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「お話ししたくて」
アクアブルーの瞳を見て 嫌な予感が頭をよぎった。もしかしてもしかするのか、いやいやあの人は上流貴族のトップだぞ。オーバーサイズの制服は…おさがりだ、そうだそうだ、次男はそういう運命にある、あぁ、すこし頭痛がしてきた。
「……おーい?」
聞こえてきた男にしては高めの声も、なんだか聞き覚えがあるような気がするが、気のせいだ、まったくもって気のせい、コーヒーを持つ手が震えてきた。
店員が向かいに座った【知らない人】の分のコーヒーを持ってきて、ごゆっくりどうぞなんて言ってきやがった、ごゆっくりできるか…!
「ど、どなたですか?何の用ですか?」
半分祈るように問いかける、どうか予感が外れていてくれ…!!
「わかんない?」
ニヤニヤと得意げな笑みに少し腹がたつ、知らない知らない……その瞳を除いて………
「ふふ、ポンプの様子、聞きたくって」
バターーンと椅子から転げ落ちる、予感が確信に変わった。そのことを知っているのは俺の両親と試験運用している一部の領民、それから………
「ななななんであなたがこんなところでこんな格好で!!」
立ち上がり問い詰めるとボークラーク嬢はカランコロンと飴玉が転がるように笑っている
「笑い事ではないですよ!!」
「あははは、すごいびっくりしてるからごめんごめん」
お腹を抱えて笑う声は元の女性の声に戻りかけていて慌てて当たりを見渡す。俺達以外に誰もいない。店員はキッチンにいるのか見当たらない。
「誰かにばれたらどうするんですか…!」
大急ぎで椅子をもとに戻し、小声にして席に着く。店員には申し訳ないがあたりに置いてあった観葉植物をすこし動かして目隠しを作る。
その間もボークラーク嬢は笑いすぎてお腹が痛いと言いながら目じりにたまった涙をぬぐっていた
挙動不審にあたりをみわたす俺をしり目にコーヒーに砂糖を入れてかき回した後、ミルクを入れて、ミルクはかき回さずに飲んでいる。その動作一つ一つに気品を感じて冷や汗がとまらない。
「それで!ポンプの様子はどうだった?」
すごく頭が痛いが、あきらめて会話を続ける
「………とてもよかったです、力も使わなくて済むし、夜間に凍らないように水を抜く仕様も上手くいきました。ポンプごと小屋で覆って雪は積もらないようにしていて、思ったより地下水の水温が高かったので近くの石畳の道に穴の開いたパイプを通して水をまき、除雪効果があるのか試してみて……」
話していると店員がサンドウィッチを持ってきた
「なるほど、例えば水車みたいにずっと引き上げていればずっと道に水を撒けるんじゃ」
「考えました、でも…」
「なにか問題が?」
「降り積もる雪とさらに水を長期的に流すとなると土の道が多いので沼地のようになりそうで…」
「……なるほど、道を舗装してさらに排水路を作らないと……」
話していて、ここ最近すこしも考える気が起きなかった領地の問題がするすると話せていることに気が付いた。
「ずいぶんと長期的な計画になってしまいそう…もっと短期で対策できるように……」
「…そのボーク」
話している最中に手のひらが目の前に出される、
「そうだな、エリアスって呼んで」
にこーっと人懐こい笑顔のボークラーク嬢、その名なら、男でも通用するだろう……
はたから見るとオーバーサイズの制服は明らかに兄弟のおさがりだし、おさがりを活用するということはそんなに裕福な貴族じゃないってことが見て取れる。その相手にかしこまっているのは、たしかにおかしい……おかしいが……
「い、胃が痛くなる提案ですね」
頭が痛くなったり、胃が痛くなったり、今日は忙しい。
「ふふ、これからのことを考えると、早く慣れてくれるといいな」
サンドウィッチを手に取りながら食べてい……これから?
「え、まさか……これからも続けるつもりですか?」
「もちろん だめかな」
あっけにとられている俺にお構いなしだ
「あの時、話し合ってたのがすっごく楽しくて、中止になっちゃったからどうにかしてまたできないかなって色々考えて、冬期休暇中にいろいろ準備してきた!」
大成功と笑うボークラーク嬢の皿からは少しずつサンドウィッチが減っていくのに対して、おれの皿は変化がない。
「…準備って、その恰好の準備ですか?」
「それもあるんだけど……あの部屋の資料、役に立ったでしょ?」
「…確かに」
今でも必死に思い出す、あの国家機密すれすれの資料たちを……。大変役に立ったし、叶うことならもう一度見たい……あの部屋のことを思い出しながら少し冷めてきたコーヒーに口を付ける。
「ね?だから、覚えてきた」
口に入ったコーヒーは喉を通るができなかった
「ッゴホッゴッホ……は、はあ?」
コロコロとボークラーク嬢は笑い声をあげる、だから笑うと声がばれるって…!!
「覚えてきたってあの資料をですか?!」
「うん、持ち出すのもダメって言われちゃったから」
最近読んだ恋愛小説が面白かったのという母と同じテンションで他国の積雪対策をつらつらと暗唱し始めるボークラーク嬢………ば、バケモノだ………
「また話せたらって思ったんだけど、ダメかな?」
コロコロと笑っていたのがウソのように急にしおらしくなるのは反則だ……
「俺としては大変助かりますが……」
「ほんと?他に覚えてきてほしい資料があれば一日もらえれば覚えてくるよ!」
パァと笑顔を咲かせるボークラーク嬢……
「条件があります」
お互いに姿勢を正した、俺は偉そうに条件とか言う立場じゃないんだが…
「無茶はしないでください、怒られたりあなたが不利になるようなことがあればすぐに俺の名前を出して」
人伝に聞いた、ボークラーク嬢が殿下に怒られていた話を思い出す。なにもできなかった自分がどれほど情けなく感じたか……
「わかった、ありがとう。こっちからも条件だしてもいいかな」
「もちろんです」
「エリアスって呼んで」
にっこり笑うボークラーク嬢から圧を感じる…
「わかった、………エリアス」
名前を呼ぶたびに頬が引きつり胃がキリキリと締め付けられるが、ボークラーク嬢は満足らしくサンドウィッチの最後のかけらを口に放り込んだ
「俺のことはフィンと」
「!! わかった!よろしく!フィン」
ぱぁと公爵令嬢らしくない笑顔を向けられて肩の力が抜ける。
そのあともそもそと俺はパンを食べながらたまに辺りの視線を気にして夕方まで話し込んだ。毎週学園が休みの日に合うことと話し合う内容に決めて、その日は別れた。
会計時に店員を見るとうっすら涙を浮かべていたが、無理もない。ほぼ一日いて客は俺達しかいなかったのだから。一日の来客数が一組でやっていけるほど王都の家賃は安くないだろう。
もし潰れたら……まぁ、またほかの店を見つけよう。