その後 8
何ヶ月も準備した結婚式があっという間に終わってしまった……
なんなら予定より早く終わった。やはり氷の教会は無理があったか。
溶け始めた教会から逃げるように終わった結婚式は締まりが悪い気がするが、エリオットは大変喜んでいたのでよしとしよう。
見事に似合っていたウェディングドレス…本当に綺麗だったし、エリオットも満足気だったので「毎日は無理でもたまに着れば?」と提案したら「ロマンがない!!」と怒られてしまった……
いなくなっていた前髪を元に戻して、緊張する真っ白な服を汚さないようにクローゼットにしまう。悪くなった視界に安心感を覚えながらガーデンパーティー用の黒い服に袖を通す。
ようやく緊張から解放される…妙に肩がこる服だった…
ここ数ヶ月伸ばしに伸ばした背筋を丸め、エリオットの部屋をノックする。
「エリオット?準備はどう?」
ガチャリとドアが開く、部屋の中からすっかり着替えたエリオットが顔を出した。
淡いグリーンの刺繍が入った爽やかなドレスに、髪はさっきまで複雑怪奇にまとめられていたのが嘘のようにゆったりと下されている。本人が宣言した通りにドレスのウェストはいつもより緩そうだ。
「お待たせ!フィーは大丈夫?」
大丈夫?と聞きながら俺の襟やら前髪やらをささっと直していく。
「身内しかいないし…あとガーデンパーティーだけだからね…」
このパーティーが終わったら当分引きこもろう…朝から晩まで書類と戦うんだ……
「あれ?…エリオット」
エリオットの正面に立つとなにか違和感が……?……身長か?
エリオットを上から下まで見ると、靴が目に入った。
「…ヒールじゃないんだ?」
さっきまでの華奢なヒールではなく、踵が低めのブーツに変わっている。
「……お庭にピンヒールで出たら地面に埋まってしまうもの、こっちの方が合うし」
確かにうちの庭でやるパーティーならブーツの方が合いそうだ、地面も柔らかいところが多いし…そんなもんか。
「いきましょ!」
窓から庭を見るともう皆準備が整っているようだ、早く行くことにしよう。
庭に出ると、淡いテーブルクロスが敷かれた丸いテーブルがいくつか用意されている。庭が華やかになり花が咲いているようだ。
テーブルの上には一口サイズの食事とドリンクが用意されていている。立食スタイルだ。
流石に公爵様と使用人が同じテーブルを囲めないので、同じ料理が違うテーブルに用意されている。使用人達もリラックスして楽しんでくれているようだ。
父さんと母さんは嬉しそうに公爵様と奥様と談笑しているが、時たま使用人に混ざって料理や片付けをしている。
やらなくてもいいと言ってもやってしまうのが我が両親だ。
公爵様と奥様は、初日よりずっとリラックスした格好でパーティーを楽しんでいる。…少しだけ聞こえた「別荘」「この周辺」「今年中」の単語に不安を覚えよく聞かないようにした……
シリル義兄さんは………このパーティーには酒を用意してないはずだが、葡萄ジュースの瓶を抱えて泣き崩れている。この調子だと干からびてしまいそうだが…葡萄ジュースで水分補給をしてもらうしか無い。
メイド達からは「素敵な結婚式でした」と口々に言ってもらえた、「私もあんな素敵な教会で…」と言っていたので、観光資材にするのもありなのかもしれない。
天候も崩れなくてよかった、なんともパーティー日和だ。
日が差しすぎて教会が溶け始めたのは誤算だが。順調な結婚式になってよかった…
あとはエリオットがリクエストした……
「お嬢様〜!お待たせしました〜!!」
明るい声とともに料理長が台車を押して庭に駆け込んできた。台車にはほぼ俺の背丈と変わらない大きさのケーキが……
「ひぇ…」
にこにこと満面の笑みで料理長が台車からテーブルにケーキを移す、よく一人で移せるな…
料理長は自信作だと言わんばかりに輝く笑顔でケーキの説明に入る。
「お嬢様のリクエスト通りに私の料理人生で1番の大きさを誇るケーキをお持ちしました!」
五段ほど重ねられたケーキは溢れんばかりにフルーツが使われて、ぐるりと周りに絞られているクリームは、本当にクリームで出来ているのかと疑いたくなるほど繊細なレースのように細かく絞られている…
こんな量のケーキ…見ているだけで胸がいっぱいになりそうだが、女性陣を見渡すと料理長に負けない目の輝きでケーキを見つめている。
「フィー!!早く!早く!!」
エリオットが俺の腕を引っ張ってケーキの前に連れ出す。
…なんでも、ケーキの『ファースト•バイト』なるものをしたいそうな……
庶民の間に結婚式で料理を食べさせ合うと言うなんとも恥ずかしい儀式が流行っているのだそうだ…
三種類の大きさの違うスプーンを用意して、すくう料理の大きさが愛の大きさだとかなんとか。
それをやりたい!せっかくなら大きなケーキでやりたい!!と上目遣いでお願いされたら、二つ返事でokしてしまった…
……絶対何か裏がある。
こちとらエリオットに驚かされるプロだぞ?何回度肝を抜かされてると思ってる??
何も無いわけ無いだろ???
大きなケーキの前に立たされると皆がワクワク顔で周囲を取り囲んだ。ケーキのテーブルにはスプーンも一緒に置いてある。
右から、コーヒースプーン、デザートスプーン、テーブルスプーンの三種類だ…
この悪魔の儀式『ファースト•バイト』は、すくう料理の量が愛の大きさだとか抜かしながら、女性には化粧が崩れなく食べてる姿が可愛く見える大きさをすくわなくてはならない暗黙の了解が存在する。
…理不尽だ。はぁ…
皆のワクワク顔に押され、デザートスプーンを手に取る。
きっとこの後みんなで分け合うのだから、迷惑にならない位置にするか……
ケーキの隅の方、でもフルーツの彩りが鮮やかで、しかし、食べやすい大きさを…スプーンですくう。
そのまま落とさないように並行移動でエリオットの口の前までケーキを運ぶ。周りの若いメイドや執事からヒューヒューと冷やかしの声が聞こえる…思った以上に恥ずかしい……
エリオットは小さな口を大きく開けて、パクりとケーキを食べた。
………かわいい。
満足そうに、照れ臭そうにエリオットが笑みを浮かべて、釣られて笑ってしまった。
パチパチと拍手が起こる。俺は恥ずかしさを隠すようにデザートスプーンをテーブルに置いた。
そして、見えてしまった。
…なぜ、こんなところにサービススプーンが…?
辺りは未だ拍手が響き朗らかな雰囲気だが、俺の頭はフル回転している。
サービススプーン…これはサラダや汁気のあるスープを取り分ける用のスプーンであって、直接食べる用のものでは無い。
そして、このテーブルに食べ物は巨大なケーキしかない。
ケーキを取り分ける用に持っていたのか?普通、使わないが……
錆びついた人形のようぎこちなくエリオットを見る。にっこりと「次は私の番ね」と楽し気な笑みを浮かべるエリオット…
まさか、これ、を
察してしまい天を仰ぐ。絶対これだ。
心の中でため息を吐く、分かったところでエリオットの笑顔がみれるのであれば、食べるしか選択肢は残されていないのだ。
…こちとらエリオットに驚かされるプロだ。鮮やかに驚いてみせようじゃ無いか。
諦めてエリオット前に立つ、エリオットはわざとらしく「どのスプーンにしようかな?」と三種類のスプーンをつついている。
なにも知らなかったら気が付かないが、分かってしまえばなんとわざとらしいことか…でも、かわいい…
さぁ、早くサービススプーンをとって食べてこのパーティーを終わりにしよう。
エリオットは案の定、三種類のスプーンは手に取らず手を叩いてメイドを……呼んだ…?
サッとメイド現れ、黄色いリボンのついたスプーンを……
「ってそれは農業用のスコップ!!!」
似合わない黄色いリボンを巻かれたスコップをエリオットは受け取ると、2、3回振り回し手に馴染ませ、
勢いよく、ケーキに刺した。
ごっそりと人間の頭部ほどの大きさのケーキが掘り起こされる。
エリオットと目が合う。
フィン は 逃げ出した !
「あ!フィー!待ってー!」
「キ、貴様!!エリオットの愛が受け取れないと言うのかー!!!」
「受け取る受け取らないの話ではなくてですね!」
走るのは苦手だが、今走らなければ命が危ない。ケーキに溺れて死んでしまう。
シリル義兄さんから逃げ切れなくとも、ドレスを着たエリオットからは逃げ切れ…
「フィー!待ってー!」
エリオットは余裕の笑みで距離をどんどん詰めてくる。
「な?!なんでエリオット…?!」
流石にドレスの令嬢に追いつかれるだなんて情け無さすぎる、いや、まて、エリオットは今ヒールじゃなくて…
「まさかこのためにブーツを?!」
俺の言葉ににっこりと笑顔で答えるエリオット。どこまで用意周到なんだ…!
鮮やかな兄妹の連携プレーによってあっけなく捕まり、義兄さんに羽交い締めにされ、エリオットにケーキを詰め込まれる……。
太陽より眩しく笑うエリオットに、一生敵う気がしない。
ケーキも、もう一生食べなくてもいい………
終
物語はこちらで終了です、後日後書きを上げるかもしれません。
ここまで読んでいただきありがとうございました。