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第十七話

 ダンジョンの主が提示した条件はルピナスかセレスを差し出せというものだった。誰も二人を犠牲にしようとは考えていない。

 しかし、魔物の襲撃は続いている。

 一度はスフェーンによって消滅した魔物達だったが、時間とともに少しずつ増えていた。


 女神の加護が懸けられている教会に身を隠しているとはいえ、油断は出来ない。あのSS級魔物が襲来したら、結界もろとも破壊されてしまうかもしれないからだ。そうなったら、今度こそ全滅だ。

 騎士団の中で意見が別れる。


 迎撃か出撃かーー。


 持久戦覚悟でダンジョンの主が出てくるのを待つか、それとも玉砕覚悟でダンジョンに突入するか。どちらもリスクは大きい。前者なら村人を巻き込んでしまうし、後者なら騎士団壊滅があり得る。

 決定権はアゲットに委ねられた。

「ーー出撃しましょう」

 長い長い沈黙の後、ついに決定が下った。

 理由はこれ以上、村人を巻き込まない為だった。SS級魔物をダンジョン内で足止め出来れば、王都から呼んだ援軍とダンジョン攻略が出来るかもれないと考えた。

「仰せのままに」

 騎士団員達は敬礼をとった。

「じゃあ、僕が聖女の役をやります」

 一瞬の静寂を破ったのはスフェーンだった。

「はい?」

「え?」

 皆が皆、首を傾げた。理解が追いつかず、部屋の中がざわつく。

「えっと出撃するんですよね? だったら僕が聖女として先に乗り込みますので皆さんは後から来て下さい」

 スフェーンは囮になると皆の前で言った。

「あんた馬鹿なの!?」

 セレスが前方にいたスフェーンの肩を掴み強引に振り向かせる。

「これでもテストの成績は上位ですよ?」

「そんなことを言っているんじゃないの!」

「わかってます。冗談ですよ」

 だってーーとスフェーンは言葉を続ける。

「セレス様、ダンジョンに行ったことないでしょ?」

「当たり前じゃない!」

「ダンジョン内部って迷路みたいになっているんですよ。覚えるのが大変なくらい。でも今回、聖女を連れて来いって招待してくれるぐらいだから、あの大型蝙蝠さんまで直通で行けると思うんですよね?」

「それが何よ?」

「こんなに楽なことは無いですよ」

 思わず確かに……と納得してしまいそうになったが、囮になる理由になっていない。セレスは追求した。

「だからって、あんたがやる必要がどこにあるのって聞いているの!」

「え? だって……こんなに剛毛で筋肉質な聖女っています? ゲルマさんの女装を見た日には悪夢を見そうなんですけど一ー」

「おい!?」

 たまらずゲルマが叫んだ。「俺だって美少年の時代があったわ!」と声を大にして言う。

 だがスフェーンとセレスは無視して話しを続ける。

「まぁ、心配してくれるのは有難いんですけど、これに関しては、本当に僕が適任なんです。ねっ? 殿下」

 スフェーンはアゲットに視線を向けた。

「一ー適任かもしれない。でも……行かせたくない」

 アゲットは俯いた。この中で一番、適任なのはわかっている。けれども他に方法は無いのかと固まっていた決意が揺らぐ。

「殿下、駄目ですよ。王族が私念を優先してはね」

「一ーーーひどい子だね、君は」

 アゲットは物悲しげに微笑んだ。



「う~ん、ちょっと丈が短いかな? ……でもこの方が動きやすいから良いかーー」

 スフェーンはセレスから借りた聖女のローブを身につけた。身長差がある分、支障は丈に出た。セレスなら隠れていた手首がスフェーンでは隠れていない。裾の長さにしてもスフェーンの場合、ミモレ丈になってしまう。

「武器も隠れるし、まぁいっか!」

 おしゃれより機能性を重要視するスフェーンには大した問題ではなかった。

 ーーそう。スフェーンにとっては問題なかったのだが……。

「一ー全然、似合ってない」

「悪かったわね」

「ーー凹凸がない。これじゃあ女だと思われない」

「うっさいわね! ぶん殴るわよ!!」

「ほら、見ろ。 こんなガサツで暴力的だぞ? これじゃあ、すぐ聖女じゃないってバレるぞ?」

「あんたが一々、突っかかってくるからでしょ!?」

 聖女の格好をしたスフェーンに向かってジェードは散々、駄目出しをしていた。

 二人の会話を一部始終、聞いていたアゲットは短いため息をつく。

「ジェードもスフェーンも喧嘩しないの」

「だって……」

 二人の声がハモる。つい先週までよく見ていたやりとりだ。 他愛のない事で喧嘩したり笑いあったり。

(ーーこの光景を終らせない)

 アゲットは唇を噛んだ。

「スフェーン。王都から援軍が来るまで無茶をしないでね。わかった?」

「大丈夫、だいじょ~ぶ!」

「答えになっていません。復唱して。無茶はしません。無理もしません。ダンジョン攻略は皆が来てからします。はい、復唱」

「なんか要望が増えていない?」

「復唱!」

「うぅ〜。無茶はしません。無理もしません。…………ダンジョン攻略は皆が来てからします」

 スフェーンは渋々、復唱した。最後のダンジョン攻略に関しては魔物の財宝を一人占め出来るチャンスなだけに葛藤が大きかった。

 アゲットはそれを見逃さなかった。

「もう一度、複唱」

「無茶はしません。無理もしません。はぁ~。……ダンジョン攻略は皆が来てからします」

「よろしい」

 アゲットはスフェーンから言質をとったと満足した。 これでスフェーンの行動に制限をかけられたと思った。

「......お前、そういうところあるよな」

 ジェードはアゲットの性格に若干、引いていた。


 聖女に扮したスフェーンの姿を見かけた騎士達は揃いも揃って同じ言葉を口にした。

「...... もう少し詰めた方が良くない?」

 何を、とは言わない。それが優しさだと思っているからだ。

 しかし20人もいれば1人はデリカシーが無い人間もいるわけで……。

「おい、スフィ〜。胸にタオルを詰めた方が良くねえか? そんなぺったんこじゃあーー」

「ゲルマさん!」

 アゲットが慌ててゲルマの口を塞ぐ。

「......ーーはい?」

 スフェーンは絶対零度の笑みをゲルマに向けた。

 後にゲルマは語る。「メデューサの再来かと思った」とーー。



「行ってきます!」

 スフェーンは聖女には到底似つかわしくない、どす黒いオーラを纏ってダンジョンに向かった。

「どいつもこいつも ! 」

 スフェーンはダンジョン内の壁を叩き壊しながら進む。道しるべ代わりでもあるが一番の理由はむしゃくしゃしていたから、が大きい。アゲッ トとの約束があるから扉を見つけても蹴り壊すだけ。部屋の空気を入れ換えるボランティア活動をしていた。

「……あなた本当に聖女ですか?」

 ダンジョンの主から言葉を受け賜る。

「見えませんか?」

 スフェーンは突き放した言い方をする。

「ええ、まあ......」

 ダンジョンの主も、まさかこんな仏頂面で出向いてくる聖女がいるなんて思いもしなかっただろう。

「てっきり生贄にされたから泣くかと思っていましたよ」

 今までの聖女とは全く違う事に戸惑う。

「一ー泣く? 泣いて胸が大きくなるなら、いつだって泣いてあげるわよ! ったく!! どいつもこいつも」

 そして話が噛み合わない。ペースが乱される。ホント、なんなんでしょう、この聖女?

「ーーはぁ……胸ですか?」

 魔物にとって容姿の良し悪しは関係ない。動物的な本能があるため強さの方が重要なのだ。そのためダンジョンの主の直感的な感想はーー。

「たしかに骨と皮だけですね」

「喧嘩上等! かかってこいや!! 」

 煽り文句と一緒に雷を発生させる。電流を帯びた光がスフェーンの体から解き放たれた。

「なるほど。 この特殊空間の中でそれだけの光魔法が使えるとは恐れ入りました。どうやら聖女で間違いないようですね」

 ダンジョンの主は笑いながら両手を広げた。闇魔法で大きな鎌を2挺造りあげ、 それぞれの手で持つ。

「一ーでは死んでいただきましょうか! 」

 振りおろされた鎌がスフェーンが立っていた場所を狙う。 地面をえぐり小石が宙を舞った。

「おや? 避けては駄目じゃないですか」

「何でわざわざ受けなきゃいけないのよ」

 闇魔法は重力を扱える特性を持つ。物理攻撃に関してはどの属性よりも攻撃力が高い。まともに攻撃を受ければ骨が折れるだけでは済まない。

「だって、あなたは私に殺されに来たんですよ? じっとしてくれないと困ります」

「冗談言わないでくれる? こっちがダシジョン攻略に来たんですけど」

「あなたこそ冗談を言わないでくれますか? 人間が一人で私の城を攻略できるわけないじゃないですか?」

「フンッ! 甘く見られたものね。約束が無かったら今頃、本気を出しているところよ」

「ーー本当に面白い聖女ですね。治癒魔法に特化した軟弱な光属性が闇属性に勝てるわけないでしょ?」

「ふふん。時代は変わったのよ! 光属性が治癒だけじゃないって教えてあげるわ」

「なら、見せてもらいましょうか」

 ガキン!

 シュッ!!

 武器同士が交わる音が部屋に響く。時折、衝撃波で壁が崩れる音がする。

 ダンジョンの主が翼を広げる音もあればスフェーンが地面を蹴る音もある。

 部屋は様々な音で溢れ返っていた。

「なかなか、しつこいですね」

 ダンジョンの主は違和感を覚えた。

(基本逃げ回るだけで大きな攻撃をしてこない。......約束がどうのって言っていましたからもしかしてー一)

「時間稼ぎですね」

 聖女が一人で来るなんてありえない話だ。仲間がここにたどり着けるよう待っているのだろう。

(それなら、壁に穴をあけていた細工もわかります)

「いいでしょう。それならお仲間もご招待しますよ」

 ダンジョンの主は、内部の構造を変えた。入口からこの最奥の部屋まで一本の道で繋げた。

「スフィ!」

 ジェードがスフェーンの姿を見つけ真っ先に叫んだ。ダンジョンの主を睨みつけながらスフェーンの側に行く。

「大丈夫か?」

「平気」

 短く状況を確認している所にゲルマとスピネルが現れた。

「やっぱりここもキャンセルゾーンかぁ~」

「いやですね、本当。性格、悪すぎですよ」

 ぞろぞろとダンジョン攻略班が部屋に入る。

「おやおや。随分とこちらに戦力を割きましたね。その判断で良かったんですか?」

「お前さんを倒せば万事解決するんだから良かったも何も無いだろうに」

 ゲルマ率いる主力部隊とアゲットが指揮する残留組の比率は6:4。あえて回復魔法が使える隊員を多めに残してきたのは王都からの援軍をダンジョン攻略に充てるためである。

(援軍が来るまでに何とか場を持たせれば……)

 そのために今ある最高戦力をぶつけてきた。

「ーーそういう訳で、ダンジョン攻略させてもらうぜ!」

「ふふっ。そんな簡単に事が運ぶとお思いですか?」

 ダンジョンの主は魔力を練り上げた。とても重く濃い瘴気が部屋に充満する。普通の人間なら、正気を保てないほどだ。

「......相殺はさせませんよ」

 何人かで光属性の結界を張り中和させようと試みるが押し潰されそうになり結界は縮小していく。

「体がーー」

「お、重い」

 結界を張っていた隊員の一人が片膝をついたことでバランスが崩れていく。

「人間には、この重力が耐え難いんでしょうね。ほ~ら、気を抜くとぺちゃんこになってしまいますよ?」

「くそっ!」

 通常の2倍以上の負荷が体にのしかかる。剣を構えるにも一苦労する。

「もう少し重力をかけましょうか......ーーいいえ。やめておきましょう。これ以上、地面ばかり見ていては、せっかくの余興をお見せ出来ませんもんね」

「余興だと?」

 ゲルマが眼光を鋭くしてダンジョンの主に聞く。

「ええ。今から、子どもを殺しに行きます」

「何だと!?」

「聖女の私を放っておく気!?」

 スフェーンが叫ぶ。

「もちろん、あなたも殺してさしあげますよ。でも、せっかくなら手薄なところから攻めた方が良いじゃないですか?」

 兵法でも、よくある手段でしょ? とダンジョンの主が笑いながら答える。

「お前たちに兵法を語られたくねえわ」

「酷いことをおっしゃいますね。私たちだって、いかにあなた方人間に苦痛を与えられるのか考えるんですよ?」

「悪趣味な奴だな!」

「最高の誉め言葉をありがとうございます」

 吐き捨てるように言ったゲルマの言葉にダンジョンの主は目を細めて笑った。

「ふざけるな!」

 間を置かず、スフェーンが声を張りあげた。その目は怒りに満ちていた。

「絶対に行かせない」

 スフェーンは魔力を開放する。光り輝く小さな球体がスフェーンの体の周りを漂い、結合していく。やがて拳一つ分の大きさの光球が数珠繋ぎに螺旋状に転回していく。高密度の雷魔法による術式がスフェーンの体を取り囲んだ。スフェーンはダンジョンの主に稲妻を落とす。轟音とともに収縮した光が地面に落ち大きな穴を空けた。

「ーーあなたのその力......」

 無数の小さな蝙蝠の羽音が響き渡る。蝙蝠の集合体で作られたダンジョンの主の体は攻撃を受ける瞬間、分裂していたため一撃で仕留めることは出来なかったが、当初の大きさから少し小さくなっていた。

「やはり、あなたは面白い。殺すのは最後にしておきましょう。待ってなさい」

 一殺那の出来事だった。

 言い終った直後、スフェーンは重力に逆らえず、両手両足を地面についた。先程とは比べられない重力がスフェーンにかけられた。

「くっ!」

 ジェードたちがスフェーンの身を案じ口々に名前を呼ぶが、それらに答える余裕はない。この重力から開放されなくてはと魔力を練りあげていく。

「早くしないと全滅しますよ。あなたたちも、あの村にいる者たちもね」

 ダンジョンの主の高笑いが城の中に響く。

 スフェーンたちには魔物たちが村へ行く姿を悔しそうに見つめるしかなかった。



 

 ダンジョンから見える景色に既視感を覚える。

 正確にはスフェーンだけが知る世界。

 願いが叶わなかった世界。

 自分の無力さを知った世界。

 ーーあの時と同じ光景がそこにあった。


「おい、スフェーン! スフェーン!!」

 ジェードが必死に叫ぶ。手を伸ばすが、あと少しの所で届かない。 声さえもーー。



「お願い。やめて…… もう、 見たくないーー。あんな後悔はしたくない......」

 涙が頬を伝う。

 目を閉じ耳を寒ぐ。

 少女は息の吸い方を忘れた。 考えることをやめた。


 ーーパリン。


 何かが壊れる音がした。


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