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珍しく走っていた。死に物狂いで。
数分前、俺はなんだか生徒がドタバタと走り購買部で手紙の束を抱えているなと横目で見ていた、自分も最近実家に連絡することが増えたので購買部の世話になっているが少し前にまとめて買ったので売り切れになっても当分は平気だなとのんきに考えてながら寮に向かっていた、しかし、すれ違う生徒が俺の顔を見るや否や息をのみ哀れみの目で見ながら去っていく。
一体何なんだと寮に入ると、比較的仲良くしている男子生徒がいきなり肩をつかんできた。
曰く「俺と公爵令嬢の共同制作の報告書のせいで、公爵令嬢が殿下にひどい仕打ちを受けた」と
茫然自失としているとわらわらと寮生が集まって思い思いの事を言う、現在生徒間では「公爵令嬢と殿下の婚約か今後の内政に亀裂が生じるかも」との話でもちきりで「亀裂が生じた場合どちらの派閥につくか」と両親に報告する生徒で溢れているそうだ。
その場で見ていた人はいるかと聞くと、一人の生徒が詳細を教えてくれた。公爵令嬢の頬には傷ができ、頭から熱いコーヒーをかぶって罵倒されたと、取り付く島もなかったと。
聞くや否や死に物狂いで走り出した。
ボークラーク嬢は寮を利用していない、王都にある公爵家のゲストハウスで過ごしている。向かうは馬車の停留所だ。
俺が走っているのを見ると察した生徒が道を開けてくれた、男子生徒は「あっちに」と指をさし女子生徒は「着替えていたからまだ」と声をあげて
シャツが肌に張り付いた、俺は、選択で 剣術を 選んでな、いって言う のに
停留所について息もつかないうちに跳ね馬の紋章の馬車を探す。どうか まだ。
「ボークラーク嬢!!!!!」
やわらかいアクアブルーの髪を見つけた、今まさに馬車に乗るところだ、間に合ってよかった。目上の貴族を呼び止めるのはマナー違反だが今は勘弁してもらいたい。
「…ラウザー様」
振り返るボークラーク嬢は手元にセンスを開いていて顔が見えない。
「大変、申し訳ありませんでした………俺の浅はかな行動のせいで」
「我々は教師や宰相、内政に関わるものの指示によって行動したまでです。罰されることは何一つしておりません。お気になさらず」
センス越しのボークラーク嬢の声はあの部屋で聞く声よりも温度がなかった。
「それでも、殿下に………」
頬が傷ついたと聞いた、頭から熱いコーヒーをかぶせられたと聞いた、あの部屋ならスルスルと話せるのに
「殿下の戯れには慣れております、殿下のお心を乱したわたくしにも責任はあります。説明しておけばよかったのです」
「ボークラーク嬢……」
「ラウザー様には一切の責任はあr「ボークラーク嬢」
冷たい壁の向こう側に届くように 背筋を伸ばした
「殿下に誤解を与えてしまったこと、それと、
あなたが殿下に責められているときに、隣にいられなかったこと」
もう一度頭を下げた
「申し訳ありませんでした」
自分の迂闊さに腹が立った、カフェテリアの方が騒がしいのは知っていた、人ごみは好きではないし自分には関係ないだろうと近寄らなかった、そのせいで
「……お気持ちお受けいたします。でも、あまり責めないで、」
優しい声色で答えてくれるが、顔は見せてくれない。
「残念ながら、あの部屋はもう使えなさそうです。今後意見を交わすこともなくなるかと……」
「そうですか………」
当然の結果だとは思うが、あの魅力的な資料に会えないと思うと少し名残惜しい
「話し合い途中でした議題の資料は手紙にまとめて後日送りますわ」
「あ、ありがとうございます」
すこし二人の間の空気が和らいだのを感じた。
「もうすぐ学年末試験ですが、調子はいかがです?」
「え、あ、はい、だいじょぶ です」
急な世間話に驚く、冷たい風が吹いて火照った頬を冷ましてくれた。
「そうですの、そのあとは冬期休暇になりますが、ご実家には戻られますの?」
「………はい、その、井戸の様子と、除雪になにかいい案がないか領地を見て回るつもりです」
「そう………お気をつけて」
「ありがとうございます」
すこししょんぼりした声でボークラーク嬢は馬車に乗り込んで行く、最後まで顔は見せてはくれなかった。御者の掛け声と共に二頭の馬が鳴いて馬車が動き出した。
「はぁ……」
一難去って帰るかと辺りを見渡すと、見て見ぬふりをしている人がたくさんいることに気が付いた。せっかく冷たい風が冷ましてくれた頬がまた熱くなるのを感じながら足早に寮に戻る。今日は寝れなそうだ。