その後 4
決闘だと言うのにこの屋敷に住むラウザー家は暖かく迎え入れてくれた、ありがたいが理解できん。
突然訪れたのは俺の方だし、何より来ていきなり子息に気に入らないとか許さないとか決闘だとか騒いだのだから、今夜は馬車…もしくは庭を借りて野宿でもする覚悟だったのだが…すんなり俺を受け入れて「食事は多い方が楽しい」と言って俺をテーブルにつかせ少々ワイルドな食事を振る舞ってくれた。
両親やエリオットと肩がぶつかるほど近くで食事を取ったのは初めてだった……
彼は食事が喉を通らないのかスープを永遠に突いて「絶対無理だ…」と悲観していたが、戦う前に勝負を諦めるなど…やはりその根性、俺が叩き直すしかないようだな!!
使用人は全てボークラーク家の者のようで、言わなくてもテキパキと仕事をし、かなり快適な一夜を過ごす。
故に、決闘に向けて万全の体制を整えることができた。
彼の顔を見る前に決闘をする予定の庭に出る…勝負の前に彼の情けない顔を見たくは無かった。……手加減なんてしないが…。
用意させた模造刀を手に取る。剣身も柄も全て精巧に作られた木製の剣、刃はもちろん潰れていて何も切ることができない……グリップを確かめてから二、三回振るう。
……実際の剣よりか幾分軽い。実践用というより、観賞用…子供の遊び道具だ。
しかし、
どんなものでも、思い切り相手にぶつかれば、怪我ぐらいする。
そう、たとえその気がなくても?子供のおもちゃでも?不注意でも?
妹の可愛さと兄の偉大さを身にしみさせることができるのだ…!
あぁ!決闘が楽しみでならない!!
「………どういうことだ」
「どうしましたの?」
朝から剣を馴染ませるために素振りをしていたというのに…!
愛しのエリオットを騙した憎き彼に正義の鉄槌を落とす予定だったのに…!
「何故エリオットが剣を握っている!!!!」
愛しの妹は、動きやすい汚れててもいい庭仕事をするかのような格好で、髪は高い位置で纏められ、まるで馬の尾のようになびかせながら、にこにこと笑顔で…剣を握って俺の前に立っている……!!
「おかしいだろう!どういうことだ!!俺は彼と決闘するために…!」
少し離れた場所で昨日のような野暮ったい格好でフィンレイ•ラウザーが立っている。首を必死に左右に振りながら「俺は…俺は…」と何か言っている、引きずり出してここまで連れて来てやる…!!!
「いいえ、お兄様?」
「は…?」
「お兄様はラウザー家に決闘を申し込んだのです。フィン個人にではありません。ですので、ラウザー家全ての者に決闘を受ける権利があります。
そして私はフィンレイ•ラウザーの妻、エリオット•ラウザーです」
エリオットの一言で、雷を落とされたような衝撃が走る。……妻…!!妻?!!エリオットが?!
「それを認めないから決闘をすると言っているのだ!!!お父様からも何か言ってやってください!!」
「はっはっは、口頭での契約は気をつけなくてはならないなぁ。やはり書面に限る!」
「お父様!!!」
頼りの両親はフィンレイ•ラウザーの両親に懐柔されたらしく、いい物見劇だと言わんばかりにお茶の準備を始めている……
「お兄様、それに昨日決闘を受けたのも兄様と握手をしたのも私ですわ……もしかして、逃げるんですの?」
…なんともわかりやすい挑発だ、そのような挑発に乗る俺ではない。
しかし、約束を間違えて取り付けたのもの俺だ………
「………なら、どうしてもというのなら!エリオット!俺が勝利した場合、あのエリオットに隠れた臆病者をここに引き摺り出せ!!」
万が一にも剣術でエリオットに俺が負ける訳がない。そうだ、負ける訳ないのだ。エリオットを納得させてからアイツを予定より少し強めにこの模造刀でぶん殴ればいいだけの話だ。
「かしこまりましたわ、では。決闘……と言いたいのですが…勝敗は相手に参ったと言わせる…では少々不利でしょう?」
…エリオットの提案に頷く、少々不利どころか、その場合俺が勝つことができない。
この模造刀でもエリオットにぶつかってしまえばその肌にどのような傷が出来るかと想像するだけ具合が悪くなる… エリオットが何もせずその場で立っているだけなら、俺はなすすべもなく崩れ落ちるほかない。
「ならばどうする」
「そこで!!ここの領民が子供の頃に使っていた遊び道具があるんです!」
エリオットがメイドを呼ぶと、メイドが手のひらに収まる紙でできた何か…平べったいものを持ってきた。
それを受け取りエリオットがふぅーっと息を吹き込むと紙が膨らみ小さいボールになる
「紙風船というものです、この風船」
エリオットが紙風船を両手であっさりと潰す
「耐久性がないのが特徴ですわ、これを体のどこかにつけ…先に割った方が勝ち、なんていかがです?」
…ふむ、それならばエリオットに傷一つつけることなく勝利を収めることが出来そうだ…
「いいだろう、それをつける場所は好きなところで構わないか?」
「ええ!構いませんわ!」
メイドから紙風船を受け取り、息を吹いて膨らませる…思ったより頼りない風船のようだ…… 膨らませた風船を左の胸の前につける。
心臓の位置…それから隊服に国と家の紋章を縫い付ける位置だ。騎士はその紋章を決して汚すことなく立ち振る舞うことが地獄のような訓練で染み付いている。自国と我が家の誇りを持ち、士気を高めるためだ。結果、致命傷を避けるためであっても、俺が1番守り慣れた部位だ。
俺がつけるのを見てエリオットは左の肩の上に小鳥のように風船をつけた。
……なぜ顔の近くに……やりにくいではないか……
ただでさえ俺は剣を振り抜けなくなったというのに……
俺は剣は振り抜くことで速度を上げ、次の攻撃へと繋ぎ相手に隙を与えさせない剣術を得意としているのに…… エリオットに当てることが出来ないなら全て寸止めにするしかないか……
まてよ、突きも出来ないのでは…?そうだな、万が一にも外れてエリオットの顔にでも当たれば……考えるのはよそう…具合が悪くなりそうだ。
もう一度模造刀を振るう、これだけ軽ければ対応できそうだ…
エリオットと10歩ほど間合いをあける。少々予定と違うがこの戦いを終わらせて気が済むまでヤツをぶん殴るとしよう。
「それでは両者………始めッ!!」
開始の合図があっても、2人ともすぐには動かない。ジリジリとお互いを読み合い剣先を向け合う。
小さく息を吐いて踏み込み、エリオットの肩に向けて振りかぶる、
エリオットは剣先を持ち、俺の剣を迎える。
カンッと心地よい音が響いた、指先に慣れ親しんだ痺れが来る。
……ふむ、剣の形に囚われて剣先を手に持つという発想がなかった……さすがエリオット!!柔軟な発想だ!!素晴らしい!!
しかし、いや、やはり、剣の打ち合いで風船を割ることは難しそうだ。
エリオットの体勢を崩し、その隙に割るのが定石だろう……
剣を手の中で握り直し、また踏み込む。
カン、カン、と剣がぶつかり合う音が響く、さすがエリオット、護身術の一部として教わったであろう剣術も護身術の域を超えている。とても優秀な妹だ!!
エリオットからの切り込みは全て受け流す、エリオットの手首を痛めないように配慮した結果だ。
…そろそろ、可愛い妹とのじゃれ合いも終わりにしよう。
ふうーっと息を吐くと、エリオットは空気が変わったのを感じ取ったのか数歩下がった、
自分の体勢を前傾に倒し、その間合いを一瞬で詰める。
風船は狙わず、カンカンカンと連打でエリオットの剣にぶつける。
威圧に押されてかエリオットが少し後ろにのけぞった。今か。
大きく剣を振ってエリオットに斬りかかる、力では勝てないとエリオットは踏んだのか剣先ではなく柄に1番近い根元で俺の剣を受けた。
しかし、それも予想済みだ。
鍔競り合ったまま、エリオットを後ろに押し通す。天使の羽のように軽い可愛い妹を剣一本で持ち上げるなど造作もない。
ぐらりとエリオットの体勢が崩れたのを確認して、競り合った剣を離し、
剣を振り上げ、肩の風船目掛けて、振り下ろす。
「痛いっ……」
その小鳥のようにか細い声は、その場にいた男性全員の動きを止める力があった。
シリル•ボークラークもその1人である。
ぱんッ
あたりに可愛らしい破裂音が響く
「お兄様が」
風になびくアクアブルーの髪の毛
傷一つない透き通るような素肌
指先まで気品あふれるその振る舞い
「妹思いで助かりましたわ」
その笑顔、まさに
悪 役 令 嬢