第五話
聖女――この世界を創りし女神の加護を抱く者。
誰しもが、聖女は光魔法で人々を救う存在だと認識していた。
長い長い歴史の中で誤った思考が植えつけられている事など人間は知らなかった。
――神のみが知る事実。
それは、光と闇は表裏一体をなすもの。
光が強ければ、 闇も濃くなるという真実。
「陛下、魔物の出現が多くなってきています。これにより物流が一部の地域で滞っていると報告が……」
「また瘴気により農作物にも影響が出始めております」
議会で各領地の問題が議論された。
聖女誕生で盛り上がる中、影の部分が徐々に浮き彫りされつつあった。
「――聖女に魔物と対抗出来るだけの力をつけてもらおう」
この日からセレス・スターチスはセレス・ルチルと名を変え、矢面に立たされた。
アゲットは一人の少女の行末を案じた。
本人の与り知らぬ所で進められる計画。大人たちの手駒として扱われる思惑に。
(……彼女は気づいているのだろうか?)
これから先、自分の人生が変わってしまう事に――。
平民から貴族に。少女から聖女に。求める者から求められる者へと。
数日後、アゲットはセレスと対面した。
彼女の心の奥に潜む感情に気づき、一筋縄ではいかない事を悟った。
「ねぇ、ジェード。スフェーンはいつ帰って来るの?」
アゲットがスフェーンの世話係に任命されたジェードに問いただす。隣でクリスも前のめりになって答えを待つ。
若干、アゲットの声音が低い感じがするのは気のせいだろうか?
「魔物退治で忙しいみたいだぞ?」
「そんな事はわかってるよ。何で、連れ戻さないのかって聞いてるの。スフェーンだけが頑張っているのおかしいでしょ? 騎士団だって連日、魔物退治に赴いているんだからスフェーンの出番は無くなっても良いんじゃないの?」
段々、圧が強くなるアゲットにジェードはタジタジになった。アゲットが望む答えは何か、と考えながら言葉を探す。
「――あ〜……騎士団も出張ってはいるんだが――その……戦力的に心許ないというか何というか……」
「はっきり言って」
「ディアン・ハーキマークォーツとブラッド・ハーキマークォーツが行方不明。ハーキマークォーツ伯爵夫妻が放浪中。そのため、ハーキマークォーツ一族総出で捜索に当たっているから北方領強固のため騎士団から人員を割いているんだよ」
おかげで、魔物討伐隊の人員が足りないんだよと伝えた。そのせいで、ギルドにまで魔物討伐の依頼がきて、稼ぎ時だとスフェーンが張り切っているのである。
ちなみに稼ぎがあるのは兄達のお陰だとスフェーンは知らない。爵位剥奪回避のため家から追い出した結果、棚からぼた餅的な結果になるなんてスフェーン本人もわからなかっただろう。
真相を聞いてアゲットはため息をついた。ハーキマークォーツ家だけで国を混乱に陥れるとは……。そして、自分もまたスフェーンが居ないだけで前途多難な目にあっている事を。
「スフェーンが居ないとなると……困ったなぁ~」
アゲットの真剣な表情にクリスとジェードは顔を見合せる。 スフェーンが居ないと困る理由って――と考える。
「どこか校舎が壊れたのか?」
「街に買い物ですか?」
二人で答えを出す。 ジェードは便利屋として認識されているスフェーンの腕を見込んで修繕の件かと考えた。もう一方のクリスは、顔の広いスフェーンだからこそ手に入りにくい商品でも入手出来てしまう伝手を探しているのかと考えた。 どちらにも共通して言えることは、何故貴族の令嬢が俗世に詳しいのかという事だった。 スフェーンは扉や壁をトンカチやドライバーを使って直してしまうし、学校に出入りする一流業者を筆頭に町の小さな工房は勿論、様々な職種の人達と面識があった。何でも屋として活躍が出来るのではと驚いた程だ。同時にどこに向かっているのか心配さえした。
「両方とも違うよ。実は――明日から一人クラスメイトが増えるんだ」
アゲットが告げた内容にジェードが素早く反応した。
「まさか!?」
国全体を守る騎士団のトップにいる父より小耳に狭んだ話を思い出した。 王都から少し離れたとある男爵領で起きた事件がきっかけで聖女が誕生し、王都まで護衛した話を。
「――聖女が編入してくるのか?」
「うん 」
アゲットが質問に答えた。
「聖女様がクラスメイト......」
クリスが事の重大さに息を飲む。
聖女と言えば、 国の重要人物。時に王族と連なる地位を持つ。聖女に何かあってはいけない。だからこそスフェーンの存在の有無が必要なのだろうと。
「暫くは特別室で自習だけどね」
貴族の子どもが通う王立学園と平民が通う学校ではカリキュラムが違いすぎるため、平民出身の彼女には学園に慣れてもらうことも大事だが学力と魔力の底上げが必要とされた。そして、その世話係に貴族らしからぬスフェーンに白羽の矢が立ったのだ。勿論、スフェーンの学力と魔力が高い事を見越してでもあるが――。
「私がスフェーンの代わりをします」
クリスは意を決して口を開いた。
聖女様のために世話係兼講師役を買って出た。少しでも聖女様がこの学園に慣れるようにと。
――この時のクリスの心境を知る者は誰も居なかった。