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「考え込んでいるところ申し訳ありませんが、私とペアを組んでくださらない?」
一つ一つの動きから気品を感じるこの人は………
「ボ、ボークラーク公爵令嬢………」
頭から冷水をかぶったかのように血の気が引いていく
「こうしてお話するのは初めてね」
言うや否や微塵の隙もないカーテシーを披露してくれた、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま……
「エリオット・ボークラークですわ、お好きにお呼びになって」
アクアブルーの髪の先から、同じ色の瞳も、爪の先まで完成された令嬢………
急いで椅子から立ち上がり不慣れな挨拶をする
「フィンレイ・ラウザーです………」
ひとつのしくじりで、この人の機嫌で、俺の領地なんて簡単に吹き飛ぶレベルの身分の差がある
「存じておりますわ。それで、 ペアを組んでくださらない?他にペアを組む方がいるのならいいけれど」
そういって令嬢が教室を見渡す、その視線につられて見渡すと俺達以外誰もいない。
「お、俺でよければ………」
断ることなど許されない、今までで一番難しい課題になるかもしれない………
「それは良かったですわ、わたくし課題は早めに終わらせたいの、早速ですけどこの後お時間はあって?」
「………はい」
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荷物をまとめて令嬢の後を付いていく、すでに一部屋借りているとのことで別棟の研究棟へと足を進める
大変不味いことになった、王都をましてや国を統べる勉強をしている人間と辺境の地をどうにか切り盛りしようとしている人間の話が合うわけがない。
「ここですわ」
案内された部屋に入ると大きな本棚が目に入った、じろじろ見るのは失礼と思いながら背表紙を確認する………中央図書館にもなかった貴重な本が山ほどある………
「あの……ボークラーク嬢」
「なにか?」
「ご婚約中のヴィクター殿下と組まなくてよかったのですか」
引っかかっていた疑問をなげかける、本来俺が組んでいい相手ではない。
「………殿下はもう、ペアが決まっていたようでしたので」
すこしうつむいてボークラーク嬢は答えた、だがすぐ前を向いて姿勢を正す。
「円滑な意見交換のために爵位は気にしないで行きましょう ラウザー様」
どさどさと必要な資料をテーブルに置かれた、腹をくくるしかあるまい。
「わかりましたボークラーク嬢」
ボークラーク嬢といえば冷徹冷酷完璧主義者で有名だ、一年のころにはいた取り巻きもあまりの厳しさに逃げ出したと噂になっている。幼少期から高度な教育を経て学園に通うのはほぼ体面を取り持つだけだと聞いたが少しも手を抜かず整然と授業に出ては、たまに教師に間違いを指摘している………
そんな令嬢に中途半端なレポートは作らせられない、上流階級の見解もみれていい経験だと思うことにしよう………
資料を見やすい位置に広げ反対側にインクとペン、紙を用意する。
「では早速、【仮想領地の運営又中小領地における問題の定義と解決】でしたわね。」
「どの程度の規模の想定にしますか」
「すぐに実践できるようにと思うと中規模がいいと思いますわ」
過去の領地からの報告書を広げ議題になりそうなところを書き上げていく
「疫病、交通、流通、税金……」
「交通の整備なんていかが?働き口も確保できて流通もよくなりますわ」
「………それもいいですけど、現代においても疫病についての対策ができていません、働き口を確保しても働く人間がいなければ元も子もない」
次の資料を広げる、想定規模の領地の地図、人口分布、
「……そう、なの」
「薬の流通もいいが根本的原因を解決しなければ………」
「………近代史での疫病で言うと飲み水によるものだったかしら………?」
「飲み水だと井戸と川か………」
地図の横に水脈図を年代ごとに並べる
「水脈に変化はありまして?」
「とくに…、となると整備ミス……生活水と飲料水と下水が混同してしまったところがあるのか…? 君はどうおも………」
やってしまった、これで嫌われたんだった
気前よく格下の人間とペア組んでくれたのにも関わらず、ズバズバと敬語も丁寧語もなく意見をのべて、相手の意見を否定した。プライドの高い貴族相手に。
ちらりとボークラーク嬢を見ると険しい顔をしている。あぁ、大貴族相手に………俺は………
―ダンッ―
勢いよくボークラーク嬢が立ち上がりテーブルを叩いた。オワッタ。
「ここですわ!!!」
「………は?」
叩いたと思った手は地図の一か所を指さしている。
「この上流の区域、生活水が整備されておりません、川を使ったのでは?その下流の区域は川の水を作物に使っているでしょう? 報告書によると下流の区域は作物の不作が続いておりますわ」
指さした場所を見ると整備がまだ行き届いてない区域だった
「………なるほど、疫病防止策として石鹸や消毒剤が配られた時期とも合う……それらが川に流されたとしたら辻褄が……」
ボークラーク嬢と目が合う、が、弾かれたように同時に資料を集め始めた。確固たる証拠と誰もが納得するレポートを書き上げなくては
最後の一文字を書き終えてペンを置く。
「これは全国民にすぐさま勧告しなくてはなりません」
由々しき事態だ、認知が足りなかった故に事前に防げたはずの人災が起きている。
「課題の域をこえてます………よね」
出来上がったのはレポートではなく嘆願書だ
「教師の方々には説明しておきます、素晴らしい出来ですもの文句は言わせません」
アクアブルーの髪を耳にかけ微笑んだボークラーク嬢からは大貴族特有の圧を感じた………
「俺はこれで………」
「お疲れ様です。話がうまくいけば貴方にも多少なりとも功績の授与があるかもしれません、そのつもりでいてくださいまし」
功績………肩書よりも金なり免税なりその辺のほうが助かるけどな………
肩の力を抜いて荷物をまとめる、一日で終わったのはラッキーだったかもしれない
「あの…!」
「なにか?」
せっかく事前に集めた資料は無駄になったなとカバンに詰め込む
「もしよろしければ後日別の議題も話しませんこと?ラウザー様のご提示の議題で………」
「え」
「失礼かとは思いますが、ラウザー様が事前に集めた資料を途中で見ましたの……幸いにもここには資料があることですし、課題とは別にお話したいのですが……」
手元の資料をみる 俺が継ぐことになる領地の問題を集めた資料だ。
部屋をぐるりと見渡す、喉から手が出るほど読みたかった本に、実用的な資料が山のよう……
「お、俺でよければ……」