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 あっという間に約束の花まつりの日になった。


 この日まで緊張を通り越して無になる現象を3~4回繰り返して、今は緊張のターンになっている。母が詰め込んだネクタイを急いで引っ張り出し、無理やり詰め込んだためについてしまった皺を伸ばして身につけてきた。


 いつものカフェの前で待っていると肩掛けカバンを大事そうに抱えたエリアスが駆け寄ってくる


「はぁ…はぁ…おまたせ!」

「い、いやぁ。そんなにまってないよ」


 にこにこと笑うエリアスの手にはメモ帳が握られている、食べたいものや見たいものをメモしてきたらしい。


 花まつり中、市内を歩くときはエリアスは喋らない約束をした、声から気が付かれるかもしれないし、用心に越したことはない。そのため前もってエリアスは下調べをして気になる店の目星をつけてきたのだ。


 「それじゃあ、いこうか」


 おおきくエリアスはうなずいて俺たちは大通り目指して歩き出した



 

 大通りに着くと街は活気にあふれ、窓辺に飾った花々が道を彩っている。人の多さに少し嫌気がさしたが、横で目をらんらんと光らせているエリアスを見ると些細なことだと気にしないことにした


「昼にはまだ少し早いけど、どこからいく?」


 ふんふんと鼻息荒くエリアスはメモ帳の一ページ目を指さす、若者に流行りの串肉の店だ


「それなら…北側から回った方がいい」


 似たような店は多くあるが、一番人気の店へと向かう。北側は昼頃になると一番混むエリアなので英断と言えよう。

 後ろをついてくるエリアスに気を遣いながら人混みを進む。エリアスが周りをキョロキョロとしながらもピッタリと後ろをついてくる姿に口角が上がりそうになるのを必死に抑えながら目的地を目指す。


 なるべく人混みを避けながら目的地の串肉の店に着いた


「すみません、串肉2つ下さい」

「あいよ、味が二種類あるけどどうする?」

「あっと…」


 メニュー表を見ると塩味と自家製のタレの二種類があるようで、どちらも香ばしく焼けてて選びがたい…

 エリアスをみると目を丸くしている。もし服に付いてしまったら………公爵家のメイドの殺気を感じた。


「塩を2つ」

「あいよ、ちょっとまってな」


 店主が焼いてる間にポケットからお金を出そうとするや否やエリアスが自慢げにそれを止めてきた。

 ものすごく自慢げに鞄からお金が入っているであろう袋を取り出す……失礼だとは思いながらその袋の中をのぞくと……


 全部金貨だ………


「…言いにくいんだけど、出店では金貨は使えないよ」


 何十枚も金貨を持ってきているが豪遊しても2、3枚あれば十分だ……ていうか出店を使うような人はそうそう金貨なんて持ち歩かないんだけど……

 エリアスはまるで幽霊でも見たかのように驚いたあと顔を青くしてからすごくすごく小さな声で「どうしよう……」と呟いた。


 俺が払うからと話して、絶対にその袋は外に出さない、充分注意するようにと約束をした。申し訳なさそうにエリアスはこくこくと首が取れそうなほど頷いている。


 

 店主から串肉を受け取り食べ歩きでもしようかと歩き出したが、エリアスが食べようと口を開くたびに足を止めるのを見て道の端によって食べることにした。

 どこから食べようかとエリアスが顔を左右に振りながら食べているのを見て、誘ってよかったと思う。


 食べ終わったあと祭り用のに設置されているゴミ箱に串を捨て、次は?と聞くとメモ帳をパラパラとめくって目的のページを指さす。 …遊戯系の出店か……。


「そこならこのまま通りを抜けていけばある」


 はぐれないようにと声をかけてまた人ごみを歩き始める。だいぶ人が増えてきた。

 この花まつりは夕方には大体終わり、夜にはお開きになる。夜灯りを付けてまではあまり続けることはない、……もっとも酒を飲む大人たちには関係ないようだが。


 遊戯店が多いエリアに差し掛かると学生服を着た人が多くなってきた……一層気を引き締める。


 道を歩いていると、目立つ金髪の髪色をした学生が目に入った、殿下だ。


 横には噂の男爵令嬢が殿下にしなだれかかっている、視界の端に入るだけでムカムカと腹の奥から黒い感情が湧き上がる。

 エリアスを見ると手作りの小物を出品している店に目移りをしていて、殿下に気付いていない様子だった。ならばとエリアスの視線を、「あれが気になる」「あれはどうだ」「次はあれだ」と誘導して、殿下が目に入らないように立ち回る。途中でひとつガラスでできたブレスレットを買ってあげたが、必要経費だ。


 無事、殿下もこちら気がつくことなく、エリアスも気づくことなく遊戯店が多いエリアにつくことができた。


「どれからやる?」


 輪投げ、射的、数合わせ、くじ引き……よりどりみどりだ。

 エリアスは口パクで「全部!」と笑顔で答える。……お金は足りるだろうか……。



 


 数々の出店を制覇したところで日は傾いて街が夕陽に染まり出した、手当たり次第に出店に挑む姿がいい客だと思われたのかさまざまな店から「次はこっちの店で」と声をかけられて夢中になって遊んだ。


 春先とは言え、夕方になったらだいぶ冷え込む、暖かいスープを買って人通りの少ない公園に移動した。木に囲まれたベンチに座る。


「寒くない?」


 そう聞くとエリアスはスープを両手に持って大丈夫だと言わんばかりに笑顔で頷いた。



 ………ここまで一応計画通りに進んでいる、予定通りこの時間になるとこの公園には誰もいない、多少会話をしても大丈夫そうだ。


「すこし、まってて」


 せめてもの寒さ対策でエリアスの膝に上着をかけて立ち上がる



 駆け足で公園を抜け、目の前の花屋に駆け込む、店員は俺を見ると「できていますよ」と奥から花束を持ってきた

 ……注文していたものよりも大きい気がして店員に聞くと、弾けんばかりのウインクをして誤魔化された。


 青と白でまとめられた花束、花言葉はよくわからないが、「どのようなタイミングでの花束ですか?」と聞かれ「告白をしたい」と答えた時の店員の目の輝きを信じよう。


 花束を抱えてきた道を引き返す、今朝まで出かかっていた心臓がまた喉まで上がってきた。手のひらがしっとりとし始めている。



 ベンチで一人待つエリアス。夕陽が差し込み、公園中央の噴水がオレンジジュースのようになっている。


「エリア………エリオット」


 後ろから声をかけると、エリオットは笑顔で振り向いたが、俺の手に持っているものをみてその笑顔が止まった。


「……その、聞いて欲しいことがあって」


 座っているエリオットにまた一歩近づく。エリオットの顔は未だに硬直している。俺の心臓は止まってしまったかのように静かになっていた。



「初めて君と一緒に課題をやった時から、君のことが気になっていた。


 君ほど真摯に民に向き合って、尽くそうとしている人は見たことがない、


 その優しい心に惹かれた、



 君が好きだ」


 震える手で花束をエリオットに差し出す


「僕と結婚してほしい、身分もあるし、うちは裕福じゃない、苦労をかけてしまう、でも、君を悲しませない」


 きっと顔まで赤く染まっているが、夕陽が全身を染めているので気づかれていないことだろう。



 エリオットは、震えながら花束を受け取ってくれた。その表情からは何も読み取れない。


 花束を見つめ、エリオットの目からポロポロと涙が溢れ出した、 その涙にぎょっとして慌ててポケットからハンカチを取り出してエリオットの頬に当てる。

 次から次へと溢れ出す涙を止める術は俺にはなく、、そっとエリオットのとなりに腰掛けた。


 嫌われてしまっただろうか、引かれてしまっただろうかと嫌な予感が駆け巡るが、エリオットが花束を抱きしめている姿を見て、、エリオットの言葉を待つことにした。



 すんすんと鼻をすするエリオット、夕日はすっかり沈んでしまい、辺りが暗くなってきた。

 途中、公園の外を歩いている花屋の店員と目があった、「告白する」といって注文した花束を横に座っている男子が抱えている姿をみて、店員は何かを悟ったように深く頷いて去っていった………


 エリオットは少し落ち着いたのか涙が止まっている。


「フィン……」


 エリオットは小さな声で話し始めてくれた


「花束ありがとう……初めてもらった」


 その言葉にあのクソッタレ殿下は花束の一つもやらなかったのかとカッと頭が熱くなるが、今はその時ではないと頭を振る。


「わた、……私も、フィンが、すごく真剣に資料をみて、考えてるのをみて、好きだった」


 ……嫌われていなかったとホッとしたいが、不穏な語尾がそれを許さない。


「学生中に、すこし、楽しい思い出がほしくって……あの人ばかり…ずるくって」


 またエリオットの目に涙が浮かぶ


「まさか、フィンが……私のこと………それに、自分の未来のことなんて、考えたこともなかった」


 その言葉に深く頷く、きみはいつだって自分以外の誰かの未来のために動いていた


「 わたしも、フィンと一緒にいたい、」


 涙を浮かべながらエリオットは俺の方を見て微笑んだ。静かになっていた心臓がまた大きくなり始める。


 その言葉に安心してエリオットの手を取った、自然とエリオットは握り返してくれる。

 

「ありがとう、でも、俺たちだけでも決められないから」


 貴族に生まれて、自由に好きな人と結婚だなんて夢のまた夢だ。さらには俺たちには身分の差がある。

 俺のような弱小貴族であれば誰でもいいが、彼女はそうはいかない、この国で王族の次に権力を持っている家格だ。たとえこれから王族から婚約破棄を受け世間的に腫れ物とされようが、ボークラーク家と縁を結びたい貴族などごまんといるだろう。


「そうね……でも!お父様が反対したら家を出てやるわ!!」


 エリオットは今一度涙を拭いて立ち上がった。すっかり気持ちは晴れたようだ、行動力のある彼女らしい選択だと思う。


「だめだよ」


 立ち上がったエリオットを座らせる、反対されると思ってなかったのか固まっている。


「もし、本当にそうなったら、全力で君を迎えにいくよ。でも、俺は、


 君は両親に祝福されるべきだと思う」


 もう一度彼女の手をとった


「君は家のためにすごく努力をしてきた、それなのに最後が家出なんてよくないよ、


 君は両親と仲が悪いのか?」


 エリオットは首を横に振る


「両親を恨んでる?」


 再度エリオットは首を横に振った、またじわりと目に涙が浮かんできた。ようやく泣き止んだのに。


「その……例えば……けっ…こんしきとか……その…両親を呼びたいしさ、ウエディングドレスとか、見せたいし……」


 エリオットはまた大粒の涙を流しながら大きく頷いた


「認めてもらえるようにがんばるから、」


 エリオットは祈るように俺の手をおでこに当てて何度も何度も頷いた


「ごめ、ごめんなさ、い、お父様…お母様……私はなんて親不孝者なの……」


 俯くエリオットは花束に半分埋もれかけていた、落ち着くまでずっと2人でベンチに座っていた。




 涙が引いたのはすっかり夜空が現れた頃だった。いい加減にしないと公爵家から捜索願いを出されかねない。。エリオットにゲストハウスまで送るというと、いつものカフェに馬車をつかせているそうで、そこまで送ることになった。


 2人で歩く道はすこし気恥ずかしかったが、油断するとまたエリオットの目から涙が溢れそうになるので、なるべく明るい話題を探してあるいた。



 カフェの前に着くと、真っ黒な馬車がとまっていた。紋章のないシンプルな馬車だ、お忍び用だろうか。なんて考えていると心配そうな顔をしたメイドが現れ、あっという間にエリオットを馬車に詰め込んだ。


 こんな時間まで連れ回して印象が悪くなってない事を願おう………


 

 エリオットを見送って、寮へと帰る。少し気分が高揚してふわふわと足が地面についていないようだ。


 次学校ですれ違う時、少し恥ずかしいな。次のカフェでの議題はどうやって認めてもらえるかの会議にしようか。あぁ、なんだってしてやる、、話をするのに公爵家に手紙を書こうか、………メイドに捨てられそうだな。。


 なんてぼやぼや考えていると、人にぶつかった。


 浮かれすぎたなと反省してぶつかってしまった人の荷物を拾う


「………これで全部です、か、ね、すみませんぶつかってしまって」

「…いえ、こちらこそすみませんでした。」


 ぶつかった相手は足早に去っていった。少しそっけない人だったなと寮への道に一歩踏み出すと


 足元に手紙が落ちていた、拾い忘れか、


「あの!まだ………あれ?」


 急いで振り返ったが、夜道に誰一人いなかった。


 急ぎだったのかな、手紙なら住所かなにか書いてあるだろうと手紙を見ると、



 俺の名前が書いてある



 まさかと思い、手紙を閉じている蝋を見ると。。


 跳ね馬の紋章、ボークラーク家の証が象られている。


 

 急いであたりを走り、手紙を落とした主を探したが、見つからなかった。



 

 上流階級の貴族は俺が思っているよりもずっと早く行動しているのかもしれない………

 


 

 

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