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第十五話

「………… 早く、 このお水を聖女様に届けなくちゃ。ーー 早く! 」

 ルピナスは無我夢中で山道を走り続ける。 大人でも通り抜けるには容意でない獣道をスピードを落さず走り抜ける。 木の枝で皮膚を傷つけられようが根っこで足をすくわれようが構っていられない。

 ーー痛がっている暇はない。

 ーー転んでいる時間はない。

 ただ真っすぐ前を向いて走るだけ。

(このお水だったら、聖女様は喜んでくれる!)



 ルピナスを探し続けていたスフェーンは、二時間経っても、その姿を見つけることが出来なかった。村中を捜してもいないということは、あとは森か山しかない。もうすぐ日が暮れるので幼子が一人で歩くのは危険だ。ただでさえ、魔物の数も増えているのに、自分を守る術を知らない子どもが出歩くなんて......。

「ソヨゴ! ルピナスと最後、何を話していたか覚えてる?」

 夕食の仕込みをしているソヨゴを捕まえてスフェーンは質問する。

「え~と……」

「はやく思い出して!」

 鬼気迫る迫力にソヨゴは思考をフル回転させる。

「水筒を貸してって言われたよ?」

「それだ!!」

 ルピナスはセレスの為に、もう一度水を汲もうと考えたんだ。

(でも、水汲み場の水だったら水筒をわざわざ借りる?)

 桶やピッチャーがあるのに、水筒を借りる必要性がない。借りるからには理由があるはずだ。

「一ー水筒じゃなければいけない理由......水筒の役割って?」

「そりゃあ、持ち運びが出来る事でしょ?」

「持ち運び? 一ーもしかしてルピナスは遠くまで水を汲みに行ったの!? 何のために?」

 次から次へと疑問点が浮かびあがる。

「ちょっと待って、スフェーン。ルピナスがどうしたの? 泣きそうな顔をしていたのと関係あるの?」

「関係、大アリだよ! ルピナスが居なくなったの。多分、セレス様の為に水を汲みに行ったんだよ!」

「水? どこまで?」

「だから! それを今、考えてるの!」

「ちょっ!? そんなに怒んないでよ。事情を知らないんだからさ〜」

 スフェーンは何も知らないソヨゴに八つ当たりしてしまった事を謝った。気持ちに余裕がない故に見落としていないか再度、考える。

 ソヨゴが「あっ!」と声を張り上げた。

「冷たい水! ルピナスに聖女様は生温い水は嫌いだって教えた!」

 ソヨゴの言葉を聞いてスフェーンはハッとした。『冷たい綺麗な水』がキーワードなのだ。裏山にある子ども達の秘密基地に水が湧き出ている場所があると言っていた。なんでも、その洞窟内は涼しいらしい。おそらく地形から考えると鍾乳洞の中に秘密基地を作っているのだろう。そこに汲みに行くから水筒を借りたいと言ったのだろう。

「ーーようやく繋がった」

 スフェーンはソヨゴに裏山に行くと告げ村を出た。


 村でもルピナスが行方不明になった案件は大問題に発展していた。時刻は夕暮れ時。さすがにこの時間、山に入るのは危険だと判断された。

 だがルピナスの家族はいてもたってもいられず、山に登ると言い出した。

「待って下さい。村長の気持ちもわかります。ですが騎士でもない皆さんが今、山に入るのは危険です。ここは僕に任せて下さい。必ず見つけてここに戻ってきますから」

 アゲットは自ら山に入ることを口にした。ジェードから事の顚末を聞きセレスに非があると認めた。しかし思わぬ所でアゲットの意見は却下された。

「殿下が山に入るのは許可できません」

 ゲルマが告げる。

 ならばーーとジェードが名乗りをあげた。

「なら、俺が行く」

「お、俺も行きます!」とソヨゴも手を上げた。

「両方とも駄目だ。捜索隊はーー」

 ゲルマの言葉を遮りジェードが怒りを露わにする。

「どうしてだよ!? アゲットの代わりに俺が行くって言ってんだろ?」

「誰も山には行かせん」

「なっ!? ふざけんなよ!!」

「どうしてですか?」

 ゲルマの意見を聞きたいとアゲットは今にも掴みかかろうとしているジェードを手で制止する。

「スフィが一緒なら大丈夫だ」

 ゲルマは結論から言った。スフィがルピナスを追いかけたと知ったから、この決断を下したのだ。

「スフィは場馴れしている。魔物に対しての知識に劣らず山に対する経験も豊富です。殿下やジェード、俺よりもーー。下手に動いて二次災害を起こすぐらいならスフィを信じて待っていた方が良い」

 ゲルマのスフィに対する評価は過大評価ではなかった。入隊して三年未満の騎士でもスフィが身につけた実戦経験には敵わないとさえ思っている。過酷な環境がスフィを強くしたのかわからないが、一朝一夕で身につけたものではないと経験上、知っている。

 ゲルマにそこまで言われてアゲットとジェードは黙った。

「明朝、山に入る。それで異論はないですね?」

「わかりました」

 アゲットに返事を促されてジェードは渋々、承諾した。



「アゲット、ちゃんと寝ろよ? 朝一で二人を捜しに行くんだからな」

「わかってるよ。 ジェードも寝るんだよ?」

「......あぁ、わかってる」

 短い言葉を交わして二人は眼を瞑った。



 子ども達との会話を思い出しながらスフェーンは山を駆けあがる。道しるべにしていると言っていた大木を見つけ周りを見渡す。時間的に山から降りてくるルピナスと会っても良い時間なのに姿が見えないため焦りはじめる。

「ーーこの道じゃないの?」

 そんなことは無い。一刻も早く水を渡したいルピナスなら近道をするはずだ。

(この道を通れない理由があった?)

 スフェーンは気づいた。この時間にしては魔物が少ないことに。

 ーーその矢先、魔物の咆哮が聴こえた。

 スフェーンはすぐさま、鳴き声がした場所に向かう。

「ルピナス!!」

 集団で人を襲う魔物に囲まれていたルピナスを発見し、スフェーンは叫んだ。魔物の一体に短剣を投げ急所に当てる。標的が自分になったのを確認し、スフェーンは細剣を構える。突進してきた魔物を1体、2体と切り伏せながらルピナスのもとへ向う。ルピナスを背に隠しスフェーンは残り5体の魔物に氷魔法でトドメを刺した。

「ルピナス! 怪我は無い!?」

「......うぅ。騎士さま~!!」

 ルピナスは泣き叫んだ。気が張っていたからだろうか。スフェーンと出会い聖女様に水を届けられるという安心感から涙が止まらなかった。


 スフェーンは日が暮れたこともあり秘密基地までルピナスを負ぶって、そこで夜を明かすことにした。

「一人で山に入ったら駄目でしょ?」

「ごめんなさい」

「ーーでも、ありがとう。セレス様のために水を汲んでくれて」

「ううん。 ルピナスこそ迷惑かけてごめんなさい」

 素直に謝り反省しているルピナスにスフェーンはこれ以上何も言わなかった。そのかわりに優しく抱きしめた。

「さて、傷口を見せて? 化膿しないように傷薬を塗らなくちゃ」

 スフェーンはサイドポーチから小瓶を取り出し、ルピナスの顔や手足に塗った。

「この薬は、お転婆なルピナスにあげるね」

 そう言ってスフェーンは小さな手に薬瓶を乗せた。

「えっ? でもお薬って高価なものなんでしょ?」

「そうだね。ーーでも、ルピナスに覚えてて欲しいからこの薬を渡すの」

 ルピナスは首を傾げる。「どういうこと?」とスフェーンに訊ねた。

「今日のルピナスの行動は正しかったってこと。誰かのために一生懸命、動いたでしょ?」

「うん」

「私......じゃなかった。僕はね、魔法を使って楽な道を選んでしまった。小さい頃、あんなに後悔したのに......」

 スフェーンはここまでの事を思い返した。冷たい水を用意する為に魔法で氷を使ったこと。料理を作る為に魔法で火おこしをしたこと。身体を洗う為に魔法でお湯を作り出したこと。朝昼晩、関係なく魔法を使ってきた。当たり前のように――。

「魔法を使っちゃ、いけないの?」

「使っても良いんだよ。一ーでも頼っちゃいけない。魔法に頼り過ぎてはいけないんだ。魔法はその場しのぎにしかならないからね。……ちょっと難しかったかな?」

「う~ん......ちょっとだけ」

 正直だねってスフェーンは笑った。そしてわかりやすく伝えようと言葉を選んだ。

「例えば、ルピナスのこの怪我を治すなら治癒魔法が一番早く治るよね? でも治癒魔法が使える人がいなかったら? 運良く見つけてもその人の魔力が切れていたら?」

「えっと……傷は治らないまま?」

「うん。そうだね。私たち人間には傷を治そうとする力があるから、時間はかかるけど治る見込みはある。でも薬があったら、もう少し早く治るよね?」

「うん!」

「薬にはね、色んな知識が詰まっているの。薬だけじゃない。野菜は朝、収獲した方が美味しいとか、この食物は毒があるなど昔の人が教えてくれた知識や経験が私たちを生かしているってことを覚えてて欲しいの」

「うん、わかった!」

 元気良く返事したルピナスから、別の声が聞こえた。

「お腹の虫も元気良く返事してくれたね」

「えへへ」

「じゃあ、先人の知恵その1。干しいもを食べようか」


 お腹が満たされた二人は静かに寝りに入った。

 ーー翌朝、地面が揺れるまで。


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