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ダンスに詳しくなった、大変詳しくなった。
ダンスの起源から現在の形に至るまでの壮絶な歴史、今後期待できる将来性。
音楽家がいるならダンスを踊って生計を立てる者がいてもおかしくないな、
しかし、芸術に関する仕事には現在資格がない。整備するのは難しそうだ。
芸術を鑑定するのはどうだ………なんて思考を巡らせても
これっぽっちもダンスは上手くならない。
床に印を書き、番号を振って、音に合わせて踏んで行ってみたが、
足が絡まってひっくり返った。
エリオットに誰かと練習するのは駄目だと言われたが、そもそも今の時期はみんな卒業制作やテストの追い込みで忙しくてダンスの練習に付き合ってくれなんて言おうものなら非難轟々だろう。
黙々と一人で練習する他ない……
空気は冷え込み、冬の気配が感じられる季節になった。
エリオットとのカフェの話し合いは勉強会に変えて、最後の追い込みをする。
教えれるところがあればと声をかけたが、二人とも一声も出さず勉強会が終わる事がほとんどだった。
母さんからの教えは全くもって役に立たなかった。
このまま踊るかもしれないダンスパーティーに向けて練習をし、学園生活が終わるのかと思うと、、すこし物悲しい気分になった。
ーーーーーーー
「誰かあいつを連れてこいっ!!」
ガシャンと陶器の割れる音がカフェテラスに響く
大きな音が鳴ったにもかかわらず周りの生徒は気に留めない、しかし
「またか」と言った空気がカフェテラスに漂う
カフェテラスも以前の賑わいが嘘のようにまばらにしか人がいない。
殿下の命令に対して動く生徒は誰もいない、オドオドした様子の付き人が慌ててカフェテラスから飛び出した。
しばらくすると真っ青な顔の付き人が戻ってくる、手に紙を一枚握って、隣に殿下の御所望の人はいない
「どうした、あいつはどこにいる」
「あ、あの、お手紙を、お預かりいたしました……」
「フンッ 読め、俺がわざわざ目を通す価値もない」
「は、はい……」
皆聞き耳を立てるためにカフェテラスが静かになる……
「で、
殿下のご命令の通り顔を見せないようにしております。
矛盾するご命令は遵守優先法に従って本人を含めた二名以上の命令撤回宣言がなされない限りh「もう良い!!!!」
ガシャン、何回目かわからない嫌な音が響く。
「人を馬鹿にしやがって……!!」
怒りで手が震える殿下を見て、生徒は密かに肩を震わせる
あの日以来、エリオット公爵令嬢はカフェテリアに来ない。
そして殿下と男爵令嬢のイチャつきは多くの生徒の癇に障り、1人、また1人とカフェテリアに来るものは無くなった。
残っているのは余程のゴシップ好きか肝の座った生徒のどちらかだ。
しかし、卒業に向けての活動が活発になると、男爵令嬢もカフェテリアに顔を出さなくなった。
殿下にどうしたのか聞いてみても、ニヤリと笑い
「彼女は今後のために特別な勉強をしている」
と何故か自慢げに話すだけだった。
皆が勉強すべきはお前だろと思ったが、声に出すものはいなかった。
そうして男爵令嬢が顔を出さなくなると、殿下はエリオット公爵令嬢を求め始めた。
変わり身の早さに皆が侮蔑の目で殿下を見るが、殿下はその目に気が付かない。
いくら殿下が騒ごうが、エリオット公爵令嬢は一切顔を出さなかった。
日に日に殿下の機嫌が悪くなる。付き人は具合が悪そうだ、
今月に入って付き人の顔がほぼ日替わりで変わっていく。
付き人には申し訳ないが、殿下になびかないエリオット公爵令嬢は見ていてとても気持ちがいい。
ーーーーーーー
卒業制作の最終期限まではまだ数日余裕があるが、卒業テストの結果が出た。
俺はありがたいことにもう卒業が決まっているが、自分が学園での身につけたものを再確認したく、卒業テストを受けた。
というか、ダンスの練習の息抜きに勉強をしないと自分を保てそうになかった。
廊下に張り出された結果票を見る。
[落第者 無し]
結果はものすごく簡潔に書かれていた。
………普段なら点数順に名前が公表されるのに…
自己採点では間違いが2個あったが答えが配られるわけでもないので点数で確認したかったのだが……
周りを見渡してみると、みんな不思議そうにしているが「落第してない、ならまあいいか」と言った様子だ。
………エリオットがいる、こっそりと近づいて隣に立つ。
エリオットが結果表を見て眉間に皺を寄せる。だよな。
今まで通りならエリオットが1番で俺が2番、2人の名前が並んでいるのをみる最後のチャンスだったのに…
眉間に皺を寄せたエリオットと目が合う、一瞬で皺が取れる。
こっそりとエリオットも俺に一歩近づく。
2人で並んで結果票を見る。何度見ても変わらない。
「へ、変な結果票ですね。いつもなら順位が書いてあるのに…」
勇気を出して声をかける、心臓が破裂しそうだが、思ったより周りの生徒は俺たちのことを気にしていないようだ。
「……そうですわね きっと、」
エリオットはどこからか扇子を出した、口元を隠してまわりにきこえないようにする…
「きっと誰かが、順位表を出されたら困るような点数を取ったのでしょうね」
「………なるほど」
例えば、例えばだが、殿下の点数が最下位だった場合。到底順位表は出せないだろう。
本当にそうなら、1番低い点数の殿下を合格にしてしまえば、落第者がいなのも頷ける。
仕方がないか、
「……これが終われば、」
エリオットがさらに小さな声で話す。顔を向けそうになったがそのまま真っ直ぐ前を見る。
「…卒業パーティーです、わね」
ギギギと壊れた玩具のようにエリオットを見る。
「ごきげんよう」
満面の笑みでエリオットはカーテシーを披露してから、アクアブルーの髪をなびかせて去っていった。
……もう一度ダンスの練習をしておこう…………