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その後 3


 おかしい、おかしい、絶っっ対におかしい。


 愛しの妹を救うために隣国に留学し、経済学から農業、帝王学、人心掌握術に至るまで……ありとあらゆる勉学を詰め込み、さらには剣術や柔術、もちろん乗馬に狩猟技術、文武両道を体現してみせた。


 戻り次第クソッタレの殿下から可愛い妹を救う計画だったのに…!


 家から興味深い資料と共に「エリオットは婚約破棄になった後、新しく婚約を結んだ」とえらく簡単な文書が届いた。

 そこから急いで荷物もまとめず部屋を飛び出したが、俺が留学したのは両国の交友の証でもある……

 色々な手続きを終わらせて最短で帰ってみればどうだ


 憎き殿下は見たこともない小娘と婚約しているし、何より


 我が家はもぬけのカラじゃないか…!!!


 両親もいなければ殆どの使用人もいない、屋敷の管理に必要な人数だけだ、

 見たことないほど警備も薄かったが、公爵家の広大な庭で憲兵隊が訓練をしている……


 隊長を呼び出し話を聞くと、二ヶ月ほどここで訓練をするようお父様からの指示だそうだ。

 なるほど、これで公爵家史上最も警備が薄く、賊が入りにくい空間が完成する…


 否、それはもはや問題ではない。


 執事を呼び出しお父様とお母様の行く先を聞くと、「お嬢様の嫁ぎ先に二ヶ月ほどバカンスを」…だと?!


 すぐに馬車を出させる。救わなくては、我が家族を…!!



 ガタリガタリと馬車が揺れる、こんなに整備されていない道を通るのは久々だ…

 全く…とんでもない辺境にエリオットは……うぅ…かわいそうに… 俺がもっと早く帰ってくれば…!

 

「坊っちゃま、もうそろそろですよ」


 御者が小窓から声をかける、何度も何度もまだつかないのかと聞いたかいがある。

 すぐさま馬車の扉を開けた、指を口に当てて合図を送る。


 馬車の速度に合わせて後ろに待機させていた馬が並走する。


 走り続ける馬車から馬に飛び乗ってすぐに手綱を取り、馬のスピードを上げる


「この先にあるのだな?!」

「え、えぇ。深緑色の屋根のお屋敷です…」


 ならばと全速力で馬を走らす。待っていろ!エリオット!と

 どこの馬の骨かわか……いや、家紋的に馬の骨はいい骨だ……そうだな…ぼ、凡骨!そう!凡骨野郎!!成敗してくれる!!!




 来た道を引き返す、まさか途中で見たあの家が()()だと思わなかった!!

 確かに途中で見た近隣の建物よりかは大きいが…ま、まあ!それはいい!!!


 屋敷の入り口に馬を止めると中から人が飛び出してきた


「あ、え、あの、えっと……」


 ………非常にオドオドと頼りない使用人だ。


「我が名はシリル•ボークラーク。先触れもなく突然の訪問謝罪しよう。しかし!!ここに我が愛しの妹、エリオットがいると聞いた!お父様も!お母様も!!すぐに呼んできてもらおう!!それから諸悪の根源!エリオットと婚約を結んだと言う不届き者もだ!」


 手を掲げ使用人に告げると、使用人は冷や汗をダラダラと流し始めた。…たしかに彼にとっては雇い主を悪く言われるのはいい気がしないかもしれない…配慮が足りなかったか…


「……お兄様?」


 ひょこりと使用人の後ろから花の様に可憐な妹が顔を出す、殺伐とした心に潤いが戻ってくる。


「エリオット!!久しいな…元気だったか?」


 一目見るだけで顔が綻び愛おしさが込み上げてくる、いつ見ても完璧に可愛い妹だ!!


「えぇ!お兄様も元気だった?会いに来てくれて嬉しいわ」


 かわいい!!妹が会いに来てくれて嬉しいと言っている!!それだけで馬車に揺られた甲斐があると言うものだ!

 

 だがしかし!!!


「エリオット!君を救いに来た!兄様に任せておけ」

「…救いに?私特にお兄様に救われる用事はないわ」


 かわいそうなエリオット、騙されているんだな…


 ぞろぞろと屋敷から人が出てくる…その中に我が両親も……え


「シリル、早かったな」


 そう言うお父様はいつものように威厳がある規律正しいお父様ではない。


 お、お母様と腕を組み…なんとも動きやすそうな服装を身に纏っている……


「お、お父様……一体なにが…」


 その隣に並ぶ夫婦らしき人物も仲睦まじい様子だ…おかしい、我が両親は人前でこのように距離が近い行動は取らない粛々とした夫婦だったのに……!

 

 す、すべて凡骨野郎のせいだ!!全てがおかしなことになっている!というか!その凡骨野郎はいつになったら顔を出すのだ!普通誰より早く挨拶すべきだろう!だから凡骨なのだ!!


「…なぜ、なぜ!エリオット!早く婚約を結んだとかいうやつを連れてこい!兄様が話をしてやる!」


「婚約ではなく結婚済みよ?」


 そう言いながらエリオットは挙動不審な使用人の隣に立ち、可愛い笑顔と共に使用人を指さす……まさか…


「…ふ、フィンレイ•ラウザー…です…この度は…遠いところ…わざわざお越し…くださって……」


 

 な、な……


「ふざけるな!!貴様がエリオットと…!な、なのになぜそんな自信がなくおどおどとしている!

 目線は一点!目を見れないのなら相手のネクタイや目の周辺を見ろ!

 胸を張れ!!猫背になるな!おい!胸を張れと言ったが肩を上げろとは言っていない!!

 足は肩幅!靴先は…また目線が定まっていないぞ!!!」


 ビシビシと矯正指導をする。こんなに可愛いエリオットと共に立っているだけで幸せのはずなのに何故この男はこの世の終わりのような顔をしているのだ!全くもって理解できん!!


 ネクタイの結び方も学園で教わる簡易なものになっている…格式高い相手に会う時はもっと別の結び方があるのを知らないのか!解いて結び方を説明していると周りがニコニコと笑っていることに気がついた…


「ち、ちがーーう!!」


 勢い余ってそのまま凡骨野郎の首をネクタイで絞める。


「このようなことを言いに来たのではない!!俺は!!お前とエリオットとの結婚は認めないと言いに来たのだ!!」


 むせ返っている凡骨野郎の背中をエリオットがさする、羨ましい…


「別にお兄様の許可がなくても結婚はできますし、もう書類も認定済みですわ」


 ぐ…いや、しかし…


「み、認めないと言ったら認めない!!それに兄様がエリオットに相応しい結婚相手を見つけて来てやるから安心しろ」


 エリオットがギロリと睨む、怒った顔もかわいいのが魅力だ。


「ふふん、すでに目星はつけている!」

「結構ですわ」


 ふんと顔を背けるエリオット、横顔が可愛いのも魅力だ。


「まあそう言うなエリオット、素晴らしい人物がいるんだ!兄様と共に家に帰りその人物に会いに行こう!聡明なエリオットなら話くらいは聞いたことがあるんじゃないか?


 『平民の児童向けの無料学習機関の設立』の論文を!!!」


 ばさりと懐から書き写した論文を取り出す、何度も読んだせいで紙がよれているが致し方ない。


 エリオットの目の色が変わる、流石に知っているようだ。素晴らしい論文だったからな、わかるわかる。

 凡骨野郎は相変わらず挙動不審で先程教えた姿勢矯正は虚しく体を縮こませている。


「内容も今までにない観点で、まるで現場にいたかのような視点の切り口で問題解決がしてある!それに内容がいいのはさておき論文の記述形式が斬新で素晴らしい!あの図を用いた説明のところは何故思い付かなかったのかと嫉妬さえ覚えたほどだ!

 それからそれから…!」


 夢中になって論文をエリオットに見せると、さっきまでむくれていたエリオットが笑顔になった。

 どうやら俺の思いが通じたようだ、兄想いの妹で大変誇らしい。


 ニコニコ笑顔のままエリオットが論文の最後のページの1番下の行を指さす…それが…?


「………フィンレイ•ラウザー著、これが一体……ん?」


 フィンレイ……ラウザー……今さっき…聞いたような……


 凡骨野郎を見ると、頬を引き攣らせながら非常に下手くそな笑顔を浮かべている……


「良かったわ、お兄様の目的が一度に果たせて」


「なっ…!…っで……ば……ぐっ」


 こ、この、男が…フィンレイ•ラウザー………


「す、素晴らしい論文だった……」


 悔しいが…この論文が素晴らしかったことに…変わりはない……


 賞賛の握手を求めると彼はズボンの裾で手を拭いてから手を重ねて来た、


 重ねられた手は俺の剣ダコができた手とは違いペンダコが出来た手だった。手を握っただけであまり鍛えてはいないことがわかるが、そのペンダコは隣国で1番硬いと言われた俺の剣ダコよりもずっと硬い。…小指の下にまだ生々しいインクの跡がある、きっと今朝も何か書いていたんだろう……


「だが認めーーーん!!!!」


 握った手をそのまま放り投げる、勢いそのまま彼はよろけて地面に吸い込まれていった。体幹もないとは情けない!!!!


「お、俺と勝負しろ!!!!」


 ビシッと彼に指を刺す、彼はサーっと顔を青くした。


「し、勝負って何を…」


「もちろん!剣で勝負だ!!」


 彼は剣と聞くや否や取れそうなほどの勢いで首を横に振る…首を横に振る?!


「む、無理です!無理無理!辞退します!降参です!!」

「貴様!断るのか?!このタイミングで?!それでも男か?!!!!」


 肩を掴み思い切り揺さぶる、青い顔が青白く変わっていく


「断ることなど許さん!!このシリル•ボークラークが!!ふ、フィ……ラウザー家に!!決闘を申し込む!!!」


「お受けしますわ」

「エリオット?!!」


 彼より早くエリオットが軽やかに返事をする、彼は裏切り者を見る目でエリオットの元で「無理だ」「落ち着いて」「どうか」とかなんとか往生際が悪く命乞いをしている


「もちろん、お兄様の得意な剣術でお受けしますわ」


 死刑宣告を受けたかのように彼はそのまま倒れ込んだ。


「兄様の言うことをわかってくれる聡明な妹で助かる、では明日」

「ええ、明日」


 愛しの妹と誓いの握手を交わす。


 ふふん、明日、俺の妹への愛が証明されるのだ、


 この地面に落ちた彼に少しだけ同情が湧いたのは、無かったことにしよう。



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[良い点] いい人感が隠し切れないお兄様 お兄様が明日の勝負に思いをはせてるところ悪いけど相手が誰になるか・・・
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