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第二話

 本来の銀髪を魔法で黒くし男装したスフェーンはなじみのギルトの扉を開けた。夕暮れ近かったこともあり、ギルドは任務帰りの報告や換金でにぎわっていた。何人か知り合いに声を掛けられたり掛けたりしていると、受付嬢が手招きしてくれた。

「こんにちは、スフィさん。今日はどんなお仕事が良いですか?」

 笑顔を向けてくれる受付嬢にスフェーンは詰め寄り、手招きしていた手をしっかり握った。その顔は真剣そのもの。至近距離で見つめられた受付嬢は顔を赤らめた。側から見れば男性が女性を口説こうとしている構図だ。お酒が入っている人もいたせいで野次馬が騒ぎ立てる。

「なんだなんだ? 告白か!?」

「スフィ! ガキにはまだ早〜ぞ!」

「ここの紅一点を持っていくな!」

 茶化したり怒鳴る男たちの反応とは正反対に女性たちからは悲鳴が上がる。

「スフィさんが......。私のスフィさんが、とうとう他人のモノに」

「私も見つめられたい!!」

 男装しているとはいえ、整った顔立ちに育ちの良さがにじみ出ている物腰。そして何よりも愛嬌があり人の良さを感じる性格のスフェーンに誰もが魅了されていた。そのため、スフェーンの次の一言に誰もが固唾を飲んで聞いていた。

「どうしてもお金が必要なんだ! 稼ぎが良い仕事はあるか? なるべくなら短期でお願いしたい」

 沈黙が流れた。

「え?」「ん?」とスフェーン以外の者たちが首をかしげる。聞き間違いかと互いに目を合わせる。

 スフェーンはスフェーンで沈黙を仕事が無いととらえて暗い気持ちになっていた。

「無理なお願いだとわかっている」

 だが、どうしてもお金が必要なんだと握っていた手に力を込める。

「どんな仕事でもやるつもりだ。重労働でも夜勤でも構わない。何か......無いか?」

 上目遣いで意気消沈な姿に庇護欲をかられた周りの女性たちがこぞって名乗りをあげはじめた。

「はい! はい!! デート......じゃない。荷物持ちしてくれたらお金出します!」

「ズルイ! 私はこの人よりお金出すわ。だから私の護衛をお願い」

「女戦士としてSS級モンスターを倒しているアンタに護衛なんて必要ないでしょ! ひっこんでなさいよ!!」

 女性たちの足のひっぱりあい……もとい大乱闘が始まった。

 さすがに店を壊されたら困ると考えた店主は喧嘩を止めに入ろうと声をかけた。

「その辺にしてくれ。これ以上、騒ぐのならーー」

 バン!!

 店主の声量を上回る程の打撃音が部屋に響いた。女性たちが何事かと店主の方へ振り返れば、自分たちと全く同じ表情をした店主と目が合った。どうやら店主が発生させた音ではないらしい。ーーとなると……。

「大変だ! 町でコカトリスが暴れている 。誰か応援に来てくれ!!」

 扉を乱暴に開けて入ってきた男性が切羽詰まった様子で助けを求めてきた。

「コカトリス!?」

 店にいた全員が耳を疑った。 それもそのはず、コカトリスといったら触れたものを石化させる能力を持つ魔鳥として知られている。そんな危険な存在が何故、町に!? と誰もが不思議がったのは無理もない。

「……まじかよ」

 店主が呟く。ギルドには町の自警団の役割もある。そのため真っ先に対応しなければいけないのだが、相手が厄介な幻獣とだけあって「よし、行くぜ!」と簡単に返事できるものでもなかった。

 だが、事は一刻を争う。

 駆け込んできた男性が声を張りあげる。

「誰でも良いから何とかしてくれ!」

「そうは言ってもなぁ~」

 藁にもすがる思いで強者ぞろいのギルドに来たのに解決の糸口が見つからない事に男性の苛立ちは募った。

「頼む! 何とかしてくれ!!」

「じゃあ、僕が行きますよ」

 手を上げ存在を示したスフェーンに店主はもちろん依頼した男性も驚いた声をあげた。

「え?」

「あんたが!?」

 スフェーンの姿を見た男性の反応は言ってみれば当り前だった。屈強な身体つきでもなくベテランと言える年齢でもなかったからだ。自分の半分も生きていない優男に手ごわい幻獣を倒せるのか疑問だった。

「……兄ちゃんが来てくれるのか?」

 聞き間違いかと思い男性が訝し気に聞く。その表情は不安に満ちている。

 だが、スフェーンは笑顔で応対した。

「はい。僕が行きます。コカトリスの対処方は知っているので大丈夫です」

 さぁ、行きましょう! と男性は半ば強制的にスフェーンによって扉まで移動させられた。

 店内にいた客たちがスフェーンと男性のために道をあける。女性たちが心配な面持ちでスフェーンに視線を向けたり声をかけるがスフェーンは「大丈夫大丈夫」とお気楽モードだ。

「本当に兄ちゃんで大丈夫なのか!?」

「はい、大丈夫ですよ」

「ーー本当に本当だな?」

「ええ、大丈夫です」

 確認する度に男性が店内と外の境界線をまたぐため、スフェーンは中々外へ出られない。 もういっその事、男を抱えて外に出ようかと思った時、店主に名前を呼ばれた。

「スフィ!」

 店主によってカウンターから投げられた小瓶が放物線を描いてスフェーンのもとへ。

「それ、 お前にやるよ」

 受け取った品物を見てスフェーンの目が輝いた。赤と青の2層に別れた液体。上下に振れば、アメジスト色に変わり、透過率が高い。紛れもなく不純物が含まれていない証拠だ。 それに容器の底に刻印された女神の横顔。何と存在が怪しいとさえ言われる商店が手掛けた証があるではないか! オーナーのお気に入りにならないと店に入る事さえ許されないため高品質なのに滅多に世に出てこないと言われる幻の商店が唯一、販売しているアイテムーー。

(こ、これはウンディーネ印の万能薬!)

 チャリン・チャリン・チャリーン!!

 スフェーンの頭の中で、即座に価値が金額に換算された。

「わぁ~! ありがとうございます。使わなかったら換金しても良いですか?」

「何でそうなる!?」

 万能薬の別の使い道に店主は思わず言い返した。あげた物をすぐ売ろうとするなよと。ありとあらゆる状能異常を回復してくれる滅多にお目にかかれない品物を雑に扱う人間がいるなんて・・・・・・。

(そういえば金が必要だと言っていたな)

 店主はコカトリスの問題を解決したら特別手当てを渡そうと考えた。



「ーーお、俺は今のうちに逃げるぞ!」

 50代半ばの恰幅の良い男が我、先にと逃げる。平民街は汚いと言って窓の外も見なかった男が自ら降り、人々を押し除けて進む。先ほどまで身なりを気にしていたのだが、今はどうでも良いらしい。この場を去りたい一心で人々に罵声を浴びさせる。

「退け!邪魔だ!」

「お待ち下さい、旦那様! コカトリスをこのまま放置するつもりですか!?」

「知らん! 俺は知らんぞ。お前たちのせいだからな!」

 横転した荷馬車に見向きもせず主人が独りで走り出したので責任をなすり付けられた侍中たちは呆気にとられた。身勝手な振る舞いの主人と半狂乱のコカトリス。どちらが悪いかと言われれば、道徳的に人間の勝手で生息地から無理矢理連れさられたコカトリスに非がないように思われた。

 だが、そんな背景など関係ない。今は被害を食い止めないといけないからだ。

 どうやってコカトリスを大人しくさせようかと考えるが狩人でもない自分たちには策が思いつかない。無情にも時だけが過ぎていき、ついに被害が出てしまった。

 壊れた檻からコカトリスが飛び出し手当たり次第、人々を襲う。

「お母さん!」

「ーー早く逃げなさい、セレス!!」

 母親がいつまで経っても逃げない娘を叱る。膝から下に力が入らない。一ー否。正確には感覚がないと言った方が正しい。自分の足を見れば本来の色とはかけ離れた灰色をしていた。徐々に進行している石化現象に母親は最後の力を振り絞って娘を自分の側から突き飛ばした。

「お母さん!!」

 セレスは、すぐさま体勢をたて直し母親に向かって精一杯、腕を伸ばすが、近くにいた人たちによって止められてしまった。

「お嬢ちゃん、危ねえ!」

「離して!」

「駄目! お母さん、待って!! 嫌!!」

 短い言葉で紡ぐ。

 だが無常にも言葉を重ねる度に母親の体が固くなっていくのを目にしてしまう。

(ーーどうして......)

 最後の最後で母親と目が合った。 口元は笑みが残ったまま固まっていた。

「なんで……」

 涙で視界が滲む。

 あと数秒で母親が完全に石になってしまうと思った時に、男の声が耳に入った。

「ーー全く大損害だ」

 溜息混じりに呟かれた声。

 男の言葉はセレスの感情を害するに値するものだった。謝罪や気遣いの言葉ではなく、あくまでも自分勝手な感想。ましてや避難を促すことすらしない態度に怒りがこみあげた。 声の主を見ようと後ろを振り向けば身なりの良い中肉中背の男の姿が目に入った。カフスボタンに刻印されたルチル男爵家の証を見た瞬間、セレスの感情は怒りから悔しさへと変化した。

(また貴族のせいで!)

 セレスはきつく唇を結んだ。

 反論すれば生意気だと言われ、器量が良いと何様だと怒られた。いつも命令口調で指示され、平民は貴族に逆らうな目立つなと釘を刺されてきた。軽視されてきたのは一度や二度では無い。生まれてきた境遇で何もかも決めつけられるのが心底、嫌だった。

 ーーなんで私達だけが......。

 ーーどうして私達だけが……。

 セレスは答えの出ない自問自答に疲弊していた。

(ーー変えたい......)

 ただ、純粋にそう願った。

 境遇を。立場を。 これからの人生を。

 その殺那一ー。

 内側から力が溢れてくるのを感じた。全身が温かい光に生まれる。

(これは...... 聖属性の魔力ーー)

 直感でセレナは感じた。

 聖属性だと疑いをさしはさむ余地もなく祈った。

「お願い、助かって!」

 願いが祈りに変わり、今(現在)を変える。

 セレスを中心に光の輪が大きさを変え、石化現象が進んでいる母親を包んだ後、傷を負った町の人々へと範囲を広げる。

 一瞬の静寂の後、ざわめきが町中に広がった。次々とセレスの耳に感嘆と賞讃の声が届く。

「見ろ! 母親は無事だぞ」

「傷が......傷が治っていく」

「こんな広範囲の治癒魔法を使えるなんて!!」

 呆然としていたセレスは駆け寄った母親に抱きしめられた。

「セレス、ありがとう」

 耳もとで囁かれた涙声。肌に伝わる母親の体温と心音に、ようやくセレスは自分の祈りが届き願いが叶ったことを悟り安堵した。

 だが、喜ぶのはまだ早かった。

 聖属性の本領は治癒と回復。瘴気の塊で出来た魔物ではないコカトリスには脅威ではなかった。攻撃性がある魔法もある事はあるが、生活魔法しか使った経験が無いセレスにはコカトリスを大人しくさせる方法はわからない。かといって素手でどうにか出来る相手でもないのでピンチは続いたままだった。

 セレスの異常な魔力を感じて距離を保ったコカトリスが再び襲おうと羽ばたきをし始めた。

「逃げろ!」

「こっちに来るぞ!」

 人々が口々に騒ぐ。家の中に避難する者や建物に隠れる者を見てセレスも母親と一緒に、この場を去ろうと提案する。

「お母さん、私たちも早く……」

「セレス?」

 娘の異変に気づいた母親が心配そうに声をかけた。「どうしたの?」と顔を覗きこめば、娘の顔色が真っ青になっているのに気づいた。先程の光魔法でかなり身体を消耗していると考えた母親は周りの人に娘の身柄を託す。

「娘を安全な場所にお願いします」

「あんたは!?」

「時間を稼ぎます。 その内に早く!」

 言い終わると母親は片方の靴を脱いでコカトリスに向けて投げつけた。

 敵意を向けられたコカトリスは、迷わず母親に向かっていった。

 注意を引きつけられたと思った母親は、コカトリスを刺激しながら娘と距離をとるため走り続ける。だが、身体能力に限界があった。どんなに一生懸命、走ろうともコカトリスの羽ばたき一つで、すぐに距離が縮まる。 あっという間に追いつかれ、コカトリスの足爪が母親の背中にさしかかる瞬間ーー。

「伏せて!」

 若者の声が聴こえた。

 母親は言われるがまま、立ち止まりしゃがんだ。頭上を何かが通り過ぎた気がして恐る恐る振り返る。見ればコカトリスが縄のような物に巻かれていて地団駄踏んでいた。

 一般的な植物から作られた縄と違い金属特有の光を放っている紐の先を目線で追うと少年の姿があった。

「大丈夫ですか?」

 やけに整った顔の少年が心配そうに少し離れた所から声をかける。

 母親は「はい」と短く答えて立とうとしたがうまく力が入らず、へたり込んでしまった。

 少年が駆け寄り、手を貸す。

「どうぞ、掴まって下さい」

「すみません」

 少年に支えてもらいながら母親は、足に力を入れる。だが傍らで騒ぐコカトリスの奇声で腰が引けてしまう。

「ーーお、おいっ兄ちゃん。コカトリスが暴れてるんだが大丈夫か? 縄が抜けねえか?」

「大丈夫ですよ」

「でも、縄が緩んだりしたら……」

 相変わらずギルドに助けを求めに来た男性がスフェーンに何度も尋ねる。スフェーンたちから少し離れた所からだがーー。ここまでくると臆病なのか警戒心が強いのかわからない。

「そうですね〜。ちょっと静かにしてもらいましょうか」

「そうしてくれ!」

 スフェーンは威嚇しているコカトリスの後ろに回り込みケープを被せた。そして抵抗するコカトリスをお構い無しに地面に仰向けに寝かせる。初めこそ足をジタバタさせていたコカトリスだったが、時間と共に大人しくなった。

 スフェーンの手際の良さに拍手喝采が起った。

「兄ちゃん、凄いな!」

「ありがとうございます!」

 母親の元に駆けつけたセレスが頭を下げる。母子が互いに労っているとスフェーンによって気遣いの言葉がかけられた。

「お二人とも、どこか痛いところはありますか?」

「ーーいえ、私は大丈夫です」

「私も」

「そうですか。 それは良かった」

 笑顔を向けたスフェーンにセレスと母親はもう一度深いお辞儀をして、その場から立ち去った。

 二人の後姿を見ながらスフェーンは核心を突いた一言を放った。

「さて、この騒動を引き起こした人を紹介してくれますか?」

 本来、町にいるはずのないコカトリス。誰かが連れてこなければ、今回の騒ぎは起きなかったはずなのだ。だからこそ、犯人を見つけて謝罪と損害賠償を請求しなければいけない。

 だが、貴族のしでかした事を指摘する町民はいなかった。 報復を恐れているため、原因を作った人物を知っていても教える事はしなかった。町民は何事も無かったかのように片づけを始め日常生活を取り戻した。

 そんな様子にスフェーンは心を痛める。

(ーー今回も泣き寝入りか……)



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