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 エリオットの説教は軽食を持ってきたメイドによって止められた。大変助かる。


 軽食を食べつつ、このままお世話になるのも申し訳ないので、実家に帰る算段を立てる。メイドに伝えると荷物はまとめてあるのでいつでも出られるとのことだ。荷物の中に乗合馬車の時刻表があったはず、、、


「当家からの馬車を手配致しましょうか」


 毅然とした態度でメイドが答える。ボークラーク家の馬車が我が家に来たら今まで水面下で動いてきたのが台無しになる……丁重にお断りした。

 メイドは馬車の偽装もできると食い下がったがそこまでしてもらうのも悪いので、1番近い時間の乗合馬車に乗ることになった。


 食べ終わった軽食を片付けている間にまとめられた荷物が届く。


「……フィン、もう少しいてもいいんじゃ…まだ顔色も良くないし……」


「これ以上お世話になるのは申し訳ないよ。両親にも話がしたいし」


 エリオットは心配そうに身支度をする俺の後ろをついてまわる。日はまだ高く、明後日の朝には実家まで戻れそうだ。


「その、フィン……」


「なんだ?」


「夏季休暇の後は……どうしますの……」


 夏季休暇の後か……考えてもいなかった…… 卒業はほぼ確定したわけだし、後は自分の考えたいことを考え放題……


「そうだな……井戸の問題は解決したし、できれば今年の冬までには除雪案をいくつか出したいから……夏季休暇中に領の地図を見直して、休暇が終わったら中央図書館で他の雪が多い地域の対策をもう一度検討したいかな……」


 卒業制作で提出したのは国全体の制度の見直し提案、しかし領地ごとに抱える問題はまだ山ほどある。誰かが解決してくれるわけではない、自分で解決しなくては。


「そう……ですの。 何か力になれることがあったら、何でも言ってくださいまし」


「ありがとう…その時は頼むよ」


 エリオットの心配そうな顔は少し晴れたような気がした。




 

 それからエリオットに別れを告げ、乗り心地の悪い乗合馬車に揺られて、実家に着いたのは二日後の朝………


 馬車の中ではろくに寝ることが出来ず、家に着く頃にはほぼ寮の自室にこもっていた頃と同じ体調に戻った。



「た、ただいま……」


 あの時よりまだマシだが、気を張っていない分堪える。 扉を開ける、両開きの扉は左側が立て付けが悪く開かない。ギギギと扉も悲鳴をあげる。



「おぉ!!フィン!! どうした!!おい母さん!!!フィンが戻ってきたぞ!!」


 父さんの無駄に大きな声が頭に響く…… 次にドタバタと忙しそうな足音が聞こえてくる…


「まぁまぁ!フィー! おかえりなさい」


 自分の体より一回り大きいカゴを抱えて母さんが降りてきた。 母さんの言葉を聞いて父さんが慌てて「おかえり!」と付け足す。


「まぁ、フィーったらひどい顔よ?まるで春から今まで土に埋まっていたみたいな顔色だわ」


 母さんがペチペチと俺の頬を確かめるように叩く、ついでに熱を測られ、下瞼を引っ張られ貧血かどうか確かめられる。頬を引っ張られ潰されこねくり回される。


「ふむ……大丈夫そうね!!」


 パシリと頬を叩かれた。主に頬しか見られてない気がする……


 父さんは「母さんが言うなら安心だな」と乱暴に頭を撫でてきた。ざ、雑なんだよな…この両親……


「……卒業制作を終わらせてきたんだ……多分夏季休暇中には結果が手紙で来ると思う。特急で作り上げたから疲れてるんだ……」


 だから静かにさせてくれと両親を見る


「まぁ!そうなのね、じゃあご飯は滋養のいいものにしましょう!」

「おぉ!なら父さん山で新鮮なのを狩ってくるか!」

「あらあら、そしたら私はお鍋の準備と……内臓を捨てる用の穴を掘っておきますね!」

「よろしく頼むよ母さん!」



 父さんは狩りの準備に、母さんは畑に出かけて解散となった。 はぁ… 実家なのに休まらない。



 ため息をついて自室に戻る。少し室内が埃っぽいので窓を開けた。

 何度も読み返されてよれてしまった本が詰まっている本棚、俺の服よりも母さんの着ない服の方が多いクローゼット。窓際の花瓶は季節の花に差し替えられている。 窓から初夏の風が緑の匂いを運んできた。


「はぁ〜〜〜〜」


 大きめの息を吐いて硬いベッドに飛び込む、硬い、ボークラーク家のベッドがいかに柔らかいか思い出す。


 でも、この硬さがひどく安心する。どれだけ高級なベッドでも得られない。


 三日前にもたっぷりと寝たはずなのに、なんだか久しぶりに寝るような気がした。




「フィー!!!夜ご飯よーーー!!」


 母さんのけたたましい声で目が覚めた。窓を見るともう夕陽は帰り側で空には夜空が広がりつつある。

 仮眠程度のはずが昼を飛ばして夜まで寝てしまったようだ。


 リビングに向かうと晩御飯の香りがしてくる、くぅ…と久々に腹が鳴った。


「早く座って!お父さんがいいのを取ってきたから!」


 椅子をひいて席に座る。目の前にはもう十分だろと言いたくなる量の料理が並んでいるがいそいそとまだまだ料理を用意する母さん。父さんは相変わらず母さんの手伝いをしようとウロウロして怒られている。


 母さんに怒られた父さんが俺に標的を変えてきた


「フィン!今日はなかなかいいやつが取れたぞー!」

「うん、ご苦労様」

「なんの肉か当てられるか?」

「うーん、どうだろ」

「初夏が一番美味い肉だ!」

「ふーんたのしみ」

「まあ!どんな肉でも母さんの料理は世界一うまいけどな!」

「ソウダネ」


 無視したら後に響くので適当に会話をする。


「さあ!頂きましょう!」


 テーブルに並んだ夕食を食べる。 


 父さんが狩ってきた肉は油があまりなくさっぱりとしていた、柔らかく、うまい。 時期を考えると……鹿だろう。独特の獣くささが鼻を抜ける。


「そういえばフィー、あなたどうしてそんなに急いで卒業制作を終わらせたの?」


 いいと言っているのに母さんが勝手に料理を俺の前に盛り付ける。


「あぁ、えっと……早く提出すると受かりやすいみたいで……」


 両親に本当のことを説明するのはちゃんとした書類が届いてからにしようと思う。こんな突拍子もない話、ほかに説得力があるものがないと信じてもらえないだろう。


 母さんは目を細め、少し低い声でふーんと返事をした…。


「そーか!上手くいっているといいな!まぁ!ダメでもまだ時間はあるし!!」


 空気の読めない父さんに心の中で感謝しながら母さんの視線をかわす。肉うまい。





 それから2週間近くは両親の手伝いと領地の地図を細かくみて回った。


 領民にはいろんな政策を投げてしまって申し訳ないと伝えると、楽しんでいるから大丈夫だと持ちきれない量の野菜を持たされた。

 

 事あるごとに母さんから視線を感じたが無視した、父さんの影に逃げる。父さんは母さんが自分を見てると勘違いしてご機嫌だった。

 

 母さんは卒業制作が無事終わったら嫁探しをしろと詰め寄ってきた。下手くそに誤魔化すと、なんだなんだ、好きな人でもいるのかと言われ、自分でも笑ってしまうほど反応してしまったが最後。今まで細めていた母さんの目はこれでもかと言うほど開かれ、ビカビカに光って見えた。


 にまにまと笑う母さんに話を聞かせろと付け回される、父さんの影に逃げる、父さんは母さんが笑いながら自分を見てると喜んで母さんを追いかける。奇妙な鬼ごっこ生活を強いられた。


 実家なのに全く気が休まらない……




 夏季休暇も終盤に差し掛かったところ、朝の日課になっている郵便の確認をしていると、学園の紋章の手紙が二通と、ボークラーク家の紋章の手紙が一通来ていた。



 早る気持ちを抑えて、学園からの手紙を開ける。卒業合格証明書が一通目で二通目が卒業制作に関する総評と()()のリストだった。


 リストを指でなぞる。


 早期卒業合格証明書の発行

 領地への特別補助金支給

 政策の臨時指南役の勧誘

 卒業式典の代表挨拶指名


 これじゃないこれじゃない。食い入るように紙を見る、一文字も見逃さないように。



 エリオット・ボークラーク嬢との控婚約



 あった。



 何度も見直す、間違いじゃない。本当に?夢じゃない?



 ボークラーク家からの手紙を開けると、形式的な婚約の挨拶が書かれていた。本物だ。


 婚約の挨拶の紙と別に紙が入っている。小さな紙、何も書いていない。


 でもその紙には見覚えがあった、エリオットと2人であれこれ考えた時に使っていた紙だ。


 この紙を入れたのはエリオットだろう。手のひらに収まる紙が愛おしく感じる。




 いま、実感が湧いた。


 俺は、やったんだ。やってやったんだ。


 体のうちから言いようのない喜びが湧いてくる。



 手紙を持って両親の元へ向かう。


 走って両親の元へ向かい、そのまま止まらず父さんにぶつかった。


 ぶつかられた父さんはびくともせず「どうした?」と笑っている、逆にこっちの肩が痛い。


「受かってた、コレ」


 卒業証明書を2人に見せる、それを見て2人は驚きはしなかったが喜んでくれた。


「いやーえらい!えらいぞフィン!」


 乱暴に父さんが頭を撫でる


「誰に似てこんなに優秀なのかしら」


 私かしらと母さんが笑う



「なら今晩は祝いだな!!父さん張り切って狩ってくるぞー!」

「そしたら私は気合い入れて料理の準備と内臓を捨てるようの穴を掘るわね」

「よろしく頼むよ母さん!!」


 そう言って解散になりそうになったので慌てて2人を引き留める


「その、晩御飯の時でいいんだけど……大事な話があるんだ」


 俺の真剣な顔を見て2人は笑いながら頷いて、仕事に戻った。



 どんな順番で話そう、わかりやすいように話を組み立てて、頑張ったよな俺?割と無理難題だったよな?なんでもやるって思ったけど、よくやったよな?


 実感と喜びとで興奮が止まらない。



「フィン」


 仕事に戻ったと思ったが、父さんが廊下から顔だけ出している。

 


「何が食べたい?」



 無理難題を言われた俺、よく頑張った、食べたいもの



「くま!!!」




 大きい声で伝えるとさらに大きな声で「任せろ!!!!」と父さんが答えた、遠くで母さんが「うるさい!!!!!!」と一番大きな声で叱る。



 あぁ、この2人は、この家に公爵令嬢が嫁に来ると伝えたら、どんな顔をするのだろう。



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