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ついにこの日が来てしまった………
代表挨拶も表彰も辞退して、座っているだけの卒業式が終わった。
たまに拍手もしたが、完全に背景になっていただろう。
制服を脱ぎ、パーティー用の服に着替える……
ビジューに青い色の宝石をあしらったループタイをつける。
基本的には卒業パーティーでは婚約者がいるものは、婚約者のカラーを身につけるものだが、
婚約者がいない場合は、この国の象徴色である青色をどこかにいれるのが慣わしだ。
そして、どこかには宝石を身に纏わなくてはならない。
女性ならイヤリングやネックレス、ドレスや指輪、いろいろな選択肢があるだろう
男は…タイやボタン…… 思いつかない、俺の知識がないだけだろうか…
安定のタイにすることにした、ビジューに宝石を入れようと思い宝石店を訪れたが、
ギリギリまで淡い色の宝石を選んだ。
選んだが、店員が何を言っているのかさっぱりわからなかった。
淡いアクアブルーの宝石は、着けると背筋が伸びる。
このまま何事もなければいいんだけど……………
「どうぞお入りください」
「はい……」
学生証を見せてパーティーホールに入る、俺は地位が低い家なのでゾロゾロと召使いと同じ扉から入る。
地位が高い家柄の人は正面ドアから、ドアマンに大きな声で名前を呼ばれながら入室する……
エリオットは普通なら、正面から、婚約者の殿下と一緒に入ってくるだろう。
冷静な気持ちで観れるだろうか……
「はぁ…」
正面ドアの方が騒がしくなる、
サーッと 人が割れ、道ができる。なぜか、胸元の青い宝石に手が伸びた。
1人また1人と入ってくる、友人を見つけると道から外れてホールに散らばる。
みな、楽しそうだ、パーティーなのだから当たり前なのだけれど…
「エリオット•ボークラーク」
会場にエリオットの名前が響く、会場はそのおかしな事態に静まり返った。
髪をなびかせて淡いブルーのドレスに金色のリボンがあしらわれている。
金色は、殿下の髪の色。
エリオットは真っ直ぐ前を見て、綺麗な姿勢でゆっくりとあるく。
隣に殿下の姿はない。
まじか、やりやがったな。
ゆっくりと歩くエリオットに近寄るものはいない、
また、エリオットから歩み寄る相手も誰もいない…
そのまま滑るように歩くエリオットは壁際で立ち止まり満足そうに壁の花となる……
「ヴィクター•シレニア」
殿下の名前が響く、会場全員が軽蔑のまなざしを正面ドアに向ける
案の定、殿下の腕には男爵令嬢が絡みついている。
殿下は、男爵令嬢の瞳の色と同じ真っ赤な服を身に纏っている。
正直似合っていない。
男爵令嬢は、金色のドレスだ……栗毛色の髪と赤い目が嫌に生えて不気味なアンティーク人形のようだ。
もちろん男爵令嬢の名前は呼ばれない。
会場全体が奇異の眼差しで見つめるが、2人は誇らしげに胸を張って歩いている。
すぐにでもエリオットに駆けつけたかった、この会場で1人でいるのは、寂しいかもしれないから…
でもエリオットの顔はどこか清々しそうで、殿下なぞ気にもとめていない。
殿下の入場が終わるとホールの扉が閉められる。脇に控えていた音楽隊が心地よい音楽を奏で始める。
後は国王が来るまで談笑だ。
一流の料理人が腕を振るった料理がテーブルに並ぶ。立食用のに小さく一口サイズにされ、どれも美味しそうだ。
俺はもしかしたらあるかも知れない一大イベントのことを考えると、何も食べる気が起きなかった。
立っているウェイターに飲み物を頼んで乾いた喉を潤す。
受け取る時グラスを持つ手が震えて、ウェイターに苦笑いされた。
ダンスは踊りたくない、けどエリオットが他の誰かと踊るのも見たくない。一日も早く結婚したい、けどこんなに大勢の場で宣言されるのも気が引ける……
ぐるぐると考えても答えが出ない問題を、グラスに入ったワインのような重厚な葡萄ジュースで飲み込んだ。
そのあと何人かと挨拶をする。ほとんど寮仲間だ。とくに寮長は「お陰で卒業制作がうまくいった!」と硬い握手を求めてきた。
その他の勉強を手伝った面々からは背中を強めに叩かれる。口々に助かったと言っているが、少々力が強い……
話している間に手の震えが止まった、背中を叩かれたお陰で背筋が伸びる、
チラリとエリオットを見るが、食べもしゃべりもしていない。
もうそろそろで国王が到着する時間だ……
そうしたら、ありがたい言葉をもらって、ダンスの曲が流れる、
満足したら自由にかえる、そんな予定になっている。
今日、恐れているイベントが起きなければ、明日にでも荷物をまとめて寮を出て、家に帰らなければならない。
退寮期限が明日までなのだ、殆どの貴族はもう荷物をまとめてこのダンスパーティーが終わったらそのまま家に帰るだろう。
このまま平和に終わって、家に帰れば、ただただエリオットがいつくるか家で待つだけだ。
なんとも無力で虚しい時間だろう。…短期で王都に部屋を借りて、決まるまで王都にいようか……
いや、気持ち悪いか、でも……エリオットになにかあったらそばにいれるようにしたいし………
エリオットに相談しようか、相談する時間はあるだろうか………
カンカンと、グラスを叩く音が聞こえた、
はっと視線を向けると、得意そうな顔の殿下がいる、
グラスの音に気づいたものは喋りを止めて殿下を見つめる、気が付かなかったものも周りの視線に気がつき、1人、また1人と喋るのをやめて、殿下に注目する。
ホールが静まり返った、音楽もいつの間にか止まっている。
「諸君、卒業パーティーを始める前に、俺から一つ知らせがある」
まさか エリオットを見る、
センスで隠しているようだが、俺の角度からばっちり笑っているのが見えた…
すぐに真顔に戻ったが……
「俺はこの場で エリオットとの婚約を破棄し
愛しのイザベルと結婚する!!」
静かだった会場がさらなる静けさに包まれる
やりやがった、本気でやりやがったこのバカ。
エリオットに注目が集まる、
エリオットは殿下の前に足を進めた、姿勢も正しいし表情も凛としているが、
一度だけ前髪を気にした、照れている時の仕草だ。この状況で君は…
この後のダンスパーティーに想いを馳せているというのか………
俺は持っていたグラスを静かにテーブルに置いた。
一度括った腹だ、もう一度括るのなんて、わけないさ。
………………ダンスかぁ…