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それからというもの、確かに声をかけられることが増えた。
しかし授業に顔を出さないのがよかったのか、ほぼ寮生に限られる。
授業中に図書室で調べ物をし、寮に戻って、休みの日にはカフェでエリオットと話し合い。そんな穏やかな日常が続いていた。
自分でも情報収集しなくてはと、寮生の質問に答える代わりに噂話や今の貴族内での動向を聞き出す。
聞いた生徒は嬉々として教えてくれた
殿下とエリオットの不仲説は、あの日カフェテリアで殿下がエリオットに怒鳴りつけた後、エリオットがカフェテリアに一度も顔を出さないことで確信に変わったらしい。
前々から不仲であると察して動いていた貴族は「だろうな」と余裕そうで、まさかそんなことがとたかを括っていた貴族は現在大慌てとのことだ。
さらには、最近街でとある劇が人気だそうだ。
なんでも、平民の女の子が運命の出会いをして王子様と結ばれる話であるそうな……
貴族たちはそんな「失礼な物語」を、平民の夢物語 絶対にありえないと敬遠していたそうだが、
この度、何とも光栄なことに、王家のお墨付きをもらったらしい。
王が「認めた物語」……もともと今の王は政治には向かない人だったこともあり、貴族内の不信感が増した。
……こうして話を聞くと知らないことばかりだった、なかなかこの国怪しくないか……?
王への信頼が落ちている故に、次に勢力があるボークラーク家に皆取り入ろうという算段だ。
そしてこのタイミングで俺が偶然にもボークラーク家と関わりがある… なるほど……
しかし、辺境弱小ど田舎男爵に本腰で取り入ろうなんて人はいなく、声をかける程度、名前を知ってもらう程度だ。
覚悟していたよりのんびりとした学校生活を満喫する。
「ふぅ…」
「どうした?」
ほぼ心配事がなくなった安心感からため息が漏れる
「いや、思ったよりのんびりした学園生活で…」
「……っわかる!!」
エリオットは手に持っていた資料をくしゃりとつぶながら熱く語る
「もう最高だよ、カフェテリアに行かなくてもいいし向こうの機嫌を伺わなくてもいいし、
かぶっている授業は休んで、わからなかったらフィンに聞けばいいし!めっちゃ最高」
手元にあったコーヒーを「かんぱーい」と言って俺の持っているコーヒーカップに小さくぶつける
にこにこのエリオットを見てさらに安心感が生まれる
「よかった」
「ほんとにありがとうフィン」
「俺は別に……」
最近はカフェに軽食だけではなくケーキ類も充実した。俺たち以外にお客を見たことないが……まぁ、エリオットが美味しそうに食べるのでよしとしよう。
ふと、鼻をつく嫌な匂いがした。
エリオットもその匂いに気がついて顔をしかめる。本能的に嫌悪感が出る、嫌な匂いだ。
匂いは、換気のために空いていた上の方の窓からしてくる。 がたんと騒がしい音が店の奥から聞こえる
「何の匂いだろ」
「……嫌な匂いだね、食べ物が腐ったみたいな…このお店からじゃ無さそうだけど」
でも、なにか、嗅いだことがあるような。どこで……あ
「実家の山で嗅いだことがある」
「旅行先で嗅いだことある」
同時に放たれた言葉によって2人は目を見合わせた。
ーーーーーーー
うぅ、どうして、どうしてこうなったの……
せっかく憧れがあったカフェの店員になれたのに…
キッチンで異臭に気がついて窓を閉めたときにはもう遅かった。
店内に充満する嫌な匂い。
上司に原因を確認してこいと言われ外に飛び出すと、近くの廃業になった店舗が食材をそのまま置いて逃げたらしく、その食材の腐敗した匂いだった。
店舗の解体に入った業者が見つけたらしい。
主に卵だ…… 外に出るとあまりの匂いに吐き気が込み上げてくる。
帰って上司に報告すると 2人に説明してこいと新たな命令を受けた……
2人とは、このカフェ唯一のお客様だ。
原因を確認しに行くよりも重い足取りで説明しに行く…あの2人なら怒らない…よね……
「すみませ「だから!!!!」
店内に響く大きな声、え、もうすでに怒ってらっしゃる……?
「除雪に使いたいって言ってるだろ?本当に熱源があるならその周りの土には火薬の原料が眠ってるんだ!」」
「せっかくの観光資源を何言ってるの?!温泉地にして観光客を呼び込んだほうが資金源になるでしょ?!」
「観光に来るのは一部の貴族ばかりだろう!そもそもそこまでの道を整備しなくちゃいけない、そのための資金だって!」
「絶対優先すべきは観光事業!この国でまだ手をつけてない事業なんだから!事業拡大!!!」
えっとぉ……2人はここがカフェだってことを忘れているのだろうか……
「温泉って何だよ!美容美容って優先すべきは生活の改善で娯楽じゃないだろ!」
「娯楽ですって?!立派な資金源よ!お金に余裕がある人たちに向けた事業!それで経済が回れば必然的に領全体が潤うでしょ?!そもそも火薬の原料って何に使う気?物騒なのはぜっっったい嫌!!!」
ふーふーと鼻息荒く言い合う2人……ちらりと振り返り上司にアイコンタクトで「無理です」と伝えるとアイコンタクトで「負けるな」と返ってくる。か、勘弁………
「観光に力を入れたいなら泊まるところも土地柄の食事だったり買ってもらえるような工芸品、アクセサリー… 温泉だけあっても何の意味もない!!!」
「火薬って……火薬にするためにはあと木炭…それに技術だって必要よ!専門家が必要になるわ!起爆剤なんて危ない!」
「あの……匂いの原因は隣の店舗でしたので…当店に…心配はありませんで……」
「そもそも温泉って…元来はその周辺の泥に火傷だったり鎮静作用があったからで……それを、集めて…精製すれば…薬が作れる……?
」
「火薬をどう除雪に使うっていうの?火薬を作るための木炭作りで火を起こすから……それで雪を溶かしたり…できた火薬は…起爆剤じゃなくて……着火剤に……?」
2人の会話の勢いがなくなってきた、チャンスか…?
「すみま「そうだ!!!!!」……えぇ……」
「温泉自体は軌道に乗るまで領民を中心に運営すればいい、薬効も滋養もあって悪いことなんて一つもない!そうして集まった人たちに薬の生成を手伝ってもらって…集まった人たち向けに商売気のある人たちはいろいろ始めるだろう。料理も宿も土産だって!そうしたら除雪の人でもあるし!軌道に乗ったら他所から観光客を呼べば……!」
「冬は乾燥しているから火薬を作るタイミングにピッタリ…!着火剤として販売もできる… そういば塩や銅を火薬で燃やしたとき色が変わるとかなんとか……… それを観光の目玉にするのはどうかしら!祝砲のように色づいた火花を上に打ち上げるの……!」
2人はキラキラした目を見合わせたと思ったらテーブルに広げていた紙になにかを書き始める……
「あの………」
たまに小さく言葉を交わして、後はお互いの目も見ないで一心不乱だ…
「……本日コーヒーおかわり自由ですので…お声かけくださぁい」
私の言葉は絶対に届いてない。絶対に。
上司を見ると「仕方ないね」と肩をすくめている。
今一度店内の窓が閉まっているか確認してキッチンに戻ることにしよう…
表の看板がcloseになっていることも忘れずに。