その後 7
真っ白いワンピースに袖を通す。こんなに白い服は初めて着る……。
「私なんかがいいんでしょうか?」
先輩に近寄ると「お嬢様がいいと言ったのだからいいのよ」と私のワンピースの襟をただしてくれた。
「でも…」
でも気になる…だって結婚式だというのに参列者は全員白い服を着ているし、ボークラーク家とラウザー家…それからメイドと使用人のとてもこじんまりとした結婚式だ…
いくらお嬢様がいいと言っても……
メイドはシンプルな白いワンピース。奥様方はAラインのシフォン素材で出来た柔らかい印象のドレスを、男性は淡い水色の刺繍が入っている白いスーツを身に纏っている。
せっかくの結婚式だというのにみんな真っ白でいいのだろうか……
「皆様、お待たせして申し訳ありません」
いつもより通る声でフィンレイ様が姿を表した。
真っ白いモーニングコート…靴もネクタイまで白いのに、コートを止めるボタンはお嬢様の瞳と同じアクアブルーの宝石がきらりと光っている。
髪はオールバックにまとめられていつもはよく見えない瞳に光が入って、眉間に皺が……
「今から式場に移動します。その前に、試験的に作った暖をとる商品をお配りしますね」
フィンレイ様が奥から何か箱を取り出してみんなに配ろうと箱を持ち上げる。それを見た使用人が急いでその役を代わってみんなに白い袋を配った……
「鉱山から取れた鉄分を使った商品です。手に持っているとだんだん温かくなります。式場は寒いのでそれでどうにか凌いでください…あと、椅子はありますが座れませんので、お気をつけて」
……フィンレイ様の言葉を理解できず、頭を傾けながら式場へと進む。どうもこの人は説明を省いたり話を脱線させたりと…そういう気質の人みたいだ、お嬢様ならわかるかもしれないが大多数の人間は理解が追いつかないと思う…
配られた白い布を握ると、少し温かくなって来た。何が入っているのだろうと振ったり揉んだりしているとさらに温かくなってくる!面白がって遊んでいると先輩から「破けると中から黒い粉が出てくるから」と言われ、真っ白いワンピースを汚すわけにはいかないと、いじるのをやめた。
ゾロゾロと並んで歩く最中、フィンレイ様をチラリと盗み見た。
シリル様に襟や姿勢を正されながら、いつもより胸を張って歩いている…前と比べてずいぶんと振る舞いが貴族になってきた。
前は本当に貴族なのかと疑いたくなるほど自信がなさげで、ボークラーク本邸の廊下を小さくなりながら歩いていたのに…
突然ボークラーク家に来て、エリオットお嬢様の婚約相手になるかもしれないと聞かされて、メイド全員で目の敵にしていたら…次に来た時は今にも倒れそうな顔色でフラフラとおぼつかない足取りで馬車から降りて来たのだ…。
本人は真っ直ぐ歩いているつもりだったのかもしれない、しかし貴族相手に「顔色が地下室を掃除した後の雑巾みたいですよ」とも「足がおぼつかないようですが杖をお持ちしますか?」ともいえずハラハラと見つめていると、お嬢様のファインプレーで支えながら廊下を進んでいった。
部屋に着くまでずっとお嬢様に歯の浮くような甘い言葉を囁いていて…なんてふしだらな男だと思っていたら、どうやら本人は言っているつもりがないようで、限界の体調からくるうわごとだったらしい。お嬢様が顔を真っ赤にしながら部屋までお連れしていた。
心配していると案の定、部屋から倒れる音が聞こえ、急いでベットへと運ばれる。
そうして起き上がった時に、私が初めてフィンレイ様と対峙したのだ。
土気色の顔色に長い前髪、黒い重そうなその髪の毛から見える瞳は鋭く…睨まれているような気持ちになった。
今も、シワの酔った眉間…黄色い瞳は警戒する野良猫のように光っている……正直怖い、お嬢様の結婚相手にこんなことは思ってはいけなのだけれど…少し憂鬱な気持ちになりながら着いていくと、道が開けて建物が見えて来た。
……これは、建物というより……
目の前に現れたのは 氷の教会 だった。
普通の教会より少し小さめで、懺悔室や予備室、パイプオルガンなどはなく、正面が放射線状のチャペル形式になっている一部屋の小さな教会。
おそるおそる踏み入れると、室内はとても冷えていて、足元は少し滑りそうだ。飾りに使われているのは全て透明なガラス細工で、色という色が排除されていた。
「素敵…」
女の子なら一度はこんなロマンチックな教会での結婚式を夢に見そうな、絵本の中から出て来たような教会だ。
形式的な椅子はあるが、氷でできているので座ったら服が濡れてしまう…座れないと言っていたのはこれか!
ソワソワしながら定位置につく、時折指先を配られた白い布で温めると、音楽が鳴り始めた。
部屋の隅から聞こえる独特な音…コップに水を入れ、それをガラスの棒で叩いて演奏している。
高い鈴の音のような…水の中にいるような、そんな気分になる音だ。
中央扉から、と言っても扉はないが、フィンレイ様がゆっくりと歩いて入場する…
一歩、また一歩としっかりとした足取りで進むフィンレイ様は、あまり緊張していないように見えた。顔色も悪くない。
相変わらず目つきは鋭いが、ボークラーク家の隅を小さくなりながら歩いていた人とは別人のようだ。
聖壇前に着くとくるりと振り向きピシッと背筋を伸ばして立つフィンレイ様…なんだかいつもよりかっこよく見える……
さあ次はエリオットお嬢様の入場する番だ!目線をもう一度中央扉に戻す。
真っ白いウェディングドレスを身に纏ったお嬢様が、旦那様と手を合わせて立っている。
お嬢様が一歩、教会に足を踏み入れた瞬間。太陽が一際大きく輝き出した。
氷の教会はその光を吸収し、内部で水色の光を乱反射させる。
世界から、影が無くなった。
光に満ち溢れたその道を歩くお嬢様は、この世の全てから祝福されているようで。息をするのを忘れてしまった。
プリンセスラインのドレスからは、歩くたびに真っ白い羽が道に溢れ、まるで天使が歩いてるようで。
繊細なレースで出来たヴェールは、お嬢様をより一層神秘的な存在にした。
艶やかなたっぷりとしたお嬢様の髪は複雑怪奇に編み込まれていて、解くのに三人は必要そうだ。
バージンロードを歩き切り、お嬢様の手が旦那様から離れて、フィンレイ様へと繋がれる。フィンレイ様は「滑るから」と小さくお嬢様に声をかけて、2人で聖壇の上へと上がってゆく。
かつ、かつ、とゆっくり階段を上がり、定位置について2人は前を見据えた。それを牧師が確認すると懐から小さな本が取り出される。
そして、牧師によって結婚の教えが説かれる。
お嬢様を見つめるフィンレイ様の目が、教会の水色の光もあいまって、真昼の空に浮かぶ月のように、優しく、温かいものに変わっていた。ヴェールの奥のお嬢様も、とても幸せそうに見つめ返している。
私は、フィンレイ様への認識を改めた。
きっとこの人なら、お嬢様を幸せにしてくれる。そんな確信を感じる瞳だった。
牧師の教えをちゃんと聞いているのか?と聞きたくなるほど2人は見つめ合っていた。
そして牧師が2人に愛の誓いを確かめる。
「「誓います」」
そう答える2人は、決して強く誓ったように聞こえなかった。さも、それが当然かのような。当たり前ですけど何か?とでもいいたげな誓いだった。
2人で誓い合ったあと、フィンレイ様がお嬢様のヴェールを上げる、
ヴェール下には、優しくたおやかなお嬢様の笑顔が見えた。
「では、誓いのキスを」
牧師がそういうと、今日初めてフィンレイ様がいつものようなおどおどとした表情をみせる。お嬢様がそれを見て笑って「観念して」と囁く
フィンレイ様が、小さい深呼吸をして。
光溢れる教会の中、2人が聖なるキスを、捧げた。
教会に拍手が拍手が響く、皆涙ぐんで2人を祝福する。シリル様だけは号泣だけど。
ずっとずっと、拍手をしていたい、こんなに温かい結婚式があるのかと。生涯思い出す、素敵な結婚式だ…
2人は手を重ね合い、祈りを捧げている。
この後の結婚証明書のサインはどうするのだろう、2人はもう結婚済みだし…なんて考えていると。
ぽたり
天井から何か降って来た……
上を見上げると、今にも大粒の雫が垂れんとしている……そういえばこの教会…さっきより透明度が増している………
「撤収!!!!」
フィンレイ様の掛け声で皆がいそいそと教会から脱出する。
情緒もへったくれもない退場となった……