その後 2
エリオットが懸念した通り、公爵様から奥様と2人で長期休暇したいと手紙が来た…
この家に公爵家の夫婦を招くような部屋はない。
大慌てで準備を進めると、一足先に公爵家から大量の荷物と数十人の使用人が来た。
荷物にほとんどがエリオットの美容品で使用人のほとんどは美容のスペシャリスト達だった。一日中エリオットになにかを塗りつけている。
残りの使用人の手を借りて家の大改造が進んでいく……
使用人の皆は温泉宿用に仮で立てた簡易住居に泊まって貰った。
自分たちの部屋も入れ替え、1番日当たりのいい部屋を客間にし、公爵様が来るタイミングに合わせて料理人も来てもらうことにした。
結婚式の準備だってあるのに………
ドタバタと準備すること約一ヵ月…とうとう公爵様が我が家に来る……
とりあえず家にある1番上等な服に着替えた。これから二ヶ月もの間我が家で暮らすのだから、どうせボロが出るに決まっていると思うが、第一印象は良い方がいいに決まってる。
母さんもいつもと違って上質な生地の服を身に纏っている。父さんは久々に着た礼服を母さんに見せてウザがられている。
エリオットは相変わらず何か塗られているし外に出るとどこからともなく日傘が開く。
がらがらと馬車の音が聞こえた。
音の鳴る方を見ると、黄金の跳ね馬の紋章が押された真っ黒な馬車が列をなして我が家にむかって来るのが見えた。
……予想より馬車の数が多いのは、気のせいだろうか……
がたんと馬車が家の前で止まり、御者が扉を開ける…
「よ、ようこそおいで下さいました、本来ならこちらからご挨拶に行かなくてはいけないところを…」
顔が見える前に頭を下げる、顔を見なくても上に立つ者の圧を感じる。
「いや、表立って会えないのはこちらの都合だからな、気にしないでくれ」
思ったより柔らかい声の公爵様の声が耳に響く、少し肩の力が抜けた気がした。
「これから世話になる」
ゆっくりと顔を上げると柔らかく笑う公爵様と、その後ろに馬車酔いでもしたのか少し顔が白い奥様が見えた。
「さて」
公爵様が俺の両親の方を見る、初めての対面だ……察したように両親が前に出る。
「挨拶が遅れてしまって申し訳ない。オリバー•ボークラークだ」
「とんでもない!!こちらこそ遠いところまで来ていただきありがとうございます!レイモンド•ラウザーと申します!」
2人が握手をする、とりあえず第一印象は良さそうだ……
「ははっ気持ちがいい挨拶ですな、こちらが妻のグレースです。少々旅路に当てられてしまってな… いやはや不甲斐ない…出来の悪い妻です」
「…そうなのですか?そうは見えませんが…… そうだ!僕の妻を紹介しなくてはいけませんね!!
この世で1番美しく賢く素晴らしい僕の妻!!レイチェルです!!!」
……あぁ、この人に貴族の挨拶の仕方を説明するのを忘れてた……
正式なマナーではないが、貴族間では妻は夫を良く言って、夫は妻を悪く言う文化がある。まあ、説明したところで父さんが従うとは思えない……
痛い頭を押さえて公爵夫婦を見ると、目をまん丸にして驚いている……
「挨拶もこの辺にして、奥様にお休み頂かないと…」
母さんが提案すると、その言葉を待っていたと言わんばかりにメイドが部屋の中に奥様を連れてく
「さあ!公爵様も!なにもないところですが空気は綺麗ですので!!ゆっくりしていってください!」
「あ、あぁ……」
……もしかしたら父さんと公爵様は合わないかもしれない…エリオットをちらりとみるとクスクスと楽しそうに笑っている……
ーーーーー
ラウザー家の一族は皆興味深い人間ばかりだ。
エリオットと結婚したフィンレイ君は、並外れた頭脳の持ち主で、基礎や資料を詰め込んだエリオットと紙とペンを渡せば誰もが驚く結果が導き出される。
一つ欠点を言うならば、彼は嘘をつくのが下手くそだ。
数々の修羅場をくぐり抜け貴族の腹の探り合いを制した結果、人が嘘をついているか、後ろめたいことがあるかを判別できるようになっった。
しかし、彼にはそれも必要ない、全て顔に出ている。
そして彼の父親は、嘘をつかない。
全てが本心で、裏表なく……調子が狂う。
親睦を深めようと、夜に晩酌に誘うと「一杯だけなら」と言って席に座ってくれた。
「このワインは私のお気に入りでしてな…」
使用人がワインボトルのコルクを外し、華奢なワイングラスにワインを注ぐ。
紫がかった赤いワインが照明に反射してテーブルに広がる。
「酒は久々に飲みます… …この香り、てっきりヴィンテージワインかと思ったのですが、若いワインですね」
…思ったより目利きが鋭いようだ。
「えぇ、エリオットが生まれた年のワインです。ここ最近ようやく飲めるようになったので」
「ふふ、でしたらフィンレイとも同い年ということですね、楽しみだ」
愛おしそうにワインを見つめた後、同時に少し口に含むだけのワインを飲んだ。
ゆっくりとした時間が流れる。
「…もう一杯いかがですか?」
「いえ、ありがたいですが」
頑なにこれ以上飲もうとしない…
「……酒は苦手でしたか?」
「いえ、妻と結婚する前は無茶な飲み方をしたものです…安いワインですが4本開けた夜もありました」
あははと苦笑いを浮かべるが、4本とは…それなりに嗜んでいるようだが、
「でしたら、一杯では満足できないのでは?」
「……妻と結婚してからはやめました、
妻が助けを求めた時、1番に駆けつけるのは自分でありたいので」
では、と微笑みながら席を立ち、あっさりと自室に戻っていった…
…何故かひどく、胸が熱くなるのを感じた。
翌朝、グレースの様子を見に客室に入ると、グレースはいつもよりすっきりと顔色が良かった。
「良かった、よく眠れたかい?」
「……えぇ、とても…」
最近グレースは不眠症が続いて顔色が優れなかった、今回の旅路も諦めようかと話していたほどに
「こんなによく眠れたのは久しぶりですわ…」
グレイスの周りを使用人がクルクルと周り身支度を済ませていく
「奥様」
1人の使用人がどことなく嬉しそうに話す
「レイチェル奥様が、昨日の奥様の顔色を見て、あの後すぐシーツをカモミールの花の上に干されたんです。香りが移ってよく眠れるようにと」
「…そうだったの、まるで花畑で寝ているような…感謝しないといけませんね」
朗らかに笑うグレース、こんな妻の笑顔を見るのはいつぶりだろう………
レイモンドのように、妻を真摯に思ったのは、いつだっただろう…
バタンと大きめの音を鳴らして扉を開ける。
相変わらずフィンレイくんは大袈裟に肩を震わせ怯えている、リラックスした状態の彼と話ができる日は来るのだろうか。
「レイモンド、もう一度自己紹介をさせてくれ」
彼はキョトンと目を点にさせながらも椅子から立ち上がり向き合う。
「俺のこの世で1番出来る最高の妻、グレースだ」
手を差し出して握手を求めると彼は「俺の妻の方が」とも「昨日と言っていることが違う」とも言わず。
力強く手を握り。
「だと思いました!」
と屈託のない笑顔を浮かべた。
握手はいつしか抱擁に変わる、ハラハラと不安そうに隣でフィンレイ君が見つめている。
ああ、この長期休暇。思ったより自分にとって大切ななにかを見つけることができそうだ。
後からやってきたグレースとテーブルにつき、朝食をいただく。
グレースはレイチェルさんと話が合うようで少女のように話している。
俺もレイモンドと狩りや互いの妻の良いところ自慢をし合った。
こんなに明るく温かい食事は生まれて初めてだ。
フィンレイ君も緊張が解けたようでエリオットと笑い合っている。
「そうだエリオット」
「なあに?お父様」
「シリルが明日来ると言っていたよ」
「……兄様が?」
その一言でフィンレイ君が椅子から落ちる。
なんとも愉快な休暇だろう。




