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かたんかたんと馬車が揺れる。
シートはこだわり抜いた一品で長時間座っても疲れないようになっている。
がたり、馬車がとまる。
こんこん、扉が二回ノックされた。目的地に着いたようだ。
馬車を降りると、勝手知ったる実家が目に飛び込む。
「「おかえりなさいませ、お嬢様」」
左右に悠然と並ぶ使用人達を抜ける、
「エリオット」
「お父様!お母様!」
玄関でわざわざ待っていてくれた両親に駆け寄る。2人とも卒業パーティーで何があったかもう知っているようだ。
「ご苦労だったね」
「こんなに早く向こうのお家に行くことが決まるなんて、少し寂しいわ」
2人ともそう言いつつ、嫁入り用の荷物が外にまとめられているのが見えた。何とか馬車3台に収まったようだ。
「お母様、いつでもいらしてね。もう少ししたら美容にいい温泉の整備が整いそうなの
お父様も、経営の意見を聞いてくださると心強いわ」
美容、の言葉でお母様の目の奥がキラリと光るのが見えた、やはり良い商機になりそうだ。
「…エリオット、密偵の話は聞いているかい?」
「ええ、もちろん。」
今回の卒業パーティー、警備は全員ボークラーク家の直属の警備隊だ。その者たちから殿下のお粗末な作戦は聞いている。
「フィンと正式に婚約する前に私を傷物にして、婚約を破談。殿下の側室にしようとしているみたいですわね」
そのため殿下はならず者を私にしかけて攫おうとしている。と報告が来ている。
報告した警備隊の隊長は持っていた報告書を跡形もなく潰していたが、目の前でステッキを折る父と殺気があふれんばかりの母を見ると可愛いものだ。
「万事抜かりありませんわ」
「……そうかい、まったく手のかからない娘で親としては寂しいものだな」
「そうよ、お父様と私に任せてくれれば……」
2人に任せたら王族が根絶やしになりかねない…私は、もうそこまでの思いはない。
「嫁に行っても、エリオットは私たちの大事な娘だ。何かあったらすぐに言いなさい」
「ありがとうございます。…話によると向こうのお母様がとても厳しい方なのだとか……」
夏季休暇明けでもまだ顔色が優れなかったフィンを思い出す……
「確かに…あんなに聡明な子は見たことがないからな…さぞかし厳しい教育を……」
「エリオット…! 母様は何があってもエリオットの味方ですからね!!」
両親はすぐにフィンの家に行くスケジュールを立て始める。手帳をもった執事が「その日は謁見が」「その日は式典の」「奥様にデザイナーが会いたいと」なんてつまりに詰まったスケジュールを何とか開けようと必死だ。
……両親が来ることをフィンには黙っておいたほうがよさそうだ。
「明日、フィンに荷物を先に持っていってもらいます」
もちろん警備隊も配置する、報告ではフィンは殿下の眼中にないようだが、念には念を。
「では彼に挨拶でもするか」
「そうですわね、馬車は あと何台手配いたします?」
「…フィンの荷物は少ないと思います……」
他愛のない会話が弾む、こうして話すことも今までほとんどなかった。
親子としての時間を、これから少しづつ取り戻していきたい……
「ゆっくりお休み」
「はい、おやすみなさいませ」
パーティーのドレスをつまみ上げ両親に別れを告げる。
自室に戻るとメイドが鼻息荒く詰め寄ってきた。
「いかがでした?!反応は!」
「…うーーん」
返事に迷っている間もメイドたちがスルスルとドレスを脱がす。
みんなキラキラした目で私を見つめている
「…多分、気づいてなかったと思うわ」
「「ええーーー!!!」」
一斉にメイドからブーイングが上がった、あまりフィンの印象を悪くしたくはないのだが。嘘はつけない。
「どうして気が付かないのかしら!」
「男って本当に鈍感だわ!どこに目をつけているのよ!」
文句を言いながらも仕事はしっかりするメイドたち。
今回のドレスは…わがままを言ったのだ……
パーティーのドレスを決める時、私は目の前に何着も用意されたドレスを見なかった。
「生地は濃い藍色にして、髪はまとまるように、装飾に金細工を。あまり胸元を出しすぎないように」
いつも決まっている、
明るい色のドレスを着たら「はしたない。王家の顔に泥を塗る気か」と言われ
髪を下ろしたら「他の男を誘惑するつもりか、穢らわしい。切ってしまえ」と言われ
流行りの形のドレスを着たら「見苦しい、似合ってない」と言われ
行きつく先は修道着のような野暮ったいドレスだった。
卒業パーティーとはいえ、きっと共に入場すらして貰えなくても…
そんな中、テキパキと作業を進めるメイドの中で1人のメイドが、一本のリボンを持ってきた。
「…お嬢様……このリボンが…お似合いに…なると…」
消え入りそうなメイドの声、部屋にいる者全員が動きを止めて、こちらを見てる。
「このリボン…」
メイドから受け取ったリボンは、金色とは言い難い 優しい黄色のリボンだった。
パートナーの色を入れるのが慣わしとなっているのに、これでは殿下の髪色にはならない。
この色は…
「…フィンの…目の……」
瞼の裏に彼が見えた。
男性にしては少し長めの黒い髪の毛、サラサラと揺れるようで、実はなかなか強い毛質をしている。
その中から、控えめに覗く、黄色い瞳。 私のことを考えてくれる。蜂蜜色の優しい目。
「……私」
「この、リボンがいい」
生まれて初めて、自分の好みを言った。
ずっと、相手を会場を経済を家柄を流行を風習を、考えに考え抜いて機械的に選ぶだけだった。
自分で自分の発言に呆けていると、メイド達は恐ろしい勢いで片付けたドレスを並べ直した。
「そちらの色でしたらこちらのドレスはいかがでしょう」
「髪はどうしますか、この髪型なんて」
「装飾品はこちらです、お好きなものをお選びください」
急にイキイキとし始めたメイド達に笑ってしまった。彼女達もまた我慢していたのだろう。
「……ダンスでターンした時に、綺麗に広がるドレスがいい」
その一言でまたバタバタと動き始める。メイド同士であれじゃないこれじゃないと、楽しそうだ。
「お嬢様」
「メイド長……流石にこのブレスレットはダメよね」
フィンが花まつりで買ってくれたブレスレット…どう見てもガラス細工だ。公爵令嬢がガラスを身につけるわけにはいかない…
「…ブレスレットとしては、難しいかと思われます。ですがお嬢様は足首も大変細いので、足首に付けられてはいかがでしょう。周りからも見えにくいので問題ないかと……」
あの厳しいメイド長が……!! その場にいる全員に激震が走る。
「……あまり見えないので、お嬢様のご希望とは違うかもしれませんが……」
「…いいわ!そうする!……どちらの足にしようかしら?」
「はい、左足がよろしいかと」
「左右で違うの?」
「はい、以前奴隷制度の時に左足に鎖を巻いたことから、左足は所有物、転じて恋人、婚約者がいるという意味で浸透しております」
「……そうなの」
恋人……その言葉に胸が高鳴った。
「奴隷制度の文化の延長なのね…何か言われないかしら」
「そのように思われる人は現在恋人や婚約者に意味で使われていることも承知ではないでしょうか」
「……それもそうね、そもそも見せるつもりはないし」
「では、お嬢様…
こちらの靴なんていかがですか、ブレスレットの色味ともあっておりますしお嬢様の肌は大変白いのでこの足首に向けて透明感がある靴が大変お似合いになるかともちろんダンスの負担にならないように中敷は………
失礼しました」
……1番メイド長が興奮していた………
「ふふっ みんな選んでもらえる?」
「「もちろんです!」」
「みんなに協力してもらったのに申し訳ないわ」
「お嬢様が謝ることないです!」
「そうですわ!」
文句がヒートアップしそうになったところでメイド長が咳払いをする。全員が口をつぐんだ。
「……お嬢様が満足そうで、何よりです」
「ええ、とっても満足」
きっとフィンはこのリボンを殿下の髪の色と思っただろう。私がどんな思いで淡い色のドレスを選んだかも知らない。
彼は似合ってると言ってくれた、他の男の色だと思っても、声を荒げて怒鳴ることもなく。
「このリボン、明日の髪結に使ってもらえる?」
「かしこまりました、三つ編みと一緒に編み込んだ後、一つにまとめるのはいかがでしょう?」
「いいわね、お願い」
メイド達もどこか達成感があるようでいつもよりイキイキとしている。
もっと早くこの顔が見たかった、もう遅い。
「明日はお願いね」
きっと、彼女達が私に仕えるのは、最後になるかもしれない。
「「かしこまりました」」
メイド達は、それでも、いつもと変わらぬ返事で答える。




