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「私の世界――」
彼女の言葉の中でそこが驚愕する点だ。
俗に言う中二病なことを言っているが、普通なら戯言で済まされるものだろうがこの状況でそれを信じない方がどうかしている。
彼女は確かにそこに存在しており、昨日と雰囲気は何一つ変わらない。
だからボクは昨日の疑問を訪ねてみることにした。
「キミの名前は?」
そう昨日は聞き忘れたこと……自分の名前は名乗ったが、彼女の名前を聞いていない。
「私は想無零……どこにでもいる平凡な名前でしょ?」
そう、かな。
その名前は少しボク的には珍しいものだと思う。
小学校と中学校でその苗字は聞いたことがなかったが、この辺の人じゃないとか……それか珍しい苗字がつけられている人物にボクは会ったみたいだ。
平凡な女子高校生の想無零は自分の名前の漢字を丁寧に教えてくれた。
「そうは頭で想像するの想で、むは無気力の無、れいはゼロの零」
「改めてボクは針美守。しんは針の音読みの針で、びは美術の美、まもるは守護の守」
それは本当に他愛もないが、二人には挨拶の次に必要な行為だと思い、お互いが説明していた。
それが少し馬鹿馬鹿しくなり、二人は説明した後に笑い合った。
「あははは!!」
「あははは!!」
こんなに笑ったのは久しぶり、と二人は心の中で思う。
「えっと、想無さん」
「名前で、いいよ。初めてこんなに緊張することなく、話せたキミだから守くん」
「わかった。零さん……それでまだ分からないことが沢山あるのだけど、ここって本当にキミの世界なの?」
彼がそう尋ねると少し暗い表情が何の前触れなのか分からないが、一瞬だけ姿を見せ、彼女はここでは現実と変わらない青空を見上げた。
ここは現実世界のように物理法則はあるみたいだが、色彩は全てが青で染まっている。
「うん、ここは私の世界……その証拠と言うならここには私とキミしかいない」
彼女の沈黙は一分くらいだったが、ボクの体感時間は十分くらいだった。
その中で最後の最後で悩んでいたのだろうとボクは察した。
彼女が言った言葉、初めて緊張することなく話せたという言葉、それが本当なら彼女は本当に人と会話することが苦手なのか……。
「零さんは人との会話は苦手?」
「……うん。私、正直、他人が分からない。他の皆は分かったつもりで話しているようだけど、それは私からしてみれば、それは分かったつもりなだけ……他人を完全に理解することはできない。友達でも家族でも……だから皆が接し、会話し、楽しそうにしていてもその中の殆どが他人の表面上をなぞっているだけ……自分の心を伝えようが、それが特異なものだったら、普通という人には決して理解はできないし、また共感する人はそう簡単には見つからない。この世界は普通の人が多くを占めているから……え~と、特異の基準とするなら他人とは違う考えを持つ人のこと……それは普通にいるけど、それを明かすことはないでしょ?」
彼女から初めて長文が出た。
それは彼女が考えていたことはボクと似通っている。
そしてその話からは共感がボクの心に染まる。
確かにこうゆう考えを持つ人は普通という人間と混じって世間には一定数存在しているが、お互いが透明人間のように見えない。
出会ったところで何も変わらない。
明かそうとしないのは、どこかで明かし、何かを学んだから……拒絶されるのは分かっているから……。
そうこれは見事なる悪循環。
考える人はいて、だけど出会えないし、出会っても無駄、拒絶されるのが怖くて明かすことはできない。
結局は自分だけであり、自己解決を推奨される。
他人を信じられないからカウンセリングなどは無駄であり、共感に飢え、他人に縋ろうと……それは末期の状態だが、これを病気に例えるならこれはまだ初期症状、最終的に精神を病み、崩壊する。
この症状の根源は生きる価値、自分への価値、現実への価値を通常は設定されているが、それとは別の認識を辿った人達が発症するもの……。
「確かに……打ち明けても無駄だと分かっているけど、でも零さんと出会えたことでボクの中で何かが変わろうとしている。だからキミのことを聞きたい。ボクには何もないから」
ボクの言葉に彼女は少し驚いた表情をする。
「何も……?」
「うん。ボクには零さんのように没頭するものもなければ、生きる理由もないから……本当にただの透明人間だから」
その言葉にキミはどこか背中を押され、更に驚いた顔をしていた。
それから自分が握るノートを見て、覚悟を決める。
「ここは何でも願いが叶う、って言ったら少し現実じゃないけど……この力は……」
またしても中二病なことを言い出した。
この力は押さえつけなくちゃ、とか……この闇の力が、とか……でもこの青い世界は闇の力でもなければ、押さえつけなくてはならない世界を崩壊させる力でも……ないのでは?
「これはね。私の力――」
彼女は立ち上がり、初めて緊張せず話した人、針美守の前に立ち、自分の内にあるものを打ち明ける。
「――世界の狭間に私が望む世界を作れる力、その名は」
そう、それはファンタジーのようなものだった。
現実には決して存在しないもの、神も天使も悪魔も、人の妄想が言い伝えたれるこの世界で彼女が得た力はそれらを遥かに凌駕するものだった。
「――世界、想像」
それと同時に二人の間に斬れぬ糸が結ばれたのだ。




