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 今日も変わらず気配を消しながら廊下の端を歩く。

 いつもと違うのは少しだけ速足だということ。人ごみを避けて研究棟に急ぐ、手元に資料を抱えて。


 あれから嘆願書はあっという間に対応がすすんで国民全員に衛生観念の再確認が行われた。


これで改善がされればいいのだけど………


 抱えた資料を持ち直して扉をノックする


―コンコン―


「はい」

「ラウザー・フィンレイです」

「どうぞ」

「失礼します」


 なんだかんだとあれから数週間ほぼ毎日この部屋に訪れている、国家機密すれすれの資料たちはなんと役に立つことか…!


「今日はどのような問題ですの?」

「高齢化が進んでいて井戸の使用が困難になっている地区への対応を考えようかと」

「まぁ、若い方に代わりにやっていただくではだめなの?」

「その分働き手が減るので慈善事業ではなく井戸を管理する仕事をつくるか…あるいは……」


 またぶつぶつと考え込む、実家から送ってもらった領民の意見と最近の様子、引き継ぐ前にもうほぼ俺が経営してるようなものじゃないのかと両親に異議を申し立てたところ、異議は却下された。


 思考が切れてふと気が付くと目の前のテーブルに各地方の水路管理報告書が並んでいる


「え」

「これと最近Bクラスの方から提案された簡単な組み上げ式のポンプの図案もありますわ」


 このようにボークラーク嬢は俺のぶつぶつと呟く思考を聞き取って先に先にと資料を用意してくれるのだ。ありがたい、大変ありがたいが、胃が痛い。


「何度も申し上げましたが、し、資料を使わせてくださるのは大変ありがたいですがボークラーク嬢自らそこのまでしなくても………」


 公爵令嬢をメイドのように扱うのは………ばれたら首が飛ぶどころではない………


「お気になさらず、人々のサポートをするよう教育をされてますの」


 やりがいがありますわ、と次々に新しい資料が用意される


 このように、大変ここは居心地がよい、


 婚前の男女がメイドも付けず室内に二人きりなんて言語道断だが、たまに「内密に」と言われて頭が痛くなるような議題を出され、数日かけて裏どりしきれいにまとめて上に報告をすることでこの部屋の使用が認められている。


 使えるものは何でも使う、わが弱小領は残るものなど何もない、なにか罰を受けて平民落ちしたとしても父親は山に猟に行き母親は手に職を付けてたまに来る行商人に作品を売りつけている、メイドなんてほぼいない、領民から畑でとれた野菜を分けてもらうほどだ。失うものなど何もない。


 気を取り直して資料を読み込む。



 数週間、ボークラーク嬢といて分かったことがある。

 冷徹冷酷完璧主義者だと思っていたが、そうでもない。実に合理主義者だ、ダメなことはダメ、少々女性同士でのコミュニケーションが苦手なようでそれが原因で取り巻きはいなくなったのだそうだ。

 「ヴィクター殿下と過ごさなくていいのか」と聞いたがあきらめたような笑顔で「殿下がお望みでないようですので」と笑っていた。上手くいってないのだろうか?まぁ俺ごときが気にすることではないか。生徒からの信頼も厚く、すでに国政にも携わっているようだ………まて、そういえばこの前話し合った議題って………


「どうされました?」

「あ、いえ」


 ようやく頭が痛くなるような議題のケリがついて自分の領について考えることができるんだ、集中せねば


「いかがですこと?Bクラスからのポンプ案は、見た限り低コストで実現できそうですが」

「素晴らしいと思います、が、」

「何かありまして?」

「材料コストは確かに低コストですがこの構造は最初に職人教育からしないといけません、教育が終わり大量生産が可能になれば確かにランニングコストは抑えれそうです」

「なるほど、では最初の展開は町職人にお願いして、技術を身につけた者から職業訓練所に教師として受け入れる段取りが………」

「いいとおもいます」


 俺が答えるとボークラーク嬢はいそいそと提案書をまとめ始めた。


 パサリと資料をテーブルに置く、だがこの案は俺の領の根本的解決になっていない


「あら、お顔が晴れませんけど?」


 あっという間に俺が散らかした資料が分類別にまとまっていく


「これは、俺の領の問題を解決できなそうだなと……」

「あら、力を入れずに水を組み上げる案ですのよ?生産が開始されれば安価で設置できますけど」

「俺の領は北の外れです」

「それがなにか…輸送費用が問題ですの?」


 窓の外をみる、外は灰色の雲が一面に敷かれていて、今にも雨が降りそうだ


「俺の領は冬になると腰の高さまで雪が積もります、このポンプ案だと夜のうちに中の水がすべて凍って使い物にならなくなります」


 王都の冬はずいぶん温かい その分暖房代を節約できていいけど、


「まぁ、そのような雪、見たことありませんわ」


 ボークラーク嬢はどことなく見てみたそうな声色をしている


「いいことありませんよ、冬は動けなくなります、除雪で道端に積み上げた雪で事故が起きたりします」

「それは大変ですわね……冬の対策ですか…」


 壁に掲げてある地図を二人で見る、俺の領は真っ白に塗られていて近くに大きな山があるのが特徴だ、特産品は無い。


「そうですわね、、例えば使わない時はパイプから水を抜いてしまうとか……」

「どうでしょう、最初から水が入っているのが前提の図案のようですが…」

「寒冷地仕様に別案を仰いでみますわ」

「え」


 たかが辺境領に?わざわざ?


「劣化やメンテナンスもより詳細にしてもらいましょう、すぐに提案してみますわ」

「いや、悪いです、たかが辺境n「悪くありません」


 ボークラーク嬢は凛と背筋をのばして答えた


「すべて等しき国民です、例外はありません。それに私たちの仕事は円滑な経営提案ですわ、この様な新しい技術の開発はそれに長けた人たちに任せるのが一番です」


 すこし、鳥肌が立った。これが人の上に立つことを覚悟して生きている人か。


「ありがとうございます」

「いえ、お気になさらず、報告上がり次第また報告いたしますわ」



 そのあと2つ3つ意見を交わして今日はお開きとなった。

 ここ数日で自宅に送る手紙の量が5倍に増えた、そして自宅からくる手紙は10倍に増えた。新しい案に領民も喜んで意欲的に試してくれているらしい。


 夜な夜な起きて資料をめくることもなくなった。よく寝て冴えた頭であの部屋に行った方がいい案がでる。


 程よい疲れが今日も又ぐっすりと眠りに誘う。





 翌日、学食横のカフェテリアであんな騒ぎが起きるとも知らずに


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