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あれからボークラーク嬢から何通か寒冷地仕様のポンプ案の手紙が届いて、交流がなくなった。
もともと自分とは身の丈に合わない付き合いだったと、毎日あの部屋で見た資料を必死に思い出しながら領の問題に向き合っていた。もちろん学年末テストに向けての勉強も忘れずに。
学園での生活は一変した。廊下でからまれることはなくなったが、皆、学園に通うために家を出たとき見送ってくれた母の目と同じ目をしている。
微塵も興味がなかったが意識して殿下の周りの情報を集めてみた。
ボークラーク嬢は誰から見ても殿下からの扱いがひどいというのが皆の認識だった。最近は男爵家に引き取られた平民だった女の子にご執心らしい………。
本来なら成績不良で二人ともAクラスの下のランクの授業を受けるはずだが、殿下が下のランクでは示しがつかないのか高ランクの授業を受けていた。
男爵令嬢はなぜ高ランクのクラスに入れるのかわからない。 そのため授業でも殿下と男爵令嬢は浮いている。同じ授業を受ける生徒は来年の授業は期待できないとため息をついていた。
なんて三文芝居だ、と思ったのが素直な感想だ。平民の恋愛を主体にした民衆向け書籍にそのようなストーリーの本が人気で、もうすぐ舞台で取り上げられるそうだ、
調べれば調べるほど、ボークラーク嬢がかわいそうで仕方がなかった。
でも、交流がなくなった今、俺にできる事は何もない。
廊下に張り出された学年末テストの結果を見に行く。成績がさがれば来年学園に通えなくなる。
一位にボークラーク嬢の名前があって次に俺の名前がある。去年と変わらない結果にひとまず安堵した。
安心して掲示板から離れようとすると、ボークラーク嬢がいることに気が付いた。
そんなに前じゃないのに、二人で部屋で言い合っていたのがひどく懐かしく感じた。ポンプ案のお礼も言ってないし、声をかけるタイミングなのでは……
中途半端に上がった手は、そのまま役目を果たすことなく空中に漂った。
情けなさにため息が出る
そのまま部屋に戻り実家に帰る準備をした、まとめるものなんて殆どない荷物はあっという間に詰め込み終わった、専用の馬車があるわけでもないし乗り合い馬車に乗るために時刻表だけ手元に残す。
実家に戻ったら何をしよう、来年は卒業式パーティーもある礼服を新調しなくてはならない、井戸と、除雪問題も、あと………
いつもは考えて考えて深みに入って、その辺の紙に書きなぐって後から見返すのだが、手が動かない。外ではチラチラと雪が降っている、きっと実家は雪まみれだろう。
乗り合い馬車を4つ乗り継いでようやく実家についた、二日間座りっぱなしだった背中を伸ばす。家の門の周りには案の定雪が積もって足を取られる。
帰って息つく間もなく領の問題の話を両親とした、母はいい人はいないのかとしつこく聞いてきたが寒冷地仕様のポンプ案を出すと大人しく黙ってくれた。 領民も次々とだす政策に嫌な顔せずに試してくれているらしい、生活がよくなったと評判だそうだ。
「はぁ…」
家に帰ってから何度目かわからないため息が漏れた、家で一気に進めようと思っていた資料の束に目を通す気が一切起きない。
そんなにため息を吐かなくても去年よりずっと領地も領民もよくなっていると、父が強めに肩を叩いて励ましてくれた。その通りだ、すべてが上手くいっているのに、なぜか心は晴れない。気を紛らわすように毎日外に出て領民に困ったことはないか聞いて回った。
あっという間に冬期休暇が終わり学園に通う準備をしていると、母が「そのため息を直す薬だ」と言っていらないと言っているのにネクタイを三本ほど詰め込まれた。意味が分からない。
少し雪も解けて実家に帰ってくるときには二日かかった道のりも、一日半で学園につくことができた。もしものことを考えて少し早めに出てきたのでまだ生徒はあまりいない。もちろんそんな生徒のために寮は早めに開けてくれている。
二日ほど余裕があるなと軽い荷物を片手に手続きを進めていく、
「あれ、君は…フィンレイ・ラウザー君?」
「えぇ、そうですけど」
「よかった、手紙が届いているよ」
手続きの書類と引き換えに手紙を受け取る
まだ寮に来ている生徒はいなく、早い者勝ちの部屋決めは角部屋を勝ち取ることができた。受け取った手紙はどうせ家からだろうと思って備え付けのテーブルに投げた。
あっという間に終わる荷物整理はこれっぽちも沈んだ気分を紛らわしてはくれなかった。
ふと手紙が目に入る、そういえば、俺を手紙が追い越して寮に先につくことがあるだろうか?
急いで手紙を手に取ると自分が普段使っている紙よりもっと上質なものであると気が付いた。
引き出しからペーパーナイフを取り出して手紙の口を開く
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パンプ通りの一丁目
カフェ【プレゼピオ】で待つ
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差出人もない、待つと書いてあるのに日にちの指定も時間の指定もない。
怪しさ満点だが、なかなかいい紙を使っている………イタズラにこんないい紙使うか?いや…金がある貴族の遊びならするのか??
固められた蝋に紋章があるわけでもなにもない、外を見るとまだ日が頭の上で輝いている。くぅと腹から切ない声が聞こえてきた。
昼ご飯もまだだし………
カランカランと心地よい音がなって店に入る、入り口のメニューボードを見たところなかなかリーズナブルなお店のようだ、制服を着ていると学生割でさらに安くなるようで大変助かる。
「いらっしゃいませ、おすきなおせきにどうぞ」
店員に軽く会釈をし、すこし奥まった角の席に座ることにした。店内は俺一人のようだ。
「ご注文をどうぞ」
「サンドイッチとコーヒーを」
「かしこまりました」
注文をしてしばらくするとコーヒーが出てきた。窓から通りを見ると観葉植物がいい感じに目隠しになっていて目線を気にせず食事ができるようになっていることに気が付く。
コーヒーに口を付けるとスッキリとした苦みが頭をクリアにしてくれた。店内にはゆったりとした音楽が流れていて、なかなか穴場かもしれない、これからもたまに利用しようかなと、ひさびさに気分が浮かんできた
「あー!よかった来てくれたー」
一人だったはずの店内に明るい声が響いた、手紙のことを思い出す。びくりと身構えると声の主は断りもなく俺の向かいに座った。
「店員さん!おんなじのください」
目の前に座る 男にしては少し高めの声も オーバーサイズの男子制服を着た黒髪も心当たりはない。
「なかなか怪しい手紙だから来てくれないと思ったよ」
ただひとつ
「お話ししたくて」
にこりと笑うアクアブルーの瞳を除いて。