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 数日前、緊張と無を繰り返していたが、今は緊張が途切れない。

 人生で一番緊張している。だって手の震えがトマラナイ。膝から下の感覚がない。立てているだろうか。視界がそんなに低くないので、多分おそらくきっとまだ人間の形を保てている、と思う。


 いつも使うカフェ前に立っていると、真っ黒い馬車が現れた。見覚えがある。 乗っていいのか戸惑っていても、御者は一言も喋らない。意を決して乗り込む。

 馬車の中はシンプルながらいいものを使っているのか乗り心地が良かった、と思う。緊張していない時に乗りたかった……



 花まつり、エリオットに想いを告げて、2人で帰ったあの日、寮への帰り道に受け取った(?)あの手紙。あの手紙には



 婚約について、三日後、話し合いがしたい。読んだら燃やすように。


 と書いてあった。まさか、その日のうちにそこまで話が進むのかと恐怖したが、()()見られていたのかと思うと、羞恥が一気に頭まで上ってきて、枕に向かって声にならない声を叫んだ。


 そこから常に吐き気をもよおす緊張が止まらなかった。


 馬車の中でもう一度身なりを整える、整えたところで代わり映えはしない。



 ガタンと小さく揺れて扉が開いた。扉の向こうに広がる白亜の豪邸に息を呑む。あまりにも場違い。


「こちらへ」


 静々と現れたメイドが道案内をしてくれる、少しも隙がない洗練されたメイドだ。さすが公爵家……


 大きな扉が開くと、シンプルなワンピースを見にまとったエリオットが立っている。すこし緊張がほぐれた。


 「ようこそおいでくださいました。フィンレイ・ラウザー様」


 優雅なカーテシーをするエリオット、公爵令嬢モードだろうか……

 急いで右足を半歩後ろにひき、利き手を後ろに下げ頭を下げる


「こちらこそ、お招きいただき感謝します、」


 もっとも膝から下の感覚がないのでうまくできているかはわからない


「公爵家 当主 オリバー・ボークラークがラウザー様にお話があります。どうぞちらへ」


 案内をしてくれるエリオットは少しもブレがなくまるで人形を滑らせているかのようだった。さ、さすが……



 案内された部屋に入ると、まだ公爵様はいなかった。ソファで座って待っているようにと言われる。全くもって生きた心地がしないなとソファに座った。


 ストンと、当たり前のようにエリオットが俺の隣に座る。そういう話なのかと思っていると、後ろから小声でメイドがエリオットのことを呼んでいる。どうやら彼女はこの部屋にいてはいけないらしい。キリッとした顔でエリオットはメイドのことを無視した。綺麗に背筋が伸びている。


 メイドをあまり困らせるなよとエリオットを見ると、ドアが開く音がした、開き切る前に立ち上がり姿勢を正す。


「急な呼び出しすまないね、オリバー・ボークラークだ。妻のグレースも同席してかまわないかね」


 入ってきただけで威厳を感じる……思ったより優しそうな雰囲気に少し肩の力が抜けた。


「は、はい!お初にお目にかかります!フィンレイ・ラウザーです!」


 自己紹介の声は綺麗に裏返った。頬は引き攣り息がうまくできない。


「はは、そう固くならないで。……ところでエリオット」

「はい、お父様」

「別室で待つように伝えたはずだが?」

「ですがお父様「エリオット」…………はい」


 エリオットが咎められ部屋を出て行く、扉が閉まるその瞬間まで恨めしそうに公爵様を見つめていた……


「さて、ラウザー君、話は聞いているよ」


 一体どこまでと聞きたかったが、おそらく全てだろう……

 はいもいいえも言えず手のひらを握りしめることしか出来ない。


「最初に伝えなくてはいけないね」


 公爵様が夫人と手を取り、立ち上がった。思いもよらない展開に口が開く。


「 ありがとう 」


 そう言うと、深々と頭を下げ………


「いえ!あのっ頭うぉ、え、な、やえっ あ、頭を上げてください!」


 突然のことに失礼のないように失礼のないようにと思っていた俺は訳もわからずとりあえず床に落ちる。

 その様子に2人とも困ったように笑った。


「娘の笑顔を、久々に見たよ」


 このままだと俺が床から抜け出せないと思ったのか、ソファに座りメイドに紅茶を頼まれた。俺にソファに座るように促すの忘れずに。


「え、笑顔ですか」


「あぁ、あの子には小さい頃から苦労をかけていてね……昔は天真爛漫で、淑女になれるか妻と心配したものだったが、いつしか……いや、あの時から完璧な淑女であろうと振る舞い始め、心の底からの笑顔は見れなくなっていた」


 夫人が片手をあげるとメイドが一礼し、紅茶に合う焼き菓子を用意する。


「今まで苦労をかけた分、娘には望む未来を用意したいと思ってね


 たとえば、()()()()()()()を見たくないと願うなら、そのように、とか」


 朗らかに笑いながら()()()()を語る……ボークラーク家が総力を上げれば、叶わない願いではないだろう……


「お、お戯れを…」


 浅い呼吸で笑うのが精一杯だ、不敬罪どころの騒ぎではない。にっこりと笑う公爵様と奥様に寒気がする……


「しかし、娘の願いを聞くのが怖くて、私たちから聞くことができなかった……」


 怖い?国家転覆以上のものをエリオットが望むというのか……? 


「私たちは、、エリオットに恨まれていると思っていた、苦労の原因もまた、私たちだから……」

 

 そこには厳格な格式高い公爵家の当主ではなく、1人の父親がいた。


 実家の父と姿が被った。俺が一週間かけて地面に書き上げた数式を、父が知らずに耕してそれを見て俺がふて寝した時、申し訳なさそうに部屋まで謝りに来た父と。 畑に書いた俺が悪いのに。。


「……家出すると聞いた時は肝が冷えたよ」


「は、はは……」


 本当に全て聞いているんだな…何か失礼なことを言っていないだろうか……いつになく頭が回り始める


「でも、君は止めてくれたね」


 夫人が持っていたハンカチを目元に当てた。ハンカチは僅かに色が変わっている……チラリと夫人を見ると、少しも表情は崩れていないし、とても涼やかな目元をしている…………


「君のおかげで、恨まれていないと分かった………そのうえ


 君は私たちの幸せも思ってくれた」


 初めのピリピリとした空気は、もうない。


「もう一度言わせてくれ、ありがとう。 君と娘の婚約を前向きに考えたい」


 公爵様は身を正し、夫人と笑いながら目を合わせた。


「ほ、本当ですか?!」


 思ってもいないトントン拍子に思わず立ち上がってしまった、咳払いを一つして座り直す。恥ずかしい…………


「もちろんだとも、前に娘と作った嘆願書を見た時から少し考えていたんだ。だが」


 空気は今一度引きしまる。


「世間体として、とても難しいのは、わかるね?」


 重い課題がのしかかる、平民とほどのはないが、それに近い身分の差である……


「はい、」


「このままポンと婚約は、公爵家としても結べない。そこでだ


 卒業制作を夏季休暇までに仕上げてほしい」


「  は、」


 提案されたものに理解が出来なかった、たしかに三年になり卒業するにあたって学生は 総合テストか卒業制作の二択が迫られる。 基本的に三年に上がると授業は自由出席になる、卒業制作を選択した学生のために自由な時間を与えるためだ、しかし総合テストを受けるのなら授業は必須だ。 俺は卒業制作と滑り止めに総合テストも受けようと計画していた。


「求めるレベルは、以前の疫病についての嘆願書以上のものがほしい、夏季休暇の前と言ったのは、色々と手続きがあってね」


 嘆願書はエリオットがいたから、十分な資料があったから叶ったものだ。それを、夏季休暇の前まで、残り三月を切っている。


「君1人で作り上げてほしい、誰の助力もなく。そうすれば、君に褒美を与えなくてはならなくなる。その褒美の中に婚約を紛れ込ませよう」


「は、 」


 今は形骸化した制度だ。褒美として、王族や上流階級のすでに本命の婚約者がいる貴族と結ばれない婚約を結ぶ、結ばれた方はそれを誉れとして、次の自分の婚約のメリットにする。結ばれても一度もその相手と顔を合わせない場合も少なくないと聞いた。常識的に考えて一度婚約したら反故になることなどないからこそ生まれた制度……それを……



「必ずしも完成形でなくてはいけないわけではない、しかし未完成の時点でも素晴らしいとわかるものを頼むよ。できるかね?」


「出来ます!やります!!やらせてください!!」


 立ち上がり頭を下げた


 殿下と決闘しろなんて言われたら 前日に毒を盛り、剣の刃を潰し、俺の背に太陽が来るように立ち回り、ありとあらゆる卑怯な手を使ってやっと勝算が一欠片出てくる程度だ。それに比べて俺の得意分野で勝負させてくれるなんて………


「気持ちのいい返事をもらえて何よりだよ」


 公爵様が目配せをするとメイドが一礼をし、部屋を出て行った。


「今メイドに手紙を持って来させる、その手紙を出してもらえたら三日後には都合をつけよう」


「はい!」


 公爵様はにこりと笑うと出された紅茶を飲み干し、ソファを立ち上がる。夫人をエスコートをし、部屋から出て行った。


 入れ替わるようにエリオットが部屋に駆け込んでくる、


「フィン……!」


「エリオット…」


 ものすごく不安そうな顔をしている、公爵様と会わなかったのだろうか。俺は婚約を許してもらえたことと、その条件をエリオットに話した


「私も手伝うわ!!なんでも言って!」

「ありがとう、でも俺1人でやらないと」


 エリオットとやれば公爵家の手柄になってしまう。エリオットもそれを理解しているのか歯痒そうに俯く。


「…終わるまで会えないと思う。」


 今から死に物狂いでしなければ、きっと満足するものが出来上がらない……


「私……何もできない…」


 俯くエリオットはいっそう小さく見えた、


「待っていて、もらいたい」


 行動力のある彼女には酷なお願いだ。それでもエリオットはこくりと頷いてくれた。


 

 帰り際にメイドから手紙をもらう、もう封もしてありすぐに出せる状態だ。手紙を持ってきたメイドにはなんだか見覚えがある………寮の前でぶつかった人かもしれない……


 エリオットに別れを告げると、馬車に乗り込んだ。寮まで送ってもらえるとのことだったが、大通りの文房具店の近くで下ろしてほしいと伝える。



 馬車をおり、手持ちの金で買えるだけの紙とインク、それから叩き売られていた美味しくないと有名な携帯食料(レーション)を買い込んだ、 これで半年は引きこもれる


 不恰好でも、これが俺の戦い方だ。



誤字脱字報告大変助かります 次回は2話連続投稿頑張りたいです。

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