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部屋にガリガリとペンを走らせる音が響く、一秒だって無駄には出来ない
一日目、両親にノートの代わりに買ってもらった黒板に論文の構成を組み立てる、思いつきではいけない、説得力のある構成を考えなくては。
二日目、紙を無駄に出来ないので、蝋石で一度テーブルに下書きを書きそれを清書する。書いては濡れた布で拭きを繰り返した。
三日目、寮長が訪ねてきた、食事だの睡眠だの何か言っていた気がする。 インクの乾いていない紙を触らないで、それは順番になっているから、静かにしてくれと言ったら諦めたのかいつのまにかいなくなった。
四日目、不思議と腹はすかなかった、食べこぼすと紙が汚れるので助かる。
五日目、前が見えなくなったと思ったら夜になっていた、蝋燭に火をつけて構わず作業を続ける。
六日目、また寮長が来た、これからは一週間おきにくると言われる、日付の感覚がなくなっていたので助かると伝えるとすごく大きなため息をついていなくなった、
二週間目、手に痛みが走った、目がたまに霞む、
三週間目、座っているのが辛くなった、立って書くことにした、足が痛くなれば立て膝で、それがダメならうつ伏せで書き続けた。
四週間目、黒板に赤いインクが垂れた、赤いインクなんて持ってないのに、鼻下を擦ると手が赤く染まった。もしかして、二色で論文をまとめればわかりやすいのでは?
二ヶ月目、部屋にノックの音が響く、寮長はもう部屋に入ってくることもない、 生きているかと聞かれ返事をする、今日の日付を言われて返事をする、残された日数を壁に書く。急がなくては、
二ヶ月半目、手が痛い、腕が伸ばせない、たまに背中まで激痛が走り動けなくなる。痛みが引くまでじっと耐え、また書き始める。俺にはこれしか出来ないから。
夏季休暇まであと一週間だと寮長に言われてからは日付を意識した。書き上げた紙束を何度も何度も見返す、穴がないか、漏れがないか、矛盾はないか、何度確認しても安心できなかった。
最後の紙に最後のピリオドを書く、終わった、書き上げた。夏季休暇まであと二日、間に合っただろうか。
そのまま公爵様から貰った手紙を持って寮の受付に行く、ここから手紙を出してもらう。
自室に戻る最中、ガラスに反射した自分と目が合った、 笑ってしまうほどボロボロだ。
身綺麗にしなくては、そのまま共同の風呂場に向かう、あまりにも汚いので一度外の井戸から水を汲み上げて洗ってからにしよう、 外は真っ暗だった。
井戸の前で立ち尽くした、水を引き上げる力もない。どこからか寮長が、早まるな!!と叫んで俺の肩を掴んだ、 風呂に入りたいが力が入らないと言うと大変文句を言いながら水を頭から被せてくれた。この人が寮長である理由がわかった気がする。
服のボタンを開けるにも激痛でなかなか脱げなかった、時間をかけて風呂場に入る
八回ほど意識を失い、溺れそうになった。生きている。
命からがら風呂場から出て、丸一日泥のように寝た。
目が覚めるとだいぶ気分はスッキリしていた、もう一度風呂に入り、身なりを整える。
手紙が届いていた、いつものカフェの前で待っているそうだ、
約三ヶ月ぶりに明るい外に出た、目の奥がギリギリと痛む、思うように目が開けられない。
カフェの前に着くと、ひどく懐かしく感じた。
真っ黒い馬車が目の前に停まる。
やれるだけやった、自分の持てる全てを出した、
深呼吸を一つして、馬車に乗り込む。