当としてお金も出すし、出席扱いにもなるから――」
「やる! やりましょう。その任務!」
スフェーンは最後の言葉につられて即効で返事した。
(お金がもらえて出席日数も稼げるなんて、最高じゃないの!!)
この時のスフェーンは、まだ知らない。
アゲットが言った不安要素のせいで苦労することを。