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「おはようフィン」
「お、おはよう…ございます」
朝の挨拶をするとフィンはぎこちない笑顔で返してくれた。
彼の目に飛び込むのは、荷物が積まれた4台の馬車。
いつのまにか一台増えている。
「フィンの荷物は?」
そう聞くと右手に持ってるトランクを掲げた、
「フィンの分の馬車は一台で大丈夫そうね」
「…むしろ荷台でいいんだけど……」
フィンは荷物を眺めて、「クローゼット足りないな…倉庫…そもそも家に入るか…?」なんてボソボソと呟いてる。
「…フィンがお家に着くのはどれくらいかしら?」
御者は「あした…明後日の朝ごろでしょうか」と答える。
フィンはそれを聞いて考え込んでしまった
「どうかした?」
「その……申し訳ないんですけど、もう少し早くって…」
フィンの言葉に御者が首を傾げる、
「できなくもないですが、御坊ちゃまがお休みする時間が…」
「おぼっちゃ………俺の休憩の時間はなくてもいいので…御者さんと馬の許す限りはやくって…」
「…お許しいただけるのであれば夜間も走行します、そうすれば明日の昼までには…」
「…お願いします」
なぜそんな急ぐのかフィンに聞くと
「両親は今の事態をなにも知らない、はやく伝えなくては」と神妙な面持ちで答えた。
たしかに、フィンの両親からしたら寝耳に水だろう。
「ご両親によろしく伝えてくれる?」
「あぁ 伝えとくよ」
バタバタと御者が出発の準備を始める
「それじゃフィン、この委任状にサインを貰ってもいい?」
婚姻届に2人が同席できない場合には同席できない人の委任状が必要となる。
ボードに必要な書類を全て用意してフィンに渡す。書類に目を通すとフィンは迷いなく必要な場所にサインを書いた。
「これでいいかな」
「ええ、大丈夫よ」
事前の教会への説明は済んでいるので、これを明日教会に持っていけば晴れて夫婦となる。
「道中気をつけてね」
「うん、何から何までありがとう」
別れの挨拶をしてフィンを見送る。
合計5台の馬車がぞろぞろと動き始めた、道中何事もないことを祈る。
「さて」
私の方も準備を始めなくては………
ガラガラと車輪が石畳の上を走る音が響く、
ブーツの紐を少しきつめに締める。
髪の毛はメイドが丁寧に編み上げてまとまっている、髪の毛一本もほつれがない。
コンコン
馬車の扉が2回叩かれた、目的地に着いたようだ。
馬車から降りると肺に冷たい空気が満たされる。吐く息は白い。
御者に挨拶をしてから、目の前の教会を見上げる…
手には抜かりない書類、気合も十分。強めの足取りで教会の扉に近づく。
こんこん
「もし、すみません、どなたか、」
とんとん
「すみません、どなたか」
ドンドン
「すみません だれか」
ガンガ「うるさいですよ!!!今何時だと思っているんですか?!!!」
厳しい剣幕で出てきた信徒ににこりと笑いかける
「夜分に失礼いたしますわ、婚姻の書類を持ってきました。司祭様はいらっしゃいますか?」
空には満月がぽっかりと浮かび、街は静まり返っている。時刻は……
もう少しで日付が変わりそうな時刻だ。
「……日中にあらためてください、では」
信徒が扉を閉めそうになるのですかさず隙間にブーツを挟んで阻止する。
どうやら彼には自己紹介が足らなかったようだ
「申し遅れました、わたくし、この教会に多額の寄付をしております、ボークラーク家の長女、エリオット•ボークラークですわ。
司祭様は、いらっしゃいますか?」
丁寧に自己紹介をすると信徒は目を見開いた、そして私の後ろに控えている馬車に跳ね馬の紋章が入っているのを確認するとようやく理解できたようで、顔を青ざめている。
「しょ、少々お待ちください…只今、司祭様を呼んできますね…」
「……外で??」
「いえいえ!もちろん!中に!お入りくださいませ!」
「お気遣い感謝いたしますわ」
にこりと微笑んで教会に入る、 信徒は足早に司祭を呼びに行ったようだ。1番前の長椅子に腰をかける。
外の静けさが教会の中まで響いているのか、神聖なはずの教会が、少し不気味に見える。
外からボーーンと日付が変わったことを知らせる鐘が聴こえる。
明らかに寝ていたであろう司祭が信徒に引きづられてやってきた、目が半分開いていない。
「こちらに司祭様のサインと捺印を頂きたいのですが」
司祭は首をカクカク動かしながら手探りでサインと捺印を押す。
本来ならこの後ありがたいお言葉と結婚の誓いをさせられるのだが…
「…お幸せ……ぬぃ」
と司祭は白目を剥き始めた。ふむ、手短に終わってラッキーだ。
書類に不備がないか確認してから丸めて紐のついた筒に入れる。
それを落とさないように身体にかける。
「ありがとうございました、ごきげんよう」
信徒と限界な司祭に挨拶をして教会を出る。
乗ってきた馬車の周りに5、6人の男がいる、
全員ニタニタと下品な笑いをしながらこちらを見ている
「こんばんは、お嬢さあん。いい馬車だねぇ」
御者は逃げ出したようだ、見当たらない。
「何か用でしょうか」
愛想を振る必要もない、腕を組みゴロツキを問いただす
「ヘヘッ いやぁねぇ とあーるお偉さんにねぇ、お嬢さんを攫ってこいって言われてんだよ」
……なんと粗末な作戦だ、こうして目の当たりにすると思わずため息が出そうになる。
下品なゴロツキは錆びついた剣を取りだし得意げにチラチラと見せつけてくる。
「でぇもなぁ? そのまえにちょーーとぐらい俺たちで楽しんでもいいよなぁ?」
対峙しているだけで鳥肌を立たせるとは……流石のゴロツキだ。
しかし黙って連れてかれる訳がない、懐から短剣を取り出す。
力のない女性でも切り裂けるよう、両手で短剣を握り、腹の前に構える。
「…ップ ハハハ!!そんな危ないもん持っちゃいけないよぉ〜?怪我しちゃうだろぉ?」
何がおかしいのかさっぱりわからないが、ゴロツキ達は腹を抱えて笑っている。
狙いを定めて地面を強く蹴った、まっすぐゴロツキの親玉らしき人物にむけて走り出す。
後もう少しで短剣が届きそうなところでひらりとかわされた、
「危ねぇなぁでも俺はそれくらい強気な女の方が ーブチー
あ?」
短剣は狙い通り、馬と馬車を繋いでいる太いロープを断ち切った。
短剣を投げ捨て、興奮する馬にひらりとまたがる。
「そんなに欲しいなら馬車は差し上げますわ、それと、
あなた達の依頼主に言伝をお願いできます?
自分の思いを自分の足で伝えにこない男なんて願い下げよ、ってね」
あまりの鮮やかさに空いた口が塞がらない
月明かりに照らされたその姿は、劇や絵画のように、現実味がなかった
自信満々に微笑む少女は手綱を握り 暴れる馬を走らせた。
あっという間にトップスピードに乗り馬を見てゴロツキ達はようやく状況が飲み込めたのか慌てて馬の用意をする。
そんなことをしても追いつくことはできないだろう。
この国に跳ね馬の紋章を持ったボークラーク家の馬に追いつくことなど不可能に近い。
ほら、もう、足音も聞こえない。