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第十八話

 およそ10年前――。

 一つの領地が壊滅の危機に陥った事件があった。


 北方を守護するハーキマークォーツ領。

 気高く聳える連峰に囲まれた、かの領地は常に魔物の脅威に晒されていた。その為、領地の人口は少なく産業も交通の便もワースト5に入る程だった。そんな辺境の地に住み続けるハーキマークォーツ家には秘密があった。



「――――それじゃあ、行って…………やっぱり行きたくない! スフェーンとあ〜そ〜ぶ〜!!」

「さっさと行かんかい!」

「やだやだやだ! スフェーンと遊びたいよ〜」

「毎日毎日、お前は懲りずに……」

 駄々をこねる孫(ディアン14歳)の姿に当主・ガネッシュは目くじらを立てた。何故、ディアンがここまで妹にこだわるのか正直わからない。思い返せば妹が生まれた時からディアンの執着は凄まじかった。四六時中、側にいて両親よりも世話をかって出たくらいに。元々、ディアンは聞き分けが悪い方では無かったが、スフェーンが絡むとどうしようもなく面倒くさくなる。それはもう、周りが引くくらいの溺愛っぷりを見せる。今日も今日とて、スフェーンから離れない。そんなディアンをスフェーンから引き離す為、魔法の言葉を仕掛ける。

「――スフェーン。アレを頼む」

「学校に行っている兄様達は格好良いね!」

「ぐはっ! ――か、可愛い。その笑顔、100点満点!! 僕の天使!!」

「……妹のために武術、頑張る」

「スフェーン、もう一声」

「えっと……え〜と――帰ったら、学校ごっこして遊んでください?」

「もちろんだよ! 今日は僕が生徒役をするね。ブラッドも生徒役だよ。スフェーンは先生役で……何の先生がいいんだろう? 音楽? それとも美術? 魔法の先生でもいいね。やるからには本格的に――……」

 ぶつぶつ一人の世界に入っているディアンを横目に、スフェーンがガネッシュの袖を引っ張り小声で確認する。

「じぃじ、スフェーン合ってた?」

「あぁ、バッチリじゃ!」

 オッケーサインを出したガネッシュはスフェーンと密かにハイタッチをした。魔法の言葉とは、即ちおべっかのことである。スフェーンから『〜している兄様は格好良い』と言わせると、二人はコロッと騙され面白いほど事が運ぶのだ。……それでも紆余曲折は多少あるのだが――。以前は「制服姿が格好良い」と言っただけで学校に行っていたのに最近では二言三言無いと送り出せないため、スフェーンに絶賛仕込中だ。

「ディアン兄様。ブラッド兄様。行ってらっしゃい!」

「は〜い! 行ってきま〜す」

「行ってくる」

 こうして玄関で三十分ほど無駄な時間を費やした面々は見送る側と見送られる側に分かれたのだった。


 そして、スフェーンとガネッシュもまた、見送る側と見送られる側になった。

「じゃあ、ばぁばの所に行くね」

「あぁ」


 ――――いつもの日常が続いたのは、この時までだった。


「ケルちゃん。ベロちゃん。スーちゃん。ブラッシングだよ〜」

 三つの頭を持つ犬の怪物に臆する事なく近づくスフェーンを尻尾を左右に振って歓迎したケルベロスは次の瞬間、スフェーンに向かって走り出した。子犬といっても後脚で立てば成人男性の平均身長と同じくらいの大きさがある。そんなケルベロスが力任せに体当たりすれば子どものスフェーンは吹っ飛んでしまう。その最悪の事態を回避するため、初老の女性が声を張り上げた。

「待て!」

 興奮していたケルベロスは、すぐさま止まりお座りの姿勢を保つ。

「良く出来ました」

 女性がケルベロスの元まで歩みを進め指示に従った事を褒めた。撫でる手が気持ち良いのかケルベロスは目を細める。

「ばぁば。スフェーン、手伝いに来たよ!」

 祖母とケルベロスに駆け寄ったスフェーンはブラシを片手に意気込む。何故ならスフェーンより年齢が下なのは目の前に居るケルベロスしかいないのだ。年頃のせいなのか今までお世話をされてきたスフェーンは、やっと自分がお世話をする側に回れて嬉しくて仕方ないのだ。お姉さん振りたいスフェーンはケルベロスを拾ってきたディアンより世話をするようになった。

「ありがとう、スフェーン。じゃあ私は他の子たちの様子を見てくるわね」

 スフェーンは首を傾げた。

「ケルちゃん達が最後じゃないの?」

「えぇ。――なんか、みんな落ち着きが無くてね……。だから、もう一度様子を見に行ってみるわ」

 ここで言う「みんな」とは人間以外の種族のことを指す。ハーキマークォーツ領は人間には住みにくい土地だが、それ以外の種族には快適だった。手付かずの自然。比較的、過ごしやすい気候。守られている生態系。それらが関係しているのか、それともハーキマークォーツ家に寄り添いたいのかは不明だが、保護を求めてやってくる動物たちが多い。彼らは危害を加えない為、ハーキマークォーツ家は庇護下に置いている。

 祖母のキャンドルは彼らの様子を思い出し、表情を曇らせた。時期的に発情期特有の興奮状態ではない。どちらかと言えば、手負い時の気性の荒さから来る興奮に近い感じだ。初めこそ怪我の心配をしたが外傷も無く、しかも一匹ではなく殆どの幻獣達が興奮状態という状況。

(――なんだか胸騒ぎがするわ)

 キャンドルは曇天の空を見上げた。時間と共に雲の濃度が厚くなっているのに気づく。陽射しが届かない薄暗い大地が不安を駆り立てる。

「スフェーン。今日は外に出ては駄目よ。家の中で遊びなさいね」

「え〜?」

 スフェーンが不貞腐れた時、空気が一層重くなった。

 雲が渦巻き大小の物体が姿を現した。一つ二つと数を増やしていく。それらは緩やかに地上に落ちるものもいれば、急降下するものもあった。様々な形のものが着地点を変え大地を黒く変色させていく。

「――魔物の集団が何故……」

 未だかつて見た事もない数の多さにキャンドルは動揺が隠しきれない。冷や汗が服をジワリと滲ませる。立ちすくむ自身の耳にケルベロスの呻き声が届いた。

(守らないと!)

 領民を守る為、町全体に結界を張る。次いでスフェーンを隠す為、ケルベロスに家までの護衛をお願いした。

「お願い、ケルベロス。スフェーンを護って!」

 キャンドルの求めに応じたケルベロスは一鳴きした後、スフェーンを背中に乗せ家まで疾走した。

「ケルちゃん、待って! ばぁば! ばぁば!!」

 遠ざかる祖母の姿にスフェーンは必死で叫び続けた。


「――こっちから強い魔力を感じたんだが……」

 老ぼれしかいねぇじゃんと、魔物はキャンドルの姿を見て嘲笑った。

「お前、光属性の魔力を持ってるか?」

「――えぇ」

「なら、殺す」

 一問一答の後、二人は互いの魔力をぶつけ合った。

 

 戦場と化したハーキマークォーツ領。

 魔力のぶつかり合いによる衝撃波が樹々を倒し、敵味方が入り乱れ大地を踏み荒らす。彼方此方から白煙が上がり、怒声罵声、鼓舞の声援が飛び交う。

 見知った景色が減っていく状況にキャンドルは心を痛めた。駆けつけたガネッシュにキャンドルは頭を下げた。

「……あなた、ごめんなさい。この景色を守りきれなかった」

「馬鹿を言うな。領民は無事じゃ。儂では、あんな強固な結界を張れなかった」

 守るべき優先順位は間違っていないと、ガネッシュは最愛の妻の健闘を称えた。そして、妻に傷を負わせた魔物を睨む。

「また、老ぼれが増えた」

 半人半牛の魔物が詰まらなそうに台詞を吐き捨てた。目の前の二人に興味が無いのか辺りを見回す。

「もう少し骨がある奴は居ねえのかよ?」

 目を細め各方面に散らばっている眷族たちを観察するが、特に叱咤激励する様子はない。勝手に暴れておけと言わんばかりに放任する。ただ、雷魔法が発動された時だけ目を輝かせた。

「何だ、あの威力は? 全然、弱〜じゃん」

 魔物は一瞬、嬉しそうな表情をするが直ぐに肩を落とした。明らかに、何かと比較していた。

「なぁ、一番強い奴を出せよ。これじゃあ、話になんねぇ」

「では、儂が相手しよう。ハーキマークォーツ家当主として、お前たちを葬ろう」

 魔物は一拍の後、魔力を溜め込んだ。

「――当主……確か、一番偉い存在だったな? 良いだろう。すぐ死ぬなよ?」

「当たり前だ。まだまだ人生を謳歌しきっていないからな」



 ケルベロスによって家の中に運ばれたスフェーンは神獣や幻獣達に囲まれていたため、外に出れなかった。窓から見える噴煙や時折聞こえる爆音に心が騒めく。

「お願い、ここから出して! 皆んなの所に行かせて!」

 どんなに懇願しても神獣たちが首を縦に振ることは無かった。

「スフェーンも戦う!」

「力が足りないでしょ?」

「じゃあ、町の人たちの避難誘導を手伝う」

「キャンドルが結界を張っているから大丈夫」

 スフェーンの言葉に神獣達が正論を持って説き伏せる。目の前の小さな希望を護るのに必死だった。

 悔しさと歯痒さがの感情が入り乱れスフェーンは泣きじゃくった。



 半人半牛の魔物は血を滴らせた斧を担いでガネッシュを見下ろした。息を引き取る寸前の相手に敬意を示さず侮蔑の言葉を投げる。

「はぁ〜。全然、保たなかったな」

 横たわるガネッシュを足蹴にし、致命傷となった傷に斧を振り下ろす。

「止めて!」

 溢れ出した血を止めようと治癒魔法をかけながら、キャンドルが叫んだ。町の結界に魔力の大半を使っている為、本来の効力が発揮されない。それでも、キャンドルは魔力を流し続ける。

「…………もう……使うな」

「でも!」

「……いい」

 ガネッシュは呟いた後、息を引き取った。

 ――その直後、魔物は冷めた目をキャンドルに向けた。

「で?」

 次はお前か? と再び斧を振り上げたが魔物は思いとどまった。

「お前とはさっき戦ったしな〜。魔力量はそこそこだが、あの忌まわしい魔力が無いんじゃな〜」

「――忌まわしい魔力?」

 キャンドルは魔物の言葉に引っかかりを覚えた。魔物にとって相反する聖魔法は忌み嫌うもの。自身も結界や治癒で使ってきたのに、これらに対しては不快感を感じないらしい。

(ガネッシュが使えて私に使えない魔法?)

 ――――雷魔法!

 キャンドルは一つの答えを導き出した。同じ光属性でも攻撃に特化した雷魔法が彼らにとって忌まわしいものになっているのだと。

「たった数百年しか経っていねぇのに、ここまで力が弱まっているとはな〜。完全に見当違いだな。放っておいても脅威にならなそうだな……――いや、待てよ? 裏切り者には変わらないわけだし……」

 断片的に聞こえる魔物の独り言から情報を読み取ろうと試みたキャンドルだったが、全く背景が見えなかった。どうやら、魔物達と人間達の歴史に食い違いがあるらしい。もしくは、欠如している部分があるのか――。

(――ハーキマークォーツ家が魔物に対抗出来る切り札となるなら、私は命に変えてでも皆んなを――スフェーンを護らないと!)


 キャンドルは自身の命と引き換えに封印術で夫の命を奪った魔物の動きを封じた。

 ――――かに思えた。




「ちっ! 魔力を半分、持ってかれたか……」

 キャンドルの決死の術により、半人半牛の魔物は片腕を失った。だが、致命傷を与える程までではなかったので、まだ周りを気にする余裕があった。

「これ以上、戦っても時間の無駄か……。強い奴は、もう出て来なそうだし、引き上げるか」

 この言葉を人間側が聞いていたら安堵したかもしれないが、現実はそんなに甘いものではなかった。半人半牛の魔物は置き土産を置いていったからである。

 ――それは、敵味方関係ないものだった。

「じゃあ、これで終いだ。せいぜい、生き残れよ」

 魔物は空に浮き、戦場を眼下に見下ろす。禍々しい程の魔力を溜め、笑みと共に地上に解き放った。


 ――――大気が震え、高い山から崩落が始まった。岩石が黒い噴煙と共に下へ下へと範囲を広げ、不協和音を響かせる。地割れとともに地形が変動した。闇属性の最強攻撃魔法・重力魔法が放たれた。


「じぃじ……ばぁば? ………………母さま……父さま。…………兄さま……――どこ?」

 スフェーンは泣きながら道なき道を彷徨い続けた。


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